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166 残り数分の覚悟

「――散れ《ライトニング》」

「ぐうっ……はぁっ!」

 

 ミハイロの腕に(まばゆ)い雷光が渦を巻き、放たれたと思ったら即時に高圧電流が着弾する。轟音のほうが遅くやってくるほどの速度を誇る雷魔法《ライトニング》だ。被弾した六路木は感電しながらも多量の魔力を放って無理やり放電する。

 

 障害物の多い屋内なら使いにくい魔法なのだが、このように何もない空間では隠れることもできないし、上手く直撃から逃れられたとしても高圧電流が足場の糸を伝わって帯電するため完全に避けることが難しい魔法となっている。

 

(六路木のダメージが……まずいか)

 

 真宮はトリッキーな戦術を得意としているらしく、ビルの合間に張られた糸から別の糸へピョンピョンとジャンプしながら上手い具合に回避しているが、六路木は日本武術がベースなせいかしっかりと重心を落とし、糸に足を付けて戦うスタイルを取る。そのためカウンターのたびに狙い撃ちされており、何度も喰らってしまっている。要するに六路木はこの足場が限られた戦いに、致命的なまで相性が悪いのだ。

 

 何とかしてやりたいが持っているポーションはすでに使い果たしているし、俺自身にも余裕なんて一切ない。


 最上級魔法《オーバードライブ》により近接戦闘に関わるステータスは大幅に向上しているが、持久力や耐久力まで増強しているわけではない。すでに体のあちこちが悲鳴を上げており、部分的に痙攣(けいれん)まで起こしている。

 

 それでもミハイロを自由にさせてしまえば次々と雷魔法を撃たれ、状況は悪化するどころか俺のほうが先に脱落しかねない。そうなればもう止めることは不可能になる。

 

 残り少ない魔力を()み上げて夜空に光る無数の足場を設置し、ジグザグに飛び跳ねながらミハイロの死角へと回り込む。だが真田が俺の勢いを殺すよう的確に魔法弾を撃ち込んでくるため、仕方なしに回避のジャンプを挟まざるを得ない。

 

 そのままもう一度攻撃に行くべきか二の足を踏んでいると、ミハイロが魔法弾と雷をセットで飛ばしてきたため、紙一重で躱しながら後退し距離を取ることにした。

 

 《エアリアル》を使った俺の跳躍を読める奴なんてダンエクでもほとんどいなかったはずなのに、真田は今日初めて戦うというのに絶妙なタイミングで魔法弾を飛ばしてきやがる。ダンエクの真田とは何度も対戦経験があったので十分いけると踏んでいたのだけど、この世界では同一人物であっても対応能力、思考力がまるで違うのだと思い知らされる。

 

 俺と入れ替わりに六路木が高所に張られた糸を駆け抜けて果敢に斬り込んでいく。その姿を見ながら空中を跳ね、呼吸を落ち着かせてタイミングを見計らっていると、近くの糸に降り立った真宮が話しかけてきた。


「突破口が見つからないね、しかもミハイロはまだ大技を残してるんでしょ?」

「ええ、でも使う気はなさそうですけどね」


 ゲームと同じなら、ミハイロはこの辺り一帯を粉砕できる大魔法をいくつか持っているはず。しかし神聖帝国の最優先目標はあくまでプレイヤーの回収。体に与える損傷が少ない《ライトニング》を多用していることをみても、大技は使わず綺麗な状態で俺達の死体を手に入れたい狙いが垣間見える。

 

 だがその《ライトニング》戦術に対応できず、六路木が狙い撃ちされているのが現状だ。俺もミハイロと接近戦に持ち込もうと斬り込んでいきたいのは山々だが、真田に邪魔されるし、その真田を止めようと真宮が飛び込んでいくものの、常に距離を取られ高所やミハイロの陰に隠れてしまうため追うこともできない。

 

「簡単に殺せると思ってたんだけどね」

 

 真田は死体(サーヴァント)に頼った戦いをするはず、そう思って真宮は目につく死体の首を全部狩っていたとのことだが、そんなものに頼らずとも「ここまで僕達を苦しめてくるなんて」と悔しさを滲ませている。

 

 てっきり真宮が首を狩るのは頭のイカれた趣味嗜好(しこう)なのかと思っていたので、ちゃんとした理由があったことに密かにほっとする。しかし真宮であってもこの状況の打開策は思い当たらないようだ。

 

 死角から火炎放射のような魔法が飛んできたため、真宮と別方向に飛び出して回避。アーサーの張った糸に飛び火するが、燃えるのは表面だけですぐに強風で鎮火する。この糸はアーサーと同等以上の魔力を込めなければ燃えないことを思い出しながらも、ミハイロが再び手に雷光を灯したため警戒感を一気に高める。


 だがそれは放たれることはなかった。


「ミハイロ様。()から侵食されているようです」

「……そうか」


 真田の視線の向こう、数km遠くの夜空がチカチカッと光った後、空一面に幾何学模様がうっすらと浮かび上がった。それを確認した真田が「外から浸食されてる」と険しい顔で報告する。何者かが魔法陣を外から無効化しようとしているという意味だろう。

 

 だが“人避け”と“幻影”の魔法陣は外から攻撃魔法を撃ち込んだところで影響を与えられるものではない。無効化したいなら魔法陣の設置された場所まで行って魔力回路を直接かき消す必要がある。

 

 にもかかわらず、あのように境界面が激しく反応しているのは、真田の言う通り何者かが魔術的な試みで浸食しているからだろう。確か十羅刹(じゅうらせつ)に結界破り専門の幹部がいたような。

 

 誰だったか名前を思い出そうとしていると、近くでベル音が鳴り響き、思考が中断する。真宮の腕端末だ。ここは通信妨害圏内。着信が来たということはつまり――

 

「千鶴からだね……どれどれ」

『お兄様! 先ほど――『おにぃいい! サツキねぇが通信妨害の魔法陣を壊したよっ!』――とのことです』


 真宮の端末画面にはドアップでチーちゃんと華乃の顔が映っており、通信が可能になったと教えてくれる。さらに現在、爆破魔法陣の解除にも挑んでいるようでこのまま安心して戦ってほしい、などと恐ろしい事実を告げてくるではないか。

 

 爆破魔法陣はないものと思って思考から除外していたのだが、実はあったと知って冷や汗が止まらない。

 

「真田様、爆破魔法陣は“無い”と言ってましたよね。もしかして嘘ついていたのですか?」

「バレてしまいましたか。ですが何重もの隠ぺい魔法を突破し、どうやって見つけたのか興味があります」


 殺意を塗りたくった顔でどういうことだと問う真宮に、隠していた爆破魔法陣をどうやって見つけたのだと目を怪しく輝かせる真田。


 爆破魔法陣は魔術的な仕掛けで入れなくした部屋に、さらに魔力をほとんど漏らさぬよう複数の隠ぺい魔法まで施していたとのこと。それを見つけることは神聖帝国の専門家であっても不可能。一体どんな力で探し当てたのだと真田が聞いてくるが、そんなことは今初めて聞いたことなので知るわけがない。

  

『もう一つ。リサ様の準備が――『リサねぇがあと数分だって! アーサー君がゲート(・・・)で送るからそれまで頑張って!』――とのことですが、お兄様。ご武運――『おにぃも気を付けてねっ!』――それでは』


 嵐のように報告だけをして一方的に映像が切られる。向こうも俺達の状況が分かっていて短く用件を伝えようとしたのだろう。だが先ほどの通話内容には重大な情報がいくつも込められていた。六路木も説明を求める視線を俺に向けてくる。

 

 まず華乃達が分厚い防寒具を着て雪の降る所にいたこと。こんな蒸し暑い季節に防寒具を着る必要がある場所と言えば、アーサーの家しかない。しかも奥にはくノ一レッドらしき人物も映っていたことから、脱出アイテムではなく、《ゲート》を使って集団で転移したものと思われる。


 次に爆破魔法陣の存在。サツキが隠ぺい魔法を突破し、爆破魔法陣の場所も突き止め、しかも解除作業にまで当たっているという。当然ながら爆破魔法陣は下手にいじれば暴発する危険があるため魔術の知識は必須。隠ぺい魔法の突破を含め、強力な味方が一緒にいるものと思われる。そいつが誰なのかは気になるが……これについてはおいておこう。


 最後にリサについてだ。脱出アイテムで魔力を多量に使ってこっちに来るものと思っていたのだが、どうやら俺の頭上に直接《ゲート》を作って乗り込んでくるようだ。何故こんな場所で《ゲート》が使えるのかは分からないが、通話通りにあと数分(・・・・)で来るというのは、苦戦中の俺達にとってとてつもない朗報である。

 

「俺の仲間が数分後に来るそうです」

「え、もう来るの?」


 真宮の飄々(ひょうひょう)とした表情からはどれくらい余力があるか読み取れないが、六路木と俺は息が荒く、すでに満身創痍。だがあと数分耐えるだけでいいなら不可能なことではない。

 

 数km先の境界面では今も魔法陣を侵食しているのか、先ほどよりも激しく光っている。“人避け”と“幻影”の魔法陣は想定よりも広範囲で強力であったが、難解な魔法というわけではない。突破は時間の問題だろう。

 

 同じように考えたミハイロも時間に猶予がないことを悟り、より一層と顔を険しくする。

 

「外からの浸食に加え……仕掛けた魔法陣は全てが時間の問題か。死体の状態は問わず、回収速度を優先するとしよう」

「真宮と六路木の死体は完全なまま欲しかったのですが、仕方ありませんね」

 

 まるで今まで全力ではなかったと言うかのように凶悪かつ膨大な魔力を練り上げるミハイロ。同時にローブに刻まれた紋様が怪しく輝くと、いくつもの魔法陣が周囲に現れ発動する。

 

 魔法攻撃力と魔法防御力を大幅に向上させる神聖帝国の国宝、[光輪の聖衣]。元は【聖女】が着ていたものを譲り受けたそうだが、あれこそが白ローブ共の着ている[セイントローブ]の原型というのは有名な話だ。

 

 真田も身の丈ほどある巨大な杖を取り出して水平に突き出した構えを取る。本来の戦闘スタイルは近接タイプではなく魔術士タイプ。逃げ回ることをやめ、得意な魔法戦で挑むことに決めたようだ。

 

 ビリビリと響いてくる魔力の圧を受けながら残り時間をどう耐え切るかを考えていると、六路木も呼応して、まるで命そのものを燃焼させているかのような巨大な魔力を放ち始めた。


「このまま何もできず時間稼ぎなどまっぴら御免だ。命に代えてでも一撃を叩き込んでやろうぞ」

「同感だね。それにこんな燃えるシチュエーションはないよ、宴はまだ終わらせない」

 

 真宮も持てる魔力を解放し、槍斧(ハルバード)を回転させながら六路木に同調する。これほどの苦しい状況であっても戦闘意欲が微塵も衰えていないことにびっくりである。

 

 戦ってみて分かったことだがミハイロも真田も、ダンエクトッププレイヤーと変わらぬ判断力、思考能力、柔軟性を備えており、ダンエクの攻略法など通用する余地が何もなかった。正直なところ、このまま戦い続けたところで俺達に勝てる未来はないと言っていい。

 

 だからこそリサへ確実にバトンが渡るよう時間稼ぎする手段を考えていたわけだが、思えばリサだって勝てる保証などあるわけがないのだ。もし負けてしまったらどうなるのか……これまでの全てが水の泡となり、その後を考えるだけで恐ろしい。

 

 ならばほんのわずかでもリサの勝率が上がるよう、命を賭して一撃を入れにいくべきだ。俺も覚悟を決めよう……



 経験と感覚から残る魔力を計算し、無数の足場を作り上げて痙攣(けいれん)して震える足に活を入れる。武器を構えてやる気になった俺達を見て、真田が失笑する。

 

「無駄ですよ。貴方達の行動パターンと大方の能力は把握しましたので、そろそろ――死んでください《フレイムレイン》!」


 口を歪めて見下すように笑っていた顔を、急に殺意色に豹変させてスキルを放つ。すると上空に黒い霧が現れ、そこから眩しく発光する雨を降らした。

 

 無数の小さな光が流れ星となって急激に一帯の光度が増す。そこらの人が見れば綺麗なイルミネーションに映るかもしれないが、あれは単に光る雨ではなく、鉄が溶けた二千℃近い雨である。

 

 明るさに目が慣れない中、異様な熱気と魔力が頭上に迫ってくる。俺達は足場の糸をそれぞれ蹴り上げて別方向へ回避行動に移るが、慌てる必要はない。降ってくる雨粒の速度は大したことなく、範囲も20mほどしかないのでこの広大な空間なら見てからでも余裕で避けられ――なにぃっ!?

 

「空を穿(うが)つ風よ……顕現(けんげん)せよ《サイクロン》」

 

 続けてミハイロが広範囲魔法《サイクロン》を放つ。避けて落下したと思っていた鉄の雨が、大きく渦を巻く暴風により舞い上がり、白からオレンジの光となって再び俺達を襲ってきやがった。

 

 粒の色からして数百℃くらい温度が下がっただろうか。それでも軽々と千℃は超えているはずであり、皮膚に付着すれば火傷するどころか穴があく。広大な範囲に拡散した高熱の雨を避けようと足場を作り、慌てて高高度に飛んで避難を余儀なくされる。

 

 横目で真宮と六路木がどうなったか視線を向けてみると、高層ビルの外壁を垂直に駆け上がるという曲芸をやって逃れていた。人間やる気になれば何でもできるのだなと感心しつつも、左右から影が急接近してきたため足場を作って緊急回避に動く。


 最初に死角から飛んできた魔法弾を躱して、直後に頭上に迫ってきた斬撃は剣を傾けて弾き、一瞬で数度の斬撃を火花を飛ばしながら距離を取り、何とか防ぎきる。

  

「コレが神格者(プレイヤー)ですか。まだ若いですね、十代のように見えますが」

「アウロラ様と同じ知識を持つ可能性がある……甘く見るな」


 珍獣を見るように近距離で俺の顔を覗き込む真田を、同じように俺へ視線を固定したままミハイロが戒める。そんなやり取りをしながらも空中でゆっくりと俺を挟み込むように位置を取り、睨み合いとなる。どうやらあの鉄の雨と竜巻の合わせ技は真宮と六路木を遠ざけ、俺から各個撃破する目的で使ってきたのだと今更気付く。

 

 ポケットから即座に取り出したミスリルの剣を真田に、[ソードオブヴォルゲムート]をミハイロに向け、二刀流の構えで膠着(こうちゃく)を作り出そうとするが、俺の思惑など無視するかのように真田が魔法弾を撃ち込んできたことで戦闘が強制再開される。

 

 ここで捕まるようなことがあれば瞬く間に殺されるだろう。狙いを絞らせないようブレるようにフェイントを入れてから無数の足場を蹴り上げて、広大な空間を大きく旋回するようにジグザグに駆け抜けていく。

 

 しかしミハイロの追撃は驚くほどに速く、一撃がとにかく重い。数度の斬撃を交えるものの受け止めに失敗してバランスを崩し、空中のあらぬ方向へ飛ばされてしまった。しびれる手はそのままに乱回転する体の向きを整えようとするが、真横から真田の魔法弾が飛んできたためとっさに腕でガードする。

 

 もちろん無事で済むわけがなく、高速で鉄球がぶつかってきたような激しい衝撃と痛みにピンボールのように直角に吹っ飛ばされ、悶絶してしまう。


「ぐっ……ああぁ……ぅ」

 

 見れば左腕の皮膚が大きく剥がれて変色し、あらぬ方向に曲がっている。持っていたミスリルの剣も落としてしまった。記憶が飛びそうになるほどの痛みに耐えながら、首元に迫るミハイロの斬撃をもう一方の剣で何とか弾くものの、次は躱せない。

 

 だが――

 

「こっちだミハイロォォ! 三の太刀《裂空斬(れっくうざん)》!」

 

 遥か上空から空気を切り裂いて落下してきた六路木が、雄叫びと共に刀を叩きこむ。その莫大なエネルギーと魔力にミハイロの障壁は抵抗することすらできず砕け散り、さらに細剣を押し込んで一緒に自由落下していった。真田が援護に回ろうと飛行してくるが、放物線を描いてジャンプしてきた真宮ともつれ込み、掴み合いになりながらの格闘戦となる。

 

(さぁいくぞっ……ここでいかなきゃ、いついくんだっ!)


 すでに左腕は使い物にならなくなっている。度重なる戦闘で体もボロボロ。魔力も残り少ない。だが最後の意地くらいは見せてやる。

 

 まだ動く右腕で[ソードオブヴォルゲムート]を握りしめ、高層ビルに囲まれた中空を真っ逆さまに滑空する。目指すは六路木と共に落下しながら斬撃戦を繰り広げているミハイロ。そこへ追いつくよう新たに作った足場を次々に蹴り上げて、さらに加速していく。

 

 強い風圧の中でもしっかりと目を開けて目標を睨み、残る全ての魔力を振り絞ってスキルモーションを紡いでいく。すると上空に、タイミングを見計らったかのように新たな魔力源が現れた。

 

 紫色に眩しく発光するソレは――アーサーの作った《ゲート》だ。横目で新たな親友の登場を歓迎しつつ丁寧に魔力を注ぎ込みながら、あっという間に迫る目の前の敵に向けて最後のモーションを完成させる。


 俺の急接近に気付いた六路木が近くの糸を掴んで緊急離脱。一方のミハイロは空中で振り返り、ローブに刻まれた防御魔法を作動させる。俺の攻撃を防ぎきるつもりのようだ。

 

 ならば受けて見ろ。これが今の俺に放つことのできる、最強のスキルだっ!

 

「うおおおぉおおお!  《アガレスブレード》!!」

「《熾天使の盾(セラフィックシールド)》――くっ……!」


 時速数百kmの速度で放たれる、最上級ジョブ【剣聖】の即時発射型斬撃スキル。手首と剣が一体となり、俺の目の前を光の奔流が包み込む。

 

 眩しく光り輝く中、ミハイロの前面に作られた六角形のバリアを打ち破り、右半身に直撃する。高密度のエネルギーを受けて国宝のローブは蒸発し、その奥にある肉体までも切り裂いていくが――

 

 突如、時間が巻き戻ったかのように肉体とローブが修復され、何事もなかったように浮遊を続けるミハイロ。そう、[光輪の聖衣]は着た者が大きなダメージを受けると一度だけ(・・・・)時間を巻き戻す効果があるのだ。さすがは神聖帝国が保有する最高位の国宝(チートアイテム)。だがその機能、確かに使わせた。

 

(さぁ友よ……後は託した)

 

 殺意を目に灯して魔力を(みなぎ)らせるミハイロ。だがその視線の矛先は落下していく俺ではない。上空300m付近に作られた、黒い魔力が流れ込んでくる《ゲート》だ。

 

 その登場を眺めていたいが、このまま落下を続ければ地上のアスファルトに叩きつけられてしまうだろう。魔力は使い果たしているため足場も作れない。何とか滑空して近くの糸に捕まろうと手を伸ばす――が、握力も無くなっているせいで結局掴むこともできずに落ちていくしかない。

 

 肉体強化はかろうじて残ったまま。しかしこの高度の位置エネルギーに耐えられるかは疑問だ。それでも……やれることはやった。あの月光の下、後悔という名の海に(おぼ)れ死ぬのと比べれば大したことではない。それだけが救いか。

 

 そんなことを考えたのも束の間。首元に強烈な力が加わり息が詰まってしまう。上方向にかかる重力に耐えながら何が起きているのかと見てみれば、六路木が俺の首根っこを捕まえて引き上げてくれたようだ。

 

 乱暴に糸の上に放り投げられ、また落ちないよう激しく上下に揺れる糸に四つ足で必死に捕まる。先ほどの落下と首が強く閉まって窒息しかけたのも加えると、今日は何度死にかけたのか……もう数えるのすら面倒くさい。

 

 六路木は隣で静かに上空を見上げていた。その視線の先に俺も目を向ければ、紫色に輝く《ゲート》から、丁度出てくるところだった。

 

「来ると言っていたのはあれか。大した魔力じゃないか」

「ごほっ……ええ、自慢の仲間です」

 

 最初に黒いブーツが見えたかと思えば、複雑な形状のヘルムで顔の上部を隠した漆黒の全身鎧が、瘴気とも呼べる強大な闇の魔力を伴って落下してきた。右手に持つは身長よりも巨大な魔法剣、[バルムンク]。


 あれこそが本気となったリサの礼装だ。ダンエクで散々殺し合って()られたときの記憶が蘇り、寒気と共に頼もしさを感じる。


 銀の髪を風に激しく(なび)かせた漆黒の鎧はなおも落下しながら両手を広げ、初手から最上級ジョブ【暗黒騎士】のエクストラスキルを解き放つ。

 

『――――ァ――ア゛――ァ゛――《暗黒》』

 

 周囲に散っていた魔力が吸い込まれるようにリサの元へ集まり、(まと)っていた《オーラ》がより強大化していく。それに共鳴するかのように背後の月が(かげ)り、視界がより一層と静寂な闇へと落ちる。これで一帯は彼女の領域(テリトリー)となった。


 ミハイロは再び多重障壁を張って、俺達のことなど眼中にないかのように背を向けて上昇していく。真っ向から迎え撃つつもりのようだ。


 これが正真正銘、俺達の最後のカード。全てはこの戦いで決着がつく。祈る様に見上げながらも、ここで一息つかせてもらうとしよう。


(頼んだぜ、リサ)


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