081 水と油
「お見事ですぞっ!」
「さすが周防様!」
「秀逸な太刀筋でございました」
空中でバーゲストが三分割にされて霧散し、カランと魔石が地面に落ちる。それに合わせたように周囲から拍手と歓声が沸き起こった。
朝早くから周防が試し斬りに行くと言い出し、寝ていた助っ人はわけも分からず叩き起こされ太鼓持ちをさせられているというわけだ。ご愁傷様である。
そんな周防達を、俺と天摩さん久我さんの三人がメイドさんに入れてもらったお茶を啜りながら見学している。
『偉そうなだけあって剣捌きだけは上手いよねー』
「……あんなの普通。だけど構えが何か変」
ピカピカに磨かれたフルプレートメイルを着た天摩さんがトゲのある褒め方をすると、黒服を着た久我さんは何か違和感を感じると言う。
確かに天摩さんの言うように剣の使い方は見事だった。飛びかかってこようとする動きを読んで一閃した後に、打ち込んだ刃先をすぐに反転させて斬る“燕返し”のような技は、見様見真似でできる芸当ではない。
周防は刀を右手だけで扱い、左手は相手の攻撃を捌くために使うという肉体強化を前提とした剣術スタイルを取っている。剣も魔法も両用できるのでダンエクプレイヤーにも人気の構えだ。そも周防は“剣術を使う【ウィザード】”なのであの構えを取ったところで別におかしなところはなく、むしろ自然だといえる。
ところが周りからは剣士だと思われており、先ほども魔法なんて使わず左手を遊ばせて右手で持った刀のみで戦っていた。そこに違和感があると久我さんは言っているのだ。剣と魔法両用というダンエクの戦術を知らなければ中途半端な構えと思うのも無理はない。
『あの刀もかなりのものだよねー。国宝クラスじゃないかな』
「……分不相応」
刀身を見れば鈍く発光し、薄っすらと白い靄もかかっている。聖属性のエンチャントがかけられているのだろう。そうでなければ霊体のバーゲストを切り刻むなんてことはできやしない。
エンチャントウェポンは30階以降での入手が一般的なのだが、日本では32階までしか攻略できておらず辿り着ける者もほんの一握り。入手できる数も非常に限られている。その結果、取引価格がとんでもないことになっているのだ。
周防の親は大貴族というだけでなく、いくつもの企業を支配下に置く大資本家でもある。だからといって豪邸が建つほどの物をポンと高校生に買い与えるのはいかがなものか。それも庶民の嫉妬に過ぎないのだろうけど。
『まぁでも私なら勝てるね。付け入る隙なんていくらでも作れそうだし』
「……私でも勝てる」
『Eクラスのキミじゃ流石に厳しいと思うけどねー』
「……余裕。ついでに言えばあなたでも私に勝てない」
天摩さんがヘルム越しに久我さんを睨む。今は天摩家直属の執事として匿ってくれているというのに、あまり失礼なことは言わないでほしいのだけども。ほら、後ろにいるメイドさんも殺気を放ち始めたじゃないか。
どうしてこんな状況になったかというと、昨晩の――頭を踏まれたときまで遡る。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「同盟を組むって……何故」
「俺を調べたいのも、背後に何かいると思ったからでしょ」
俺に後ろめたいモノなどない――こともないが、俺がプレイヤーでこの世界がゲームだったとか言っても頭が可哀想な子とみられるだけだし、仮に信じてもらえたとしても信頼関係が構築できていない現状では互いにリスクでしかない。
それでも「何も言えない」と言ったら話が続かず終わってしまうので、興味を引くために「何かしらの秘密」は持っていると明かす。
「その秘密を今から体に聞こうと思っているのだけど」
「ひとまずこの足をどけてくれないかな。話しづらいんだけども……」
地べたに頭を擦り付けて懇願するポーズで対抗したら、躊躇なく俺の頭を踏んできた久我さん。踏む力は手加減してくれているようだけど、ぐりぐりと捩じるように踏まれていると何とも言えない背徳感がやってきてしまう。
ちゃんと話がしたいので足をどけてもらおうと土下座スタイルで10分ほどかけて交渉し、ようやく頭を上げることができた。危うく後頭部がハゲてしまいそうだったぞ。
(さて。何の話から切り出すか)
こちらをジト目で睨んでくる変な格好をした少女は、日本の冒険者関連情報を集めるために出身や経歴を偽って冒険者学校に入り込んだアメリカの諜報員――スパイだ。
アメリカが日本の情報を集めているのは、この世界における日本とアメリカの仲が悪いという理由もあるが、スパイ行為なんて世界中がやっていることで別におかしいことではない。日本だって世界各国にスパイを送って情報を集めまくっているはずだ。何せ冒険者情報というのは国家安全保障における最重要のファクターなのだから。
例えばカラーズのようなトップ冒険者集団が街中で本気で暴れたとしよう。もちろん人工マジックフィールド装置を使ってだ。そしたらどうなるか。
片手で数百kgを持ち上げ、100mを数秒で走り、スキルを使えば家一軒くらい真っ二つ。そのくせ銃弾もまともに効かない超人達。こんな奴らを相手に戦うには同等の冒険者をぶつけるか、戦車砲やミサイルを雨あられのように撃ち込むしかない。人が多い中でそのような事態になれば大惨事である。そして問題は、このようなことが現実に世界で起こっていることだ。
だからこそ各国は冒険者情報を血眼になって収集している。どこの国、または組織にどれほどの実力者がいて能力は、思想は何なのか。久我さんもそういった情報をつぶさに収集し本国に報告しているはずだ。
もちろん課せられている役目はそれだけではないだろう。
日本には固有ジョブの【侍】や、世界にたった数人しかいない【聖女】の情報など超ド級の国家機密があるし、攻略クラン情勢や冒険者学校の育成法、生徒の個人情報など多岐にわたる情報収集の指令も下っているはず。朝に機嫌が悪いときは本国とのやり取りで忙しく睡眠不足になっていたというのがオチだ。
そんな久我さんと同盟を組むというのは、リサやサツキのような共闘関係になるという意味ではない。学校生活においてソロでは動きにくい場面でも互いに手伝ったりアリバイ作りをしようじゃないか、という共犯の提案である。
「それはあなたが信用でき、使える人間かどうかが重要な判断要素となる」
「でもさ、今回だって勝手にクラス対抗戦から抜け出してきたわけでしょ? カヲル達も怒ってるはずだよ。俺と口裏を合わせて「一緒に魔石を集めてた」というだけで大分楽になるんじゃないかな」
「……楽にはなるかも。でもあなたの狙いは何」
俺の狙いか。もちろんある。それは「久我の叛乱」と呼ばれるイベントに対処するためだ。
久我さんと親密になってメインストーリーを進めていけば、組織を裏切り主人公の仲間になるシナリオへと突入する。その際にアメリカからヤバイ奴らが粛清のために来日してくるのだが、こいつらを迎え撃つと冒険者学校含むこの一帯は戦場となり全壊してしまう。話し合いで解決なんてできるわけがないので、久我ルートに入ってしまえばこの破滅的な未来はほぼ不可避だ。
逆に久我さんを攻略せず放置しておけば暗殺や諜報、破壊工作など何でも行う危険な敵キャラとなってしまう。こうなればもう後戻りはできず倒すしかないのだが、隠密スキル満載の彼女を探すのにも時間がかかり、その間にあちこち壊され、こちらのルートも被害甚大となる。
このどちらの結果も阻止する手っ取り早い方法は“今すぐにでも久我さんを殺してしまうこと”なのだが……今の俺ではリスクが高いし、何よりそんな強硬手段は絶対に取りたくない。
目の前の少女は悲劇のヒロインなのだ。孤児として生まれ、物心ついたときからダンジョンに入れられて戦闘を叩き込まれ、幸せというものを知らないマシーンのような人間になっている。そうでなければ生き残れないほどの過酷な幼少期を過ごしてきたからだ。
しかしふとした切っ掛けで主人公と手を取り合うことになり、愛を知り、迫りくる過去と現実を乗り越えて、多くの人に希望を与えていける強い人間でもある。そのクライマックスシーンは涙無くして語れず、ダンエクでも名場面ランキング上位に入るほど。
そんな彼女を排除するなんてもっての外。ダンエクを愛するプレイヤーならば彼女を救う以外の選択はありえない。そう、俺は救いたいのだ。
だからその返答は――
「君の――笑顔さ」
「……キモッ」
普段は物怖じしない豪胆な久我さんですら思わず一歩引いてしまうほどの笑顔で何とかごまかし、話題を変えることにする。
「とにかく。今後を考えて短期だけでもいいから手を組んでおいたほうがお得だと思うよ」
「何だか話をはぐらかされた気がするけど……戦う気がないのは分かった。でも調査は続けることにする」
このまま手ぶらでは帰れない、俺のすぐそばで観察を続行すると仰る久我さん。だけどこの19階からEクラスの生徒をもう一人追加します、などと言えるわけがなく。
どうしたもんかと一晩頭を悩ませた結果――
*・・*・・*・・*・・*・・*
翌朝。つまり今から1時間ほど前に黒服に囲まれた天摩さんと相談し、久我さんを直属の護衛として執事の仲間に混ぜてもらえないかお願いしたのだ。執事長であるメイドさんは俺を仇敵のように睨みながら反対してきたけど、主である天摩さんがOKしてくれたので無理やり丸め込むことができたのである。
全ては計画通り。一件落着……と、そんな上手くいくことはなく。
『今のキミってウチ専属の執事なんだよね。その態度はどうかと思うんだけどー』
「私の方が強いと正直に言っているだけ」
さも「当然のことを言っただけ」と気にも留めない久我さんに、ヤンノカコラと睨みつける天摩さん。遠くで観察している執事達もそわそわしている。もうちょっと空気を読んだ発言をして欲しいものだけど。
『まーウチより強いわけないし。面白い冗談だと思って許してあげようかなー』
大目に見てあげようと胸を張り度量を示す天摩さん。Bクラスのみならず、Aクラスの貴族ですら庶民に対しては見下すような態度を取りがちだけど、彼女はおおらかで我慢強く、誰に対しても目線を合わせて話してくれる。全くもって稀有な貴族だ。
だけど――
「冗談なんて言った覚えはない」
またもや空気を読まずに発言をしてしまい、ピリピリとした空気が場を包む。水と油のような二人を前に、この先待ち構える道中を想像した俺は静かに震えることしかできなかった。