160 立場は違えど敵は同じ
―― 成海颯太視点 ――
病み上がりの体に鞭を打って廊下をひた走る。この辺りに下の階層へと繋がる非常階段があるはずなんだが……見つからない。試しに近くのドアを開けて中の様子をこっそり覗いてみるものの、事務室らしき部屋が顔を見せるだけである。
爆破時間が刻一刻と迫っていて焦りが募るばかりだが、それと同じくらいに俺は由々しき事態に陥っている。後ろから突き刺してくる怒気のことだ。
「……おい小僧、グズグズしていると叩っ斬るぞ。さっさと調べろ」
「はい、えーと……多分あっちですかね?」
着物を着崩した三十路くらいの女性が、腰に差した刀を何度も触りながら俺を睨んでくる。美人ではあるがその顔に色気など微塵もなく、例えるならどこぞの反社会的勢力にいる姉御にしか見えない。日本最大クラン“十羅刹”の大幹部、六路木時雨である。
天摩さんの執事・黒崎さんからも似たような睨みを何度も受けているのでこの類の視線に慣れたつもりでいたが、六路木はダンエクでも非常に手が早いことが有名で、本当に斬ってくる可能性も否定できず冷や汗が止まらない。
胸の奥にいるチキンハートをよしよしと宥めつつ腕端末のマップを操作していると、ボリュームのある髪の長い女の子が隣に並んで汗を拭いてくれる。
「成海様、お身体は大丈夫ですか? どこか痛みませんか?」
「あ、雛森さん。おかげさまで……もうすっかり元気です」
刺繍の入った綺麗なハンカチで俺のおでこを優しく撫でてくれるのは、ビル屋上に行くときに助けたくノ一レッドのメンバー、雛森日和さんだ。キララちゃんとは同級生で、つまりは俺の先輩にあたる。今はマスクを取っており、綺麗に整った顔を目の前まで近づけてくるのでドキマギしてしまう――が、決して油断はしない。
くノ一レッドは上流階級の女性ばかりで構成されており、仮にそんな女性に“手を出した”などと噂が広まってしまったら、俺は地の果てまで追われることになるだろう。なので自身の命を守るために愛想笑いしつつ距離を置こうとするのだけど、そのたびに世話を焼こうと距離を縮めてきてしまうのだ。
新たな命の危機に頭を悩ませながらも腕端末を必死にタップしていると、その様子をニヤニヤと眺めながら別のくノ一が話しかけてきた。
「そうそう。雛森の貸しはぜ~んぶチャラだから、そこのところよろしくね?」
ピッチリとしたくノ一スーツを着こなしたグラマラスお姉さんが、俺の肩を気分良くポンと叩いて「これ以上の貸し借りは何もない」と念を押してくる。いつぞやに会ったキララちゃんの上司である。
今回のくノ一レッドを総括しているのはクランリーダーの御神遥ではなく、副リーダーであるこの人――藤堂瑞葉だという。今も情報収集のために部隊を展開させて忙しいはずなのに、何故か俺にぴったりとついてくるのだ。
実力的にはくノ一レッドの中でも抜きんでているらしく、一緒にいてくれること自体はむしろ俺の危険度が下がって好都合ではあるが、何を考えているのかは気になる。それでも一応は礼を言っておくべきだろう。
「こっちも助けていただいて感謝しているんですよ。だから藤堂さんだけじゃなく、雛森さんもそんなに俺を気に掛けなくて大丈夫です」
「そんなっ、命の恩人を無碍にできるはずがございません!」
「でも良く生きてたわね……お腹の中なんてほとんどなくなってたのに」
腕を絡めるようにして離れないと宣言する先輩をよそに、まじまじと俺のお腹を見てくる藤堂さん。そこにはいつもの贅肉タプタプの太鼓腹はなく、むき出しの割れた腹が覗いている。一張羅のスーツが盛大に破けてカッコ悪いのでダンジョンダイブで使っていた鎧を引っ張り出したいところだが、太ったときのサイズに合わせてあるためそれも叶わない。
そんなやり取りもドスの効いた声により中断させられる。
「……おい。さっさと調べろと言ったはずだが。お前は死にたいのか?」
「え? は、はい、ちょいとお待ちを……」
真面目に経路を探していないと見た六路木が刀の鞘に手を掛け「早くしろ」と脅してくる。圧倒的格上の怒気を向けられ縮こまりながら慌てて端末操作を再開せざるを得ない。
一難去ってまた一難。どうしてこんなことになったんだっけか。三方から向けられる色の違う視線に冷や汗を出しつつも、これまでの経緯をふと思い出す――
*・・*・・*・・*・・*・・*
――月明りの下。
二人目の白ローブを倒せたものの、止めどなく血が流れ、腹の臓器のいくつかが喪失している。体の被害は深刻であり、視界も霞んで否応なしに暗くなっていく。近くではまだ戦っているようだが、もう間もなく俺は死ぬということだけは分かる。
こうなったとき、死への恐怖心や絶望感に苛まれるものだと思っていたが、いざその状況になってみるとそんなことはどうでもよく、ただ愛すべき人達を見守れなかったという後悔の方がどこまでも大きいということに気付かされる。
しかし時すでに遅し。成海颯太という人生はこれにて終了である。俺を愛してくれていた華乃や両親はとても悲しむかもしれないし、サツキにも危険な目に合わせてしまったし、この体の持ち主であるブタオにはあの世でどう詫びたらいいのか分からない。
スライディング土下座でも何でもして許してはもらえないだろうかと考えつつ、意識を手放していざ三途の川へ、ダ~~イブ――しようとする前に、何かに首根っこを取っ掴まれて引き戻される感覚に襲われた。
いきなりやってきた重力加速度に顔をしかめようとすると、暗くなっていた視界がひっくり返ったように明転し、強烈な光が差し込んでくる。加えて深刻なダメージにより完全に麻痺していた体の感覚が戻りつつあるようで、いくつもの異常事態が同時に襲い掛かってきた。
「何がっ……かっ、はあぁああ!!!」
痛みなのか痒みなのか分からない全身に広がる強烈な刺激に悶えながらも、酸欠になった肺を酸素で満たそうと必死に空気を一気に吸い込む。それに顔と体がとにかく熱いっ!
天国ではなく灼熱地獄にでも連れていかれたのかと目をかっ開けば、いつのまにか四つん這いでうずくまっていたことに気付く。体に何が起きているか見てみると丁度切られた足や腹の骨が伸びていき、その上を筋肉が這うように覆い、最後に表皮が被さっていく様子が見て取れた。これは蘇生……ではない。回復魔法か。
「成海様っ!? 大丈夫でございますかっ!?」
俺に覆いかぶさるかのようにして抱きしめてくる見慣れぬ同年代くらいの少女。垂れた目には大粒の涙が溜められており、俺を案じてくれているのが分かる。しかし、ピッチリとしたスーツで強調された大きめのお胸も押し付けられて混乱はなおも続く次第である。
何がどうなっているのかと周囲を見てみれば、最後に残った白ローブを囲むように細剣や刀で串刺しにしている女性集団が見えたためギョッとしてしまう。全員が女忍者のようなスーツを着ているので、あれが“くノ一レッド”だということが分かるが……その中に一人だけ見た顔があることに気づく。
「こんばーんは♪ もう死んでるかと思ったんだけど頑張るわね」
白ローブの死体の回収とまだ生きている冒険者の手当てをするよう指示を出すと、こちらに小さく手を振りながらゆったりとした足取りで近寄ってくるグラマラスお姉さん。確かキララちゃんの上司だったか。
今この瞬間まで死闘が行われていたはずなのに、道端で知人に出会ったときのような笑顔を向けてくる。相当量の修羅場を潜り抜けてきた者でなければこの対応はできないだろう。
「あなたの持ってるその端末。私達が通信に使うものだけど、場所を知らせる発信機にもなっているの。この子が渡してなかったら危いところだったわね」
「電波を辿って仲間を探していたのですが、成海様が血を吐いていて……でも本当に生きてて良かったです」
どうやらこの髪の長い子は屋上に行く途中で助けたくノ一レッドのようだ。その際に小さなペンタイプの端末を貰ったわけだが、付近を通りかかったときにこれから発せられる電波をキャッチし駆けつけたところ、戦いが起きていたため参戦。その中心で白ローブと刺し違えた俺が血を吐いて座り込んでいたとのことだ。
夥しい量の流血と損傷具合からもう死んでいるとグラマラスお姉さん――もとい藤堂さんが判断したのだけど、今俺を介抱してくれている女性――雛森さんがなりふり構わず手持ちの回復ポーションを全て注いでくれて息を吹き返し、びっくりしたという。
(まさかこれに救われるとはな)
胸元からペン型の端末を取り出す。根元からぽっきりと折れてはいるが発信機としての機能は壊れてはいなかったようだ。本来は真宮に渡されたものだけど「面倒だからいらない」と言って俺に押し付けやがったのだ。そのおかげて助かったわけではあるが……あのバカ貴族に感謝などしたくはないので早速忘れることにした。
一方で「生きてて良かった」と涙を流し喜んでくれる雛森さんだけど、言われてみればまさしく死ぬ3秒前、三途の川へダイブする寸前であったことに肝を冷やすしかない。それとは別に、死にかけていたときはもう少し感傷的かつ神秘的な感じでこの世におさらばするつもりであったのだが……ギャグのように引き戻されて俺もびっくりである。
突きをモロに受けて中身を吹き飛ばされた腹、そして斬り落とされた足を手で触ってみる。修復はもう終わっており、ぱっと見ただけではそこに異常があったようには思えない。血色も良くなっているので血の量も復活しているのだろう。
ここまで一気に回復できたのは、雛森さんが惜しげもなく純度の高い回復ポーションを使ってくれたおかげだ。ポーションの質が悪かったり量が中途半端だったりすると回復が途中で止まってしまい、下手をすれば後遺症が残るどころか助かることもなかったかもしれない。
だが回復ポーションでの修復というものは神経を雑にガチャリと繋ぎ合わせただけで完全に元通りになるわけではない。今もピリピリとした感覚が残っているし、一度“オババの店”にいって診てもらったほうがいいかもしれないな。
慎重に調子を確かめながら自分の足で立とうとすると、近くにいた冒険者が話しかけてくる。
「見てたぜ。やるねぇ、神聖帝国人を二人も屠るとはよ」
口元を布で隠した大剣使いが軽く手を叩いて健闘を称えてくれる。ここにいた白ローブは金蘭会でも成すすべがないと思わせるほどの強者であったが、実力差を気迫で覆し、刺し違えたとはいえ二人も倒したことに感銘を受けたと拳を突き出してくる。
まぁあのときは俺も引けない状況だったので、がむしゃらだったわけだが……振り返ってみれば結構ヤバい特攻をやってたなと恐ろしく思う。今更ながらにやってくる震えを隠すようにして立ち上がり、俺も挨拶代わりに拳を合わせる。するとその他の冒険者達も次々に集まってきたではないか。
「鬼神の如き獅子奮迅の戦い。さぞかし高名な冒険者とお見受けした」
「誠に。あれほどの剣技は滅多に――あいや。自己紹介は神聖帝国を駆逐してからにいたしましょう」
「貴方のおかげで我々も高ぶっております。さぁ反撃の準備を急ぎましょう、舐め腐った裏切り者に惨たらしい死を!」
本気を出した3人の白ローブによって一時は半壊したように見えたが、俺と同じく回復ポーションで九死に一生を得た人も結構いたようだ。クランパーティー会場でサツキがポーションを配った成果が早くもでてくれて何よりである。
中には手足を失っても完全再生している、これで次の戦場に行けると喜んでいる人もいるが、あれだけ壮絶な死闘をやった後でよくもまぁ怯まないでいられるものだと感心する。とはいえ俺も一刻も早く華乃達の元にいかねばならず、怯んでいる場合ではない。
金蘭会メンバーを含む冒険者集団は武具を一通り点検し終えると、掛け声を上げて次の戦場へと走り去っていった。
これだけの窮地に陥っても前へ前へと進んでいく名も知らぬ冒険者達には勇気付けられる。立場は違えど敵は同じだ。心の中で健闘を祈りながら同様に立ち去ろうとする……のだけど、介抱してくれた少女――雛森さんが俺の腕を離さない。何用でしょうか。
「藤堂様、成海様はまだ体が完治していないやもしれません」
「まぁあれだけの大怪我をしたわけだし慎重になったほうがいいのは確かだけど……それはともかく、神聖帝国人を二人も倒したんだって? どうやったのか詳しく教えてくれないかしら」
少しふらついているから無理をするなと諌めてくるかたわら、藤堂さんが俺の秘密を探ろうとクネクネとした動きで近寄ってくる。
最後に残っていた白ローブは手負いであった上に、くノ一レッドが総出で奇襲を仕掛け、それでも何名か負傷してしまうほどの強敵だった。刺し違える覚悟があったところでレベル差がありすぎれば、それも意味をなさない。そんな相手をどうやって二人も倒したんだと、笑顔を浮かべながらも目の奥を鋭く光らせて聞いてくる。
確かに屋上にいた奴らだけでなく、ここで俺と戦った白ローブ達もこの上ない強敵だった。サツキのバフがあったとはいえ奥の手である《オーバードライブ》を使わずに倒すことはまず不可能……と思っていたのだけど、予想以上に剣先は見えたし体もついてきてた気がする――それでも殺されかけたことに変わりはないが。
しかしどうしてあれだけ戦えたのか。俺自身も首を傾げてしまうものの、思い当たる節はある。恐らくはアレが原因だろう。
「訳あって白ローブを倒す現場に出くわしましてね、いくつかレベルアップしてたんだと思います」
「……なるほどね。これだけの強敵を倒せば大きくレベルが上がりはするわ。それ以外にも秘密がありそうだけど」
対人によるレベルアップ。ダンエクでもPKを続ければレベルアップは可能だった。しかしそんなことをするよりモンスターを狩った方が格段に効率が良かったし、そもPKなどする輩はレベル90が基本だったので対人によるレベルアップを狙う意味がなかった。
だけどこの世界においてレベルカンストなどいるわけがなく、対人は経験値を手に入れる絶好の機会になり得る。ましてや白ローブほどの超格上を何人も倒したら誰でも数レベルくらい上昇するはずだ。俺だってそれくらいレベルアップしていてもおかしくはない。
思わぬ収穫にほくそ笑むものの、その代償として足を斬り落とされたり腹に大穴を開けられ三途の川にダイブする寸前であったことを思い返せば、もう一度やれと言われたところで断固拒否せざるを得ない。
……だがそんな苦い過去はひとまず置いておこう。余韻に浸っている暇も余裕も俺にはないのだから。
「助けていただき感謝します。ですが妹と親友が心配なんで無理でも何でも行かなきゃならないんですよ」
「……そういえば雲母も一緒のようね、私も心配だわ」
「それならば、わたくしが雲母様の元までお送りいたします!」
頬に手を当てて困ったと言う藤堂さんに、病み上がりの俺をキララちゃんの元まで無事に送り届けると使命感に燃える雛森さん。その様子を遠巻きに見ていたくノ一達も俺達が何を話しているのか関心があるようで次々に近寄ってきた。
くノ一レッドは上流階級出身者が多く、芸能活動もしていて華やかなイメージがある一方で、高い諜報能力と集団としてなら白ローブすら倒せる強さも併せ持つ。こうして近くで見ると実力者としての凄みが一層感じられる。しかし――
「あら意外と可愛い顔してるじゃない」
「こういう子が好み? わたくしはもう少し年上の方が――」
「初々しいわね……よかったら今度お姉さんと一緒に――」
俺よりもやや年上の女性が主軸のようで、何というか太ももを見せていたり胸元を開けていたりと露出が多く、色気も凄い。目のやり場に困るので顔を逸らそうとすると、その仕草が気に入ったのかさらに密着するように近づいてくるではないかっ。
「駄目ですっ! こちらは命の恩人で……大事な方なんですから、藤堂様っ!」
「面白いからもう少し見ていたかったけど、そうもいっていられないわね」
タジタジになっていた俺の前にふわふわ髪の雛森さんが手を広げて割って入る。藤堂さんもメンバーに向けて指示を出し始めたため、くノ一レッドのお姉さん方は素早く切り替えて俺から離れていってしまった……非常に残念――助かったぜ。
「それで、雲母達は44階にある魔法陣を壊しに行ったわけね」
「魔法陣があるかどうかは確定ではありません。可能性は高いと思ってますが」
「通信は……繋がりませんね」
藤堂さん達はここにくるまで通信妨害圏内にいたため、キララちゃんや御神とは全く通信できておらず、現状どうなっているのかも把握できてないとのこと。なので44階に行かなければならない理由を手短に伝えて情報を共有する。
一方で雛森さんによれば、キララちゃんの持つ端末とは現在通信できなくなっており、そのことから44階付近は通信妨害圏内と断定する。心配であるが44階へはすぐに行くことが可能。何故ならその奥に見えるホテル職員専用の昇降機を使えばいいからだ。さっさと合流して華乃達の安否を確認したいし、魔法陣探索にも加わりたい。
「ならその魔法陣探しに私達も協力するわ。その方が手っ取り早いでしょ?」
「そうしていただけると助かります」
事情を説明すれば藤堂さん達も来てくれると言う。潜入や諜報能力に優れたくノ一レッドが魔法陣探しに加わってくれるなら、1フロア程度の探索にさして時間はかからないはずだ。心強いぜ。
問題は白ローブと出くわす可能性だが、《オーバードライブ》のクールタイムは間もなく回復する。加えてレベルアップをいくつも重ねた今の俺が全開で戦えば、神聖帝国の一人や二人くらい捻り潰せる自信はある。
華乃とサツキに手でも出してみろ……そんときは俺の拳が縦横無尽に火を噴くぜ、と静かに怒りをたぎらせつつ昇降機のボタンをポチッと押す。
作動した音を確認して両脇に藤堂さんと雛森さん、その他くノ一レッドのお姉さん達に囲まれながらドアが開くのを待っていると、地響きに似た鈍い音が連続で聞こえてくるではないか。予想していた動作音と違うが……昇降機に何か異常でも起きたのだろうか。
やがて何かがぶつかったような衝撃が足元まで伝わってきたため、昇降機の異常ではなく戦闘によるものと分かる。ミハイロの魔法弾が近くに着弾したのかと考えていると、いきなり昇降機のドアが爆発。何かが機内から吹っ飛んできた――
――白いローブを着ているっ!
一瞬で臨戦態勢になったくノ一レッドが次々に短刀を引き抜くと、慌てて俺も剣を抜いて身構える。
武装からジョブを推測しようとするものの、白ローブはところどころが血で染まっていて深手を負っていることが分かる。ポーションを取り出して飲もうとしたため藤堂さんがクナイを投げて阻止。続けてくノ一レッドの何人かが追撃を加えようとするが、それらは全て受け流してしまう。
ぽたぽたと血が滴るほどのダメージを負っていてもこれだけの動きができることに警戒しつつ間合いを取っていると、白ローブよりも明らかにヤバい奴が暴力的な魔力を纏って降臨した。
ソイツは持っていた刀をゆらりと振り上げ、わずかに横にブレる動きを見せたと思ったら破壊的な一撃を繰り出してきやがった。
たった一振りで硬いコンクリートでできた床が巻き上げられ、褐色の魔力と瓦礫が迫りくる壁となって襲い掛かってくる。即座に受けることを放棄し、反応が遅れた雛森さんの腰に手を回して後ろへ転がり緊急離脱する。
白ローブは……躱すこともできず直撃を受け、その場で血の海を作り上げていた。その上を修羅となった女が寒気がするほどの殺意を放ち、ゆっくりと歩いてくる。
「……次に死にたい奴は……どいつだ?」
*・・*・・*・・*・・*・・*
――というのが、つい数分前に起こった出来事である。
くノ一レッドのお姉さん達は索敵のために散っており情報は届けてくれるものの、代わりに俺が道案内をする羽目になってしまったわけである。すぐ後ろでは六路木が苛立たしげに刀を鞘から抜き差しし、無慈悲な金属音を響かせてくる。俺のチキンハートを無駄に刺激しないでいただきたい。
「……ふん。貴様の不手際に何故、私が待たされねばならんのだ」
それはですね、あなたが昇降機を壊したからでしょ! ――なんて口が裂けても言えるわけがなく。隣で雛森さんに冷や汗を拭かれながら端末画面のタップ速度を上げるしかない俺であった。