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032 立木直人 ②

 ―― 立木直人視点 ――

 

 

 先日の4番闘技場での決闘騒ぎ。

 

 刈谷に酷く痛めつけられ何本か肋骨骨折をしたユウマは、幸いにも【プリースト】の先生の施術によりその日のうちに完治。今は何ともないようで元気に動くことができている。

 

 だがあの日からEクラスは暗闇の中にいるような重い空気に包まれ、そこから抜け出せないでいる。

 

 少し前の部活動勧誘式でもEクラスの尊厳を酷く傷つけられていたが、それでも頑張ればいつかは認めてくれるのではないかと前向きに考え、立ち直ろうとしたクラスメイトも多かった。しかし……今回は違う。

 

 このクラスでは一際優秀で才能もカリスマもあり戦闘能力でも抜けて高かったユウマが敗北してしまったことは、そして他クラスから悪意のこもった罵詈雑言を浴びせられことは、ユウマの後に続こうとしていた者たちの前向きな心を圧し折るに十分だった。

 

 共に頑張ってきたサクラコとカヲル、僕ですら意気消沈している。

 

 とはいえ負けたユウマが悪いわけではない。下卑げびた態度でサクラコに近づき、それを庇ったユウマに難癖を付けて挑発。しかも一度もダンジョンに入ったことも無い相手に決闘を吹っ掛けるというのは理不尽すぎるではないか。実に卑劣な輩たちだ。

 

 その時はユウマの勇気ある行動にクラス一同称賛したものだが……冷静に考えてみれば、この決闘は仕組まれたものだということに気づく。

 

 闘技場の予約表を調べてみて分かったことがある。4番闘技場は対魔法シールドを張れるため、第一魔術部が練習のためによく使用していた場所だ。第一魔術部以外にも第二、第三魔術部も予約を入れており、この先もずっと予約は一杯。それなのに一時的とはいえ一年Eクラスの決闘ごときに明け渡すだろうか。

 

 刈谷にもおかしいことがある。Dクラスでは頭一つ抜けて有能であるにもかかわらず、なぜDクラスに在籍しているのか。

 

 戦闘技術に関してユウマとの戦闘を直に見て分かったことだが、刈谷は一朝一夕では身に付かない高度な技術と戦術を駆使していた。冒険者学校のクラス分けはAクラスから成績順で振り分けられる。その基準で考えれば戦闘技術もレベルも高くDクラスを指揮できる刈谷は、Cクラス、もしかしたらBクラスに届くほどの能力があるのではないかと睨んでいる。

 

 それなのに内部生の中では一番の下位であるDクラスに留まっている理由は何か。試験を受けられなくて降格したとかだろうか。それとも……

 

 学校の対応もおかしい。先程Dクラスの阿呆共がイジメともとれる行動を取ったのにもかかわらず担任は見て見ぬふり。それを分かっているのかDクラスも益々増長した態度を取ってくる。

 

 このような上位クラスからの圧力は一年Eクラスだけではない、二年や三年Eクラスにも似たようなことが蔓延っている。退学に追い込まれたという話も聞くくらいだ。

 

(まるでこの状況を学校自体が黙認しているかのようだ)


 江戸時代の身分制度「士農工商」の下に作為的に作られた穢多非人のように、Eクラスという外部生に対し差別的な意味合いを持たせたいという意思を感じる。

 

 もしそうならこれはEクラスとDクラスだけの問題ではない。Dクラスだけでそのようなことができるわけがないのだから。……ではそんなことが可能な存在とは何者か。

 

 刈谷とDクラスを動かし、4番闘技場の使用許可を自由に決められ、担任をも黙認させられる存在。Aクラス……生徒会……いや、もっと大きいような気がする。

 

(仮に、背後にいる敵というのが学校そのものだったなら。僕は抗えるのか……?)

 

 冒険者学校そのものに抗うということは、上位クラス、生徒会、延いては八つの大派閥である「八龍」全てに喧嘩を売ることに等しい。さらに八龍の背後には企業や冒険者クラン、冒険者大学生や官僚まで付いているのだ。果てしなく巨大。一介の高校生如きがそれらを相手取って何が出来るというのか。

 

 再び目の前が暗くなるような錯覚に襲われる。今まで描いていた輝かしい夢や希望が、大切な家族からの期待が、追い求めていたものが罅割れ、零れ落ちそうになる。

 

 

 

 脱力感から頭を抱えそうになり俯いていると、Eクラスに入り浸っているDクラスの生徒の話し声が聞こえてくる。大声で喧しく騒いでいるので僕の初期スキル《聴覚強化》を使う必要もない。

 

「そういや俺の兄貴がカラーズの下部組織のパーティーに呼ばれてさ」

「カラーズの!? すっげぇ!」

「間仲君のお兄さん、“ソレル”のメンバーだったよね」

「すごーい!」

 

(カラーズか……)


 強大な不死の王リッチに立ち向かい、討伐するという偉業を成し遂げた日本が誇る英雄達。冒険者学校の生徒でなくても先日のカラーズの偉業をテレビに噛り付いて見ていた人は多かろう。かくいう僕も深夜遅くまで見ていたし、録画を何度も見返したほどだ。あれぞ冒険者の頂点という戦いだった。

 

 あの討伐によりカラーズは日本のメディアを席巻する話題となり続けている。先日話題となっていたのはクラン参加志望者も急激に増え、数万人が面接に応募するというニュース。カラーズは5つの旗下クランを持っており、その下にも多くのクランを従えている超巨大組織。“ソレル”というのもそのようなクランの1つなのだろう。


 僕自身は冒険者大学志望だが、カラーズの映像を見ていたときは一流の冒険者を目指すのもいいかもしれない、なんて思った。しかし蓋を開けてみれば……このザマだ。一流冒険者、冒険者大学どころかAクラス……いやBクラスやCクラスへの昇格すら不可能に思えてくる。

 

 

 

 最後に送り出してくれた両親の姿を思い出す――

 

 

 

 士族嫡男として子爵様に仕える家に生まれた僕は、小さな頃から体が弱く、少し動けば熱が出て家に閉じこもることが多かった。そんな時、子爵様の嫡女であるお嬢様が、選ばれし者のみ入ることが許される冒険者学校中等部に入学するという知らせを耳にした。

 

 当時の僕はその知らせに驚愕し、寝付くことができなかったほど動揺した。同年代の女子と比べても明らかに背が小さく線の細い、しかも僕と同じ虚弱体質だったというのに。どうやったら全国から化け物達が集う学校に合格出来たのか。入学してもそんな中でやっていけるのか。


 ついていけず、すぐに帰ってくるはず。

 

 そう思っていたが入学してから1年程で頭角を現し、僅か13歳で魔術雑誌に特集を組まれるほどの人物となっていた。大きなオークを魔法でやっつける写真には度肝を抜かれたものだ。あれほどお淑やかなお嬢様が、こうも変われるものなのだと。

 

 僕もこっそり冒険者学校中等部に入学願書を送ってみたが……当然の如く落ちた。やっぱり僕には才能がない。あばらが浮くようなひ弱な体だし。どうせ冒険者学校なんて無理だ。そう思って自分を慰める言い訳をしていたものだ。

 

 そんな弱音を両親に言ってみたことがある。すると、お嬢様の秘密をこっそり教えてくれた。お嬢様は一人で血の滲むような努力をしていた。食事を変えてトレーニングメニューを組み、毎日遅くまで勉強し、それをただ人に見せていなかっただけだという。

 

 人は変わるようにしか変われない。本当に変えたいのなら変えたいと強く強く思わないとダメなのだ。

 

 僕は本当に冒険者学校に入りたかったのか。あの時は虚弱体質を克服できず中等部には入学が出来なかったが、本当に頑張って克服しようとしていたのか。

 

 赤く艶やかな髪を靡かせ笑顔で腕を組み胸張るお嬢様の写真を見てみれば、彼女の変わろうとした思いの強さがどれ程のものだったのか、そこに目指すべき道が見えたような気がした。

 

 その日から死ぬ思いで体を鍛え続けた。どうしたら体を強く出来るのか。強靭な体を作るための食事作りを母に手伝ってもらい、毎日走り、難関校の問題集で分からないところを父に教えてもらった。献身的に応援してくれた家族のためにも。お嬢様のいる冒険者学校へ必ず合格するんだ――

 

 

 

(だというのに。何なんだこのザマは!)


 Eクラスの状況に対して悲観して嘆いているのではない。この程度で折れそうになっている軟弱で無様な己の精神に対して憤慨しているのだ。決死の思いで何年も頑張って入学してきたというのに何も成し得ていないどころか、まだ何もやろうとすらしていないのに。たった1ヶ月ちょっとで、もう折れるとか我ながら呆れ返る。お嬢様が聞いたら失笑されてしまうではないか。

 

(どうやってここまで来たのか。何のためにここへ来たのかを思い出せ)

 

 冒険者学校に合格したときだって目に涙を浮かべ、あれだけ喜んでくれた母。家を出るときにそっと背中を押してくれた父。両親の期待に応え、あの背中に追いつくために僕はここに来たというのに。こんな所で負けてしまいそうだった。

 

(まだ終わっていない。ダメならしょうがない。だがやってみてから諦めろ)

 

 相手が八龍だろうと何だろうと。やる前から諦めてどうする、立木直人! 情報を一つでも多く集めて状況を見極め、勝つための算段を立てるんだ。たとえ勝算が低くても勝率を1%でも上げるために。

 

 気づかないうちに強く目を閉じていたのだろうか。真っ暗だった視界が開けるような気がした。先程と変わらない教室なのに、諦めないと決めた後は少しだけ眩しくみえた。

 



 Dクラスの生徒はまだ残って話している。カラーズの傘下のクランに関する話題は盛り上がっているようで、Eクラスの生徒も耳を澄まして聞いている。

 

 そう、クラスメイトの彼らだって夢や希望を抱いていたからこそカラーズ傘下クランの話に耳を傾けているのだ。だがこのままの状況が続けば彼らの心も完全に折れてしまい、上位クラスや大きな派閥に従属する以外の道は無くなる。そうさせないためにもEクラスでも十分に追いつけるのだと、まだ戦えるのだと、希望を見せて気づかせなければならない。

 

 劣っているのは学力ではない。この学校に受かった時点で相応の学力は持っているはずだ。日頃の勉強をしっかりして少しのサポートがあれば学力面ではこれからも他クラスに差は広げられないだろう。

 

 問題はダンジョンダイブ経験だ。

 

 ダンジョンに入れるようになったのも高校入学後から。たった1ヶ月少しの期間でしかない。今の時点では内部生に劣っていて当たり前で、差を意識するときではない。敵はこの段階を狙ってEクラスを圧し折るために圧力を掛けてきたわけだから、作為的な悪意とそれを作り出した存在をもっと早く疑うべきだった。

 

 現時点では劣っているEクラスのダンジョンダイブ能力も、1年後、2年後ならやり方次第で十分逆転可能。僕たちもAクラスに行けるということを敵にもクラスメイトにも見せつけてやりたい。

 

 

 

 この先ますます上位クラスや上級生からの妨害も激しくなるだろう。Eクラスを完全に従属させるためにあの手この手で嫌がらせをしてくるはず。それら全てに対抗するのは厳しいし、Aクラスに行くにも僕の努力だけでは無理だろう。

 

 悪意と対しても折れず立ち向かえる仲間が欲しいのだが……見ればカヲルとサクラコも心が折れかけているのが分かる。以前のような明るく前向きな雰囲気は無く、目にも光が灯っていない。そんな彼女達だが能力は素晴らしく、強さを求める姿勢も驚くほどストイックだ。この逆境もめげずに乗り越えられたとしたら必ず糧となる。協力者としてまず彼女らを説得すべきだろう。

 

 もちろんユウマも欠かせない。今は負けてから間も空いてなく肩身が狭いかもしれないがクラスを引っ張る上で彼のカリスマは無くてはならないモノ。しかし妨害を仕掛けるなら恐らく彼に対してなので、僕が目を光らせてサポートとケアをしなければならない。

 

 そして6月にクラス対抗戦がある。試験内容は1週間かけてダンジョン内部を探索し、指定されたことをクリアしていくというもの。成績はクラスごとに付与されるためクラス全員の総合力が試される。先頭を走っている僕達が頑張ることはもちろん、足を引っ張りそうな者達の救済も急務だ。

 

 出来れば早いうちにレベルアップで苦戦しているクラスメイトを集めて補習のようなものをしたいところ。ダンジョン攻略情報や戦闘技術を共有し手助け出来れば、皆のレベルも上げやすくなるだろう。

 

 Eクラスの能力面で問題になりそうといえば数人思い当たるが、その中でも最下位で入学してきたあの()()()()()が一番の問題か。付きっ切りで指導したほうがいいのだろうがそんな時間も余裕もない。僕らのパーティーに入れてダイブを経験させてみるのもいいかもしれないな。他の生徒に対してもどうサポートするかカヲルに相談して決めよう。

 

 剣術ならカヲルとユウマが、魔術なら僕とサクラコが教えられるだろう。参加希望者を集めて立ち回りなどの勉強会などもやってもいい。

 

 何をするにもまずはサクラコとカヲルを立ち直らせる。そしてEクラスのために何ができるか、今のうちからしっかり考えておきたい。

 

 

 

 僕は立ち止まる訳にはいかない。あの背中に追いつくまでは。


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