072 多少都合が悪くとも
Eクラス一行は練習場所を求め、ダンジョン1階を練り歩く。先頭はピンクちゃんが歩き、その両隣には彼女の荷物を奪うように持った男子たち。真ん中をクラスメイト達が続き、最後尾にカヲルと月嶋君、そして俺が付いていく。
「オレがデカい魔石をたくさん持ってこれればいいんだけどよォ。目立つと色々と身動きができなくなるから今はまだ無理なんだよなァ」
「……そう。それなら今後に期待しているわ」
前を歩く月嶋君がいつでも高レベルの魔石を取ってこれるとボヤくように言うと、カヲルはまるで何も期待していないかのように事務的に返答する。しかし実のところ本当のことを言っているかもしれない。
月嶋君の動向はリサに調べてもらっているけど尻尾は掴めていない。分かっていることといえば普段は仲の良いクラスメイトと外で遊んでばかりいて、ダンジョンにほとんど潜っていないこと。にもかかわらずレベル上げは順調らしい。
その報告を初めて聞いたときは意味が分からず困惑したものだが、今なら大方予想は付く。恐らく“何か”を召喚し、単独で狩りをさせているとかだろう。その方法ならダンジョン外にいてもレベルを上げることはできる。
もちろん問題は山ほどある。高レベルプレイヤーが用いるような召喚獣、エレメンタルはマニュアル発動で呼び出しただけでも膨大なMPを使い、召喚が成功しても低レベルでは維持することすら不可能。またゲームにおいて召喚したものは基本的に細かく命令しないと動かないという性質がある。
これらの制約を突破できたとして、監視もせずに強力な召喚獣を好き勝手暴れさせていたら一般冒険者から報告の一つくらい出てくるはず。だけどそんな情報は流れていない。
ダンエクでの常識で考えれば普通は無理だと結論付けたいところだが、ゲームが現実化したことで問題点をクリアできる手段や抜け道が見つかった可能性もある。今のところ候補となる召喚魔法はいくつか思い浮かんでいるのでその辺りはリサと考えを擦り合わせておきたいところだ。
そんなことをぼんやり考えて歩いていると前方で丁度いい広さの場所が見つかったと声が上がる。
「三条、これくらいの広さがあれば十分じゃないか」
「そうですね。ではここを練習場にしますか」
十人程度が自由に走り回っても余裕あるほどの広い空間。入り口からそれほど離れていないのにこんな良い場所が見つかったのはラッキーだ。早速各々が適当な場所に荷物を降ろして準備を行う。
(といっても俺は何にも持ってきていないんだが。何をすればいいのやら)
しばらくどうするのか見ているとカヲルとピンクちゃんを筆頭に二つのグループに分かれ始めた。トータル魔石量は参加人数が一番多く、全員で動いて戦うのは効率が悪いと判断したのだろう。俺はカヲルの方にでも入っておくか。
それで今話し合っているのは誰がどの役割をやるか、らしい。一番大変なのは敵の攻撃を一手に引き受ける盾役、つまり“タンク”といわれているロール。危険で負担も大きいため誰もやりたがらないのは当然といえる。
「でも~レベルが高い三条と早瀬がタンクをやるべきじゃない?」
「無駄に高いそのレベルが役に立つときだよねー」
案の定、女子達が二人を槍玉に挙げる。それでも【ニュービー】と基本ジョブしかいない集団なら、一番レベルの高い者にタンクをやってもらったほうが安定するのは確かだ。
「分かったわ。その代わり、私とサクラコの指示には従ってほしいの」
カヲルとピンクちゃんが互いの顔を見て頷き、タンクを買って出る。ここは大変なロールを請け負ってでも結束を高めていきたいという狙いなのだろう。女子達も二人を嫌うあまり無駄に反抗的な態度を取っていても自らの首を締めるだけ。一団となって挑まなければ上位クラスには善戦することすら難しいのだから。
(でもまぁ、サツキや月嶋君がどれくらい動くかにもよるのか)
結果的に勝てないまでも善戦ができればEクラスの重苦しい雰囲気が改善することは間違いない。それはサツキが願ってやまないことだ。またゲームではクラス対抗戦で結果を出せばヒロイン達の好感度を上げられるボーナスがあった。それを目的にカヲルを口説きたい月嶋君が暗躍することも十分考えられる。
一方で上位クラスに行くことに興味なんてなく、本気で攻略したいヒロインがいるわけでもない俺は好きに行動させてもらうとしよう。
「それでは陣形と連携確認を……」
「落ちこぼれ共、どけよ!」
「ここは俺等Dクラスが使うことにする!」
ピンクちゃんが練習の説明しようと声を上げようとするとDクラスの連中がぞろぞろと広間にやってくる。こんな感じのさっきも見たぞ。もしかしてこの学校には下位クラスに喧嘩を売るときにこのようにしろという習わしでもあるのだろうか。
先陣切って大声で罵倒してきたのは……間仲じゃないか。アイツとソレルにいる兄は俺の懲罰リスト最上位に位置しており、いつお仕置きしてやろうか虎視眈々と機会を窺っているところだ。
「Eクラスがこんな良い場所使うとか、少しは遠慮しろよ」
「むしろ誰に勝つ気で練習してるのか気になるよね」
「もしかして劣等クラスのくせに俺等に勝とうとかしちゃってるの?」
入って来るや否や好き放題に罵ってくるDクラス達。先ほどCクラスとBクラスが言い争っていたのと同じ状況だ。違うといえばEクラスの皆が誰も文句を言わず黙って俯いていること。先の闘技場での出来事で実力差を思い知ったせいだろう。
月嶋君も目の前で煽られているにもかかわらず何も言わずにいる。てっきり短慮な性格かと思いきや、実は冷静な人だったりするのかね。
だが何も文句を言わないことをいい事にDクラス連中はますます調子に乗って挑発を重ねてくる。
「なんなら俺達Dクラスと勝負でもするか? そうだな……うちの第三剣術部に雑用係が欲しかったんだよなぁ。そこの青髪とピンクの髪。お前らは負けたら俺等の雑用でもしてもらおうか」
「なっ、そんな理不尽な要求を呑めるとおもっているのかっ」
「三条さん、僕の後ろにっ!」
間仲が下卑た顔でカヲルとピンクちゃんの腕を掴んで引き寄せようとする。これにはさすがに我慢ならなかったのか取り巻き男子達が反発して割って入る。そのおかげでピンクちゃんは難を逃れたが、誰も守らなかったカヲルは腕を掴まれてしまった。
(……そういえば。カヲルの個別シナリオにもこんなシーンがあったな)
あの手この手で色んな名目を作ってカヲルを都合の良い女にしようとする間仲に対し、ブタオがブチ切れて勝手に勝負を受けてしまうイベントがあったことを思い出す。
ちなみにこの勝負に負けるとカヲルはいいように扱われ攻略不可能となり、バッドエンドに一直線。勝ったら“プレイヤー”はカヲルの好感度アップなど美味しいボーナスを獲得できるが、勝手に勝負を受けてしまったブタオはクラスから要注意人物に指定され、忌み嫌われる存在となる。
つまり、この勝負は勝っても負けても俺にとって損しかないのだ。
月嶋君がこちらを見てニヤニヤしている。ゲームのブタオと同じように行動するとでも思っているのだろうか。カヲルを口説きたいのなら、むしろこういうときこそ矢面に立って守ってあげるべきなんじゃないのかね。そら見ろ。間仲に腕を捕まれ少し震えているじゃないか。もしかしたら闘技場でのことがトラウマになっているのかもしれないな。大事な仲間がボロボロにされたのだから無理もない。
(分かっているさ。落ち着けって)
俺の中のブタオが「カヲルを助けろ!」と騒ぎ出すので一呼吸置いて落ち着かせる。目の前で女の子が困っているというのに黙っていたら、男が廃るってもんだよな。多少都合が悪い未来が待ち受けていようとも俺ならばどうとでもなる。
よーし、やってやるぞぉ!
「あぁ~その。この子も困ってるから……」
「豚がしゃしゃり出てくるんじゃねェ!」
一歩前に出てやんわり止めようとすると、間仲は躊躇なく頬に目掛けて拳を繰り出してきやがった。今の俺からすればこの程度のパンチを躱すのは造作もないことだが避けると怪しまれてしまう。どうせ大したダメージもなさそうなので喰らっておくとしよう。
「ぶへらっ」
「颯太っ!」
VITが大きく上がったおかげで痛くも痒くもないものの、勢いに持っていかれて数mほどぶっ飛ばされてしまう。にしても、俺のレベルがデータベース通りの3ならば結構なダメージが入っていたパンチだったぞ。全く容赦を感じない。
今まではEクラスに対しては《オーラ》での威圧のみだったのに、とうとう暴力まで解禁してきたか。これはクラス対抗戦の結果次第では教室でも酷いことになりそうだ。
どうしたもんかと考えながら砂ぼこりを払って起き上がろうとすると、驚いたことにカヲルが間仲の手を振り切って駆けつけてくれた。毛嫌いしている相手にでもこうして手を貸してくれるとは、やはり根は優しい子なのだろう。
「これくらい大丈夫だ。それより……」
「そ、そうね。みんな行きましょう。こんな勝負受ける必要はないわ」
「待てよ腰抜け共、話はまだ終わってねーぞっ!」
カヲルが移動を促すと、間仲が《オーラ》を放って立ち塞がる。この様子だと単に絡みたいだけでなく勝負に持ち込むよう指示でも受けているのかもしれない。そんな見え見えの恫喝にもEクラスのみんなは威圧され硬直したかのように尻込みし動けなくなってしまう。俺を殴って暴力を見せつけたのは効果的だったようだ。
そんな中、一人だけ悠長にどこかへ行こうとしているクラスメイトがいた。月嶋君だ。
「お前! 何勝手に逃げようとしてんだっ」
再度《オーラ》で威圧しても止まらない歩みに、業を煮やしたDクラスの男子生徒が肩を掴みにかかる。月嶋君は捕まえに来た手をするりと躱し、代わりに顔を掴んでそのまま持ち上げてしまった。
「ぐああぁああ」
「おいおい、勘違いするな。逃してやんのはこっちなんだよ」
結構な力で締め上げているのか苦痛の声を漏らし暴れるDクラスの生徒。格下だと思って舐めていたEクラスに逆に暴力で返されるとは思ってもみなかったのだろう。Dクラス全員が驚きのあまり言葉を失っている。
あまり派手に喧嘩を売ったとなれば背後にいるBクラスまで出てくる危険性もある。そうなれば何が起こるか予測できなくなる。
Bクラスは現時点でこそAクラスに劣る位置づけにいるものの、実力差はほぼ無いといっていい。特にBクラスをまとめている周防の実力は本物だ。多数の強力なスキルを所持し、戦闘センスもそこらの生徒とは一線を画す。今の俺でもゲーム知識チートをフル稼働させなければ勝機はないだろう。当然、プレイヤーの月嶋君もそれを承知のはず。
それにだ。仮にBクラスや周防と戦える実力が月嶋君にあったとしても、赤城君やカヲル達がほとんど育っていない現状ではEクラス全員を守り切ることなんて不可能。Bクラスには刈谷以上の猛者がゴロゴロいるわけで、その内の一人でも月嶋君のいないところに乗り込んで来られたら手に負えなくなる。それとも何か策があるのだろうか――って。そら来たぞ。
「おい、お前たち! 何をやっている!」
たまたま通りかかったと言うBクラスの生徒が険しい顔で割って入ってきた。それも恐らく言い訳で、Dクラスに指示を出したことが実行できているか近くで監視でもしていたのだろう。
すぐに《オーラ》を放ち威圧するが、それも月嶋君には効いてないようだ。
(あのBクラスの生徒はレベル12から15ってところか。月嶋君もそれくらいレベルを上げているのか、はたまた痩せ我慢なのか)
月嶋君は興味を失ったかのように掴んでいた男子生徒から放し、何事も無かったかのように離れていく。Dクラスの生徒も何が起こっているのか唖然としている。今が逃げるチャンスだ。
「カヲル、月嶋君についていこう」
「……あっ。そうね、みんな行きましょう!」
すぐに荷物を持ってそそくさと走り去るクラスメイト達。それじゃ俺もトンズラするとしよう。間仲は怒り心頭のようで顔を真っ赤にし、ぶるぶると震えている。
「Eクラスのくせに舐めやがって……ぶっ殺してやる!」
逆上した間仲が追いかけてこようとするも、すぐにBクラスの生徒に制止させられる。Dクラスが勝手に暴走して傷害事件となってしまえばEクラスを追い込むための計画が狂い、支障が出るからだろう。
追ってきたら一発くらいお見舞いしてやろうかと思っていたのに残念だ。
「クラス対抗戦を楽しみに待っていろ劣等クラス共! 地獄を見せてやるよ!」
浴びせかけるように間仲が言う。あいつがいつも自慢しているソレルも助っ人として出張ってくるかもしれない。月嶋君は大丈夫だろうがカヲル達は心配だ。何か仕掛けてきたときのために防御策の一つくらい講じておこうかね。