069 アレの催促
「わぁー。こんな場所、本当にあったんだねっ」
「誰もいないのは静かでいいけど~。やっぱり寂しいものね~」
「何か掘り出し物はないかなぁ~ふんふん♪」
10階ゲート前広場。今日はサツキとリサがジョブチェンジしたいということで付き合いのため来ている。妹はこの店の物色が大好きらしく、当然のようについてきた。
「こんにちは! また来たよ、お姉さんっ!」
「あらぁ、いらっしゃい。今日は“アレ”を持ってきてないのかい?」
すっかりアレ中毒になっていらっしゃる。フルフルは何らかの理由で特定の階層にしか移動できないと言っていたので、欲しい物は冒険者に依頼するしかない。しかしゲームのときと違ってこの店には冒険者がほとんど来ない上、ブラッディ・バロンを倒しているのは恐らく俺達のみ。来る度に次のアレはどうなのかと催促されているのだ。
とはいえ、ブラッディ・バロンを呼び出すためのアイテムを集めるだけでも大変なのだから毎回持ってこられるわけがない。そう伝えるとフルフルは人差し指を口元にあてて一瞬考える仕草をしたと思ったら「ちょっと待ってなさいな」と言って店の奥へすっ飛んでいく。そしてゴツくて巨大なハンマーを手に持ち戻ってきた。
それは……ブーストハンマーか。魔力を込めてハンマーを振るうと後ろ側が爆発して衝撃を高めてくれるマジックウェポンの一種。しかも炎のエンチャントがかかっているのか、時折赤く揺らめいている。買うとなると1000リルはくだらないだろう。
「これなら15階のアンデッドなんてイチコロだよぉ」
「まぁそうですけど……え、くれるの?」
そのかわりアレ、つまりは[怨毒の霊魂]を10個以上持ってこいって、そうまでしてあの不気味な物体を食べたいようだ。報酬先払いの新たなクエストと考えていいのだろうか。しかし、これがあれば親父とお袋も処刑場の早期デビューができるかもしれない。
もう1つ貸してくれないかとずぅずぅしいことを言ってみると、なんと倍の数を要求してきた。どんだけ食いたいんだ……
「そんなのってズルいよっ!」
今後しばらく続くであろうモグラ叩き生活に戦々恐々としていると、商品棚のほうから悲痛な叫びが聞こえてきた。何事だろう。
「きっと沢山連れてくるよ~特にAクラスは」
「あんなにみんなやる気をだして……練習も頑張ってたのに……」
クラス対抗戦の裏ルールの話か。Eクラスには秘密にされているけど、実は対抗戦では助っ人の参加が暗黙の了解として認められている。高位冒険者の人脈を持っていることも実力の一部とか言っているけど、それはただの口実。従者を多く従える貴族が常に勝てるようなルール作りを強引に推し進めただけだ。ついでに人脈がなく従者もいないEクラスを叩くためのものでもある。
「助っ人がありっていうことは、私も出られるのかな?」
妹がこてりと頭を横に倒し、どさくさに紛れて出場できるのかと聞いてくる。
「面倒な奴らも出てくるからお前は駄目だ」
「サツキねぇリサねぇ! おにぃがまた私を除け者にしてくるのっ!」
そーら始まったぞ。泣きついて俺を悪者に仕立て上げようとする悪癖が。
「でも他のクラスが助っ人頼むなら~私達も呼んでいいのかな~?」
「華乃ちゃんが来てくれたら、それは助かるけど」
肯定っぽいセリフを二人が言うと、言質は得たとばかりに抱き着き二人に見えないようにニヤリとする妹。だが今回だけは認めるわけにはいかない理由もある。
「うちのクラスにはカヲルだっているんだ。バレたら面倒なことになるんだぞ」
「ふんっ。あの女に人を見る目なんて無いし。絶対に参加するからね!」
駄目だと言っても「これは将来を見据えた社会見学だっ」とごね始める。あぁ言えばこういう。このままだと黙ってこっそり参加してしまいそうだし、それなら条件を付けて短時間の見学くらいは許したほうがいいのかもしれない。正体を隠すアイテムでも買っていくか。
「でもAクラスってどれくらいの実力なのかなっ。レベルが凄く高いって聞くけどっ」
「私達が相手にするのは~AクラスではなくDクラスだよ~?」
「そ、そうだよね。一歩ずつ頑張らないとねっ」
恐る恐るAクラスの実力を聞いてくるサツキ。AクラスはEクラスと比べてレベル差が激しく、助っ人の存在があろうとなかろうと勝てる要素はほぼ皆無。レベル20の俺が暗躍したとしても無理だろう。そも、今の時点で彼らを相手にする必要もなく、まずは地力を付けてDクラス打倒を優先すべきなのだ。
「Dクラスだと助っ人は誰を呼んできそうかなっ?」
「いつも話してるクランじゃないかな~。教室で自慢してた……“ソレル”だっけ」
「ソレル? 私の足を斬ったバカクランの!?」
Dクラスの奴らは事あるごとにEクラスの教室まで来て、ソレルという攻略クランに身内がいるのだと自慢していた。しかしそのソレルは以前、妹の足を斬りつけ囮にしたメンバーもいる因縁の敵でもある。
向こうは俺達のことなんて覚えちゃいないかもしれないが……出会ってしまったらこっそりブチのめすくらい許してもらえないだろうか。Dクラスの何人かにもお仕置きしておきたいし、良い機会かもしれない。念のため鑑定阻害か認識阻害系あたりを買っておくか。
奇怪なアイテムが陳列している商品棚から、目当てのアイテムを物色する。
まず手に取ったのは素朴な見た目の[道化の仮面]。これは鑑定系の魔法から身を守る効果がついている、ありふれたマジックアイテムだ。ステータスを偽装する《フェイク》とは違い、鑑定を直接阻害し失敗させる効果がある。上位である《鑑定》にもある程度抵抗力を持っているが、何度も使われると突破されてしまうのでそこは注意したい。
そしてダークホッパーという巨大なカエルの皮でできた焦げ茶色のローブ。これを着た者は存在感が希釈され、記憶しにくくさせたり気付かれにくくなる効果がある。ただしモンスターには効かない対人専用のアイテムだ。ダンエクでは初心者PK御用達ローブと言われていた。
どちらも狩りをする上では必要がなく購入を後回しにしていたけど、今後起きるかもしれない対人戦を考えれば認識阻害系アイテムの一つ二つは持っておいたほうがいいだろう。ということで人前に出たいならこれを付けろと妹に言ってみる。
「どっちもダサいっ! これ仮面っていうかただの古びた木のお面だよねっ。こっちのは茶色の皮に首を通す穴が開けてあるだけの貫頭衣だし。もっと可愛いのが良い!」
確かにダサいかもしれない。が、正体を隠す目的で買うのに可愛くしてどうするんだと多少の押し問答をしながら文句たらたらな妹をなんとか説得。今は手持ちのリルがそれほど多くないので妹の分だけ購入することにした。
華乃はしばらくふて腐れていたものの、今はサツキとジョブチェンジの話に花を咲かせている。そんな姿を微笑ましく見ているとリサが話しかけてきた。
「ゲームだとあの仮面もローブもほぼ無価値だったのにね~。私もいざという時のために揃えておこうかな~」
「何をするにも命がかかっているからな……そういえば、聞きたいことがあったんだ」
「ん~何かな~?」
リサは頭の回転が速すぎるせいか度々話が飛んだり、よく分からないジェスチャーをしてくることがある。なのでこれからも連携ができるようしっかりと意思疎通をしていきたい。
「種目決めのとき、どうして俺に到達深度をさせたかったんだ?」
「ふふっ。一番適任だというのもあるけど~……」
クラスで俺が到達深度をやらされる流れになったとき、見かねたサツキが待ったを掛けようとした。それをリサが手で抑え、再び流れに任せたことがあったのだ。
「多分、Aクラスの到達深度にはあの“首席”が参加してくるはずでしょ~? 彼女がどっちの方向に進むのか、ソウタに見極めて欲しいの」
「次期生徒会長となり赤城君の味方になるか……ピンクちゃんのライバルとなり敵になるか、か」
冒険者学校1年の首席で次期生徒会長の世良桔梗。日本では数少ない【聖女】の血族であり、侯爵位を持つ名家の令嬢だ。余談だが俺の最推しのキャラでもある。
ゲームでは赤城君、もしくは男性カスタムキャラで攻略可能で、ヒロインとして一、二を争うほど人気があるキャラであった。その反面、三条さんもしくは女性カスタムキャラでプレイすると厄介な敵として登場するシナリオもある。
今の俺は世良さんに接近して攻略しようなんて考えていないし、遠目から愛でるだけで十分。赤城君か他の誰かが彼女を攻略するというのなら任せればいいと思っていた。だが、この世界の主人公が女性だった場合、世良さんは大災害を引き起こす可能性もある。そのことをすっかり失念していた。
「ソウタは男性キャラでしかプレイしたことないから、色々と情報が抜けているのよね~」
「まぁな……時すでに遅しだ」
BLモードや女性主人公に詳しいリサがいてくれて正直助かった。俺だけではこの世界を上手く乗り切れなかっただろう。
「あとは~首席に視てもらうのもいいかもしれないわね」
「そんなスキルもあったな」
最強ヒロインとも言われている世良さんは強力な固有スキルをいくつも持っていて、そのスキルの一つに対象の未来が見える《天眼通》という魔眼スキルがある。初めて会うような人にでもその魔眼を気軽に使い、未来を言い当てる癖があるのだ。どうせなら視てもらったらいいと言う。
もちろん興味はある。《天眼通》はかなり詳細に未来が視えるようで、ゲームでもキャラ育成やイベントの進行具合を占う点で重宝していた。本当はリサも視てもらいたかったようだが、自身が主人公の可能性も捨てきれないため次期生徒会長にはあまり近づきたくないとのこと。随分と慎重だな。
しかし俺の未来か。何になってるのだろうか。大富豪になって豪邸のプールで美女とキャッキャウフフしてたりしないかしらん。
「でも到達深度にはBクラスのあの人も参加してくるから気を付けてね~? 色々と気難しそうだし」
「あぁ。アイツを倒すのは赤城君達だ。俺はひっそりと見守っておくことにするよ」
Eクラスいじめの主犯格の一人、1年Bクラス周防皇紀。強烈な貴族主義、かつ選民思想の持ち主だ。八龍のいくつかとも繋がっており、裏で刈谷に指示を出しEクラスに仕向けたのもコイツ。本来はストーリーを進めることで黒幕が周防だと発覚するのだが、俺達はプレイヤーなので当然そのことを知っている。
メインストーリーでは、いずれのシナリオでも主人公の前に立ちはだかり、何度も敵対し争うことになる。それらを無事乗り越えることができたなら主人公とそのパーティーは精神的にも肉体的にも大きく成長していけるので、失敗でもしない限り俺が介入すべき相手ではない。
少なくとも現時点の周防は主人公ではなく次期生徒会長にご執心なので、Eクラスを本気で潰そうなんて思っていないはず。今回のクラス対抗戦は様子見で良いだろう。
「さくっと参加賞だけ頂いて後は好きに行動するさ」
「ふふっ。ソウタなら何の問題もないよね~」
到達深度は首席が率いるAクラスとトップ争いをするならともかく、参加賞だけを狙うなら俺にとって実にイージーな仕事だ。むしろ待ち遠しいまである。ゲームで推していた次期生徒会長に間近でご対面できるだなんて、何だかドキドキが止・ま・ら・な・い♪
「おにぃー【ローグ】になったよー! ……って。何でそんなくねくねしてるの」
「ほんとにそんなジョブあったんだねっ、凄いよ華乃ちゃんっ!」
どうしても《シャドウステップ》を覚えたいということで、その前提ジョブとなった妹。【ローグ】はDLCにより追加されたものなので世間一般では知られていないのだろう、サツキが目を輝かせて「凄い凄い」と連呼している。
「それじゃ俺もやってくるか」
「私もジョブチェンジしてこよっと~」
もうすぐ始まるクラス対抗戦。赤城君やカヲル達は無事に上手くやれるだろうか。クラスメイト達も頑張っているようだし少しは報われて欲しいものだ。




