080 一撃必殺の構え
荒れ果てた丘陵地帯を抜けた到達深度一行は、アンデッドの彷徨う真っ暗な森を一塊になって歩いている。
不気味な木々が周囲を取り囲むように生い茂っているため視界は非常に悪く、奇襲を警戒しながらの移動。次の19階へ行くのにこの道を真っ直ぐ進むだけなので迷うことは……ままあるのだ。
「構えぇ! 撃てェ!」
誰かのお付きである弓部隊が横一列に並び、風属性が付与された矢を一斉に放つ。的は数十m前方で道を塞いでいる樹木型のモンスター、トレント。近寄るとリーチのある枝を使って絞り上げる攻撃をしてくるので厄介だし、無視して行くにもこうやって道の真ん中を塞いでいるため暗く危険な森に入って迂回する必要がある。遭難する冒険者が後を絶たないのもそれが理由だ。
それでもトレントの移動速度は遅く、こうして遠隔攻撃ができるならさして手ごわい相手ではない。
一斉射撃により直径1mほどあったトレントの幹が抉られ、バキバキッと音を立てながら折れ曲がる。威力から察するにこの弓部隊はレベル20を優に超えているだろう。普通は樹木に矢を撃ったところで刺さるだけだというのに、易々と大穴をあけている。
『周防家お抱えの弓部隊だねー。攻略クランでもあれほどの【アーチャー】を揃えるのは難しいんだよ。育てるのも大変みたいだし』
隣で解説してくれる天摩さんによれば、【アーチャー】を育てるにはとにかく金がかかるという。先ほど使っていた矢もそこらで売っている普通のものではなく、大きな負荷にも耐えられるようミスリル合金を加工して作られている。あんなものを攻撃の度にポンポン撃っていたらどんな狩場でも出費に見合う収入なんて得られるわけがなく、散財は確実。なので【アーチャー】の背後には貴族やクランなどのパトロンがいる場合が多いのだそうな。
逆に育ってしまえばこのレベル帯では最強ジョブの一角と言えるので大きな戦力を手に入れられることになるし、組織としても箔が付く。天摩さんもいつかは弓部隊を育てたいとしみじみ言う。
『音に釣られて近くのモンスターがやって来たみたい』
「魔狼よりは小さいけど格段に速いな」
『うん、しかも霊体だから草木を素通りしてくるよ』
弓矢の衝撃音で近くにいた犬型の悪霊、バーゲストが集まりだす。一見ただの黒い犬のように見えるが、霊体なので物理耐性がある上、レイスなどと違って動きも素早く魔法も当てづらい。
さて、どうするのかと見ていると、巫女服を着た女性が集団を割って前に出る。聖女機関に所属する世良さんのお付き達だ。軽やかなメロディーを奏でるような声で魔法の詠唱を開始する。
「慈愛に満ちたる光よ。汝に、安らぎを。《中回復》!」
霊体やアンデッド相手には回復魔法が攻撃として作用するので、このアンデッド地帯においてヒーラーはアタッカーのような役割もできる。しかも回復魔法は大雑把な照準でも当たってしまう特性があるため、素早い動きのバーゲストにも問題なく当てられるのが強みだ。
しかし回復魔法はMP効率がとても悪く、また再使用のためのクールタイムも長いので乱発できないというデメリットもある。それを補うかのように後ろから別の巫女さんが出てきて次々に回復魔法を唱えていく。
『あれだけのヒーラーを集められる聖女機関ってどんなところなんだろうね』
「世良さんに聞けないの?」
『あんまり話をしたことないんだよね。今度聞いてみようかなー』
先ほどの巫女さんが使った《中回復》にしても、損傷して時間がさほど経ってなければ歯の一本、指の一本くらい綺麗に再生させる効力はある。当然だが医療においても非常に需要が高く、びっくりするような大金だって動くときもある。そんなヒーラーを権力者や犯罪組織が放っておくわけがなく、過去には人間回復ポーションとして拉致監禁され社会問題となったほどだ。
聖女機関は【聖女】を守るために作られた組織だが、そういった犯罪にあいやすく立場の弱いヒーラーを保護して育てる場所でもある。
ダンエクでは聖女機関にまつわるエピソードは、世良桔梗ルートで名前や役割がちょろっと出てくる程度で、結局【聖女】がどういった人物なのかも分からず終い。それも世良さんに聞けば教えてくれそうな気もするけども、天摩さんはあまり話したことがないという。苦手意識でもあるのだろうか。
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一行はその後も暗い森の中を歩き続け、ゴール一歩手前である19階へとたどり着く。階と階を繋ぐ階段から200mほどはモンスターがポップしない安全地帯なので今日はここで一泊だ。
19階ともなれば入り口広場であっても店などはなく、施設もコインロッカーや簡易トイレくらいのもの。この辺りでポップするモンスターは霊体のくせに素早いバーゲストや高火力の魔法攻撃を使ってくるスケルトンメイジなので、狩場としては非常に不味く、冒険者も通り過ぎるか手前の階層までしか行くことはない。おかげでこの入り口広場は到達深度一行の独占状態だ。
遅い時間に到着したので各々はすぐに夕食の準備に取り掛かる。天摩さんとも食事のため別れることになった。
貴族達はこのダンジョン内でもテーブルで食事をするということを徹底しているらしく、お付きがせっせとテーブルを組み立てて料理の準備をしている。また食事をするのも仲間内で談笑しながらではなく一人で食べることが多いようだ。未だ貴族の習性はよく分からない部分が多いけど、メンツというものを何よりも大事にしていることは何となく分かる。
(俺も飯の用意をするとしようかね)
マジックバッグからコンロとそら豆型の飯盒を取り出し、米と水を注いでスイッチを捻る。米が炊きあがったら温めたインスタントカレーをぶっかければ夕食の完成だ。一般庶民はメンツなんてものを気にする必要がないので気楽でいいね。
米が炊けるまで他の人らは何をしているのか、ぼーっと眺めてみる。戦闘をメインでやっていた助っ人達は防具を外し、武器の手入れを熱心にしていた。意外と女性が多いのは付き添う貴族の性別と合わせているからだろうか。
他にはご飯を炊いたり大鍋をかき回している助っ人もいる。料理人もちゃんといるはずだけど貴族の分を作っているところしか見たことがない。
そんな彼らに《浄化》の魔法をかけて回っている巫女さん達の姿も。
《浄化》はデバフを解除する目的で使われる魔法だが、衣服や身の汚れを落とす効果もあり風呂に入れないときに大活躍する生活魔法でもある。助っ人達の中にもヒーラーはいるのに使えないのは聖女機関のみに伝わる隠匿された魔法だからだ。危険な魔法でもないのに公開しない理由は利権絡みなのか、巫女の価値を上げるためなのかは分からない。
巫女さん達はBクラスの助っ人まで順番に《浄化》をかけていたのだが、俺には待っていてもかけてくれずそのまま待機場所に戻っていってしまわれた。かける条件でもあるのだろうか。
(でもとっくに《浄化》は覚えているんだよね)
こっそりと《浄化》を使って身の清潔を保つ。オババの店では普通にスクロールが売っているので、店に行けるならいつでも誰でも労せずに覚えることができる。ちなみにこの魔法は肌も綺麗になるらしく我が家の女性陣は風呂に入れるというのに毎日数回欠かさず使っている。
その他に気になるといえば。
(まぁ……気が乗らないが一応声を掛けておくか)
本当は最後まで気づかないフリして声をかけるつもりはなかったのだけど、ずっと跡をつけられ観察されるというのも落ち着かない。ここらで決着をつけておこう。
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離れたところにポツンと一人でカップラーメンを啜っている少女がいた。
危険で薄暗い夜MAPなのにわざわざ帽子とサングラスをかけ、何かのキャラクターが描かれたトレーナにデニムのショートパンツという場違いな恰好。ひょっとして変装のつもりだろうか。
「やぁ、久我さんだよね。わざわざ俺を追ってきたの?」
ゆっくりと顔を上げ、声をかけてきたのが俺だと分かると眉間にシワを寄せて不機嫌そうな顔をする……が、ラーメンを啜るのは止めない。性根がすわっているというか恐ろしくマイペースな子だ。
「……いつから分かってたの?」
「いつからって言われてもね」
隠密スキルを使っていたとはいえ、そんなパリピのような怪しい格好でずっとつけてきたのなら気づくと思ったけど、ここ何日もの間ずっと助っ人集団に紛れ込んで同行していても誰も怪しむ人はいなかった。その変装にも効果があったということだろうか。もしくは助っ人同士、誰が参加しているのかお互いに把握していない可能性もある。
「尻尾をださないのは見事だけど、こんな階層で平然としている時点で十分怪しい」
「それは久我さんにも言えると思うんだけど」
この期に及んでのんびりとラーメンを食べている人に言われたくない。そして何やら俺の背後を調べてたけど何もでてこないのは何故なのかと聞いてきた。妹や両親はそろそろ何か出てきそうなレベルになりかけてるけど背後に何かいるわけでもなく、正真正銘の一般人だ。
それでも俺についてはどこかの国の諜報員だと断定してる模様。サングラス越しに俺の頭のテッペンから爪先までジロジロと見分してくる。いくら見たところで何かが出てくるわけでもないだろう。
「だから……もう手っ取り早く、その身に直接聞くことにする」
つゆまで飲み干したカップを横に置くと、腰のホルダーから短剣を取り出して緩やかに立ち上がる。まさかここで戦う気なのだろうか。
「こんなところで戦って目立てば、久我さんも困るんじゃないの?」
「それは私と戦える実力があればの話。すぐに終わるから大丈夫」
こちらに向き直りながら「尋問は長くなるかもしれないけど」と付け加える。どのような尋問なのかほんの少し興味はあるけれど、できれば優しく……いや遠慮しておきたい。
「もしかしたら俺のほうが強いかもしれないじゃないの」
「それはありえない。私が本気を出せば一捻り」
(確か、レベル24で【ローグ】だったっけか)
隠密や偽装スキルが豊富な【ローグ】は悪用されれば被害が計り知れず、国に忠誠を誓った者、あるいは特殊任務に就く者だけに制限されている隠匿ジョブだ。それは日本のみならず世界でも同じ。社会に危険を及ぼしかねない情報は国が徹底管理するというのがこの世界のルールのようである。
そんな【ローグ】である久我さんももちろん普通の女子高生ではない。
物心がついたときからダンジョンに入り、数多の戦闘訓練を施されたエリート中のエリート。現時点では世良さんや天摩さんでも勝てないし、上級生を含めても彼女より強い人は――まぁ、プレイヤーを除けばいないだろう。それだけの実力はあるのだ。
「私より速く動けたら……褒めてあげる。《アクセラレータ》」
人差し指でサングラスを持ち上げながら呟くように発動させる久我さん。足元には移動力を高める風がまとわりついている。初手からそんなスキルを使ってくるだなんて多少なりとも俺を警戒していると見受けられる。
お互いに身構えながらじりじりと間合いを詰め、一定の距離になると被っていた帽子を置き去りにして久我さんの体が横にブレる。死角からの攻撃で瞬時に決着を狙ってきたか。ならば、こちらも一撃必殺の構えで迎え撃つとしよう。
体の重心を落とし手は若干前へ。これで――終わらしてやるっ!
「勘弁してくださいっ!!」
高速土下座の構えだ。久我さんといえど年頃の女の子。目の前でプライドの全てを脱ぎ捨てて土下座している男がいたら堪らず躊躇してしまうだろう。もしかしたら動揺し怯えてしまうかもしれない。だが俺は心を鬼にしてでも心理戦で有利に立とう。さぁ、震えて手玉に取られるが――
「あいたっ、痛いですっ!」
「なんのつもり」
無防備に下げている俺の頭を躊躇なく踏みつけてきたぞ。しかもぐりぐりとねじってきやがる。靴の裏がスパイクのようになっているせいかゴツゴツしてとても痛い。女王様気質でもあるんじゃなかろうか。
とりあえず話し合いがしたい聞いてくださいと何度か懇願してみたものの、足をぐりぐりするのをやめてくれない。気がそがれたといって足をどけてくれたのは、それから10分ほど経ってからのことだった。