066 久しぶりの味
時折吹く突風により、砂嵐が巻き起こる処刑場。その中央付近で大小様々な武器を持つ7体のブラッディ・ナイツと対峙する。
足元には先ほど倒した個体の両刃斧が落ちていたので拾い上げてみる。重さは20kgを少し超えるだろうか。所々凹んでいたり刃も欠けているが防具ごとぶった斬るには丁度いい。細剣とこの斧を使ってみようかね。
俺はゲームでも《二刀流》はスキル欄に入れていなかったが、数多の武器を環境や状況、相手によって使いこなす【ウェポンマスター】というジョブを長くやっていれば、この程度の武器を同時に捌くくらい朝飯前だ。
武器のグリップを強く握って確かめていると、早速2体向かってきた。だがヤツらが見ているのは俺ではなく華乃のようだ。
「通しはしないぜ」
弓使いの射線と後ろにいる華乃の位置に気を付けながら、こちらからも《シャドウステップ》で加速して間を詰める。向かってきた2体のうち、手前にいるブラッディ・ナイツが咄嗟に盾を構えるが、そんなことはお構いなしに勢いそのまま斧を振り抜く。
「オラァアアァッ!!」
ドコンッと、金属音とも衝突音とも取れないような大きな音をたて、盾ごと吹き飛ばす。そのすぐ隣にいる剣使いをもう片方の手で持っている細剣で薙ぐ――が浅かったようで倒しきれず。俺の攻撃を喰らいながらも短剣を振りかぶってきたので一度横に躱しながらオート発動の《スラッシュ》で斬り捨てる。
「うぉっと!?」
一息つこうとすると風切り音をたてて弓矢が飛んできたので、首の動きだけで避ける。それを皮切りに、残りのブラッディ・ナイツが一斉に向かってきやがった。主を助けるにはまず俺が邪魔だと判断したわけだ。ならば俺は――
逃げる!
「まともに正面からやってられるかってんだ、バカヤロー!」
レベル差が大きい格下相手ならともかく、それほどレベルが離れていない相手と5体同時に戦うのはさすがに厳しい。
されど重要なのは華乃の方へ奴らを行かせないということ。上手く俺にヘイトを集め、攻撃ターゲットを持ってこれた時点で目的は達成しているのだ。後は飛び道具に気を付けて時間稼ぎをすればいい。生憎と《シャドウステップ》で移動力は増しているので、鬼ごっこなら負ける気がしない。
ジグザグに走りながら横目で華乃の様子を見てみると、丁度マニュアル発動で《スラッシュ》を叩き込んでいたところだった。ブラッディ・バロンのダメージの状態を見た感じでは、残り2割程度まで体力を削れている模様。しかし時間も残り少ない。それならば俺も攻撃に加勢してみるか。
後ろから付いてくるブラッディ・ナイツとの距離感に注意しつつ、トレインの進行方向をいざ、ブラッディ・バロンへ。
「華乃! 俺もスキルを叩き込むから発動時には注意してくれ!」
「私も奥の手をだすよ!」
奥の手って何だ……まぁいい。それじゃせっかく立派な両刃斧を持っていることだし《フルスイング》でもやってみよう。
両刃斧を両手でしっかりと握り、走りながら魔力を練る。次にハンマー投げの投擲モーションのようにぐるり、ぐるりと2回スピンして斧を振り回す。これが《フルスイング》のスキルモーションだ。
俺が近くまで迫ると、察した華乃が後ろへ飛び退いてくれた。それでは遠慮なく。
「全力全開でいくぜぇーっ! 《フルスイング》」
人型の形が崩れつつある肉塊のど真ん中を、走力と遠心力の全てを両刃斧に乗せて叩きつける。その斬撃によりドンッと鈍い音がさく裂するも、まだ千切れず脈動が継続されている。驚くべき耐久力だ。それでも残り1割くらいまで削れただろうか。
後ろから護衛騎士が迫ってきているのでそのまま滑るように通り過ぎる。スキル硬直は今日覚えたばかりの《バックステップ》で軽減、短縮させている。スキルをいくつか覚えたおかげでダンエクでの基本戦術がようやく様になってきた。
「いっくよー」
入れ替わるように華乃が戻ってくるがもうほとんど時間がない。どんな攻撃をするのかと走りながら様子を見ていると……腰紐からキラキラ光る何かを取り出した。
「おい待て、それは――」
「ポポイっとなっ!」
アンデッドに投げ込めば絶大なダメージを与えられる回復ポーション。その威力はポーション1つで基本ジョブのウェポンスキル並のダメージを叩き出すほどだ。それを一気に3つも投げ込みやがった。
瓶に入っているはずの回復ポーションはブラッディ・バロンの近くで勝手に破裂し、中のピンク色の液体がばら撒かれる。それらが肉塊に降りかかると赤黒い煙が吹き上がり、地鳴りのような断末魔が放たれた。
「ォオ”ォオ”オ”ォオ”……ォ」
その断末魔も止まると肉塊が黒く変色し、やがて罅割れ粉々になる。背後から追いかけてきたブラッディ・ナイツも主の消滅と共に崩れ落ち、同じように砕け散る。
「すっごーい! 回復ポーションってこんな凄い威力だったんだねっ」
「はぁはぁ……あのなぁ、今ので……いや。リスクを回避できたならそれもありか」
もしものときのために3つ持たせてあった回復ポーションを惜しげもなく全て投げ込むとは。その威力に目を白黒させて驚く我が妹。
仮に時間内で倒せなくても逃げながら倒すという戦略があったが、格上ボスと戦闘となれば少なからずリスクが生まれてしまう。安全かつ確実に倒せるならこの程度の出費は安いものかもしれない。
「おっきぃ魔石! あ、これなぁに? この黒いモニョモニョした気持ち悪いの」
華乃が指差す場所を見れば、魔石の他に黒くて小さい靄のようなものが転がっていた。近くで見てみると顔のようなものが浮かんでは消え、微かだが悲鳴に似た声も聞こえてくる。これは[怨毒の霊魂]といってブラッディ・バロンの恨み辛みが籠った魂と呼べるもの。オババの店に持っていくと20リルで買い取ってくれる換金用アイテムだ。
触ると祟られそうなのでそのまま袋に被せるように入れて持っていく。あらゆるものが現実となるとグロかったり触れたくないモノまでリアルに実物化するのは困り物だ。
「疲れたし、これを換金したら帰るか」
「おにぃ。もう少し攻撃力が欲しいんだけど、STRが足らないのかな」
「マニュアル発動をもう少し練習してみるといいぞ」
うんうんと唸りながら教えたスキルモーションをなぞる妹。今後の戦闘を見据えるなら強力な武具やアイテムに頼るより、マニュアル発動など戦闘技術を磨いておくほうがいい。後で少し稽古をつけてやるか。
*・・*・・*・・*・・*・・*
ブラッディ・ナイツ達が落としたミスリル合金製武具をいくつも抱え、下手糞な鼻唄を口ずさむ妹と共にゲートへと入る。潜った先はもうオババの店のすぐ近くだ。
「これでどれくらいミスリルが取れるのかな。純ミスリル製の武具とか作れちゃう?」
「今日のを10回くらいやらないと集まらないぞ」
ミスリル含有率が0.1%でもあれば上等なミスリル合金製武具と言える。それらの武具を集めて精錬し100%の純ミスリル武具を作るとなると、相当な量のミスリル合金が必要だ。こんなに嵩張るものを何回も運ぶのは大変だし、早めにマジックバッグを手に入れたいところだね。
歩いて1分もしないうちに見慣れた四角い箱のような建物の前に着く。その前には古びた椅子に座り、いつものようにプカプカと煙管を吸って煙を楽しんでいる魔人がいた。
「あらぁ、いらっしゃい……この前に頼んだ“アレ”は持ってきてくれたかい?」
ゆっくりと優雅に立ち上がり出迎えてくれるフルフル。人間の顔を覚えるのは苦手と言っていたけれど、どうやら俺と妹の顔は覚えてくれたようだ。
「持ってきましたよ」
フルフルがいっている“アレ”とは、もちろんブラッディ・バロンが落とした[怨毒の霊魂]のこと。処刑場に行く前にお使いクエストを受けておいたのだ。
ゲームのときはダンジョン通貨であるリルと換金するだけだったので、使い道は分からなかった。ただ多くの冒険者が持ち寄って換金していたので、何かしら大量に消費する理由があるのかもしれない。
……しかし何だろう、持ってきたと言うとフルフルが急にソワソワしはじめたぞ。まぁ、とりあえず渡してみるか。
袋に入れてあるブツを手に触れないように見せる。こんな不吉な物を一体何に使うのかと訝しんでいると、いつもは穏やかに細められているフルフルの目がクワッと見開かれ、目視できないほどの速さで奪い取ってきやがった。何事だっ。
「もうっ、久しぶり過ぎてどんな味だったか忘れてしまいそうだったわぁ」
「あ、味?」
予期していなかった言葉に理解が追い付かず、首を大きく傾げてしまう。
舌舐りをしながら[怨毒の霊魂]を口元に持ってくと、そのままカブリと噛みつく。その際に良くない悲鳴のような音が周囲に木霊する。
幸せそうにゆっくりと味わいながら咀嚼するフルフルを、兄妹揃って唖然と眺める他なく……というか。
(それ食べ物だったのかよ!)