第21話 『進化(前編)』
「う〜ん……」
ここまで歩いてきたのに、このまま帰るのは嫌なので何か出来ないか考える。薬草でも拾うか……?
「キュキュ?」
足元に擦り寄ってるスピカを見て、エリーが何か思い付いた。
「ねぇねぇ、やる事ないならスピカを進化させたら?」
「進化?そういえばスピカのステータスに進化出来るみたいなことが書いてあったな」
スピカの進化か……。
「そもそも進化ってなんだ?」
「あちゃ〜」
わざとらしくエリーが空中で逆さまに転ける。
「それで進化ってなんだ?」
「私のリアクションに対して何か言ったよ!」
「面白くない!」
「え〜!まあいいけど!進化ていうのはね、簡単に言うと強くなるんだよ!」
「簡単に言い過ぎじゃないか?それと逆さまのまま説明を始めるなよ」
逆さまのままのエリーが元に戻る。
「うっ……逆さまで喋ってたら気持ち悪くなっちゃった。エチケット袋か手頃な大きさのビニール袋持ってない?」
「持ってない。もうその辺で出してこいよ」
「あっ大丈夫、だんだん引いてきた……進化はね、召喚獣の経験や気持ちだよ。召喚獣が経験を積んでパートナーのために戦いとか負けたくない相手に勝ちたいとか強く思うと進化するんだよ」
「自由なやつだな」
エリーなりに、ダンジョンに入れなくて落ち込んでいる俺に気を使ってくれてるのかもしれない。
「大体分かった。要するに戦って経験を積ませれば良いんだろ?よし!進化しに行くぞ!」
「そういうことじゃないんだけどね」
「キュキュ〜……」
嫌がるスピカを抱き上げて草原へと連れて行く。
俺の思い出した記憶ではオークだけじゃなくザコ敵も出てきたはずだ。
「この辺を歩いて敵を探すとするか」
しばらく草原を歩き、スピカを地面に降ろして辺りを見回す。
「全然いないな……他を探して見るかスピ……」
「キュキュ?」
「キュキュ?」
「カ?」
あれ?スピカが二匹いる。スピカって分身とか出来たっけ?
「マリー、何ボーッとしてるの?!敵だよ!」
「敵?」
「キュキュ!」
「ぎゃ!」
片方のスピカが俺のお腹に突撃してきて、尻餅をついて転ける。
「いて〜……もしかしてコイツが敵か?」
俺はお腹の上で攻撃して丸まっているスピードラビットを見つめる。
「いや、その子はスピカだよ!あっちが敵のスピードラビット!名前が表示されてるんだから分かるでしょ!」
「本当だ」
お腹の上のスピカは怖がって震えている。
「キュキュ!」
目の前にいる敵のスピードラビットがこちらに走って攻撃しようとしてくるが。
「ガウ!」
「キュ?!」
ナイトが横から噛みつき『パリーン』とガラスが砕けるように消滅する。
にしても、狼のナイトがウサギを捕食しているように見える。まるで弱肉強食の野生の世界だ。
「スピカ。お前のレベル上げるのが目的なんだから逃げちゃダメだろ?」
「キュキュ〜……」
つぶらな瞳で俺を見つめる。どうする……?
「………仕方ない。スピカがやりたくないなら今度にするか?」
「ダメだよ!娘に甘いお父さんじゃないんだから!簡単に止めようとしないでよ!」
「そ、そうだな!よし、次に敵が出てきたらスピカに倒してもらおう!」
「待ってマリー、スピカだけだと倒せないと思うから、先ずはマリーかナイトが攻撃して弱らせてから、スピカにトドメをさせた方が良いんじゃない?」
たしかに臆病なスピカじゃあ戦いにならない。そのことに直ぐに気付くなんて流石エリーだ。
「よし、ナイト。先ずはナイトが攻撃して弱らせてからスピカがトドメを刺す作戦でいくぞ」
「うわっ!私の考えた作戦を、さも自分が考えたように言った!」
「キュキュ?」
目の前にぴょんぴょんとスピードラビット(幼体)が跳ねながら現れた。
「ナイト!死なない程度に攻撃だ!」
「ガウ!」
ナイトが噛みつくと『パリーン』と敵のスピードラビット(幼体)は消滅した。
「ナイト、もっと優しく噛みついてくれ。ガブッといかず、ガッくらいで止めてくれ。奥歯で噛まずに前歯で噛むように」
「ワウ……」
「ねぇねぇマリー、そんなアバウトな指示じゃなくてしっかりと敵のHPのゲージを見ながら戦うとか言った方が良いんじゃない?」
言われてみればあったなゲージみたいなの。あれはHPを表すゲージだったのか。
意識して見ると俺の頭上やスピカとナイトにもある。もしかしたら見たいと思いながら見ないと仲間のHPは見えないのかもしれない。
「ナイト!HPゲージを意識しながら弱めに攻撃していって弱らせるんだ!」
「また?!どうして私の意見として採用してくれないの?!」
「なんか………自分で考えて言ったと思われたくて、カッコいいかなって……みんなに頼られたくて、カッコいいかなって」
「全然カッコよくないよ!」
俺がエリーに怒られている横でナイトがスピードラビット(幼体)を弱らせている。
「ガウ!」
吠えるナイトの側には瀕死のスピードラビット(幼体)が2体並んでいる。
「サンキュー、ナイト。スピカ攻撃だ!」
「キュ……」
スピカに指示するが一向に動こうとしない。
「スピカ!攻撃だ!」
「キュ……」
俺の足にしがみ付いて動こうとしない。
「スピ」
「キュ……」
スピカは震えながら俺の足にしがみ付いている。
「スピカ!いい加減に」
「エリー」
スピカに怒鳴ろうとしたエリーを止める。
「ここは召喚した、召喚主である俺に任せてくれないか?」
「……わかった」
俺は震えているスピカの頭の上に手を置く。
召喚獣はAIなので俺の話が理解出来るはずだ。
「スピカ、聞いてくれ。俺には記憶がない」
「キュ?」
「記憶が何もない。何が好きで何が嫌いで、何を食べたことがあって、どんな場所に行ったことがあるか、何人友達がいたかも覚えていない」
俺の顔を見つめるスピカの目と目を合わせる。
「でもな、俺はお前を信じてる。記憶がなくても俺は、スピカなら進化して強くなって戦ってくれるって信じてるんだ」
「キュ……」
スピカは自信がないのか下を向く。
スピカの頭の上に置いていた手を動かし撫でる。
「強くなろうぜ、一緒にさ。せっかく進化出来るのにしないなんて勿体ないよ」
「キュ……」
まだスピカは動こうとしない。
だったら強行手段だ。俺は目一杯息を吸い込む。




