その身に起きた大問題
次に目が覚めたのは病院のベッドの上だった。
時計を確認したら、すでに日曜日の朝になっていた。俺は20時間以上も眠っていたらしい。
目が覚めてしばらくたってから病室にやってきた看護婦さんに話を聞いたところによると、俺はあの後そのままうちのチームが定期健診等で利用しているこの病院に直行してきたらしい。で、そのまま俺が寝ている内に入院・検査となったわけだ。
それでその検査の結果だが。
長らく気を失って眠っていたのも、あくまで霊力を限界まで使った事による極度の疲労によるもの。外傷は全くなしで検査の結果内臓にも脳にも異常はみられない。体にしばらくだるさは残るだろうが、それも食事をきちんととって休息すれば回復する。ようするにただ疲れているだけでなんら問題なしということだった──ある一点を除いて。
ただそのある一点がとんでもない大問題だったわけだが……
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「……一応念のため改めて確認するけど、ユージンよね?」
昨日と同じ、エルネストの事務所ビルの2階、精霊使い待機用の部屋でソファに身を投げ出しながら大型ディスプレイでリーグ戦の試合を眺めていたミズホが、俺の姿を見て上げた第一声がそれだった。
──まぁ、そうなるよなぁ。
病室で目を覚ました後、問診やいくつかの簡単な検査を終えて、やはり体に問題はないということになったので俺は退院することにした。一応病院からは念のため数日入院してもいいと言われたが、やはり病院は落ち着かないし事務所とそんなに距離もないので断った。
それで丁度検査が終わったあたりで、様子を見にきてくれていたナナオさんの車に乗せてもらい事務所に帰ってきて──部屋の扉をくぐって中に入った直後に掛けられた言葉が先程のそれだった。
「見ての通り……では全くないけどユージンだよ、間違いなく……おっと」
そう言って肩をすくめようとしたら着ている服がずり落ちそうになったので、俺は慌てて襟の部分を抑える。サイズが全く合わない服をかなり捲ったり縛ったりでかなり無理やり着ているのでので動きづらい事このうえない。
そんな俺の姿を見てミズホはごくりと唾を飲み、レオはポカーンとした顔を向けてくる。
「とりあえず、座らせてもらっていいかな。まだ結構だるいんだよ」
「ああ、うん。ここ座る?」
「馬鹿いえ。少し詰めてくれよ」
自分の太ももの上をポンポンと叩くミズホの行動を笑い飛ばし、注意深く一歩ずつ歩きながらソファの方へ歩いて行くと、ミズホは詰めるのでなく立ち上がり、ソファの正面の椅子に移動した。まぁ話をするなら横よりそっちの位置の方がいいか。とりあえず空いたソファにありがたく座らせてもらうことにする。──あー、やっぱり座っても視線が低いなー。
普段とまるで違うように見える視点で周囲をきょろきょろ見る俺を、椅子に逆に座って背もたれに頬杖をついたミズホがじっと眺めてくる。
「……しっかし、本当にこれがユージンとは思えないわね」
「俺が一番驚いていると思うがな……意識を失って、目を覚ましたら病院で、姿がこれだぜ?」
そう言って俺は自分自身の手を見る。そこにはあるのは白くて小さい、毎日見てきた自分の手とは似ても似つかない手。部屋に置かれている大きな姿見(ミズホが設置した)に視線を向けてみれば、ソファの上には全くサイズの合わない男物の服を着た、長い黒髪の小柄な少女がちょこんと座っている。
それが、今の俺の姿だった。
「最初自分の姿に気づいた時、理解がおっつかなくてしばらく頭が真っ白になったよ」
「そりゃまぁ……そうなるっスよねぇ……」
実際、鏡で自分の姿を見てから看護婦さんに話しかけられるまでの記憶が定かではない。
「というか、声も変わってるんすね」
「ここまで体が変わってるんだからそら声も変わるだろうよ」
今の俺の声は名前と同じアルト──ではなくソプラノ、完全に少女の声になっていた。そんな声が自分の口から出ているので違和感半端ない。
どうして俺の体はこんなことになってしまったのか……実はすでに理由はもうわかっている。
俺の体をじっと上から下まで眺めまわしていたミズホが、ほぅ……と妙に色っぽい溜息を吐いていう。
「アタシ論理崩壊で猫耳生えたおっさんとか、皮膚が鱗になった子とか見たことあるけど、こんな完全に別物に変わった人間は初めて見たわ」
──そう、論理崩壊だ。この世界特有の出鱈目な事を巻き起こす出鱈目な事象であり、俺達が先日出撃することになった要因。俺達を蹂躙し暴れ回った巨大トカゲが出現したあの地域は、論理崩壊が起きやすい状態ではあった。それでも通常は鏡獣が出た時点で歪みは大分収まるし、そうでなくても体に影響が出るような事はないらしいんだが、恐らく霊力のその殆どを使ってしまったことで抵抗力がなくなって大きな影響が出てしまったのではないか……というのが医者の見解だった。まぁ論理崩壊に関しては詳細が解明されていないところがあるから推測だけど、と付け足されたが。
一応検査して取得したデータは中央統括区域のしかるべき機関に送って確認し、実際に論理崩壊の影響なのか確認するといってたが、起きている内容自体で確定しちゃっていいだろうこんなもの。
それにしてもだ。
俺はもう一度自分の姿を見下ろし、ため息を吐く。
「まぁ百歩譲って論理崩壊の影響で性別反転するとしてもだ。普通に考えればミズホくらいの年齢の外見にならねぇ?」
「どう見たって年齢も変わってるわよねぇ。身長多分140半ばくらい? 年齢11~12歳くらいかな、胸はそこそこあるからもうちょっと上で小柄なだけかもしれないけど」
「なんで年齢まで変わるんですかねぇ……おかげで服が全く合わねぇし」
「ものすごいだぼだぼッスよね。動きづらく無いッスか?」
「クッソ動きづらいに決まってるだろこんなもん」
ズボンなんか病院でもらったビニールテープで腰とそれ以外も何カ所か縛って無理やり履いている状態だ。車で帰って来たから大丈夫だったが、歩きだったら途中でずれて街中でズボンがずり落ちていた可能性があるしそもそもこんな格好で街中を歩きたくない。
「そういやパンツとかどうしてるんスか? やっぱり紐で縛って?」
「う″っ」
変な声が出た。
それ聞くのか。聞いてくるのかー。セクハラだぞー、レオ君よー。でも表情を見る限り変な意味合いはなくて普通に疑問に思って聞いている顔だなこれ。まぁ中身が俺だって分かってるしな。
……まぁいいか。大っぴらに話すようなことじゃない気もするが。
「そっちはズボンのベルトみたいに引っ掛ける場所がなくて上手く縛れなかったんでな、仕方ないんで病院で袋もらって持って帰ってきた」
ガタッ!
「……いやなんでお前の方が反応する?」
音の主はミズホだった。俺の言葉に対してなぜか彼女はビクッと体を震わせ、そのせいで椅子が音を立てたのだ。
「え、貴女今ノーパンなの?」
ストレートだなぁ!
「サイズが合うやつなんかある訳ねーんだから仕方ねーだろ。そもそもズボンはちゃんと履いてるんだから問題ないだろがい」
「そりゃそうだけども」
「……いやあんたら、何の話してんの?」
話の中に、別の声が混ざってくる。そちらを振り返ればナナオさんが入り口の所に立っていた。呆れ顔で。
「いや、アホ二人が聞いてくるから……」
「……まぁいいわ。ユージン、とりあえず仮眠室の準備はしてきたから疲れたならそっちで寝て」
「あ……ありがとうございます」
事務所の中に入った後ナナオさんは準備してくるとだけ言ってどっかにいってしまったが、部屋の準備に行ってくれていたらしい。正直まだだいぶだるいので非常に助かる。ある程度こいつらと話をしたら少し寝るかな、と考えているとナナオさんが続けて声を掛けてきた。
「ユージン」
「はい?」
「それで貴方、これからどうするつもり? しばらく向こうへ帰れないでしょ」
当作品は前作に比べると比較的日常描写が多くなると思います。




