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154 摩天楼の空中戦

「おおっ、とっと……ずいぶんと激しかったけど、派手にやってるね」


 56階への階段を下りている最中に強い横揺れがやってきた。足を踏み外しそうになった真宮だが、とっさに手すりに(つか)まって難を逃れる。


 華乃と通話していたときのミハイロとアーサーの戦いは魔法弾を撃ち合うだけの大人しいものだったが、ものの2~3分で本格的な戦闘に移行しつつあるようだ。しかし本気で暴れられると爆破魔法陣が発動しなくともビルを破壊されてしまいそうなので、アーサーにはそれなりに気を使った戦いをしてもらいたい。

 

「オヤジ――上司の九鬼(くき)とは話がついた。回復を済ませて先に44階に向かうとのことだが……お前のツレが回復ポーションを気前良く配ってくれたおかげだ、九鬼から感謝を伝えてくれと頼まれた」


 電話をしながら後ろをついてきていた霧ケ谷が礼を言ってくる。どうやらサツキが回復ポーションを山ほど配り歩いたらしい。おかげで絶対的なヒーラー不足が一気に解消し、手足を失ったり致命傷を負って死にかけていた冒険者達も見事に復活を遂げたとのこと。

 

 一方で55階で暴れていた真田と神聖帝国の奴らは、どこかへ消えたようだ。何を狙っているのかは不明だが、一刻も早く爆破魔法陣を解除せねばならず追いかけている時間などない。手が空いた九鬼や六路木には回復した冒険者達と僅かなヒーラーを率いて、先に44階へ向かってくれる手筈となった。

 

 しかし、霧ケ谷は何気に優秀である。迅速な状況判断ができ、伝えるべき要点だけをきっちりと伝え、この短い間にも九鬼達とスムーズな連携を可能とさせた。聞いていた話からは、すぐに暴力に訴える短絡的思考の持ち主かと思っていたので、この反社会的な見た目も相まってギャップが凄まじい。

 

 金蘭会とは今後バチバチにやり合う可能性もあるため、霧ケ谷の台頭は厄介なことになりそうだが――

 

「ねぇちょっと、あれは何だい?」

 

 そんなことを考えつつ突き当りの角を曲がったところで、前を走っていた真宮が急停止した。窓の外を指差しているので俺もそちらに目を向けると、夜空に白い線のようなものが大量に張られているのが見えた。あれは何だ。

 

 窓ガラスに顔をくっつけるように正体を探ろうとしていると、上方向から複数の眩い光が彗星(すいせい)のように高速で流れていき、爆発。張り巡らされた白い線の一部が燃えていくその中を、炎に照らされた白い謎生物が飛び回っている。


 俺達3人が呆気(あっけ)に取られて窓に張り付いていると、新たに撃ちだされた魔法弾が近くに着弾して大量のガラスが砕けた破壊音と強い衝撃がやってきた。慌てて腕で顔を守りながら一斉に伏せる。


「くそっ、なんつー戦いをしてやがる」

「あれが君の言ってたアラクネかい? こんな高い場所で空中戦をやるだなんて、色んな意味でぶっ飛んでるねぇ」


 摩天楼が立ち並ぶ中での、地上200mの空中戦。もうめちゃくちゃだと霧ケ谷と真宮が息を荒らげながら言ってくるが、全く同感である。

 

 状況はミハイロが浮遊魔術《フライ》を使って飛び回り、《同時詠唱(マルチキャスト)》による魔法の物量戦を仕掛けているのに対し、アーサーはビルとビルの間に巨大な蜘蛛の巣を張って足場にし、空を駆け抜けつつ大鎌で対抗している。

 

 アーサー自身も《フライ》を使った魔法戦は得意なのだが、アラクネの体に《憑依(ひょうい)》した状態ではアラクネのスキルしか使うことができない。共通して使えるのは武器くらいなもの。なのであのように近接戦闘を挑んでいるのだろう。

 

 それでも糸を自在に扱ってミハイロの動けるエリアを制限し、後手に回らせているように見える。


「速いし強いねっ、ミハイロ相手でも全然負けてない! もしかしたらこのまま倒せちゃうんじゃないのかい?」

「たとえ倒せても、ビル爆破を阻止できなければオレらの負けだ」

 

 蜘蛛の糸を次々に張って自分のエリアを拡大し、攻撃にも防御にも使いながら徐々に圧迫していくアーサー。ミハイロもその隙間を縫うように飛びながら糸を燃やしていくが、アーサーの糸を構築する速度のほうが数段速く、MP的にもローコスト。アラクネのスキル縛りという状況でも、何度かミハイロを追い詰めて(とら)えかけている。アーサーの空間認識能力と戦術構築力が際立って高いのだ。


 だがミハイロはまだ本気など出しておらず、このまま押しきって勝てる可能性も残念ながら高くないだろう。それはプレイヤーであるアーサーなら重々承知のはずだ。

 

 加えて霧ケ谷の言うとおり、仮にミハイロを倒せたところで爆破魔法陣《アポカリプス・ノヴァ》が発動してしまえば皆死ぬことに変わりない。そうならないためにも俺達は急いで44階に向かい、発動を阻止するしかないのだ。

 

 窓の外では魔法の光と青白い糸が入り乱れて破裂音や衝撃音が絶えず木霊している。アーサーの武運を祈りながらもその戦いを尻目にして、俺達は走り出すことにした。


 

 

 暗い廊下を走り抜け、速度を落とさずに壁を蹴り上げて角を曲がれば55階パーティー会場への扉が見えてくる。急停止してドアを開けると、青白い光を放つ幾何学模様のカーテンがドーム状に折り重なって視界いっぱいに展開されていた。腕端末で見たアーサーの“防御結界”だ。


 結界内には神聖帝国の奴らとて無理に入ることはできないため、このビル唯一の安全地帯となっている。だが同時に俺達も勝手に入ることができない。中から誰かに開けてもらう必要があるが――

 

「おにぃー! おっかえりー!!」


 俺の姿を見るや、ピンクのドレスを着た少女が防御結界のカーテンをめくって飛ぶように出てきた――いや、飛んできた。慌てて勢いを殺して受け止めてやるが、マジックフィールドでなければ二人ともぶっ飛ぶ速度である。

 

「すっごい痩せてる!? それはともかくっ、私の大・大・大活躍を聞いてよぉ!」

 

 続いて怒涛の勢いで話しかけてきたため「少しは落ち着け」と(しか)ろうとするものの、見れば綺麗に飾られた髪とドレスがずいぶんと砂埃で汚れてしまっているではないか。もしかして華乃も戦闘に巻き込まれたのだろうか。心細い思いをさせてしまったと反省しようとも思ったが、その割には満面の笑みを浮かべているので大丈夫そうではある。

 

「お兄様……お疲れ様でございます」

 

 一方の着物姿のチーちゃんは奥ゆかしく頭を下げて真宮兄を出迎えている。さすがはダンエクヒロイン、淑女(しゅくじょ)の鏡である。腕にぶら下がってくねくねしているお転婆(てんば)な妹に「あれを見ろ」と見習わせてやりたい。

 

 中に入って奥に目を向ければ、サツキが手を大きく振ってここだと教えてくれていた。地面には回復ポーションの他、いくつか魔導具らしきものが広げられており、見覚えのある物もあった。ダンジョン38階にあるアーサーの家には使えない魔導具やアイテムが詰め込まれたゴミ捨て場のような部屋があり、そこから色々と持ってきてくれたようだ。

 

 早速合流すべく踏み出そうとするものの、背後にキララちゃんを立たせた御神(みかみ)(はるか)の姿も見えたので一瞬躊躇(ちゅうちょ)してしまう。まぁ時間もないので真っすぐに行くしかないのだが。

 

 

「こちらの方には大変お世話になりました。皆様を代表し、お礼を申し上げます」

「いっ、いえいえ、どういたしまして……でございますっ!」


 御神が椅子から立ち上がり、俺とサツキに向かって優雅に頭を下げる。相当に激しい戦闘をやっていたのかゴージャスなドレスが華乃以上に汚れて傷んでしまっているが、淑女としての気品は全く損なわれていない。さすがは権謀術数が渦巻く貴族社会で生きてきた女傑である。

 

 その御神が言うお礼とは、サツキが配った回復ポーションに対してのことだろう。これまで俺達が溜め込んでいたHP、MPポーションは数百以上、価値にして億を超えてくる。その大部分を惜しげもなくこの場で大放出したわけだが、これは英断だったと思う。

 

 ダンエクストーリーに絡むキララちゃんやチーちゃんを失いかねないこの土壇場に起死回生の機会をもたらしたし、かかったコストも超金持ちの御神や金蘭会に大きな貸しを作れるので後々倍以上となって返ってくる可能性もある――というか請求する。もっとも、爆破魔法陣をどうにかできればの話だが。

 

 あたふたしているサツキに御神は一度だけニコリを微笑んで、そのまま話を続ける。

 

九鬼(くき)様と六路木(ろくろぎ)様は回復した冒険者達を率い、先ほど44階へ向かいになられました。わたくしは残念ながら皆様を守るためにここに留まりますが……雲母(きらら)

「はい。成海君、44階へ行かれるのでしたらご一緒いたします。仲間と連絡が取れましたのでお力になれるかと」


 御神が目で合図すると、キララちゃんがすっと前に出てくる。


 この結界内には百人近くの招待客が身を寄せ合って集まっているが、すぐ外ではアラクネのアーサーとミハイロが高層ビルを揺らすほどの激闘を繰り広げており、危険な状況に変わりない。今も大きな破壊音が響いてきて悲鳴や嗚咽(おえつ)が聞こえてくる有様だ。

 

 だからといって防御結界の外に出て招待客を避難させるのは現実的でない。先ほどまで暴れていたという真田や神聖帝国の奴らがどこに潜んでいるのか分からず、出くわせば全滅もありえる。ゆえに御神がここに残って精神的支柱となり招待客と共にするというのは理解できる。

 

 だが御神もキララちゃんも情報を共有しているので、爆破魔法陣が発動すればこの防御結界でも耐えられないことは承知のはずだ。当然、ダンジョン内ではないので帰還石は使えず、脱出の当てなどない。にもかかわらずこの落ち着き、覚悟が灯った目。くノ一レッドも数多の修羅場を潜り抜けてきた一流の集団だったということか。

 

「もっちろん大歓迎さ、僕が丁重にエスコートするよ?」 

「足を引っ張るつもりはございません。ご安心くださいまし」

雲母(きらら)お姉様が一緒なのは、と~っても心強いです!」


 真宮兄が両手を広げて幼馴染であるキララちゃんを妙なスマイルで歓迎する。何を考えているか分からないが、こいつは深く考えるだけ無駄である。そしてどさくさに紛れてキララちゃんに擦り寄り、44階へ行くことを既成事実化させている華乃。横目で「絶対についていく」と訴えているが……俺の近くにいることは好都合なのでスルーしておこう。

 

「ナルミ、グズグズしている時間はないぞ」

「分かってます。その前に……色々と持っていきましょう」

「これね、リサが選んでくれたから使えるものもあると思うんだけどっ」


 サツキが持ってきたアイテムと俺の顔を交互に見てくるが、ぱっと見ではガラクタばかりである。十分に吟味する時間が無かったのだろう。しかし使えそうな物もあった。


 手前に置いてあった黒曜石のような黒い六角柱の水晶を手に取り、内在する魔力を確かめてみる。恐らく、いる(・・)はずだ。

 

「これは精霊が宿っているアイテムです。運が良ければ応じてくれる可能性があるので持っていきましょう」

「精霊()き……ですか。それはとても高価なものでは」


 精霊が宿ったアイテムは国によっては神器として国宝指定され(あが)められていると、チーちゃんが目を丸くして驚いている。


 召喚魔法は通常、召喚スキルを使って呼び出し使役するのが一般的だが、スキルを覚えずとも精霊の機嫌や相性が良ければ呼びかけに応じ、力を貸してくれることもある。

 

 そしてこの黒水晶に宿っているのは《ダークピクシー》という精霊。戦闘力は皆無で特別な力もないが、《魔力探知(マジックセンス)》の強化版を使えるので魔法陣探しには役に立つはずだ。精霊に呼びかけるのは闇属性に適性がありMP(魔力量)の多いチーちゃんが適任だが、移動しながら説明すればいいだろう。

 

「この大きなツボは何だい?」

 

 他に使えそうなものは見当たらず、もう行くべきかと考えていたところ、一際目立つ1m大の徳利(とっくり)のような陶器を真宮兄が指差してこれは何かと聞いてくる。

 

「いわゆるクールタイム・リセッターですね。スキルの再使用時間(クールタイム)を数秒間だけゼロにするんですが、1回しか使えない上にかさばるので――」

「僕が持っていくよ。それなら使っていいかい?」

 

 魔力を直接ぶつける魔法弾や魔力を吹き出して威圧する《オーラ》などの基礎スキル以外は、基本的に再使用時間(クールタイム)があるため連射はできない。上級ジョブのスキルなら長いもので20分程度の再使用時間(クールタイム)があり、それを(わず)かな時間だけだけでもゼロにできるのは大きいように思えるが、大技の連射は体への負担が大きく、それ以前にこの巨大なツボを抱えて戦う時点で現実的では――

 

 ――と思ったものの、自分で抱えていくというなら任せよう。他に使える物はあるかもしれないが、いちいち《簡易鑑定》で吟味(ぎんみ)している時間はもうない。

 

「HPとMPポーションは各自3つくらい持って行ってください。では行きましょう!」

「おにぃとサツキねぇがいれば絶対に、絶対に負けないんだからっ!」

「皆さんに祝福のエールをっ!《アンチマジックII》 もう一つ、大いなる守りをっ!《プロテクションII》」


 サツキがどこぞから取り出した大きな杖を高く掲げて魔法を唱えると最初に紫色の光が降り注ぎ、次に白色の光が周囲を取り囲んで四角いエフェクトが無数に(きら)めく。範囲内にいる者の魔法抵抗と防御力を上げるバフスキルだ。現在のサツキは【プリースト】の上位ジョブ【クレリック】となっているので一緒にいると大変心強い。

 

 さて。俺達の勝利条件はミハイロや真田を倒すことではなく、爆破魔法陣を破壊することだ。そのため迅速にあらゆる手を尽くさねばならない。招待客の避難や神聖帝国の残党をどうするかなど、その後のゴタゴタは全て御神や九鬼、六路木に押し付ければいい。でも、もしもの時は――

 

(俺が二人を抱えて逃げ出さないとな……)

 

 おさげ髪の同級生と、元気にツインテールを揺らす我が妹をそっと見る。

 

 リサが向こうに残っているので一人だけなら脱出アイテムで引っ張り上げることは可能のはず。とはいえ残った者を見捨てて「一人だけ帰れ」と言ったところで華乃もサツキも受け入れはしないだろう。だからもし爆破魔法陣の発動が不可避となった場合、俺は無理にでも二人を両脇に抱えてビルの窓を蹴破(けやぶ)り、《エアリアル》で飛んで逃げるつもりだ。

 

 ここにいる人達全員の命を諦めるときがくるかもしれない。その覚悟だけは今からしっかりと持っておかねばならない。


 微笑をたたえた御神が小さく手を振って見送る手前、刻々と迫る時間を確認しながら俺達は再び44階に向けて走り出すことにした。


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