待ち合わせは駅前で
「あれ、先輩今日はもう上がりなんですか?」
怪我も完治し、再び出社するようになった事務所に掛けられた時計の針が指す時間はPM4:00。終業時間にはまだ2時間ほど早い時間にPCの電源を落とした俺に、二宮さんがそう声を掛けてきた。
「うん。スケジュールは入れておいたんだけど、何か急ぎの話ある?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど。先輩が早引けって珍しいですね」
「確かにね。村雨ちゃんが早退した記憶ってないわー。むしろ金曜日以外は残業してるイメージ」
正面に座る鳴瀬さんも、顔を上げて会話に混ざってくる。
「金曜日は、むしろ愛しい人が待ってるからってくらいそそくさと帰るけどね」
確かに愛しい機体が待ってるな。それに乗りに行くためにもろもろ家事を片付けるので、早く帰るんだし。尤も最近はそっちに乗ってる時間が大分減ってるので、子供の頃の遠足前のように金曜日に夜が心躍るってことはないんだけど。
「もしかして今日もこれからデートだったりとか?」
「会社サボってデートに行くってどうなんですか? あと"も"って何ですか"も"って」
「冗談よ、村雨ちゃんそんなキャラじゃないもんね」
「理解していただけていて幸いですよ。ま、人に会うってのは間違いじゃないですけど」
「えっ、じゃあやっぱり」
「分かって言ってますね? ちょっと知人がこっちに越してくるので、地元を案内するだけですよ。上手く都合が合うのが今日だけだったんです」
「へぇ。学生時代のお友達とかですか?」
──う。なんと説明すればいいかな。あっちの関係者なんて言う訳にはいかないし。かといって適当に答えるとぼろが出そうだ。えーっと……あ、そうだ。
「ネット関係の知り合いですよ」
この辺が無難だろ。なんの知り合いかでいったら某ロボアニメ関係とか適当にいえばいいし。彼女も普通に視聴してたしな。
そう思って口に出したら、二人の顔色が変わった。特に二宮さん。
彼女はガタッと立ち上がると俺の手を取り
「ちょっと先輩、大丈夫ですか!? 先輩みたいな小さい子がネットの知り合いといきなり会うのは危ないですよ!?」
いやいやいやいやいや。そこでいう小さい子って身長が小さい子ってわけじゃなくて年齢が小さい子だからね? 俺24歳だからね? というか俺そこまでネットリテラシーないように見えるの?
二宮さん、割とガチの心配顔だったので俺は慌てて補足を入れる。
「大丈夫大丈夫、今までも何度も会ってるから。それに会う相手は女の子だよ、年下の」
「あ。そうなんですか」
追加情報を聞いて安心してくれたのか、小さなため息と共に二宮さんが俺の手を放した。それからようやく自分のした行動に気が付いたように、やや頬を染めて頭を下げる。
「すみませんっ、失礼な事を」
「いやいや、心配してくれて嬉しいよ。それに俺も言葉少なだったしね」
「そういっていただけると……」
二宮さんはそう言ってあはは、と乾いた笑いを上げながら席に戻る。
うん、心配してくれるのは嬉しい。ただ秋葉ちゃん辺りもそうだけど、これ明らかに俺に対する年齢の認識が大分低くなってるようなぁ。やっぱり外見の影響って大きいよな。
いっそのことほぼすっぴんをやめて化粧とかしてみたら、もう少し年上に見えたりするのかな?
いや、この外見は化粧とか格好でどうにかなるもんでもないか……。むしろ下手すると変に背伸びしていると思われて、微笑ましい目で見られかねない気がする。
あと、朝髪のセットで大分時間取られてるのにこれ以上時間もとられるのも勘弁だ。今しているリップくらいが俺の限界。やめやめ。下手の考え休むに似たりだ、時間の無駄。つーかそろそろ行かないと、待ち合わせの時間までは余裕はまだあるけど、電車の時間もあるしな。
「それじゃそろそろ行かないとなんで。お先に失礼しまーす」
「お疲れ様でした~」
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「まだ来てないか」
通勤時間帯ではないので普段よりは空いていた電車に揺られ、地元駅。待ち合わせ予定の駅前の花壇前には、まだ待ち人の姿はなかった。
待ち合わせ時間まではまだ10分程あるので、別に遅刻してるってわけでもないけどな。
とりあえず待ち合わせ相手を待つため花壇の方へ足を進めると、急に強い風が吹いた。
「うっ」
体を撫でていく冷たい風に、俺は慌ててコートの襟を引き寄せる。
季節はもう11月の終わり、もう秋も終わり冬に突入を迎える時期だ。日の入りを迎えるこの時間になれば、も気温は大分冷え込んでくる。風が吹けば猶更だ。
足はさすがに素足を止めて鳴瀬さんに勧められた裏起毛のタイツを履いてるし、上半身はコートを羽織っているものの、どうしたって寒いものは寒い。特に駅前は遮蔽物が少ないから風が吹き抜けてくるしな。
待ち合わせ、どこかの喫茶店にでもすればよかったかなと思わなくもないが、今更だ。待ち合わせ時間がまだ大分先なら変更もありだろうが、10分前後しかないのに今から変えるのもあれだろう。まぁ寒いとはいってもまだガタガタ震えるような寒さじゃないし、我慢するとしよう。
「よっと」
花壇横、備え付けられているベンチへ腰を降ろして周囲を見回す。うん、周辺にはまだ姿はなし。目立つ外見だから見落とすということはないだろうし、まだやって来てないのは間違いないだろう。
しかし、時間帯が違うとやっぱり人の層も違うもんだな、とぼんやりと思う。
いつもここを通る時は基本的には通勤時間帯なのでサラリーマンやOLの姿が多いが、今は明らかに学生が多い。制服の子もいるし、私服姿だがどう見ても学生な子もいる。
俺も同じようにみられてるのねぇ。
恰好はあくまで職場向けの格好だからあまり学生的ではないと思うが、いかんせんそれ以外の外見がな。
まぁでもこの時間帯ならいつものように補導員や警官に声かけられることもないだろうし、どうでもいいか。
「君、ちょっといいかい?」
ん?
突然、すぐ側から声が聞こえた。待ち人の声ではない。若い、男の声。
え、まさか警官?
そう思ってそちらに顔を向けると、そこには男が一人立っていた。
年のころは──二十歳前後か。少なくとも警官には見えないな、普通の私服だし。
「えと、何か? なんかの勧誘だったら間に合ってますが」
「いやいやいや、そういうのじゃないから」
「では何ですか?」
警官でも勧誘でもないとなると何の用だ。そう思って男を見返すと、彼は何故か一瞬視線を外してから頭をぽりぽりと掻きつつ口を開く。
「その、随分可愛い子がベンチで寂しそうにしてるからさ。つい声かけちゃったっていうか」
別に寂しそうにしてたつもりもないし、そもそも今ベンチ座ったばっかりじゃん俺。
でもまぁ、さすがに今の言葉でわかった。ナンパか、これ。そっか、ナンパかぁ。
実は俺、この姿になってから一度もナンパはされた事がないんだよね。外見的には自分で言うのもなんだがくっそ可愛いとは思うけど一度もだ。
それはそもそも俺がそういった事を受けそうな場所に滅多にいかないのもあるが、それ以前に外見だろう。いくら可愛かろうが、身長と童顔のせいで普通はせいぜい中学生くらいにしか見られない。
ようするに恐らく条例違反を気にされたり、単純に幼い容姿には興味がなかったりということだろう。
じゃあこの声を掛けてきた彼はロリコンか? 或いは俺の年齢を見抜いたか。前者ならお巡りさんこっちです案件だが。
そんな俺の内心を知らず、彼は言葉を続ける。
「暇ならさ、一緒に食事とかどう? プリモピアット、知ってるかな」
知ってる。駅から少し離れた所にあるイタリア料理店だ。この駅の周辺では割と人気の店で俺も行った事はあるし、確かに美味い。が、そういう問題じゃないわな。
「申し訳ないですけど、人と待ち合わせしてるんで」
「そうなの? あ、もしかして彼氏とか?」
「そういうのではないですけど……」
「じゃあ友達? だったらその子も一緒にどう? 奢るよ?」
食い下がるなコイツ。
きっぱり断って移動しちゃうのが早いんだが、もうすぐ待ち合わせ時間だからそういうわけにもいかんし。単純に断るだけだと食い下がってきそうだしな、めんどくさい。
ナンパ経験なんかないから、うまいあしらい方とか知らんしなー。どうしたもんか。
そんな事を考えた時だった。男の向こう側から、最近聞きなれた女性の声が響いた。
「Ich habe dich warten lassen.」
ドイツ語は例によってDeepl翻訳です。




