179 朧なる光 ②
※今週は2話投稿です。
―― 真宮千鶴視点 ――
眩い朝日が降り注ぐ廊下を、お盆を持って静々と歩いていく。窓の外では澄んだ青空が広がり、小鳥達が快活に囀っていた。昨夜の血みどろの激闘が嘘のよう。
(遠く広がる世界もこのように平和であればいいですが――)
という祈りも虚しく、昨夜の出来事は日本の隅々にまで衝撃を行き渡らせるに違いない。それに今もお兄様達は分析を続けている。現実逃避しかけた思考を切り替え、気持ちを引き締めるとしよう。
続けて廊下を二度曲がって突き当たりにある応接間のドアを軽くノックすると、「どうぞ」という声がすぐに上がった。頭を下げて中に入ればそこにはお兄様と、部下である早川様が笑顔を向けてくれている。
二人とも徹夜で分析作業を続けていたというのに、目が爛々と輝いているのは何故だろうか。それでもお疲れになっていることに変わりないはずなので、カップに蜂蜜を垂らしたお紅茶を注ぎ、休憩を勧める。
「お疲れでしょう、早川様もどうぞお飲みになってください」
「これはこれは。では遠慮なく……うん、甘くて美味しい」
夏なのにロングコートを着た壮年の男性がニッコリと笑って紅茶をすする。亡き母の実兄、つまりわたくしの伯父であり、亡き父の親友だった早川響一様。実の両親が亡くなってからは親代わりとなってお兄様とわたくしを支え、同時に“朧”の副リーダーとして組織を動かしてくださっている、真宮家の核心的人物でもある。
一方、お兄様は一通り香りを楽しんでから紅茶を口に含み、「何か聞きたいことがあるのかい?」と笑顔で尋ねてこられた。何故お分かりになったのかと思ったものの「顔に書いてあるからね」と先に言われ、赤面してしまう。でもその通りなので素直に伺ってみることにした。
「成海颯太についてお聞きしたいことがございます」
「……それは彼の強さについてか、それとも人物についてか。どちらにしてもまずはコレを見たほうが良いね」
お兄様が手元にあったリモコンのボタンを押すと、背後にあったスクリーンに光が灯る。そこには空中に光る足場の上を跳ねる成海颯太が、夜空に静止する真田幸景、ミハイロ・マキシムの二人と対峙する姿が映し出された。
その後を十羅刹の六路木時雨と……カメラを持ったお兄様が続く。
ミハイロが謎の黒騎士に敗れて撤退したことは聞いていたけれど、これはその前。成海華乃、雲母お姉様と一緒にゲートを使って避難した後の映像のようだ。
しかし何故、これほどの顔触れの中に成海颯太が交じっているのか。
真田は高度な戦術とテクニックを用いる、日本を代表する魔術の使い手。ミハイロは【聖女】アウロラの右腕と謂われる伝説的存在。六路木も日本屈指の技術と経歴を持つ【侍】であり、お兄様に至ってはもはや説明不要。
そんな最高峰の戦いに交じって戦おうだなんて無謀を通り過ぎて厚かましさすら感じてしまう。
どうせお兄様か六路木の足を引っ張る、もしくは後に現れる黒騎士に救われたのだろうと苛立ちのあまり視線を逸らすと、お兄様に「ちゃんと見ておきなさい」と窘められてしまった。
仕方なく懐疑的な気持ちでスクリーンに視線を戻すと……そこでは想像を超えた、息を吞むような戦いが繰り広げられていた。
轟音を立てて夜空を飛び交い、いくつも分裂する雷魔法。放たれる速度が優に音速を超えるため、六路木とお兄様ですら被弾し足が止まる。そんな中でも唯一対応できていたのは、成海颯太だった。
常に赤黒い魔力を練り上げて空中を鋭角に飛び回り、不規則な軌道から迫りくる雷魔法を躱す。続けてお兄様よりも多くのカウンターを放ち、被弾する六路木の負担を減らそうと懸命に立ち回っていた。真田とミハイロも明らかに成海颯太を意識し動いているではないか。
わたくしの見立てと映像の成海颯太が違いすぎて上手く飲み込めない。それに何か不自然だ。首を傾げるわたくしにお兄様は優しく笑いながらも同調する。
「千鶴も不思議に思うだろう? 僕のほうが反応も移動速度も速いはずなんだけど、実際には彼の方が数段速いんだ」
「余りある経験と知識で初動を速くし、自身の遅さを補っているのでしょう……まるで百戦錬磨の用兵家のようです」
成海颯太はこの戦場において誰よりも遅い。しかし誰よりも速く動けている。そんな不思議なことが起こっているとお兄様が感嘆しながら仰る。
その理由として空中を自在に飛び回るスキルの存在がある。これは確かに大きい要素なのだけど、それだけではなく、早川様によればミハイロの目にも止まらぬ動きを読み、真田の用兵術の、さらにその上をいく立ち回りで初動を速くして自身の遅さを補っているらしい。
この五人の中で成海颯太は明らかに基礎レベルが低い。お兄様も六路木も、真田とミハイロも全員がレベル40前後ある屈指の冒険者なのに対し、成海颯太だけはところどころで動きが遅く、恐らくレベル30あるかどうかだろう。それでも誰よりも魔力を放出し、この超絶した戦いにおいて眩しいほどの輝きを放っている。しかし――
(知識と経験でレベル差を埋めている……?)
数多の貴族やクランを沈めてきた歴戦の猛者である真田と、世界最大の冒険者大国を作り上げた功労者であり伝説的冒険者であるミハイロを相手に? そこらの冒険者ならともかく、この二人に知識と経験で上回るなんてことができるはずがない……のだけれど、それでも映像を見ればそうとしか説明できず混乱は増すばかり。
わたくしにできることは堪らず質問を浴びせるだけだ。
「成海颯太はまだ高校一年生です。何故これほどの経験と知識を持っているのでしょう、お兄様のように天賦の才があるからでしょうか」
「それもあるかもしれないけど、彼がね――“神格者”だからだよ」
――神格者。
【聖女】と同じく、この世ならざる知識を持つ者。真田幸景が乱を引き起こした目的もゲート利権ではなく神格者を手に入れることだった。成海颯太がその神格者だと……?
風格も魔力も二流のそれだったことを思い出し再び小さく首を傾げていると、スクリーンがオレンジ色の光に染まり思考を奪われる。灼熱の大魔法が炸裂したようだ。
光る糸の上を走って緊急離脱するお兄様に対し、成海颯太は真田とミハイロに挟撃されて逃げられず、鬼気迫る奮戦をしていた。死角から恐るべき速度で発射される魔法弾を紙一重で躱しながらも、ミハイロの斬撃を幾度も受け流し打ち合っている。目を疑うような凄まじい剣技だ。
しかしお兄様は、より驚くべき分析をなされていた。大魔法が炸裂し挟撃されたところまで映像を巻き戻し、スロー再生する。
「ほら、彼は真田の魔法弾もミハイロの斬撃もほとんど見えていないよ。視線が追いついていないだろう? それでも攻撃をちゃんと捌けている。これはね“予測”を頼りに先読みして動いているんだ」
「きっとこのような命のやり取りを何千何万回とやってきたのでしょう……いやはや恐ろしい人物です」
死角から迫る魔法弾を見ないで躱し、伝説の冒険者の斬撃が見えずとも何度も受け流す。早川様の見立てでは、それができるのも遥か格上との死闘を無数にやってきた経験があるからだと。
しかしこのような死闘を続けていたら確実に死んでしまう――と反論しかけるものの、そうでなければこの映像の説明がつかないので押し黙るしかない。分析し解析するほどに恐ろしい事実が次々と浮かび上がり、背筋に冷たいものが走る。
「いずれはこの国に巣食う【聖女】を倒すつもりだったけど、ちょっと舐めてたかな」
「ええ、神格者が数多の知識を持っているだけならともかく、これほどまでの戦闘センスまで備えているとするなら、打ち勝つことは至難の業でしょう……」
世界が我が国を無視できない理由の一つに【聖女】の存在があるが、現在は沈黙して貴族政治の道具に成り下がっている。朧の目的である“貴族社会の打破”という点において今の【聖女】は邪魔でしかなく、どのタイミングで排除するか我らの中で長く話し合われていた。
元々、お兄様には“時を止める”という強大無比の奥義がある。それが決まるなら今すぐにでも排除するのだけど、数多の知識を持つ【聖女】なら対応策を持っていてもおかしくない。
だとしてもレベル差さえなければお兄様の天賦の才で押し切れる。人類最高峰のレベル40に到達した暁には【聖女】の住まう離宮まで直接出向いて引退を迫るか、殺す計画を立てていたのだ。
しかし神格者が成海颯太ほどの戦闘経験やセンスまで備えているとなると話は大きく変わる。計画は白紙にし「一から考え直さないといけない」と早川様も首を振るしかない。
映像に目を移せば成海颯太が可視化できるほどの莫大な魔力を練り上げ、見たこともない強力な斬撃スキルをミハイロに向けて撃ち込んでいた。眩き閃光が煌き、離れていたお兄様の元まで衝撃波が到達して映像がブレる。
伝説の冒険者が相手でも一遍も怯まず立ち向かい、恐るべき集中力と気迫で死地を突き進む。そしてそれらは膨大な知識と重厚な経験に下支えされている。成海颯太は戦士として極地に到達しているのだろうか……?
一方、お兄様と早川様は計画の修正を迫られているというのに、清々しい表情で映像を見ていらっしゃる。その理由も何となく想像できてしまう。
「……やっと僕達の望む者が現れてくれた。この国の未来は大きく変わらざるを得ないだろうね」
「田里に代わる我らの旗頭にするおつもりですか?」
「いいや。神格者は新しい時代を作るために生まれ堕ちてくる存在。彼らが望もうと望むまいとね。なら僕達の役目は観測することだよ」
すべての魔力を使い果たして落下していく成海颯太と入れ替わるかのように、禍々しい黒い魔力を纏う“黒騎士”が現れた。すぐにこの世のものとは思えない戦いが繰り広げられるけど、この黒騎士も神格者だというのが早川様の見立てだ。
約100年前。世界中にダンジョンが出現し、その後に現れた四人の【聖女】が今の世界秩序の根底を築いた。そして今、【聖女】とは別の神格者が複数人確認されている。それは新たな秩序が作られる予兆である。ならば我らはその傍らで神格者を導き、新時代が来るのを待とうじゃないか――そう、お兄様が笑顔で仰る。
真宮家と仲間達が何代にも渡って命を捧げ、渇望してきた時代の変革。それを体現してくれる存在が現れた。どんな世界を作り上げるのかは分からないけれど、わたくしにも見届ける責務がある。
高鳴る胸を押さえ、涙が溢れ出るのを堪えながら祈らずにはいられない。
(どうか新たな世界に救いがありますように……)
*・・*・・*・・*・・*・・*
飛び散っていた瓦礫と粉塵が落ち着くと、地面に作られたクレーターの中央に上半身が埋まった無残な男の姿が晒される。
想定を超える速度で受け身も取れずに叩き付けられ、ダメージは深刻。本来ならあのような攻撃を格上から受けてしまっては死んでしまうものだけど、リーダーを誘き出すため殺したりはしていないだろう。
先輩は叩き付けられ埋もれていたソレをゆっくりとした動作で掴んで引っ張り上げる。
「ぐっ……が、はっ……」
『さて約束だ。さっさとボスとやらを呼び出せ』
がっちりと首を掴まれて血を吐き、息も絶え絶えの男。意識を失いかけているのか先輩を睨む視線に力が入っていない。賭けをやっていた冒険者達は今起きている状況を理解できず言葉を発せずにいる。
成海颯太はお兄様が唯一ライバルと認めた男であり、神格者。過程はどうであれ、この結果は分かり切っていたこと。問題はその後で、恐らくは乱戦になるだろう。
周囲の愚鈍な冒険者達がようやく現状を理解したのか、ぽつぽつと殺気を放ち始める。次に武器を掴み、わたくし達を絶対に逃がすまいと怒りで顔を歪めながら取り囲むように布陣する。
放っている個々の魔力放出量から誰を優先的に倒すか、または気を付ければいいかを判断しつつ魔力を練っていると――合図もなしに数人の冒険者が切っ先を向けて先輩に突進した。
(さぁ、いきましょう!)
こちらにも無数の冒険者が迫ってくる。走りながら速度ブーストスキル《アクセラレータ》をかけて距離を取り、加速。観測者たるわたくしが足を引っ張ることなど許されない。さらに速度ブースト効果のあるブレスレットにも魔力を流し、より速度を上げて草原を駆け抜けていく。
大丈夫なことは分かり切っているものの、些細な心配から包囲された先輩に目を向ければ、四方から放たれた斬撃を回転しながら剣ですべて弾き飛ばしていた。そして上空に向かって力強く声を荒げる。
『やってやるぞォォ!! 降りてこい!! アーサァァァ!!』
その言葉を合図に、先輩の真上に紫紺の光が煌めき、その中から眩い純白の何かが降りてくる。空気に溶け込みきれない夥しい魔力が紫電となって渦を巻き、大地を細かく震わせる。あれは……ミハイロと単騎で渡り合った、蜘蛛の形の神格者だ。
これで相手にお兄様や六路木時雨のような屈指の実力者がいない限り、蹂躙が約束された。しかし残念なことにわたくしの見える範囲でそのクラスの魔力は感じられない。
愚かな冒険者達の冥福を祈りながら、次なる衝撃に備えることにした。
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