第15話『格闘家少女と召喚士少女(前編)』
片方だけ伸ばした前髪を揺らしながら、俺にズカズカと向かってくる。
「返せよ!おれのイチゴ餅パン!」
少女は俺の抱えているパンに手を伸ばす。
「ま、待てよ!」
俺は伸ばしてきた手を避けて抵抗する。
「これは俺が掴んで持ってきたパンだよ!」
「なに?!」
「そもそも俺が盗ったって証拠はないだろ?」
盗っていないのだから、そんなものは絶対にあるわけがない。
「証拠ならある!」
「え!」
「1人で食べるのに3つも買わないだろ!」
3つのパンを買ったことを指摘してきたが、それは証拠にはならない。
「これは俺の召喚獣に食べさせるために、多めに買ったんだよ」
「召喚獣?……はっ!お前召喚士なのか?」
「そうだ。だったらなんだよ?」
次に言うことなんて、どうせ不遇職だとか馬鹿にするんだろ。
「おれは召喚士が大っ嫌いなんだよ!」
「はぁ?」
「召喚獣の後ろで指示を出すだけで、自分は安全な場所で何もしないって考えが嫌いなんだ!」
この子の装備から察するに、格闘家だからこその意見なのだろう。
「そんな大嫌いな召喚士に盗られたって思うとムカついてきた!返せ!」
「待てって!ホントに盗ってないんだって!」
もう一度奪い取ろうとする少女の手を掴む。
「召喚士の言うことなんて信用できるか!」
少女は俺が掴んでいた手を振り払う。
ここまで言われると、さすがにこっちも腹が立ってきた。
「俺は召喚獣だけを戦わせたりしない!俺も一緒に戦ってるよ!」
「ウソつくなよ!戦うって言っても結局、安全な場所で、魔法か何かで攻撃するとかだろ?!」
「いや、俺も一緒に隣で並んで戦うんだ」
「うそつけ!近接系のジョブで、剣も斧も持ってないジョブなんて……え?」
少女が俺のジョブを何となく予想したようだ。
「そうだよ、俺も……」
メニューを開いて、ガーヴィに勝った戦利品にあった格闘家の装備一式を装備する。
「格闘家なんだよ」
「なっ……」
少女は格闘家の装備をした俺の全身を見入る。
どうやら嫌いだった召喚士が、自分と同じ格闘家だったことで混乱しているのだろう。
「安全な場所で召喚獣だけに戦わなせない俺のこと、信じてくれる気になったか?」
「う、うん……」
「良かった」
改めて、俺は自分の格闘家の装備と少女の装備を見比べる。
少女の方はチャイナ服の下にズボンを履いており、俺の方はチャイナ服の下には黒い0部丈のスパッツを履いてて足が出ている。
正直足が見えてて恥ずかしいので、少女のズボンが羨ましい。
「なあ、そのズボンって何処で手に入るんだ?」
「あ?……ああ。これは、この街にある装備屋で買ったんだ」
「へぇ〜、俺も買おうかな」
「教えてやろうか?場所はな……」
少女がメニューを開く仕草をするので、俺は良いアイデアを思い付く。
「それなら、教えてもらうお礼に1個やるよ」
俺はパンを1つ差し出す。
「良いのか?」
「ああ。そのかわり、ちゃんと場所を教えてくれよ?」
「もちろんだ!」
たぶんエリーに聞いたら分かるだろが、盗られたこの子が可哀想なのでエリパンを1個あげよう。
「ありがとな!お前って良いやつだな!」
少女は俺の手からパンを受け取ると、笑顔になる。
カレンはメニューを操作して、顔を上げる。
「おれは『カレン』っていうんだ!よろしくな!」
「おう!俺はマリー・オレだ!」
「よろしく!」
「おう!」
「…………よろしく」
「………………おう?」
俺に何かを求めている様子だ、
返事もしたし、握手とかした方が良いのか?
「早く、おれのフレンド登録の返事返してくれよ」
「へ?フレンド?」
メニューを開いて、人の形のアイコンを押すとカレンからフレンドの誘いが来ていた。
俺は登録のボタンを押す。
「よしよし!登録してくれたな」
「悪いな。まだ始めたばっかで慣れてなくてさ」
「だったらおれが色々と教えてやろうか?」
「良いのか?」
「まかせとけ!」
カレンは笑顔でピースをする。
あんなに怒っていたのに、格闘家同士だったおかげで仲良くなれた。
マリア!格闘家にしてくれてありがとう!
「その前にエリパ……じゃなくてイチゴ餅パン食べないか?」
俺は抱えているパンを見つめる。
早くエリーを召喚して食べたいし、カレンにも紹介してあげたい。
「そうだな!あっちにベンチがあるから行こうぜ!」
「おう!」
ようやくパン屋の前から移動しようとしたが、1人の少女に目が行ってしまった。
その少女は、ショーウィンドウ越しにイチゴ餅パンがあった場所を見ていた。
年齢は俺とカレンと同じくらいだろうか?横顔と後ろ姿しか分からないが、真っ直ぐで黒いセミロングの髪が綺麗な子だ。
「売り切れ……」
少女がポツリと独り言を呟く。
あの子もイチゴ餅パン目当てだったのか?
その少女の装備は黒いローブに短パンの、魔法職の初期装備のような格好だった。
初めてログインした時を思い出すな…。
「ごめんね、リスペン。イチゴ餅パン売り切れみたい」
「チッチッ!」
少女のローブに付いているフードから、20センチほどの茶色毛のリスが出てきた。
「召喚士?!」
「え?」
思わず大きな声が出てしまい、少女が驚いて振り向く。
「あ……ごめん」
アドワ内で不遇職と言われ、自分以外の召喚士がいるとは思えなかったので嬉しくてつい声が……。