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157 おかしな部屋

 ―― 大宮(さつき)視点 ――


 魔力が吹き荒れ、怒号と爆発音が響き渡る。そんな死地へと繋がる空間を切り離すかのように扉が閉まると、昇降機は微かな重力変動を(ともな)って静かに動き出す。今は荒い息が聞こえるだけだ。

 

 思いつく限りのとてつもなく悪い状況。不安でいっぱいになってしまう。こんな状態では良い考えは浮かばないし私の望む未来も掴めない。まずは頭を落ち着かせよう。


 状況整理するためにここにいる人達の顔ぶれを見る。くノ一レッド――(くすのき)雲母(きらら)様や金蘭会を仕切る――霧ケ谷さんだっけ――だったり、子爵家の真宮兄妹――妹の千鶴(ちづる)さんは中等部首席なので有名人――もいる。

 

 ソウタがこれらの大物達とどういう経緯で知り合って手を組んでいたのか興味はあるけれど――それより……あぁ。

 

 華乃ちゃんが昇降機の片隅で項垂(うなだ)れて一際小さくなっている。大好きなソウタとあんな別れ方をしたのだから辛いのは当たり前だ。持っていた大杖を壁に立てかけ、そっとツインテールの頭を抱き寄せながら先ほどの戦いを思い返す。

 

 神聖帝国の強さは想像をはるかに超えるものだった。日本でも名のある実力者が集まっている攻略クラン・金蘭会でも束にならなければ太刀打ちできないほどに。殺戮さつりく生業(なりわい)とし、数多の戦場を渡り歩いているというのは伊達ではなく、ただただ恐怖でしかない。ソウタはそんな異常な相手を三人も引き付けて戦っている。

 

 もちろんソウタが強いことは十二分に承知している。普段は大人しく控えめな性格なのでクラスメイトに侮られがちだけど、びっくりするほどの深い見識に加え、高度な洞察力、技術力を併せ持っている。その背景に途方もない濃密な戦闘経験があることは疑いようもない。

 

 それほどの実力をもってしても、別れ際の顔は決して余裕あるものではなかった。華乃ちゃんもそれを感じ取ったからこそあの死地の中へ駆けつけようとしていたのだ。

 

 だけど私は止めた。命を賭してあの場に踏みとどまり、盾となる覚悟をソウタに感じたから。そしてその目に“妹を守って欲しい”という切な願いが見て取れたから。

 

 ――なら。たとえ華乃ちゃんに恨まれてでも、ソウタの願いに応えなければならない。爆破魔法陣の解除に全力を挙げるのは当然として、親友から託されたこの子だけは私の命に代えても守り抜こう。

 

 それこそが仲間の役目。私がここにいる理由なのだから。

 

 落ち込む華乃ちゃんの頭を撫でながら静かに覚悟していると、黒髪の大和撫子――千鶴(ちづる)さん――の肩に座っていたダークピクシーが羽を伸ばし、ふわりと飛んで舞い始めた。

 

『ーー・ー・ー~♪ -ー・ー♪』

 

 手のひらに乗るほど小さな体に中性的な顔立ち、宝石のように七色に光り輝く透明な羽。ダンジョンにはフルフルさんをはじめとして不思議な人種が多数いると聞いているけど、妖精というのは初めて見る。

 

 それにしても綺麗な歌声……これも言語なのだろうか。何を言っているのが気になったので千鶴(ちづる)さんに注目すると、その意を汲んで答えてくれる。

 

「これはピクシーちゃんのスキル、《癒しのエレジー》です」

「ふむ……癒しというだけあって、なかなか心地良い歌じゃないか」


 昇降機内を隅々まで舞台にして、ときに空中をくるりと回転し踊るように舞う妖精。効果は興奮や落ち込みなど精神的な浮き沈みを緩和する回復スキルだそうだ。ツボを(くく)っている紐を強く縛りなおしていた真宮様も心地良い歌声だと賞賛し耳を傾けている。確かに緊張でカチコチになっていた精神状態が少しだけ柔らかくなっていく感じがする。

 

『ー・ーー~♪ -♪』

 

 歌が終わると契約者の肩にゆっくり着地し、名優のように仰々しくお辞儀する。一方で妖精と同じように若干胸を張って誇らしげにスキル説明をしていた千鶴さんだけど、今度は一転して眉を下げながらこちらを見てきた。


「……華乃さん。謝らなければいけないことがございます」


 別れ際のソウタについてだ。

 

 これから向かうは神聖帝国の戦闘員が多数徘徊し、ビルを丸ごと破壊するという魔法陣が設置されている危険な場所。このビルにいる人達の命が懸っているため絶対に失敗できない重要任務でもある。当然、向かう者には相応の実力が求められる。

 

 にもかかわらずソウタについてデータベースで調べてみれば、冒険者学校の“Eクラス”だという。自分の兄はもちろん、ここにいる者と比べて実力が大きく劣るだけでなく、このまま付いてこられても足手まといになるのは火を見るよりも明らか。

 

 ――そう判断していたことを取り消し、謝罪したいというのだ。

 

「最後のわずかな時間に見せた修羅のごとき身のこなし、立ち回りは青天の霹靂(へきれき)でした。お兄様や雲母(きらら)お姉様が何故あの方に一目置いていたのか、恥ずかしながら気付かされた次第です」


 白ローブは誰もが紛れもない本物の実力者揃いだった。まともに対応できたといえば、十羅刹(じゅうらせつ)六路木(ろくろぎ)様、金蘭会リーダーの九鬼(くき)様、くノ一レッドの御神(みかみ)様くらいなもの。この3名は日本にいる冒険者なら一度は名を聞く最高峰に位置する達人だ。

 

 だけど成海颯太が最後に一瞬見せた鬼気迫る戦いっぷりは、その域に達しようとしていたのではないか。それほどの人物を足手まといと侮った私の目は曇っていたと、長い髪を垂らして深く頭を下げる。

 

 貴族が庶民に頭を下げるなど問題になりそうだけど、楠様や実兄である真宮様は静観している。一方で私の腕の中で目尻に涙を溜めつつ静かに聞いていた華乃ちゃんは、小さく一呼吸置くと作った笑顔でそれを肯定する。

 

「も、もちろんっ、おにぃが最強だってこれで分かったでしょ! あの程度の奴らなんかに負けるわけないしっ! それに……大丈夫だって、ちゃんと帰ってくるって約束したし……だからっ、それまで私が頑張らないと……」


 気丈にも笑顔を見せていたものの、やっぱり尻すぼみになってしまう。それでもその直向(ひたむ)きで前のめりの発言は、ここにいる者達を力強く刺激する。

 

「神聖帝国といえど成海君は簡単にはいきません。わたくしが保証いたしますわ」

「ああ。ナルミの強さはこの目で見たから間違いないが、あのスキル――もう着いたようだな」


 (くすのき)様が私に代わって華乃ちゃんの頭を優しく手繰り寄せて「絶対に大丈夫です」と微笑みかける。そしてソウタの強さを見たと言う霧ケ谷(きりがや)さんもその意見に同調する。続けて何かを言いかけようとしたものの、昇降機内の重力加速度が変わり、音もなくスムーズに停止した。

 

 昇降機の階数表示(インジケーター)は目的地である“44階”を示している。

 

 数階降りるだけであんなにも大変だったのに、昇降機を使えばこれほど簡単に到着できるだなんて。すべてソウタの決死の覚悟によって生み出されたものだと思うと、胸が締め付けられてしまう。

 

(どうか、どうか無事でいて)


 小さく手を組んで親友の無事を強く祈る。でもここからは私の番だ。自身を奮い立たせるように大きく深呼吸して顔を上げてみれば、目の前には高級ラウンジが広がっていた。

 

 革張りのソファーに木目調のローテーブル、ビリヤード台。それらがお洒落な間接照明によって照らされている。リラックスできそうな静かなジャズが流れているけど、ここは神聖帝国が宿泊用に貸し切っていたエリア。どこから出てきてもおかしくなく、もし出会ってしまえば即戦闘となり最悪の事態にもなりかねない。そう思えばこのBGMも不気味で落ち着かないものに聞こえてくる。

  

「(ここは通信ができないエリアだ。気を引き締めろ)」

 

 腕端末を触っていた霧ケ谷さんが“通信不可”と表示された画面を見せてきた。この付近には通信妨害の魔法陣が設置されているようだ。応援は期待できないと言うけれど、ひとたび戦闘になったら応援を呼べたところで私達が持ちこたえられるのか疑わしい。

 

 それでも華乃ちゃん一人を送り返す時間くらいは作れるはずだ。そのときがくるかもしれないという想定をしながら、私は胸ポケットに入れた脱出アイテムをそっと握りしめる。

 

 

 楠様が昇降機内から顔を半分だけだして外を確認する。心臓の鼓動がこれ以上うるさくならないよう抑えながらその結果を待っていると、問題なしと頷いたのでまずは一安心。

 

 次に皆が視線を向けたのは――黒肌の小さな妖精・ダークピクシーだ。当の本人は〖何の用だ〗というかのように腕を組み、小難しい顔をして睨み返している。

 

 妖精は魔力を辿(たど)るのが得意だとソウタが言っていた。スキルでも《魔法感知(マジックセンス)》という探知魔法はあるけれど、妖精は広範囲をより高精度に探知できるとのこと。なら敵の位置や強力な魔力が巡っている爆破魔法陣の所在も妖精の力を借りればすぐに分かるのではないか、そう期待しているのだ。

 

 早速、契約者である千鶴さんが皆を代表して問う。

 

「(ピクシーちゃん、魔力の探知はできますか?)」


 一瞬呆けた表情になる妖精であったが、そんなことかとでも言うように小さな頭を大きく縦に振ってから胸を張る。その反応に期待を込めて皆が見守る中、ダークピクシーは唸りながら目を瞑ったと思ったら、数秒も経たずにビシッと廊下の奥の方を指差した。そちらに何らかの魔力を感知したようだ。

 

「(その方向に何があるんだ? それ以前にこいつは信用して大丈夫なのか?)」

「(ピクシーちゃんは仰っています。〖お前の目は節穴か〗と)」

 

 妖精の能力をいまいち信じられない霧ケ谷さんが疑いの眼を向けると、ベロをこれでもかと伸ばして威嚇(いかく)する妖精。しかし魔力を感じるというだけで、それが何なのかは分からないようだ。

 

 魔力源が“魔法陣”なのか“敵”なのかで私達の取るべき対応は大きく異なってくる。慎重に判断して決めたいけれど時間をかけている余裕があるわけではない。どうすべきか思い悩んでいると、先ほどの落ち込みから立ち直った華乃ちゃんが若干目を赤く腫らしたまま前に出る。

 

「(なら行って見てみるしかないよね。チーちゃん、妖精さん、案内してっ)」

「(はい、参りましょう)」 

 

 妖精を肩に乗せた千鶴さんの手を引っ張り、皆の了承を得ないまま二人並んで動き出してしまう。呼び止めようとも思ったけど楠様も後ろに続いたため、立てかけていた杖を持って私も慌ててついて行くことにした。

 


 神経を研ぎ澄ませ最大限の警戒をして進もうとするのだけど、昇降機から降りてほとんど進んでいない内にダークピクシーがここだと指差した。でもここは……


「((ほうき)に、バスタオル。こっちは……掃除機だね。うーん)」

「(こちらのドアの中で合っていますか?)」


 付近に掃除用具やアメニティー用品をしまっておくための棚が多数置かれていることから、このドアの向こうはホテルスタッフのための部屋、もしくは倉庫だと思われる。また隣の部屋のドアまで距離が数mしかないことから、部屋の中はさほど広くはないことが分かる。こんなところに爆破魔法陣なんていう凶悪なモノを設置するだろうか。

 

 懐疑的な目を向ける華乃ちゃんに代わって千鶴さんが問うものの、ダークピクシーは胸を張って大きく頷くだけだ。それなら調べてみるしかない。

 

 楠様がドア周辺に物理、魔法トラップがないか一通りチェックした後、音を立てないようゆっくりとノブを回す。鍵は掛かってないようだ。10秒ほど時間をかけてドアを数cmだけ開き、隙間に視線を入れるように立つのだけど――

 

「(中は薄暗いですわね)」

「(誰もいないのかな?)」

「(……それ以前に、おかしいです。明らかに大きな矛盾(・・)がありますね)」

「僕にも――」


 楠様に続き、華乃ちゃんと千鶴さん、妖精がドアの隙間に顔を並べて覗き込む。何が見えているのか私も気になって頭を動かすのだけど、ちっとも見えてこない。矛盾(・・)って何のことを言っているのだろうか。


 それが気になって別の高さに頭を動かしもう一度トライするのだけど、後ろでも誰かが見ようとしているせいで押し合いになってしまう。


「僕にも……見せ――見せたまえっ!」

 

 大きなツボを背負った真宮(すばる)様だった。私と同じように中を覗こうとしていたものの、先ほどから華乃ちゃんと千鶴さん――おまけに妖精に肘で跳ね飛ばされ続けたせいで苛立ちが募ったのか、強引に頭をねじ込んできた。その際にドアが勢いよく開いてバタンと大きな音が鳴り、心臓が止まりそうになってしまう。


「なんだ、誰もいないじゃないか。さぁ入ろう」

 

 慌てて周囲を見渡すものの変化は……ない模様。真宮様はこれがどれほど危険な潜入任務なのか分かっていないのだろうか。敵がいたらどうするのだと問い詰めたくなる。少しは自重してほしいと目で訴えかけるのだけど、私の視線など一切気にすることなく、鼻歌交じりにずかずかと中に入っていってしまった……

 

 その唯我独尊っぷりには楠様もため息を吐くしかない。

 

「はぁ……あの性格はちっとも変わっておりませんのね」

「長い付き合いなのか。であれば、あいつの手綱はしっかりと握っておいてくれると助かるのだが」

「ご安心ください。お兄様にはエベレスト山よりも高く、マリアナ深海よりも深いお考えがありますので。さぁ参りましょう」

 

 楠家と真宮家は生まれる前から付き合いのある家柄。また本人同士も物心ついた頃からの幼馴染であるらしく、昔から空気だけは絶対に読まない性格だったと苦い記憶を思い出すかのように楠様が言う。

 

 ならあの突拍子もない行動を制御する方法くらい知っているのだろうと手厳しく霧ケ谷さんが突っ込むのだけど、妹の千鶴さんが「世界最大級の深い考えがある」と言って割って入る。そして兄と同じように部屋の中を警戒することもなく入ってしまった……

 

 どこまでも我が道を行く真宮兄妹に対応を図りかねていると、ヤレヤレと溜め息を吐きながらツインテールの少女が私の横に並び立つ。

 

「まったく、チーちゃんのブラコンっぷりは呆れるほどだねっ。あんまり重症にならないように私がそばにいて注意してあげなきゃ」

「……そ、そうだね。じゃあ私達もいこっか」


 華乃ちゃんのブラコンっぷりも相当な――と、喉から出かかった言葉をごくりと飲み込んで、私達も問題の部屋に踏み入ることにした。

 

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