044 成海家会議
茶の間の成海家会議。冬場はコタツとして使っていたローテーブルに一家4人で向き合って座る。
とりあえずゲーム知識云々よりもこれまでの経緯から入ったほうが良いだろう。妹である華乃のパワーレベリングから始まり10階までの道のりを説明する。
「じゃぁジョブチェンジしたのは本当なのねぇ……」
「もうっ、そう言ってるでしょっ!」
どうして信じてくれないのと種を詰め込んだハムスターのように頬を膨らませ抗議する妹。
「でも、どうやってそんな早く上げられたんだ?」
新聞を机に置き、驚きながらも何をやっていたのか聞いてくる親父。
お袋は冒険者ギルドで臨時の社員として働いていて、統計やデータを扱っているから分かることだが、レベル19まで上げるのに一流の冒険者でも相当な時間、少なくとも3年程度は掛かるらしい。
ゲーム知識が無く、ゲートも使えない。大勢とパーティーを組む。絶対に勝てる相手としか戦わない。そんな条件なら、最短でもそれくらい掛かることは想像がつく。もちろんそれらを行うための時間と資金、信頼できる仲間の確保は最低必要条件だ。
ゲーム知識があるなら数ヶ月もあれば上げられるだろうが、妹はわずか数日でレベル19まで上げた。この成長速度はこの世界どころか、ゲーム世界であっても厳しいくらいだ。そういった常識外なことを含めて今までの経緯を説明する。
俺が妹にしてやったパワーレベリングの方法でレベル7にし、その後7階にてゴーレム狩りでレベル9か10まで上げようとしたが、クソ共に絡まれて華乃が攻撃されてしまったこと。凶悪な敵と戦う必要に迫られたこと。そして激闘の結果、レベル19になって痩せてしまったと説明した。
「よくも華乃を! パパがとっちめてやるっ!」
「それでそんなに痩せてしまったのねぇ」
親父が興奮して憤っているが、妹を攻撃した奴らが所属しているクランは一応攻略クランを名乗っている。レベル4では乗り込んでいっても返り討ちに合うだけなので少し落ち着いて欲しい。
そして痩せた――といってもまだ十分にぽっちゃりしている――理由が激闘の結果と言われても普通は納得しないだろうが、目の前に痩せた成海颯太がいるのだから信じざるを得ない。無事で帰ってきてくれたということでそこは納得してくれたようだ。あと無駄に高カロリーな飯でまた太らせようとしてくるのは止めて頂きたい。
「でも、ソレルね……聞いたことはあるわ」
ソレルについて。冒険者ギルドで働いているお袋が言うには、結成してからまだ1年ほどしか経っていない新しいクランで、クランリーダーが相当な野心家、かつ問題児。ソレル自体も他の攻略クランと諍いが絶えない要注意クランとのことらしい。
クラン同士で揉める理由はいくつかある。優秀な人員の確保。人員の移動による情報機密、保守の問題。美味しい狩場やモンスター、希少アイテムの独占や争奪、競争。どちらのクランが上なのかというプライドの問題もあるが、とにかく巨大な金が動くので利害の対立が激しいのだ。
クラン同士の抗争も昔はダンジョン内でドンパチやる程度で平和だったのだが、今では人為的に作られたマジックフィールド――AMF(Artificial Magic Field)と呼ばれている――の使用前提であることが多く、ダンジョン外でも大規模な被害を引き起こすことがある。
レベルを上げていない普通の警察が攻略クランの抗争に割って入るには荷が重く、専ら冒険者ギルドが仲裁に動くのが慣例だ。その関係でギルド職員のお袋にもそういった情報が入り、ソレルの名を知っていたらしい。
「冒険者防犯課の方たちも頭を抱えていたのよ。最近はクラン同士の抗争が多くてとてもじゃないけど人が足らないって」
そこらのクランの抗争ならともかく、攻略クランの仲裁には冒険者ギルド内でも相応のレベルを要求される。冒険者ギルドとはいえそのレベルの人材の確保は難しく、抗争が多いときにはどうしても人手不足になってしまう問題を抱えているという。
(ソレルにお仕置きしたいが、問題は“背後”がどれくらいまで出張ってくるか……)
ソレルの背後には二次団体“金蘭会”が控えていて、ひいてはトップクランの“カラーズ”もいる。ソレルをとっちめたいのは山々だが、一刻も早くというわけではない。じっくりレベルを上げて強くなってから安全に確実に、そして秘密裏にやることが重要。カラーズと事を構えるつもりなどないからだ。
そも優先順位的にはDクラスのアホ共をどうにかするのが先だし、学校内で何かやるにしても《フェイク》は必須。後数か月ほどは装備やスキルを充実させ環境を整えたほうがいいだろう。レベル上げも重要だが、ここまでは急ぎ過ぎた。
「ソレルへの復讐は親父とお袋にも危害が加えられる可能性もあるから後回しで。家族みんなのレベルをしっかり上げてからまた考えよう」
「……危険なことは極力避けたほうがいいわぁ」
頬に手を当て憂慮するお袋は復讐に消極的のようだ。それもそうだろう。すべては家族の命あっての物種。無事でいてくれたならそれでいいという考えも間違ってはいない。足を斬られた妹もポーションを使って足は完治し、後遺症どころか傷跡も残っていない。ここで無理をする意味なんてないのだ。
「それじゃ、私がパワーレベリングするよっ。アンチエイジング効果もあるっておにぃが言ってたし」
「そ、そうねぇ。それじゃお願いしようかしら」
「パ……パパも参加していいかい?」
橋落としならまかせてっ! と無い胸を張る妹だが、対象モンスターが冒険者ギルドで注意喚起されているオークロードと聞いてギョッとする両親達。しかし今となってはオークソルジャーを複数体引き連れたオークロード相手であっても真正面から無傷で勝てるはずなので心配はない。
ゲームなら出来得る限りの深層でパワーレベリングするほうが効率はいいのだが、こちらの世界では急激なレベルアップを実際やってみたところ体への負担が予想以上にあった。それに命もかかっているわけで、より確実で安全にレベルアップできるよう華乃のときと同様に最初はオークロードの橋落としからやったほうが無難だろう。
また10階の隠しストアを利用しHPポーションや鉱石の転売を企んでいることも説明しておく。隠しストアの存在はこれからの金策として使いたいので家族以外には秘密にしたい事項の上位だ。
「他所に売るにも中抜きが大きいぞ。少量なら俺の店に売るのはどうだ?」
「ギルドでは売値の半値以下でしか買い取らないし、パパのお店のほうがお得ね」
親父は脱サラして冒険者関連のアイテムやグッズを取り扱っている小さな店『雑貨ショップ ナルミ』を開いていて、最近では全国に向けてネット通販販売も行っている。
その親父によると、HPポーションはギルドによる鑑定認証があれば個人店でもすぐに売れる人気商品らしい。だがギルドから仕入れると単価が高い上にほとんど利益が出ず、かといって冒険者から鑑定認証の無いHPポーションを仕入れるのはリスクが高くて今までは扱ってなかったそうな。
俺の利益が増えて、さらにうちの飯が豪華になるなら是非とも親父の店を利用したいところ。HPポーションは全部そっちで売ってしまおう。
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「きたわっ! パパ、切る準備して」
「おっ……おう。ありゃ凄い数だな…」
華乃が視界に見えるや否や、その後ろにオークロードと無数のオークソルジャーが地響きと土煙を上げて現れる。数にして優に50体は超えているだろう。吊り橋へなだれ込もうと突進する姿は、まるでバッファローの大群が全速力で向かってくるような光景だ。
――ここはダンジョン5階。
昨夜の成海家会議で現在置かれている状況を事つぶさに話し合った結果、家族の安全が最優先という方針に決まった。
俺と華乃の顔はソレルのメンバー二人に知られている。こちらが生きていると分かれば、ろくでもないことが起きるかもしれない。さらに《簡易鑑定》によりレベルが異様に上がったと分かれば、背後にいる組織も動いて暴力も辞さず聞き出してくることも考えられる。
そういった連中に対し俺と妹だけなら撃退できるかもしれないが、親父とお袋のレベルでは対冒険者には対抗できず無防備だ。ならば先手を打ってこちらから単騎で突撃しソレルを壊滅させるという強硬手段を考えたものの、相手がどこまで出てくるか分からない以上、現在のレベルでは危険も伴う。
以上のことから安全を考えた上で喫緊の課題としてやるべき事は、《フェイク》取得と家族のレベル上げという結論に至ったというわけだ。まぁ考え過ぎかもしれないが、冒険者が跳梁跋扈し治安も悪いこちらの常識で考えれば、それくらい慎重に行ったほうがいい。
まず《フェイク》の取得。
レベルやジョブの情報を隠し偽装することは、ゲーム知識が露見するリスクを大きく減らすことに直結する。仮に今、俺や妹に対し《簡易鑑定》を使われたら大騒ぎになるだけでは済まないだろう。この状況を放っておくことは家族の危機的状況を作り出すことに等しく、一刻も早く《フェイク》取得に動くべき。
家族全員のレベルについても早急に上げておきたい。何かしらトラブルがあってゲーム知識が露見し情報目当てに襲われたとしても、家族が皆レベル30とかになってしまえばそこらの冒険者程度返り討ちにすることができる。力には力理論である。当然、無理なレベル上げはしない。確実に安全により早くレベル上げができるプランニングを組むよう心がける。
そのため今日は学校を休んで、親父も午前中だけ店を閉めて《フェイク》取得とパワーレベリングをしにきている。華乃は【キャスター】だったので、オババの店で【シーフ】にジョブチェンジ済みだ。
この5階とオババの店は魔力登録してあるので、ゲートで簡単に階層移動が可能になっている。両親にもゲートの使い方を説明すると酷く驚いていたが、これからダンジョンダイブを続けていけばもっと驚くことが増えていくので早めに慣れてほしい。
――おっと。今はそんなことを考えている余裕はなかった。
「連れてきたよおおおお!」
「二人ともっ。華乃が橋を渡りきっても、先頭にいるオークロードが橋の中央越えるまで切らないように」
「分かったわ!」「まかせとけっ」
揺れるはずの橋の上をカモシカのようにぴょんぴょん跳ねながら駆け込んでくる我が妹。脚力も順調に上がったことで、あのような走り方ができるようになった。ゲームではどんなにレベルが上がっても速さこそ変われど通常と同じ走り方だったが、これもゲームが現実となって変わった1つと言える。
そうこうしているうちに先頭のオークロードが橋の中央を越えてきた。目が血走っていつもより怒気が強いが何かしたのだろうか。吊り橋のワイヤーを切るよう合図をすると、お袋と親父が左右で分かれて同時に切り落とす。落ちる時の悲鳴までブモォブモォと騒がしいオーク達は、10秒ほど経ってようやく経験値になった。
「おぉ!? レベルアップきたぞ! ……凄いなこれは」
「あら……胸の奥が苦しくなったけど、その後はスッキリした感じね。どう、若くなった?」
レベル一桁程度のレベルアップではそう大して若返らないと思うが、親父は綺麗になったと一生懸命お袋を煽てている。
順調にパワーレベリングができそうだということで、アイテムを回収したら次のオークロードがポップする時間まで通常の狩りを行うことにする。ちなみにオークロードが随分と興奮していたのは「釣ってくる際にどれくらい攻撃が見えて躱せるか試していたから」らしい。オークは嗜虐性が強いが、逆に言えば挑発に弱い種族なのだろう。
通路を歩き見かけたモンスターを狩りながら俺の知っているダンジョン知識を親父とお袋に垂れ流す。トラップやMAP、モンスターの特徴や倒し方。11階以下の攻略に挑むため魔法攻撃手段が欲しいことや、機甲士になりたいことなど、これからの予定も話す。
「……その知識は……いや、そうだな。とりあえずここでレベル7までは上げたほうがいいのか」
「あぁ。それから体がどれくらい動くか試しながらゴーレム狩りまでに実戦練習をしたほうがいいよ」
急激にレベルを上げれば今までと体の使い方が変わる。STRが上がれば今まで両手でしか扱えなかった剣を片手で扱うことができたり、身体能力が上がったことで体の慣性をある程度無視したりもできる。そういったことに気づき、慣れるためにはやはり戦闘に時間をかけなければならない。
肉体強化に慣れながらレベル8まで上げれば【ニュービー】のジョブレベルも10に達し《スキル枠+3》も覚えるはず。そうしたら10階のオババの店へ行き【シーフ】にジョブチェンジし《フェイク》を取得する、というこれからの流れも説明する。
親父は神妙にうなずいているが、分かっているのかどうか。まぁ、そこは俺と妹がサポートするので少しずつ覚えて貰えばいい。
「やった~! 《フェイク》覚えたよっ!」
丁寧に説明していると、そこらを走り回ってゴブリンソルジャーを倒しまくっていた妹が駆け寄って報告してくる。試しに《簡易鑑定》を使ってみると……
<名前> 成海華乃
<ジョブ> ファイター
<強さ> 相手にならないほど弱い
<所持スキル数> 0
「【ファイター】に、相手にならないほど弱い……か。スキル数が“0”というのは不自然だな」
「じゃ、3つくらいにしておこうかな~」
《フェイク》は《簡易鑑定》からステータス漏洩を隠す、または欺くことができる認識阻害系のパッシブスキルだ。ジョブや強さなど、各項目のパラメータは自分で任意に設定できるが、華乃の“所持スキル数0”のように不自然に思われると《簡易鑑定》でも阻害が解けてバレる可能性がある。あくまで鑑定側の認識を誤魔化すあやふやなものに過ぎない。
他に欠点としては《簡易鑑定》より上位の鑑定系スキルを使われたら見抜かれてしまうというのはあるが、そのレベルの相手は学校でもほとんどいないし、いたとしても戦うことがなければ使ってくることもないと思うので、今は考えなくてもいいだろう。
ゲームのときは強さを隠すなんてスキルは使い道が無く、はっきりいって死にスキルだった。この世界のスキル評価でも工作員や諜報員でもなければ《フェイク》を貴重なスキル枠に入れるような物好きはおらず、大抵の人は持っていないようだが。
「もう一度橋落としやったら俺もソロ狩りして覚えてくるよ」
「わかったー。あ、そろそろオークロードがポップする時間だねっ、行ってくる」
「華乃ちゃん。気を付けてね」
その後も何回かオークロードを狩り、親父はレベル6、お袋はレベル5まで上昇。俺も無事に《フェイク》を覚えられた。パラメータは【ニュービー】にレベル5くらいにしておこう。
明日から学校に行こうと思ったが念のためもう数日は準備期間にするのもいいか。ソレルやこの世界のことをもう少し調べておきたいし、痩せたことで制服も直さないといけない。やることは多そうだ。




