【短編】リモート同窓会 episode1 (依九惠・洋一郎)
『同窓会のお知らせ』
ピロリン。
音が鳴ったスマホを覗くと、そんな文字が浮かんでいた。
同窓会? 今までそんなのやったことないな。
いや、一回だけあったか。
大学入ってすぐに、暇だから夏休みに集まろうとかっていってやったやつ。
それ以来だ。
社会人になって、小中学校、高校の存在なんて遥か彼方だった。
どこの同窓会の案内なんだろうか。
気になって、浮かぶ文字をタップする。
『お久しぶりです。皆元気にしてますか?
この度、リモートで同窓会を企画しました。
このコロナで大変ななか、息抜きにどうでしょう。
パソコンの横にお酒を用意して、土曜夜8時に集合!
参加できそうな人は返信ください。
お待ちしています! 奈々子』
「奈々子とか、懐かしい。」
田舎なため、小学校も中学校もほぼ同じメンバーで過ごしたうちの一人だ。
しかも、リモート同窓会とかよく考えたものだ。
確かにこのコロナ渦で集団会食とかありえないし。
そんなの参加するような人の気が知れない。
これなら気軽に参加できそう。
仕事ばかりで、結婚どころか今は恋人さえもいない。
てか、就職してすぐ別れてからそんな存在とは縁遠い。
いつまでたっても結婚の「け」の字も出てきそうにない。
はぁ。ま、仕事楽しいから構わないかなとも思うんだけど、少しくらい恋人と楽しく過ごす週末なんてものも味わってみたいものだな、と最近は思うようになってきた。
慣れた仕事に余裕すらでてきて、趣味との両立もばっちりできている。
この今の状況に不満はないけど、なぜだか変化を求めてしまうのは人間の性なのだろうか。
さっそく、奈々子へ返信する。
『参加します。日程など詳細決まったら、また知らせてください』
「これでよしっと。」
ちょっとわくわくする。もうしばらく会っていない。
中学校の頃に最後に会った人なんて、もうすれ違っても全く分からないのではないだろうか、というほど変わっているはずだ。
みんなどんな風に変わって、どんな人生を歩んでいるのだろうか。
*****
そうこうしていると、あっという間に訪れる同窓会当日。
お知らせにあった通りに、左には缶チューハイとつまみのチーズを準備して、パソコンを立ち上げてスタンバイする。
既に用意されたルームには、数名の名前が並んでいた。
クリックして、いざ参戦!
「おっ。きたねー!」
最初に声を掛けてきたのは、主催した奈々子だ。
「おー! いくちゃんじゃん」
「ひさしぶりやねー!」
「変わっちょる! けど、変わっちょらん!!」
次々に声をかけられてやや戸惑いながらも、懐かしく嬉しい気持ちが沸き起こり、自然と笑みがこぼれ出す。
「はは。こんばんは。少し早いかと思ったんだけど、もう結構集まってたんだね。」
「もっちろんー! 待ちきれんかったけんね! いくちゃんも元気しちょったー?」
弾む声で奈々子が尋ねてくる。
懐かしい故郷の言葉に、胸がじんと熱くなる感覚を覚えた。
「元気やよ。見てわかるやろぉ? てか、方言つられるなぁ。久しぶりやわ。」
「そうなん? 実家の方にはしばらく帰っちょらんの?」
「そうやねぇ。ずっと東京で仕事忙しいけん、3年くらい帰ってないかもしれんねぇ。ななちゃんは? 実家の方にいるん?」
「ちがうよー。私も東京で仕事しよるから、そんなには帰っちょらんね。
確かに東京じゃぁこんなに方言使うこともないから、今日くらいいーやろー?」
「ふふ。そやね。こうやって方言で話せると楽しいかもしれんね。」
「そうやろー? 同窓会の醍醐味やと思うわ。今日は楽しんでってね!」
「うん。そうするわぁ。」
「さて、いくちゃんが来たところでみんな揃ったかな。
じゃぁ、今から同窓会スタートしまーす! いや、すでに始めちょんのやけども。
とりあえず、久しぶりやから自己紹介から初めていこうかー!
左側から順番に行こう! 最初はようくんねー!」
「了解。みんな久しぶり、洋一郎です。
今は俺も東京で働いてて、エンジニアしよるよ。
なかなか実家に帰れてないけん、こうして話せるの楽しみやわ。よろしくー。」
「はい、次しんちゃんー。」
「おう。久しぶり! 信二でーす!
大阪の会社で営業しよるわ。みんな変わったようで、変わらん顔しちょるなー!
今日集まれてうれしいわ! よろしく~。」
「ほんとそれよな! わからんかなぁと思っちょったけど、みんなばっちりおもかげあるから笑うわー。
じゃぁ、次ー! みっくんねー。」
「はい。三広です。みんな久しぶり。僕も今は地元じゃなくて、東京でSEしよるよ。なかなか帰れんね。
外に出るのも得意じゃないから、こうして友達と話すのも久しぶりやわ。
こう見えて、めっちゃ楽しみにしてたんよ。改めてよろしく。」
「ふふ。企画した甲斐がありますな! 今日は楽しんでって!
つぎつぎー。だいちゃんねー。」
「はーい。大吾でーす。俺はずっと地元で役場勤めしちょるよー。
方言しか使わないから、標準語ってなんやっけ?状態やわ。はは。
皆帰ってくるなら一報入れて会いに来てよー。」
「おっけー! 次の機会があれば、一報いれるわ!!
次は女性陣にいきましょーか。まず私から!
今回企画主催の奈々子でーす。さっきいくちゃんと話してた通り、今は東京に住んじょって、インテリアデザイナーなんてしてまーす。現在彼氏なしで募集中ー!
じゃなきゃ、こんな企画せんよね。ははは。まぁ、今日はのんびりやりましょー。
ってわけで、次むっちゃんねー。」
「私からか! 睦美です。みんなお久しぶりやね。私は地元で事務職しよるわぁ。
ここののんびりしてるのが自分にあっちょるけん、都会とか行けんかったんよね。
またこのメンバーで集まれて嬉しいわぁ。よろしくねー。」
「むっちゃんらしいなぁ。のんびりさんやもんねぇ。
じゃぁ、次はよーこちゃん!」
「はーい。葉子です。しんちゃんと同じで大阪で保健師として働きよるよ。
東京よりは近い気もするけど、なかなか地元には帰れんでいるねぇ。
大阪弁ばかりやったから、地元の方言が使えるの嬉しいわ。
自分の言葉がいろいろ混ざってて変になっちょるところは、ご愛敬でお願いしますわ。」
「はは。そうよね、違う方言と混ざって、元の方言ってどんなやったか分からんくなりそう。じゃぁ、最後にいくちゃんねー!」
「うん。衣九恵です。さっきもななちゃんと少し話してたけど、東京で出版系の仕事しよるよ。なかなか地元に帰れんけん、今日はめっちゃ楽しみやったんよ。
みんなの話聞いて、変わっちょらんようやけん、ほっとするわぁ。今日はよろしくー。」
「ほんとそれよなぁ! 変わりすぎてて、思ったんと違ったらどうしようかとかドキドキしよったけど、そんなことにはならんかったわー。はは。よかったよかった。
今日はこの8人で同窓会でーす!
じゃぁ、自己紹介も一区切りついたから、みんなで乾杯しよー!」
「おっけー。」
「いーね」
「そうだねー」
「じゃぁ、久しぶりの再会を祝して、かんぱーい!!」
「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」
*****
接続した瞬間から、目を奪われた人。
懐かしい、けれども苦い思い出が一気に沸き上がってきて、胸がざわざわと嫌なざわめきを起こした。
初恋の彼がそこにいた。
変わった風貌。けれども変わらない目をして、そこに存在していた。
画面上に表示されただけ、言葉も交わしているわけではないのに、なぜだか自分の初恋の思いが彼に伝わってしまうのではないかと、変な緊張感を覚えた。
同窓会と聞いても大した思いもなかったのに、彼を目にした瞬間に沸き上がるこの感情をどう処理していいのか分からなくて戸惑う。
ただ楽しんで過ごそうと思っていたのに、こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。
どうしちゃったんだろうか。
郷愁に浸って、変な気持ちが起こってしまっただけなのだろうか。
当時の彼を思う気持ちは、いつの間にかなくなって終わりにして、大切に宝箱にしまっていたのに。
今になってその蓋がそっと開いてしまうなんて。
いまさらなのに、いまのこの気持ちが整理できない。
見ないようにしようかと思うのに、どうしても彼に目が吸い寄せられていく。
さらさらと艶のある短くそろえられた黒髪、切れ長の目、長い鼻梁、薄い唇。
一つ一つを確認していくように、眺めてしまう。
本当にどうかしてしまったのかもしれない。
ピロン
画面の下から、ポップアップしてきたメッセージに目を走らせる。
『ねぇ。いくちゃん、俺のことみてるでしょ?』
どきりとする。
こんなリモートのやりとりで、そんなことが分かるのだろうか。
『そんなことない』
慌ててキーボードを叩いて返事をする。
『うそばっかり。俺はいくちゃんのことばっかり見ちゃうんだけど。』
なにそれ。なんで?
『どうして?』
混乱する頭で答えが出るはずもなく、素直に聞き返す。
『いくちゃんのことが気になるから。ねぇ、今フリーなの?』
あからさまな誘い文句にびっくりする。
彼はこんなにストレートに来る人だっただろうか。
『彼氏はしばらくいないわね。ようくんは?』
『いたら、こんなところきてないし。』
『むっちゃんが来てるじゃない。』
『もうそんなの、中学の時に終わったやつだろ。この年まで引きずってる訳ないじゃないか。今日見たって、なんの気持ちも起こらなかったよ。』
『そういうもの?』
『中学生の恋なんて、そんなもんだろ。付き合うことに憧れてるだけで、そんな気持ちがどんなものかもわからないまま、とりあえずその形にはまってみたくなってさ。この年になって、そんな青いやつ思い出すだけで恥ずかしいかも。』
『ふーん。そんなものなのかな。わかんないや。』
『そう? いくちゃんは俺のこと好きだったんだと思ってたけど。』
ぶっ。
げほっげほっ。
「いくちゃん大丈夫ー?!」
「どうしたんー?」
「大丈夫ー?」
何事もないように話しかけてくる彼に恨めしい思いを抱きつつ、何気なさを装うしかないこの状況に一層恨めしさが募った。
「い、いやごめん。むせただけやから、大丈夫やよ。」
「そー?」
「気を付けてねー」
『はは。大丈夫? 当たってたでしょ。今日いくちゃんの目を見て思い出したんだ。きっとそうだったんだ、って今になって分かった。だからいくちゃん俺の事見てるんだって気づいたんだよ。』
いけしゃあしゃあと言ってくれる。
古傷を抉られるような、ジクジクと痛みだす胸。
さっきのことといい、さらに恨めしい思いが募っていくばかりだ。
『……そう。うん。確かに、当時はようくんの事が好きだったよ。でもむっちゃんと付き合ってて、私に入り込む余地なんてなかったからすぐに諦めちゃったね。もう時効よ。』
もうほっといて欲しい。
今さら過去の失恋を掘り起こされて、何もいいことはないじゃないか。
『なんで。また今日、俺のこと気になったんでしょ? じゃぁ、また始めようよ。』
『……それ、どういう意味。』
疑問ばかりが頭を占める。
痛い過去をさらされて、そんなこともあったねと笑って終わるものだと思ったのに。
『そのまま。俺もいくちゃんのことがすごく気になる。だから、俺と会ってみない?』
『会ったら、どうなるの?』
『んー。恋人になれるかどうか、一緒に過ごしてみたいなぁって思うんだけど。とりあえず、明日デートしない?』
『はは。早いね。いつもそんな感じ?』
硬派な方だと思っていたのに、会わなくなってからの彼は案外軽いヤツになってしまったのかもしれない。
時の流れはあっさりと人を変えていくのだろうか。
『そんなことないよ。最後に彼女がいたの、大学のときだし。
なんだろうな。今日は焦ってるんだ、俺。他の誰かに取られる前に早く、いくちゃんをつなぎとめなきゃいけない気がして。
こんな顔でいるけど、結構どきどきしてるんだぞ?』
『そうなの? なんかそんな風には見えないよ? すました顔でみんなとやりとりして。こんなメッセージ送ってくれるなんて思ってもみなかった。』
『うん。結構本気だから。どうする?』
思ってもみなかった返答に戸惑う。
冗談でも、からかってるわけでもないのかと驚くばかり。
それよりも、そんな言葉を聞いて、疑いよりも期待を膨らませた胸をドキドキと高鳴らせている自分に驚愕する。
『……とりあえず、会ってみてもいいかなと思ってる。』
明らかな思いを晒すには、まだ彼を信じきれていない。
けど、それすらも駆け引きのようで、大人になったのかなと、過去の失恋との違いに余計に期待が増していく。
『よかった。ありがとう。』
『ふふ。実は私も結構どきどきしてる。』
『いくちゃんこそ、そんな風に見えないじゃないか。』
『そう?』
『そう。 よかった、今日出てきて。』
『私も。』
『じゃぁ、これが終わったら、電話してもいい?』
『緊張する……。うん。わかったよ。』
『緊張するよな。じゃぁ、後で。』
『うん。待ってる。』
周りに悟られない程度に、微かに目を細めて笑みを浮かべる彼にどきりとする。
加速する胸の高鳴りに、息切れすら起こしそうになる。
ごまかすように、缶チューハイをあおった。
その後も何気ない顔をして同窓会を楽しんだ。
終わりを寂しく思いながら、しかし終わりを心待にして。
この後、きっと私は破裂しそうな心臓を抱えて彼の声を聞くのだろう。
そしてきっと、また恋に落ちるのだ。
一話完結の短編集にする予定ですが、まだ他のカップルの話は書けていません。
のんびり更新していきますので、また機会がありましたらお願いします。