177 板挟み
ダンジョン25階に到着するや即座に身を屈め、物音を立てずに周囲を窺う。この階のゲート部屋は小さな洞窟内にある。照明が無いためかなり薄暗いものの、すぐそこが明るい光が差し込む出口なので灯りをつける必要はない。
チーちゃんを後ろにして姿勢をさらに低くし《魔力感知》を発動。近場にある魔力から敵の強さと、おおよその数を調べる。そしたら……いるじゃないの。
「(レベル25前後が……前方に5……いや6人いるか。足止めしてきたら戦闘になる。危なくなったら――)」
「(承知しております。もしもの際は即座に帰還石を使いますのでご安心を――《マナ・リジェネーション》)」
マジックバッグから身長ほどの巨大な杖を取り出し、MPの自然回復が数倍速になるバフをかけてくれる。これだけでも戦闘継続力が何倍にもなるのでありがたい。
続けて俺も速度と回避力を上昇させる《シャドウステップ》の魔法陣を空中に描く。人差し指の先に魔力を灯して最後まで一気に描き切ると、魔法陣は仄かに暗く光り、効力が発動すると霧散した。
キラキラした目のチーちゃんが「ぜひ後で教えていただけませんか」と甘えるように言ってくるが、それについては約束できないので言葉を濁すしかない。
しっかりとマスクを口元にはめ、洞窟の入り口のほうまで歩いていく。そっと外の様子を覗いてみれば……すぐ近くに焚火を囲った冒険者パーティーが何かを食っているのが見えた。
どこの組織の者かは目印となるものがないので分からないが、陣取っている位置からして見つからずに通り抜けるのは不可能。かといって迂回する道もないので仕方なしに自然を装って歩いていくのだが、案の定呼び止められる。
「ちょい待ち。お前“ゲート”の方から来たよな、もしかして天摩家の者だったりする?」
『だったら何だ』
食っていたパンを放り投げると剣を抜いて俺が進もうとする方向を塞いでくる。目の前の男の防具には鏡のように光る板金――純ミスリル板が張られており、手に持っている剣も紋様が入った高級品。一流クランに属していてもおかしくない装備である。
普段ならこのクラスの冒険者と争うなんてまっぴら御免だが“天摩家”という言葉が出た瞬間に、穏やかに話し合おうなんて考えは飛んでなくなった。
左にいたガタイの良い冒険者が「答えろよデブ」と言って俺の肩に手を置こうとした瞬間に、体を捻って脇腹を抉るように殴りつける。するとバキッという骨を砕く感触と共に“く”の字に折れ曲がって吹っ飛んでいく。ついでに後ろに回り込もうとしていた短剣使いの側頭部を蹴り飛ばし、意識を刈り取っておこう。
残った4人の冒険者達は瞬時に散開して挟撃ポジションを取ろうとする――その前に、一番手前にいた動きの遅い魔術士のローブを掴んで引っ張り上げ、そのまま地面に2回叩きつける。残り3人だ。
「気を付けろっ、格上だっ!」
「逃げたほうがいい! すぐに本隊へ連絡――なっ」
真っ先に剣士が逃げようとしたので即座に追いついて背後から捕まえる。すると無理やり反転してウェポンスキルを放とうとしてきたが、魔力とスキルモーションで何を撃つのかがバレバレである。
じっくりと目で見て躱してからスキル硬直しているところにパンチを数発打ち込んでいると、俺の背後を襲おうとした女レンジャーを、チーちゃんが殴りつけてノックアウトしてくれる。
残った最後の一人も背中を向けて逃げ出すが、その程度の速さでは速度ブーストした俺からは逃れられない。
「クソがっ! 《金剛不壊》!」
チーちゃんと挟み込むように追いつくと、悪態を吐きながら全身を赤く発光させてスキルを放つ。皮膚を硬くし防御力を高める格闘スキルだ。だがそんなことをやったところで苦しみが増すだけである。
俺のパンチを鼻先ギリギリで躱すことには成功した格闘使いだが、ほぼ同時に真後ろから放たれたチーちゃんの拳をもろに喰らって半回転する。良い感じに顎に入ったものの無駄に硬くなった分、まだ意識があるようだ。悶絶しながらも着地し顔を上げたところへ今度は俺がアッパーをお見舞いする。
再び脳を揺らされた格闘使いは白目をむきながら意識を消失させ、背中からバタリと倒れ込んだ。
服についた埃を払いながら地面に転がって泡を吹く冒険者を見る。
先週までの俺ならプレイヤースキル全開でなければ苦戦していただろう。しかし今は神聖帝国の白ローブ共を倒しまくってレベルが上がり、動きを観察する余裕すらあった。太っていても体のキレは良く、支障はなさそうだ。
拳を握りしめて力の感触を確かめていると、チーちゃんが今倒した奴らの荷物を漁っているではないか。何か情報があるのだろうか。
「成海先輩のお仲間を襲ったのはこちらの方々では……ないですよね?」
「俺の仲間はこの程度の奴なら返り討ちにできるよ。襲った奴らはもっと強い。だから無理についてくるのは危険なんだけど――」
「成海先輩に盾突いた方がどうなるのか、むしろ楽しみです」
このくらいなら黒崎さんでも十分に制圧可能なはず。なので必然的に襲った奴らはさらに強いと予想できる。ついてきたら危険に晒されるかもしれないと釘を刺そうとすると、チーちゃんはむしろ楽しみだと言って笑みを深める。
何故そんなに俺を盲目的に信頼しているのか。今のところ想定している中で最悪の奴らが相手なら、本気を出しても厳しいかもしれないのに。想定が甘いか、もしくは壮大な勘違いをしているかのどちらかである。
ただし、あくまで厳しいというのは俺が馬鹿正直に一人で戦った場合の話。不意打ちのように仲間を攻撃する奴に真っ当な方法で挑むわけがなく、報復も視野に取れる手段はすべて取るつもりだ。そして相手が何だろうがブチのめす。
だがあくまで天摩さん達の救出が最優先。それを履き違えてはならない。
大きく息を吐いて思考を冷まし、再び《魔力感知》を発動する。
目的地は天摩さんが建設予定だった拠点。ゲートがあった洞窟を出て、緩やかな丘を1つ越えればもうその拠点が見え……ないぞ。あるのは何かの残骸だけ。
最新式だと教えてもらった高機能ショベルカーは鉄くずとなって破壊されており、山となって綺麗に積まれていた木材や石材も四方に散らばっている。整地された地面も穴ぼこだらけだ。
その付近には百人程度の冒険者が陣取っていた。いくつもの焚火を囲ってのんびりとキャンプしていやがる。あいつらが襲った奴らに違いない。
草むらに伏せながらブッ飛ばすシミュレーションをしていると、隣ではチーちゃんが同じように伏せて双眼鏡を持ち出し冷静に観察していた。
「(執事のような人がたくさん……中央に紐で縛られています……死者は確認できませんね)」
「(ピカピカに光る全身鎧の子と、メイドは見えないか?)」
「(……ん~……見える限りでは、いないようですね)」
500mほど距離が離れているので俺の肉眼では詳細が分からない。なので全身鎧とメイドはいるか、負傷者はいるのか、どんな相手でどんな武装をしているのかなど矢継ぎ早に質問していると「お前も見ろ」と言わんばかりに双眼鏡を渡してくれる。
では早速、覗いてみよう。
相手の武装に注目してみれば、鎧が多いことから近接職主体の集団であることが分かる。魔法が飛び交う中での戦闘は事故が多くなるので助かるぜ。
そいつらの中央に集められているのは……天摩さんの護衛隊である黒執事達だ。中にはレベル25前後の元冒険者もいたはずだが不殺のまま紐で縛られている。そのことから相手との力量差がそれなりにあるものと思われる。もしくは主の天摩さんが捕らわれ、手出しできなかった可能性もあるか。
また作業服を着た工事のおっちゃん達も例外なく捕らわれていた。こちらは非戦闘員のためか手足は縛られていないようだが……その中に冒険者学校の制服を着た女子生徒の姿も見える。武装集団に包囲されているというのに、のんきに頭の後ろで手を組んで昼寝しているではないか。
(久我さんはレベル26だったか)
特にレベルを上げていないならそのくらいのはず。冒険者学校では無双できるレベルだが、相手は実力者揃いの集団。立ち向かったところで負けるのは明白であり、それなら体力を温存すべく寝ている方がマシだとか考えているのかもしれない。
一方で天摩さんと黒崎さんの姿は見つからない。奥に見慣れない天幕が張られており、あの中にいる可能性が高そうだ。しかしあそこへ行くためには冒険者集団が布陣している中を突っ切る必要がある。
確実に揉め事になるだろうがそんなことは百も承知。行ってやろうじゃないの。
「とりあえず、あいつらの目的を聞いてくる。チーちゃんはここで――」
「わたくしも参ります。必ずやお役に立てるかと」
俺が一人で交渉してくるから待ってろと言おうとすると、チーちゃんは絶対に役に立つから自分も連れていけと即座に返してくる。
天摩さん達を襲った奴らは黒崎さんや黒執事達でも勝てない実力者集団。しかもあの規模なら恐らく大規模攻略クランだ。どこであろうと大規模攻略クランというなら一人くらいは“怪物”がいる。金蘭会しかり、カラーズしかり、十羅刹にしかりだ。真宮家の令嬢ならそのことを知らないとも思えない。
(でもまぁ、チーちゃんもダンエクヒロインだしな)
困っている人々を救うため財を投げ打ち、日本各地を奔走していたダンエクでのチーちゃん。俺も今、大事な仲間達が窮地にあり困っている。少しくらい力を借りてもいいだろうか。
マスクをしっかりとはめて、最後の確認をしておこう。
『隠匿スキル全開で行くかもしれない。仮面は絶対に取らないこと。危機が迫れば俺がどんな状況であろうと即座に帰還石を使うんだ、約束できるか?』
『承知しております』
俺に向かって胸に手を当て丁寧にかしこまる少女。やけに聞き分けが良い。東京で会ったときは冷淡な態度に苦慮したものだが、本当に同一人物なのかと疑いたくなるほどである。
そのように懐疑的な目で見ていると、俺と同じローブ姿が面白いのかクルっと一回りし、機嫌良さそうに小さく笑う。
『成海先輩とお揃いの仮面とローブ。素性を隠し、まるで秘密結社のようでございます。何か素敵な名前などあればいいのですが』
『……名前か。前に仲間と“EEE”とかいうサークルを作ろうって話はあったが……それはともかく、気を引き締めていこう』
『はい』
現在のパワーと体の調子を確かめるため、マジックバッグから取り出した純ミスリルの片手剣を強く握り、軽く一閃。するとそれだけで旋風が撒き上がる。レベル30ともなると膂力が半端ない。
この世界ではレベルを上げると力や速度も目に見えて上がるので、面白さを感じると共に怖さもある。だが俺はそれらをコントロールする術を知っている。恐れることはない。
そうやって奮い立たせて一歩を踏み出そうとする俺とは対照的に、チーちゃんはコロコロと笑ってリラックスしてる模様。取っ捕まっても昼寝ができる久我さんもそうだが、その胆力は羨ましい限りである。
緩やかな風が吹く丘の上を、踏みしめるように歩く。
俺達が一定距離まで近づくと座っていた冒険者らが静かに立ち上がり、ある者は好奇心の入り混じった視線を向け、ある者は仁王立ちで睨み、またある者は薄ら笑いを浮かべて値踏みする。様々な反応を示す冒険者がいるものの、どいつも立ち振る舞いがどっしりとしているのは共通している。
これほどの冒険者を揃えられるクランなど多くはない。やはり大規模攻略クランであろう。天摩さんを襲った理由も25階ゲート部屋の利権のためと考えるのが自然。ならそんなものはくれてやればいい。
(まずはこいつらのボスと話がしたいが――そうさせてはくれないか)
突き刺さる視線を無視して集団の中を進んでいこうとすると、青髪を逆立てたような男が俺の前に立ちはだかる。赤く発光する長槍を手に持っており、それをぐるりと2回ほど振り回すと脇に挟み、ギラついた挑発的な表情で構えを取る。
「そこで止まれ。答えなければここで殺す。逃げたら殺す。では質問だ、貴様らはどうやってここにきた?」
『……普通にゲートを使って来たに決まってるだろ』
殺す殺すと物騒な奴だ。ここで話をはぐらかしても時間の無駄になるだけなので素直に答えてやると、槍使いの男は予想通りの答えに頷いてニコリと笑う。
「天摩家の者か。なら今は貴様らの主と交渉中だ、大人しくそこらに転がっておけ」
『交渉中だと? 建物を破壊し、黒執事達を紐で縛っておいてか?』
昨晩から夜通しで大きな拠点を作ろうと急ピッチで工事が進められていたのは知っていたが、見ればそこには穴ぼこと木片、瓦礫しかない。加えてその手前で縛られた黒執事達が一ヶ所に集められている。死者はいないようだが顔には無数の青あざが見え、黒いスーツも土埃まみれ。相当に痛めつけられているようだ。こんな状態にして交渉とかよく言う。
また横目で久我さんの状態も確認すると、何も抵抗しなかったからか無傷の模様。一瞬視線が合うと、気だるそうな目で「早くこのトラブルを解決しろ」と訴えてきたので、気付かないフリをして目を逸らしておく。文句はあちらさんに言っていただきたい。
とりあえず俺の結論として、大人しく転がるつもりなどない。
『ではこっちの質問だ。お前らどこのどいつだ、何故こんなマネを――』
「忠告してやる。言葉は慎重に選べ。その気になればいつでもその首を落とせるんだぜ」
目の前で首を搔き切るポーズをして周囲を湧かせる槍使い。同時に別の奴が《鑑定》の魔導具を俺とチーちゃんに向けてくるが、《フェイク》と仮面の効力を突破できず首を傾げている。
このやり取りで分かったのは、俺の質問にはまともに答える気はないということ。周囲の奴らも暇を持て余しているのか、挑発的な野次を飛ばしてくるので実にウザったい。何にせよ、こいつらとは話にならない。
『責任者を出せ』
「んじゃこうしよう、オレ様と勝負して勝てたらボスに取り次いでやるよ」
俺が挑発に乗らないと見るや、青髪の男は手に持っていた槍を横の地面に突き刺し、両拳を強く突き合わせる。タイマンで勝てばクランリーダーを呼び出してくれるという。
この数相手に強行突破など気が引けるので1:1の誘いは正直助かる。その上、俺を舐めてくれたのか“槍を使わない”というハンデまでくれるとは。涙が出るほど嬉しいね。
無駄に魔力を放出し俺が怯むかどうかの確認をしているが、逆にその魔力出力と重心バランスから、おおよそのレベルと対人能力が推定できる。
お前は俺より――弱い。
それでも仲間の無事がかかっている以上、遠慮もなくいかせてもらおう。どう料理してやろうかと考えていると、俺のすぐ後ろで静かな笑いが漏れていることに気付く。仮面をつけたチーちゃんである。
『その程度の魔力で先輩に勝てると思っているとは……笑止です。愚か者には絶対的な差というものを見せつけてあげましょう』
『……え? まぁ……んじゃ、ちょっくらブチのめしてくるから下がっててくれ』
『かしこまりました』
ビックリするくらいの高い評価を受けてつい怯んでしまったが、気を取り直してやる気を見せると、少女は軽く胸に手を当て頭を下げたまま後ろに下がっていく。それを見た青髪が挑発を受けたと見なして腕を突き上げ、高らかに決闘の宣言をする。
汚い野次が全方位から飛び交い、どっちが勝つかの賭けまで始まった。こいつらにとって俺達の登場も決闘も暇つぶしに過ぎないだろう。大した情報も持っていないくせに俺を過小評価した代償はきっちりと支払わせてやるつもりだが……
その反面、後ろからチーちゃんが大活躍を期待するようなキラキラした視線を突き刺してくるので気圧されてしまう。やめてくれ、俺は過大評価に慣れていないんだ。
対極的な評価の板挟みに遭いながらも必死に奮い立たせて向き合うのであった。




