027 刈谷イベント ②
「……ほう、それでは準備はいいか?」
「こちらはいつでもいいよ」
ツーハンデッドソードと呼ばれる大剣を構える刈谷。最初からウェポンスキル《スラッシュ》を使うつもりなのか、大剣を横なぎに振るおうと重心を下げている。
対する赤城君は比較的細くて軽い刀剣のため、大剣を持った刈谷と対比するとギャップが凄まじいことになっている。いくらあれがマジックウェポンとはいえ、まともに打ち合うのは避けたほうがいいだろう。《スラッシュ》の隙を突くというよりAGIを低下させるべく、どこでもいいのでまずは当てるということが重要な作戦となってくる。
「それでは……いくぞ」
初手《スラッシュ》と思いきや、普通の横なぎから入る刈谷。あれだけ赤城君を見下してたのに警戒しているのだろうか。最初だけやや大ぶりの攻撃を見せたが、そこからは間合いを保ちつつ隙の小さな小攻撃でけん制している。こうしてみると刈谷の戦闘技術もなかなかのものだ。
(まずいな、レベル差も結構あるぞ。赤城君はどうみてもレベル10には到達していない……レベル5か6くらいか)
けん制目的の攻撃とはいえレベル11の大剣をまともに受けるわけにはいかず、苦戦しているのが目に見えて分かる。とにかく攻撃を当てたい赤城君は刈谷の攻撃を大きく迂回して避けつつ大技に合わせてカウンターを狙う動きに専念している。
だが先ほどから刈谷に有利な間合いを強いられて、中に入っていけてない。ならば一度仕切りなおそうと一時引いて距離を離そうとするが、踏み込みを合わせたリーチの長い突攻撃を交え、再び最適な距離に詰め寄り間合いを管理する刈谷。
ゲームでの刈谷は終始相手を舐めきっていて隙の大きい攻撃を繰り出すことが多かった。長引けば《スラッシュ》頼みになったはずなのに……おかしいぞ。あの動きは[スタティックソード]を知っている!?
「はぁ……どうした刈谷君。小出しの攻撃ばかりじゃないか、怖気づいたか?」
「ふん、お前のほうこそどうした。このままだとじり貧だぞ?」
「はぁはぁ……それじゃご希望通り……」
刈谷に《スラッシュ》を撃たせようと挑発するが不発に終わる。埒が明かないと見た赤城君は取っておきの手段として刺突スキル《ダブルスティング》を使用。オート発動だ。
《ダブルスティング》とは【シーフ】で覚える二回攻撃の刺突スキルだ。端末上での赤城君は【シーフ】になり立てでジョブレベルが1の表示。まさかここでジョブレベル5で覚えるウェポンスキルが来るとは思わなかっただろう。
突然のスキルに驚き瞬時に数歩後退した刈谷だが、赤城君はその一瞬でなんとか武器を掠めることに成功した。
「ハァハァ……これで君の動きを見切ることが……ぐっ」
「フンッ! ……俺の動きがなんだって?」
刈谷にやっと攻撃が当たり気が緩んだ瞬間。逆にカウンターを当てられ、赤城君を吹っ飛ばす刈谷。
刈谷の様子からは麻痺にかかるどころか、AGIが少しも下がっているようには見えない。赤城は驚きと絶望を綯い交ぜたような顔をしている。それはそうだろう。AGIが下がらないということは赤城君の作戦が根本から崩れることを意味しているのだから。やはり対策をしていたか。
だが、対策をしていたということは。つまり――
*・・*・・*・・*・・*・・*
闘技場の4番部屋に歓声と悲鳴が混じる。
刈谷は容赦なく、そして執拗に攻撃する。赤城君はすでに腕は折れ、立ち上がることはできなくなっている。もはやこれは試合じゃない、ただのなぶり殺しだ。
「刈谷君、さっすがー」
「いけー刈谷さん!」
「強気だったから何かあると思ったがハッタリだったのか」
「当たり前だろ、所詮Eクラスの雑魚だぜ」
野球観戦のように歓声を上げるDクラスに対し、Eクラスは悲痛そのもの。女子の中には顔を覆い、泣いている子もいる。
大宮さんが止めに入ろうと立ち上がるが、新田さんに止められているのが見えた。カヲルは歯を食いしばり瞑目している……動くのだろうか。
「も゛……もう、勘弁してぐれ……」
「誰に向かって言ってんだ! “ください”だろ? あぁ!?」
「ぐああぁあああ」
刈谷が赤城君の横腹に大剣を振り下ろす。その個所は金属補強されているとはいえ今ので脇腹の何本か折れただろう。俺もそろそろ胸糞になってきた。止めるべきか。僅かに腰を浮かせた辺りで。
「もうやめて! これ以上、彼を傷つけないで!」
止めに入ったのはピンクちゃん、こと三条桜子さんだ。
彼女はカヲルと共に赤城君と長く頑張ってきた一人。この惨状を見ていることなんて出来るわけがなかった。
だが今の刈谷の前にでるのは危険だ。
「あぁん? テメェも俺に指図するのか? ……殺すぞ」
三条さんとはいえ、殺気を放つ刈谷は怖いようだ。だが震えながらも必死に赤城君を庇おうと両手を広げる。刈谷が武器を向けると、流石に危ないと思ったのかカヲルと立木君、他に何人かのクラスメイトも立ち上がり駆け出そうとする。
「Eクラスのゴミ共ォォ! まだ分からねーのか?」
刈谷が一喝。三条さんの元へ駆け出そうとしたEクラスの動きが止まる。
「お前らはこの学校じゃ弱者なんだよ。卒業までに何人かDクラスに上がれるかもしれねーが、その程度だ」
再びクラスメイト達に殺気を乗せた《オーラ》を放つ刈谷。レベル差がある格上に睨まれれば怯む他ない。
「誰が強く、誰が上で、誰に従うべきか。……これで分かっただろぉ?」
誰も一言も発することが出来ない。
赤城君だってそれなりにレベルは上がっていた。おそらくこの1ヶ月でEクラスのほとんどの人よりレベルを上げたはず。それだけではなく、刀剣を扱う技術に刈谷の大剣を躱す戦闘センスは目を見張るものがあった。
それなのにレベル11という大きな壁の前には歯が立たず、完膚なきまでボロボロにされた。これを見て立ち向かえというのも無理がある話だ。
刈谷は続ける。
「つーことでテメェらに指示を出す。雑用係が欲しいからと上のクラスから頼まれてるんだわ。Eクラスの作った部活に入るのは止めろ。入ったやつは俺が直々にぶち殺す。いいな」
そう言い残すと用は済んだとばかりに闘技場を後にする刈谷。
「やっぱEクラスは大したことねーわ」
「ほんとほんと。威勢だけは良かったけどやっぱりって感じ」
「お前ら雑用係としてこき使ってやるから覚悟しておけよ」
散々な言われようだ。だが誰も何も言い返せない。
ここまでの実力差をまざまざと見せつけられ、同級生として、ライバルとしてやっていけるわけもないと無理やり理解させられたクラスメイト達。Eクラスという存在そのものが否定されたわけだ。
しかし……そういうことね。この闘技場4番部屋は上位クラスの先輩方の部活が絡んでたから簡単に予約が取れたってわけか。
上位クラスが入る部活も都合のいい雑用係は欲しい。Eクラスの先輩方が作った部活に入られると困る。だから刈谷や一年Dクラスを動かしてEクラスにぶつけ、実力差を知らしめ脅す。そして反抗の芽を折る。
背後には刈谷に指示した別の黒幕がいるのは確定か。Bクラスの頭以外にも上級生が色々と暗躍していそうだな。
まったく、めんどくせぇことしやがる。生徒会や学校の先生方もこれを承知してる可能性もあるな。ゲームのときもそんな感じはあったが、いざやられると非常に遣る瀬無い。こうなってくるとわざわざ1クラス分の外部生を取るという意味すら疑いたくなる。
入学初日のEクラスのみんなの目は希望に満ちて輝いてたというのに、今は絶望の色に染まっているじゃないか。とはいえ。
俺は別に見返したいとは思わない。上位クラスに上がりたいとも思わなければ、この学校を変えたいとも思わない。クラスメイトにもそれほど親近感があるわけでもない。理不尽な理由だけでやられたというならともかく、赤城君だって刈谷の挑発に乗ったのだ。あそこまでやられる理由はないが、自業自得と言えるものもある。激情に駆られることは無い。雑用係が欲しいなら1つ2つ別にやってやってもいい。
今考えることはそこではない。問題は――
“誰が刈谷に[スタティックソード]戦術の対策を助言したか”だ。
最初に[スタティックソード]を使用した戦術を赤城君に授けたのが誰なのかも気になる。これはもしかしたら赤城君のグループが考案したもので、プレイヤーではないかもしれないし、プレイヤーであっても悪意を感じられないので今のところは後回しだ。
赤城君の攻撃が当たっても刈谷に何の変化もなかったのは、何かしらの耐雷、麻痺耐性アイテムを装備していたからだろう。そうでなければ[スタティックソード]が掠った時点で刈谷の攻撃速度は落ち、あるいは麻痺することにより赤城君が勝っていた可能性だってあった。
それに刈谷の戦い方もおかしかった。本来ならけん制して赤城君の様子を見るなんてことはしなかったはず。《スラッシュ》だって結局1回も撃たなかった。これらを教えたのは……高確率でプレイヤーだろう。
このプレイヤーは危険だ。赤城君に対する悪意すら感じられる。ゲーム情報を独占するためなのか、はたまた三条さんやカヲルと絡んだことが原因なのか、もしくは単なる愉快犯かもしれない。だが下手すると殺意を滲ませて他プレイヤーの排除だってしてくる可能性もある。
刈谷に助言したプレイヤーはEクラスの生徒だと思うが断定はできない。その辺りを刈谷に聞いてみたいけど、今の俺など相手になんてしないだろう。
(……しまったな、そこまでプレイヤーの存在を危険視してこなかったからプレイヤー対策はあまり考えてこなかった)
結果から考えれば赤城君に助言した人物と、刈谷に助言した人物は同一ではない可能性が高い。
そもプレイヤーって何人いるんだ。俺と、赤城君に助言したプレイヤー、それに刈谷に助言したプレイヤー。三人いる可能性がある。俺のように既存のキャラクターなのか。もしくはダンエクでは名前も出てこなかった生徒だろうか。赤城君や三条さんが実はプレイヤーだったという線だって捨てきれない。身を守るためにもレベル上げは急いだほうがいいな。
すでに【プリースト】の先生が赤城君を触診しており、その先生が言うには骨折した箇所がいくつかあるが後遺症になるものは無く、魔法の施術で十分回復できるという。念のためレントゲンを撮るようで担架で医務室へ運ばれていった。学内で起きた怪我は【プリースト】の先生に無料で診てもらえるのは心強い。
怪我の方もそれで済んだということは刈谷も一応手加減してくれてたのかね。
そうして俺は席を立ち、赤城君の周りに集まるクラスメイト達を遠見する。
結局、Eクラスは見返すために成り上がるか、弱者の立場を受け入れて強者に従うかしかないのだろう。どちらを選ぶかはクラスメイト達の判断に任せることにしよう。
俺にはそこに関心を持つほどの熱量は無いし、関与する余裕もないのだから。