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災悪のアヴァロン【コミック9巻 9/19日発売!】  作者: 鳴沢明人


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055 契約魔法書

「いい狩場があるのよね~」


 ようやく目的地であるダンジョン3階に到着し、どこで狩ろうか話し合っていたところ。新田さんが提案してきた狩場とは、なんと5階。その“いい狩場”というのはオークロードの橋落としのことだろうか。

 

 それ以前に今から5階へ行って帰る時間を考えれば、狩りをする時間は僅かしか取れないという問題もある――ゲートを使わないという前提ならば。

 

 もしかして話す気なのだろうか。話すにしてもゲーム知識とその危険性についてどう考えているのか、少し聞いてみたほうが良さそうだな。


「(ちょっといいかな)」


 チョイチョイと新田さんを呼び寄せる。


「(え~と……新田さんはどこら辺りまで話そうとしてるの?)」

「(サツキは信頼できるし~色々と話そうと思ってるよ~。……あと私のことは~リ・サって呼んでって言ったでしょ?)」


 俺の頬をツンツンとつつきながら訂正を要求してくる。先程、共にサークルを作る同志として、また親友として、下の名前で呼び合い親睦を深めようという流れになったのだ。幼馴染であるカヲルならともかく、クラスの女の子を下の名前で呼び捨てにするのは少々気恥ずかしいものが……いや、それはまぁいい。


 ダンジョンの知識や情報は発信元を辿られれば、まだ見知らぬプレイヤーから特定されることにも繋がってしまう。俺達が特定できていない状況でそのプレイヤーから悪意を向けられれば危うい状況に陥りかねない。

 

 それが杞憂に終わればいいのだが、ゲーム情報の拡散がクラス内で留まるだけならまだいい。プレイヤーとて元は常識ある向こうの世界の人間だ。話せば分かり合える可能性は十分にある。また敵対したとしても俺とリサが組むなら、やりようはある。

 

 しかし外部に洩れれば事態は深刻だ。ダンジョンの新情報のためには人の命なんてどうでもいいと考えている組織や国が腐るほどあるこの世界で、情報を持っていると臭わせた、もしくは疑いをかけられただけでも何が起こるか分からない。

 

 まだ試すことはできていないが、上級ジョブや最上級ジョブで覚えるスキルの中には精神を操作、改ざん、破壊する非常に危険な魔法だってある。もしくは精神操作スキルが封じられたマジックアイテムもすでに存在しているかもしれない。それらを防ぐ方法もあるにはあるが、今使われたら為す術がない。


 さらに最悪を考えれば。


 精神操作魔法なり脅迫や拷問なり、何らかの手段でプレイヤーのゲーム知識が抜き取られ、それらの情報が世界に拡散した場合。世界中の倫理が失われ無法地帯に、もっといえば世界秩序が一変し、地獄の釜の蓋が開く可能性すらある。

 

 ダンエクというゲームの世界観をそのまま適用させたこの世界の有様は、まさに綱渡り状態と言えるのではないだろうか。


「(それでもサツキとゲーム知識を共有して早く駆け上がることは、この先を考えれば絶対に必要に思えるの。メインストーリーの修羅場を乗り越えるためにもね)」


 新田さん……リサの言うメインストーリーの修羅場とは、ダンジョン周辺一帯が焦土化したり、多くの人命が失われるような暗鬱なイベントのことだ。ストーリーを盛り上げる要素としていくつも用意されているのが恐ろしい。

 

 攻略キャラごとの個別シナリオならそのキャラを攻略しなければいいだけだし、クエストなら受けなければいい。だがメインストーリーはどのシナリオでも、そしてプレイヤーが誰であろうと共通して発生する。

 

 仮にこの世界がダンエクのそれをなぞるのなら、主人公がどのルートを選択したところで惨劇が起こりえるということを意味する。

 

 もちろんそんな事が起きないよう阻止に動くつもりだが、惨劇シナリオというタイムリミットがある中で情報の拡散を防ぎながらレベルを上げ、対処できる強さを獲得していくことは容易ではない。そこで信頼できる仲間とパーティーを組むという考えに辿り着くわけだ。

 

 俺の場合は絶対の信頼を置いている成海家と共にダンジョン攻略しつつ、守る対象も強化して乗り切ろうと考えていたが、家族と共にいないリサはそうはいかない。大宮さん……サツキを巻き込んでダンジョン攻略する計画だったようだ。


 本当はダンジョン攻略も、この世界の対外的なものにも、ゲーム知識を所有するプレイヤー同士が結束して当たるのが一番なのだが、それは言っても詮無き事。誰かがプレイヤーだと名乗ったところで俺ならば警戒して名乗らないし、他のプレイヤーも同様に出方を窺うはずだ。


「(ソウタは私たちを信用できない?)」

「(……信じていないわけじゃないさ。ただ、共有する情報はよく吟味したほうがいい)」

「(そうね~ストーリー、イベント系は止めておくとして。今日のところはゲート、モンスター情報、橋落としってところかしら)」


 渡す情報も必要最低限にしたほうがいいだろう。俺は家族へほぼ無制限の知識の垂れ流しをしていても、それは命を預けられるほどに、そして命を賭けてもいいほどに信頼しあっている。一方で親友になったとはいえ、まだ出会って2ヶ月も経っていない相手に特大級の情報を共有するのは俺達にも彼女にもリスクがでてきてしまう。


「(情報を流すにしてもその危険性を重々認識してもらってからのほうがいいだろうな)」

「(もちろん。口約束以外でも縛るものは必要だと思うわ。それでコレの出番)」


 背中に背負っていたリュックから、細かい文字のようなものが沢山描かれた紙をおもむろに取り出す。これは……契約魔法書か。


 ゲームのメインストーリーでも度々登場する魔法書。使った対象者の行動や発言を縛るという魔法が封じられている。


 ダンエクでは【サマナー】や【エレメンタラー】というジョブもあり、強力かつ個性派揃いの召喚獣、精霊達と契約をすることができる。悪く言えば召喚獣や精霊は我が儘で制御しづらく危険極まりない存在なので、俺はそれらのジョブに就くつもりはない。


 そして契約魔法とは召喚獣、精霊が契約時に、してほしいことや守ってほしいことを契約者の身に刻み込む呪いの一種。契約内容を違えれば、契約者は漆黒の炎により身を焼かれ死ぬことになる、らしい。


 その契約魔法紋様を書面に劣化コピーしたものがこの契約魔法書。契約目的や義務を言いながら魔力を流すと発動し、契約内容が破られた際には契約書が黒く焦げる仕組みとなっている。


 契約を違えた者が焼かれることはないため、契約魔法のような拘束力があるわけではない。あくまで契約魔法書は契約を破ったか否かを判別するためのもの。人体に直接契約魔法を書き込む実験もどこぞの国でされているが、人道的見地の批判からその技術は表に出てきていない。


 契約内容も漠然としたものでは効果がなく、条件を狭く細かく明確にして契約者に認識させる必要がある。例えば「俺からもたらされたダンジョン情報を他言してはいけない」というのは、俺からの戦闘指示や、地形、攻略に関する通常会話すら話していいのかどうか、契約した本人にとって明確なライン引きが難しい。


 そこで「この日、この場所で俺とリサからもたらされたゲートの知識を他言してはならない」とかなら契約者は契約内容を破ったことも認識しやすい。おそらくリサも似たようなやり方で事細かく指定して何枚か契約魔法書を使うのだろう。


 ゲーム世界のメインストーリーでも契約内容が重要な場面では契約魔法書がポピュラーに使われていた。こういったダンジョン由来のマジックアイテムがこの世界にはいくつか浸透しているのは興味深いところだ。

 

 余談だが、俺とカヲルが交わしていた“結婚契約魔法書”なるものはブタオが小さいときに契約魔法書の話を聞き齧って作ったもので、何の効力もないただの紙切れ。破ったからと言って何が起こるわけでもない。




 話がまとまったので再び合流し、契約の話をするために人気の少ない場所へ移動する。


「何を話していたのかなっ? リサとソウタって仲がいいけど、もしかして……もしかするのかな~?」


 何か変な勘違いをしているようだけど、そんな下心丸出しでリサに近づいたら綺麗に真っ二つにされてしまうじゃないか。やめていただきたい。


「秘密の狩場のことを相談してたの。だからね~絶対に他言しないと誓ってくれるなら教えようと思うんだけど」

「そんな所があるのっ? 知りたいなっ」


 本当にそんな場所があるのか懐疑的になりつつも期待と興味を捨てきれず知りたいと即答するサツキ。だが「その前に~」と前置きして、これから言う情報は流さないと遵守させるために契約魔法書に署名してもらうことを伝える。


「こっ……これ、本物の契約魔法書だよね……そんな凄い情報なの?」


 目を丸くし、ごくりと生唾を飲み込むサツキ。それもそのはず契約魔法書はかなり高額なのだ。リサはこれを用意するのに時間がかかったと言っていたが、どうやって揃えたのかは教えてくれなかった。


「それだけではないわ。これで交わした約束を破った場合は~……命で償ってもらうわ」

「!?」

「というのは、半分冗談で~」


 しっかりとサツキを見つめ「でも半分は本当」と告げたことで再び緊張感が生まれる。俺達がダンジョンに関するいくつかの機密情報を持っていて、それらの情報を何があっても絶対に流してはいけないということを分かってくれたようだ。


「これから教える情報を流したら俺達だけじゃなく周りにいるみんなの命を狙われる可能性があるからね」

「……どうしてそんな凄い事を知っているのっ?」


 それは当然のように疑問に思うだろう。その答えは元プレイヤーだから。そんなことを言うつもりはないので答えられないと伝える。


 重要なのは、契約魔法書を使うような危険な情報を知ってまで強くなりたいかということ。もし拒否するというならそれはそれでいい。ゲーム知識を使ったレベル上げは俺とリサで行えばいいし、サツキのレベル上げは別件で時間を取って協力するつもりだ。


 そのサツキは逡巡する様子を見せたものの、すぐに覚悟を決める。


「ほ、本当に強くなれるのなら……私は契約したいっ」


 サツキの家は貴族に仕える士族の、さらに分家の出。本家である士族を支えるため地元の高校に行く予定だったが、家族に無理を言ってこの冒険者学校に入学してきたらしい。絶対に良い成績を取って家族の期待に応えないといけないと握りこぶしを作りながら言う。Eクラスの待遇に落ち込んでいたのも憧れていた学校の実情を知り、大事にしている家族の期待を裏切ってしまうかもしれないと嘆いたからだ。


 それと同時に自分と同じような境遇のクラスメイトが多くいたことに気づく。自分が救われたいのと同じように救ってあげたい、学校を変えたいという思いが日々強くなっていったとのこと。

 

 メインストーリーでも彼女はEクラスのため、精神を擦り減らしながらも奔走していた。それを知っている俺達(プレイヤー)ならその思いが真実なのだと理解できる。


「それじゃ~契約しよっか」

「うんっ!」


 契約魔法書は橋落とし関連情報に使わず、ゲート関連情報だけに使うことにした。橋落としは例えバレても1時間に1回しかできないため、多くの冒険者が橋に殺到したところで場所の取り合いになるだけだ。その恩恵を受けられるのはごく一部のみ。悪用されたとしても影響はほぼないだろう。それに俺達のレベルを上げて用済みとなれば橋落としが使えなくなっても支障はない。


 一方、ゲート関連情報はバレた際の影響が極大のため最上位レベルの機密扱いで契約魔法書を使用する。


「それじゃ魔力を通してみて」


 地面に置いた契約魔法書にリサとサツキが向き合って手を乗せる。


 リサも使うのは初めてのことだが、ネットにいくらでも使い方が載っていたので問題なく発動できていた。ゲートの仕組みやゲート部屋の存在など、ゲート関連の全ての情報を流出させることを禁止するとの文言を入れて、紙にコピーされている紋様に二人が魔力を通す。


 ゲートとは何なのか分かっていないままの契約だが、黒い紋様が淡い緑色に発光したことで、紙面の契約魔法がちゃんと動作したことが分かった。


 無事行使されたようなので、改めてゲートの存在と仕様について教える。学校の地下1階に飛ぶということにリサは予想外だったようで、小さく驚きの声を上げていた。


「そんな便利なものが本当に……でも、あったら凄いよねっ! 狩場の往復時間が短縮できるしっ」

「信じるのは実際使ってみてからでも大丈夫。それでは5階へ向かいましょうか」


 5階のゲートが使えるということなら狩場も橋落としに変更だ。今頃は俺のお袋と妹がやっていることだろう。午前中だけらしいので俺達が着くころには終わっていると思うけど、まだ続けていたら混ぜて貰えばいい。


「でもオークロードって、注意喚起されてる有名なモンスターだよね……」

「ソウタが守ってくれるよね~?」

「あぁ、大丈夫だぞ」


 現状、5階程度のモンスターならワンパンで倒せる力はあるし、オークロードにだって後れを取ることはない。けれど、俺を守る対象として見ていたサツキは意外そうに、そして疑いの眼でこちらを見ている。


 互いに信頼し合ってダンジョンダイブを続けていけば後々分かることなので今はレベルを言うつもりはない。


 各々考えることがあるのか、言葉少なに5階を目指すことになった。


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