第8話 『幼馴染の優愛』
時刻は13時27分。
待ち合わせの駅前に早く着いてしまったので、沙希が来るのをベンチで待つことにする。
スマホのメッセージアプリで沙希に到着したことを伝えておく。
気が付いたが、最近やりとりした人の中に優愛の名前を見つける。
『電話して良い?』など『今って大丈夫?』とか『ゲームばかりしていないで勉強をしなさい』など、親密に連絡をしていたようだ。
それだけ仲が良いのなら、会ったら記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
「ねぇ、貴方って私と何処かで会ったことあるよね?」
スマホから顔を上げると、黒髪で長髪の女性が俺の横から話し掛けてきていた。
俺よりも少し年上に見えるが、教えてもらった特徴も当てはまるので、この人が優愛さんなのかもしれない。
「そう……」
同意しようとした時、ある事に気が付く。
さっきこの女性は何と言った?
連絡を親密に取り合っていた幼馴染の相手に『何処かで会ったことあるよね?』って質問をするのか?
つまりこの人は全然知らない人で、たぶん俺に変な絵画や壺を売ろうとしているに違いない。
「い、いえ」
「遊吾、この人だれ?今日は私と2人でデートよね?」
俺が否定しようとすると、背後から冷ややかな声が聞こえる。
「ご、ごめんなさい!やっぱり会ったことなかったわ!」
女性は慌てながらベンチから立ち上がると、競歩の選手のような早足で立ち去って行った。
まるで何かから怯えて逃げるようにだ。
「……」
俺の背後には一体なにが立っているんだ?!
「ねぇ、遊吾。あの人誰?」
俺は恐る恐る振り返ると、そこには長髪で黒髪の女の子が眉間に皺を寄せて立っていた。
「あ…」
この人が幼馴染の優愛さんか……沙希の言っていた見た目とも当てはまる。
俺と同い年くらいで、頭の良さそうな可愛いらしい女の子。
「あって何?」
俺が黙って見つめていると、優愛さんはさらに不機嫌そうにする。
「あ……あ〜ボロネーゼ食いて〜って言おうとしたんだ」
「………はぁ〜」
優愛さんが呆れている。
咄嗟に出た言葉が、好きな料理を食べたいだったのは俺も反省している。
「もういいわ。どうせ知らない人から話し掛けられただけでしょうから」
そう言いながら優愛は俺の横に座る。
横に座られると凄く良い匂いがしたが、俺は顔や態度に出さないようにする。
「遊吾が集合時間の前に来るなんて珍しいわね」
「そ、そうか?まあ、たまにはな」
記憶喪失になる前の俺は、時間にルーズだったようだ。
「今日は沙希来れないかもね」
「え?そんなことないだろ……」
「今日くらいは2人きりで……ね」
最後にハートマークが付いてそうに、ニコリと可愛らしく笑う。
スマホの画面を見ながら、優愛さんは呟く。
「1週間振りに会うけど、元気そうで良かった!姪っ子ちゃんはもう帰ったの?」
姪っ子?……ああ、マリアのことか。家に来ていたことを覚えていない。現在、家に居ないという事は帰ったのだろう。
「ああ、帰ったよ」
「可愛かったな〜、遊吾と全然似てなかったけど」
「そりゃあ、お兄ちゃんの子どもなんだから」
「お兄ちゃん?遊吾ってお兄さんのこと、そんな風に呼んでたっけ?」
しまった!記憶喪失前の俺はどういう風に呼んでいたんだ?
「ああ、兄さんね」
「兄さん?」
「兄貴ね」
「兄貴?」
「おにいたま」
「ふふ……おにいたまって」
優愛さんがクスクスと笑う。
「冗談はさておき。マリアちゃんって何しに来てたの?ただお兄さんの帰省に付いてきただけ?」
「あ、ああ……」
そんなことを俺が知っているわけがない。
どうして帰ってきていたんだ?
「お兄さんとは何か話しとかしたの?」
「ああぁ〜、色々と話したよ」
「学校のこととか?」
「いやぁ……新しく買ったカーテンの話とかかな?」
「へぇ〜」
俺はマリアからのお兄さんの手紙を思い出して話した。
「それで?カーテン以外に何か話してないの?」
「そうだな……」
このままだと記憶喪失だというボロが出てしまいそうなので、あまり話を広げさせないようにしよう。
「遅いな〜、沙希にちょっと電話してやろう」
俺は話を強引に変えるべく、メッセージアプリで急いで沙希に電話する。
『遊吾!ごめん!』
1回目のコールが終わる寸前に、電話に出た沙希は謝る。
「どうした?もう着くのか?」
『実は勉強しろって親に突然言われて今日は外出が出来なくなって…』
沙希さんがとんでもないことを言い出した。
「え?!今日どうすんだよ!」
『何とか記憶喪失だってことバレないように頑張って!』
「おま、沙希がフォローしてくれると思って今日来たんぞ!」
『ホントにごめん!今日は優愛とデパートでブラブラするだけの予定だったから、適当に誤魔化しながら頑張って!』
「そんなこと」
俺が何か言おうとすると、電話越しで女性の怒鳴り声が聞こえると電話が切れる。
「沙希、来れないって?」
「ああ、勉強しないといけないから今日は外出が出来ないって」
「そっか、仕方ないから2人で遊ぼっか」
優愛さんは俺の肩に手を置き、ニコリと笑う。
その動作に思わずドキリとしてしまう。
「時間もないし、早く行こ!」
立ち上がった優愛さんは俺の腕を引く。
「まあ、仕方ない。行くか」
俺も沙希さん不在の状況に覚悟を決めて立ち上がる。
「デパートってどこのデパートに行くんだ?」
「いつものエオンに行こっか」
いつものって言われても分からない。
俺は優愛さんに手を引かれながら歩き出す。