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054 悲劇のヒロイン

 今日は土曜日とあって、ダンジョン入口の改札の前にはいつも以上に多くの冒険者で長い行列ができていた。某遊園地のアトラクションかと普通なら毒づきたくもなる――しかし。

 

 一人ならうんざりする待ち時間だけど今の俺は二人のカワイイ女の子と一緒なので何の苦にもならない。3階でオークをどう狩ろうかなどの作戦会議から、クラスメイトや授業の話題など、普段学校で話すような他愛もない世間話をしていればあっという間に時間が過ぎていき、気づけばダンジョン突入となっていた。

 

 ダンジョン内部に入っても沢山の冒険者が往来しており、下の階へ行くためのメインストリートはすし詰め状態。三人で横に並んで歩けないほどだ。そこで大宮さんがやや前に出て先導するように歩き、俺と新田さんはその後ろを逸れないよう付いていく形となった。


「(それで。成海君は~どれくらいまでレベル上がったの~?)」


 こっそりと耳打ちして聞いてくる新田さん。そういえば彼女のレベルは教えてもらっていたけど、こちらは教えていなかった。これから協力関係を築いていくなら俺の情報も開示したほうがいいだろう。


「(えぇ!? もうレベル19なのっ?)」

「(こちらにも色々と事情があったんだよ)」


 口に手を当て上品に驚いている。ゲームではトレードマークだった漆黒のフルプレートアーマーから【黒の執行者】という異名を持ち、彼女の姿を見ればPK共が震えあがったものだけれど……中身がこんな女の子と分かりどうにも戸惑ってしまう。まぁそれはさておき。


 この短期間でレベル19というのはゲームでも結構なペースなのだから驚くのも無理はない。ゲームが現実化したことにより難易度も大きく跳ね上がっているし、新田さんも自身で潜ってそのことに気づいているなら尚更だろう。


 本来、計画通りにいっていれば今頃レベル8~9で、オババの店に行くための計画を練って準備しているはずだった。それがユニークボスとの強制戦闘により大幅なレベルアップとなったわけだが――疑問に思うこともある。


 俺のゲーム知識にない“ヴォルゲムート”というモンスターだ。


 倒した後のレベルの上がり方からしてモンスターレベル25前後。そんなモンスターが最序盤に配置されるなどおかしすぎる。


 5階にポップするオークロードのように、通常モンスターより明らかに強いフロアボスもいるが、それもその階にポップするモンスターより5レベル高い程度。その階の適正レベル冒険者が10~20人もいれば、工夫次第で倒すことは可能だった。

 

 しかしヴォルゲムートに至っては7階の適正レベル冒険者が束になったところで攻撃なんてまともに通らず、一撃の下で叩き切られてしまうだろう。倒すことは……まぁ普通なら無理だ。初見殺しというなら一度逃げて再度挑めばいいが、あれからは逃げるのも不可能。ゲームバランス的にぶっ壊れすぎている。まぁこの世界はゲームではないのだろうが。


 そのことを含めて伝えてみると。


「(7階の拡張エリアにそんなのいたかしら……記憶に無いわ)」


 新田さんはゲームのときの7階拡張エリアに一度行ったことがあるという。たった一度とはいえ城主の間という目立つ場所にそれほどの存在がいるとしたら気づかないわけがない、とのこと。確かにあのエリアにいけば城塞には行くだろうし、その中に入るなら最奥の城主の間にも行くだろう。


 やはりあのモンスターはこの世界特有の仕様なのだろうか。拡張エリアの城塞以外にゲームの仕様と乖離している場所は今のところ発見できていないが、あんな規格外のモンスターがこの先も待ち構えていたら命がいくらあっても持たないぞ。


「(それにしても、いきなりレベル19まで上がるような強敵によく勝てたわね~)」

「(軽く死にかけたけどな)」


 十分な肉体強化の恩恵を受けていない体にオーバースペックなスキルを多用したことで、腕や足、体中がめちゃくちゃになったし神経も部分的に焼き切れていた。大量の経験値とユニークアイテムを手に入れることができたとはいえ、リスクとリターンが全く釣り合っていない。あんな無茶はもう懲り懲りだ。


 ゲーム時代のスキルを使ったのかと聞いてきたので正直に「使った」と答えた。彼女もゲーム時のキャラが覚えていたスキルが使えることに気づいていた模様。


 新田さんのゲーム時代のジョブといえば、攻撃と同時に様々なデバフ効果を与えるウェポンスキルが特徴の【暗黒騎士】だ。高いSTRがないと使い物にならないスキルばかりの【ウェポンマスター】と違って【暗黒騎士】はステータスに依存しないデバフスキルがいくつもある。低レベルでも防御力の高い相手に驚異的なダメージを叩き出すことが可能なのだ。敵対しないことを祈っておこう。

 

 


 そんな話をしながらえっちらおっちらと2階入り口広場に到着。帰りの時間も考えなくてはならないのでトイレ休憩を済ませ、すぐに出発だ。


 たかが2階へ行くだけでも土日ではこれほど時間がかかるのかと用を足しながら辟易してしまう。トイレ前も順番待ちという有様だった。次入るときはもう少し早く出るなりして時間をずらしたほうがいいだろうか。


 トイレから出ると再び大宮さん達と合流し、すぐに3階へ向けて出発する。ここからは少しだけ混雑が緩和され空間に余裕ができたので三人で横になりながら歩く。

 

 数分ほど世間話をした後に大宮さんが「聞いて欲しいことがあるの」と決意に満ちた顔で話を切り出してきた。


「ねぇ……私ね、部活がダメならサークルを作ろうと思うのっ」


 生徒会での一件からずっと考えていたらしい。しかし、サークルか。


 部活を作るにも生徒会を説得しなければならず、生徒会員である相良の態度を見ても何の実績も伝手もない現状では意見を通すのは現実的ではない。その実績や伝手を用意するにも多くの時間がかかるし、このまま手をこまねいていては闇雲に時間が過ぎ、Eクラスのまともな成長の機会が見込めなくなってしまう。


 なので部活の創設にこだわらず認可がすぐに降りるであろうサークルを先に創設し、クラスメイトが強くなれる環境を一刻も早く用意したいとのこと。サークルなら三人いれば作れるし生徒会からの認可も格段に得られやすい。元々Eクラスの救済が目的なので部活の創設にこだわる必要はないのだ。


 またサークル加入そのものはクラスメイトにとってその場しのぎでも良く、いずれ部活に入るにしてもサークルという鍛錬の場を作り、実力を付けた上でその後を決めればいい。少しでも這い上がろうとする皆の助けになれれば、というのが大宮さんの考えだ。


 デメリットとしては、部活と違ってサークル活動費はほとんど降りないし、闘技場などの施設も部活が優先されるため、まず借りることはできない。また部活動対抗戦のような成績ボーナスがある競技や大会にも出られない。クリアすべき課題は多いという。


(しっかり考えている。しかし――)


 ここまでの流れはゲームと同じ。問題はこの後だ。

 

 メインストーリーでの大宮さんはこの後にサークル創設の申請は無事に許可され、Eクラスのために奔走することになるのだが、そのような動きは上級生や他クラスの連中に疎ましく思われ攻撃のターゲットにされてしまう。

 

 心無い罵倒、暴力もまじえた度重なる嫌がらせを受けるが、彼女は一人歯を食いしばり必死に抵抗を続ける。それでも次第に精神が擦り切れ……ついには退学に追い込まれてしまう、そんなストーリーがあったのを覚えている。


「それでね、ここにいる三人でどうかなって」

 

 こちらのほうに手を差し伸べ、あどけない笑顔でほほ笑んでいる大宮さん。どうやら俺も誘ってくれているらしい。ルームメイトの新田さんにはサークルの話はしてあるのだろう、ニコニコとこちらを見ている。


 ダンエク経験者からみれば、大宮さんは“悲劇のヒロイン”だ。このまま何も対策を講じなければゲームと同じ結末を辿るかもしれない。いや、俺が見て経験してきた冒険者学校の状況を鑑みれば間違いなくそうなる。


 仮に大宮さんを助けるとして、サークル設立後に起こるであろう厄介なイベントをいくつも対処しなくてはならなくなる。攻撃を仕掛けてくる生徒どころか、動き出す派閥も多数あるので下手をすれば暴力沙汰にも巻き込まれる。そこで余計な情報が洩れたり思わぬ危険な状況に陥るかもしれない。身の安全のことだけを考えれば、ここはやんわりと断るべきだろう。


 ――だが。

 

 誰かのためにこんなにも直向きに頑張る子を、分け隔てなく思いやってくれる優しい心の持ち主をあんな酷い目に会わせちゃいけないだろ。オリエンテーションのときにハブられボッチだった俺に声を掛け、助けてくれた恩は忘れちゃいない。この恩には、より大きな恩で返すべきだ。そうだろう、成海颯太よ。


「私は入るわ~。だってサツキは大切な親友だし。成海君も、モ・チ・ロ・ン、入ってくれるよね~?」


 ニンマリとほほ笑みながら俺に問いかけてくる新田さん。何を考えているのかその胸の内を知りたいが、どうやらやる気らしい。ゲームでは最強の敵でありライバルでもあった彼女が味方になるというのならなんとも心強いものだ。


「――当然、俺も入るさ」


 僅かに首を傾げウィンクしながらサムズアップで答えたのだが、何か空気が気まずくなった気がした。


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