第18話『クッキー』
「『召喚!』エリー!」
時間が経つほどエリーの機嫌が悪くなる気がしたので、マイルームに戻ると急いでエリーを召喚した。
「も〜!遅いよ〜!マリー!」
召喚されたエリーは冗談めかして、怒りながら言う。
「ああ、悪い悪い」
「それで?パン買えたの?」
何も知らないエリーが嬉々として聞いてくる。
食べてしまったと、どう言えば良いものか……。
「エリー……良い報告と悪い報告がある。どっちを先に聞きたい?」
「え?なに?急に海外ドラマみたいな質問」
「どっちから聞きたい?」
「じゃ、じゃあ先に悪い報告から」
「ふぅ〜……」
俺は眉間にシワを寄せ、深くため息を吐きながら額に手を当てる。
「どれだけ悪い報告なの?!誰か死んだの?!」
「すまん!イチゴ餅パン、1人で食べちゃった」
下をペロリと出して可愛く謝る。
姪のマリアの見た目の可愛さで、きっと許してくれるはずだ!
「え〜!なんでぇ〜?!」
無理だった。
エリーは勢いよく飛び掛かると、俺の胸ぐらを掴む。
「ちょ、落ち着けって!食べた理由を聞いたら『こりゃ仕方ない!』って言うよ」
「……ホントに?」
不満げな顔をして、エリーはゆっくりと掴んでいた手を離してくれた。
「もちろん!聞いたら『こりゃ仕方ない!私の負けだね!』って言うよ」
「え?私は何に負けたの?」
「そう言いながら服を脱ぎ始めるよ」
「脱がないよ!何にも負けてないのに脱ぐわけないでしょ!」
「いや、聞いたらもう、シュルシュルって、ちょっと恥ずかしそうに脱ぎ始めるよ」
「私はそんな音がする服は着てないよ!完全に帯状の物を巻いてるよね?!」
エリーに冗談を言うのもこれくらいにして、俺はエリーを戻したあとに起きた出来事を話す。
「ふ〜ん、それなら仕方ないか……」
「だろ?話に夢中だったし、うっかりしてたんだよ」
「うっかりって」
「俺の可愛いところが出てしまったと思って許してくれよ」
「いや全然可愛くはないけど!……でもまあ」
エリーは怒っていた顔から笑顔になる。
「マリーに友達が増えたから許してあげる!」
「ありがと、許してくれると思ってたよ」
まだ怒られると内心では思っていたので、許してくれて良かった。
「それで良い報告は何なの?友達が増えたってこと?」
「いいや、これだ」
俺はメニューを開いてアイテムからパン屋で買った物を取り出す。
「なに?その袋?」
エリーは俺の手にある紙に包まれた袋を不思議そうに見つめる。
口を縛っているリボンを解いて、中身を開ける。
「クッキーだ〜!」
「餅パンの代わりに買ったんだ」
「やった〜!ありがと〜!」
「クッキーかマロングラッセかで迷ったんだけど、クッキーで良かったか?」
「クッキーで良いに決まってるよ!美味しそ〜!」
俺が聞くと、エリーは嬉しそうにクッキーを眺めながら答える。
このまま食べさすだけは嫌なので、ふざけよう。
「そうか。マロングラッセも結構美味しそうだったんだけどな」
「そうなんだ。でもクッキーも美味しそうだよ」
「それなら良かった。でもただのマロングラッセじゃなくてミールマロングラッセって言うマロングラッセなんだ」
「ふ〜ん、ねぇねぇ早く開けてみようよ」
机の上にクッキーを置いて、袋を広げる。
「この黒いのがチョコで、茶色のがミールマロングラッセかな?」
俺は2種類あるクッキーを指差してエリーに聞く。
「普通にプレーン味じゃない」
「でも色的にはミールマロングラッセでも良いんじゃないか?」
「……もう食べて良い?」
エリーが呆れたように聞いてくる。
「良いけど、食べるときにミールマロングラッセのことを思い出してから食べてあげて」
「もういいよ!バカじゃないの?!ミールマロングラッセばっかり言って!」
我慢できなくなったエリーが叫んだ。
「聞いたことないよ!ミールマロングラッセなんて!」
「知らないのかよ?あのパン屋では有名なのに」
「なに?ミールマロングラッセって?ミールマロングラッセなんて知らないよ。ミールマロングラッセなんて!ミールマロングラッセ……」
「え?ちょっと待て!ミールマロングラッセって声に出して言うの気持ち良くなってないか?」
「そ、そんなことないよ!ミールマロングラッセだなんて言いたくなよ!ミールマロングラッセだなんてさ」
「やっぱり言いたくなってるじゃないか!俺のミールマロングラッセで気持ち良くなるなよ!」
「別にマリーのミールマロングラッセじゃないでしょ!」
俺の言葉にエリーが抗議してくる。
「著作権は絶対に俺にあるだろ」
「著作権はパン屋さんでしょ!」
「パン屋にそんな聞いたこともない物が売ってるか!」
「えっ!やっぱりウソだったんじゃん!」
「あ……やばっ、バレた」
「とっくにバレてるよ!」
お互いに睨み合うと、一息付いて椅子に座る。
「時間もないし、しょうもないこと言ってないで食べよう」
「マリーが言い始めたんでしょ」
「ほら、食べろよ。俺の買ってきてあげたクッキー」
「なんだか恩義せがましいけど、貰うね」
机の上に座ったエリーは両手でクッキーを持つと、大きく口を開ける。
クッキーはエリーが持つと大きく見えるが、俺が持つと普通の大きさだ。
「あ〜ん……う〜ん、おいし〜!」
美味しそうにエリーがクッキーを食べ始めるので、俺も茶色のクッキーを食べる。
「うまいな」
「うん!」
クッキーを2人で黙々と食べ、あっという間に食べ終える。
「美味しかったね〜」
「そうだな。……それじゃあ、ログアウトするよ」
俺はメニューを開いて時刻を確認すると、ログアウトのボタンを押す。
「うん!1時の講習に遅れないようにね!」
「おう!」
手を振るエリーに、片手を軽く上げて答えると意識が薄れていく。