149 孤立無援
―― 成海華乃視点 ――
初めて見る一流冒険者同士の集団戦。あれだけ乱戦になっているのにスキルの間合いを見極めながら、背後を取られないよう常に立ち位置を変えて戦っている。
金蘭会はともかく、六路木様と共に参戦した冒険者はぶっつけ本番なのに、格上の神聖帝国に対し複数人で連動するような動きを見せている。おにぃがやっていた高度な対人戦術とはまた違った高みを感じる。
そして、やはり注目すべきは鬼人のごとく立ち回る九鬼様と六路木様だ。常に複数の白コートに迫られながらもズタズタになっている天井や壁を縦横無尽に走り回り、全ての斬撃に濃密な魔力を乗せた気迫の攻防を繰り広げる。でもそのせいであの二人の周りは魔力濃度がおかしなことになっている。
本気のおにぃの戦いは息を吞むほど凄いと思ったけど、日本の最上位に位置する冒険者達の戦いもやはり伊達ではない。私があの中に入ったところで速さもパワーにも対応できず、一太刀も浴びせられないまま敗北に至るに違いない。
けれど、私程度でも戦いようはある。
以前、クラス対抗戦で私と戦ったことのある――加賀大吾といったっけ――が複数人と連動して白コートと斬り合っている。実力差があっても常に死角を取るように味方が動けば、勝てずとも抑え込むことは可能なのだ。
とはいえ加賀の動きは参考になる。格上の斬撃は決して真正面から受け止めず、ウェポンスキルの発動だけは真っ先に阻止し、攻撃対象を絞らせないよう立ち回る。クラス対抗戦のときは私が勝ったけど、集団戦では明らかにあの人のほうが上だ。
私も今持っている技術の全てをぶつけたいという気持ちはなくはないけど、安全マージンの無い戦いは絶対にするなと、おにぃから厳命されている。なので必要に迫られない限り参戦するつもりはない。
対して、白コートには協調性や組織力など見られない。囲まれて苦しくなっている味方がいても助けようとはせず、個々の判断で好き勝手に攻撃を繰り出し暴れている。それでも崩れないどころか高い戦闘技術を前面にして徐々にこちら側を押し始めている。
中でも厄介なのは、見えない鞭のような武器を振るう白コートだ。攻撃範囲と攻撃軌道が見えず、さらに間合いも広い。先ほどからこちら側の負傷者を量産し続けているあのマジックアイテムは反則すぎると思う。
そのせいもあって回収班と回復サポート班も切迫してきている。状況は膠着状態に持ち込めてはいるものの、ジリ貧といったところ。しかもまだ真田様と異様な雰囲気を持つ銀仮面が参加していないにもかかわらずだ。
時間稼ぎはあとどれくらいならいけそうか、サポートのMPは持つのか、などと机の陰に隠れながら戦場を観察していると――
「(……それで、華乃さん。あのフルプレートメイルの御仁はどなたなのでしょう)」
会場内を爆走し、危険な場所にいる負傷者をいち早く回収してくる白銀の戦士。それを指差して「あれは誰か」と聞いてくるのは雲母お姉さまだ。
負傷者を回収するには一流冒険者達がドンパチやっているド真ん中に行く必要があり、大きな危険を伴う。かといって慎重になりすぎて負傷者回収に遅れれば、負傷者は殺されてしまう上に傀儡にされ相手の戦力になってしまう。危険な任務であろうと躊躇などしていられないのだ。
その点、ゴーレムに恐れなど無い。体も純ミスリルでできているため、数発スキルが直撃しても十分に耐えられるほどに頑丈。戦闘力は白コートには及ばないけど、負傷者回収という面において最適な役ではないだろうか。
そのおかげで御神様を筆頭とするサポート陣営に余裕が生まれ、金蘭会と六路木様率いる冒険者集団にも再び勢いがでてきた。やはり、こういった集団戦ではサポート能力が鍵になるのだ。
「私も聞きたいです……あ・れ・は・何ですか」
雲母お姉さまの質問を聞かなかったことにしていると、和服少女が私の目の前まで顔を寄せてきて、あれは何だとゴーレムを力強く指差す。私の未来のライバル、千鶴ちゃんである。何だと言われてもゴーレムは成海家会議にて“機密スキル”に指定されているので答えるわけにはいかない。
顔を逸らして回答拒否の姿を見せるのだけど千鶴ちゃんは諦めずに回り込み、間近まで顔を寄せて睨んでくる。そんなことを何度か繰り返しているうちに、白コートが私のゴーレムに襲い掛かってきたではないか。しかもあの厄介な鞭使いだ。私達に勢いをもたらしている原因がゴーレムだと特定されたのかもしれない。
武器の軌道が全く見えないので、魔力と聴覚頼みで回避しなければならないという強敵。でもそんな相手を引き付けられるのなら、私達の勢いはさらに増すのではないだろうか。そう思って今抱えている負傷者をスタッフの方へ投げ込み、鞭使いに向き合うようゴーレムへ戦闘の指示を送る。
ゴーレムというのは基本的に自動操縦なので複数の細かい命令は受け付けないものの、「偵察して敵がいたら引っ張ってきて」とか「あの負傷者を回収して」など単発の要望には幅広い対応能力がある。さらには私と模擬戦をしても互角以上に立ち回ることができ、未知なる相手や状況、環境にも臨機応変に対処し戦う能力も備わっている。
だから襲ってきた白コートがヘンテコな武器を使っていたとしても意外と何とかなるのではないか。そう淡い希望を抱いて命令を送ってみたものの、バチンバチンと超音速で鞭を振り抜かれ、一瞬にして壁まで飛ばされてしまった……ありゃ。
でも大丈夫。全身を分厚い純ミスリルで作っているから、たとえレベル30の斬撃が直撃しても表面が多少凹む程度で済ませられるはず。ゴーレムの本当の強さは対応能力や戦闘力以上に、とにかく頑丈で戦闘継続能力が高いことなのだから。
それでも思っていたより力量差があるようで、時間稼ぎすらも怪しくなってきた。どうしよう。
「(だ、大丈夫でしょうか)」
見えない鞭の直撃を受けるたびに、ゴーレムがとんでもない勢いで壁まで吹き飛ばされていく。一緒に見ていた雲母お姉さまも胸元で手を組んで心配しているけれど、これ以上はさすがに駄目かもしれない。すでに全身の至るところが凹み、腕も逆方向に曲がってしまっている。純ミスリルという最強クラスの金属にあそこまでダメージを与えられる鞭って一体……
それでもなんとか魔力の流れを掴んでようやく鞭を弾くのだけど、首回りのダメージがついに限界を迎えポロリと取れて転がってしまった。立ち尽くすその姿はまるで、おとぎ話に出てくる首無騎士・デュラハンのよう。
慌てて落ちた頭を引っ付けてと命令を出すものの、遅きに失した模様。スタッフや御神様から驚きの声が上がってしまう。冒険者だと思っていたら得体のしれないナニカだったわけで驚くのも無理はない。
鞭使いも戦っているのが人間ではないと分かった途端、周囲をぐるりと見まわしてゴーレムを操っていた術者――つまり私――を探しにかかる。最初は死闘を繰り広げている真っ只中の金蘭会と冒険者を疑って見ていたけど、そんな状況で術を行使する余裕があるわけなく除外。次に会場の隅に退避している私達を疑うのは必然である。
まだ立って構えているゴーレムを放置し、こちら目掛けて飛ぶように突進してくる白コート。退避組には戦闘力の無い者が多く、あの鞭使いが暴れれば大惨事になりかねない。突然の出来事に大慌てになる中、ドレス姿の淑女が小太刀で迎え撃つ。
「下がってなさいっ!」
スタッフや雲母お姉さまも武器を抜いて加勢しようとするものの、御神様が離れるよう厳しい声で一喝する。それもそのはず、行われているのは異次元レベルの攻防戦だからだ。
目では見えない透明な鞭が、視認できない速さであらゆる角度から撃ち込まれる。しかもその一つひとつは純ミスリルを容易に凹ますほど高火力。あれに対処できない者が何人行ったところですぐに被弾し、足を引っ張るのは目に見えている。
しかし御神様はそんな攻撃を正確に捉え、たった一本の小太刀だけで弾き返している。まともに受けてしまえば簡単に破壊されてしまうはずなのに、絶妙な角度で小太刀を傾けて力を受け流しているのだ。しかも要所でクナイを投げ込んで反撃するというオマケ付き。
てっきり御神様は後方から優雅に指示するだけの人かと思っていたけど、名実ともにくノ一レッドの最高戦力だったようだ。
しかし鞭使いのほうがリーチも手数も優勢。御神様はまだダメージこそ受けてないものの防戦の時間が増えてきている。隣で見ている雲母お姉さまも先ほどから顔色を青くさせて卒倒しかけており、これは早急に手を打たないと駄目そうだ。
でもこの状況で私にできることなどあるのかと言えば、もちろんある。先ほど呼び出したゴーレムを使えばいい。そう思ってゴーレムの状態を確認すると、胴体は大きく凹んでおり、腕は逆方向に曲がり、頭も乗っかっているだけのスクラップ一歩手前という有様。あれで戦えというのは無理な話だ。でも――
(ここからが【機甲士】の真骨頂なんだよねっ! ふふんっ)
私が就いているのは【侍】にも劣らない潜在能力と、面白スキルを併せ持つ至高の上級ジョブ【機甲士】。このジョブには夢がたくさん詰まっていると、おにぃも言っていたし!
早速、立ちすくむゴーレムに向かって魔力を練り上げながらイメージを膨らませ、新たな創造への糧とする。
「(修復……じゃない。より強く……もっとアグレッシブに……いくよぉっ! 《リペア・ゴーレム》)」
物陰で雲母お姉さまと千鶴ちゃんにマジマジと見守られながら、新たなスキルを解き放つ。するとゴーレムの足元に鈍色のインゴットが次々に召喚されて山となり、吸い寄せられるようにゴーレムのボディに付着していく。
純ミスリルは最初のゴーレム生成分で全て使ってしまったため、呼び出した金属はミスリル合金だ。強度は大きく落ちるけど在庫が山ほどあるので、私の魔力次第では何回でも修復することが可能となる。
だけど、ただ修復しただけでは芸がない。どうせなら防御力もパワーも跳ね上がるよう、より分厚く巨大化させたい。そう考えてスキルに魔力を込め続けるとゴーレムは縦にも横にもどんどんと膨らんでいき、ついには天井スレスレくらいにまで大きくなった。
体長は4m超、重量は……自動車何台分か。天摩お姉さまに似ていた可愛らしいフォルムも、ずんぐりと重量感あふれる姿になっている。動きは鈍くなるけど、あれだけ分厚い装甲ならあの見えない鞭にも耐えられるはずだ。
「(あれは闘技場にも現れた巨兵……華乃さんも扱えるのですね。確かにあの巨兵ならば御神様に助太刀が可能ですわ!)」
「(……華乃さんと言いましたか。後でちょっと……いえ、今お話を伺っても――)」
左右からぐいぐいと揺さぶられつつ取り出したMPポーションを飲み干して、出来上がったゴーレムを観察する。質量がかなりあるので武器を呼び出す必要はないだろう。なら善は急げと攻撃指示を出せばゴーレムは地響きをあげて駆け出し、ゆっくりと巨大な腕を振りかぶる。
背後に迫る巨大な存在に気づいた鞭使いは、一瞬ギョッとしたような動きを見せた後に大きく回避に動く。あれだけの強者でも大質量パンチは怖いらしい。チャンスと見た御神様も距離を詰めて攻勢に転じる。
さぁ、ここからは第二ラウンドだ!
見えない鞭を被弾するごとにバチンと大きな音が鳴り、火花を散らせながらミスリル合金の装甲が一枚剥がれ落ちる。しかし装甲は幾重にも重なっているのでダメージは表面上だけのものに過ぎず、重量もあるため吹っ飛ばされることもない。この巨大ゴーレムを物理攻撃だけで倒すには鞭使いでも骨が折れるはずだ。
なので思い切って防御を捨てて捕まえにいかせるのだけど、鞭使いの動きが速すぎて全く捉えられない……というよりも、ゴーレムが重すぎて動きが緩慢になっている。あの重量を機敏に動かすには魔力と【機甲士】としての経験が足りてない気がするけど、おにぃならできるのかなぁ?
うんうんと唸りながら試行錯誤し現状打破の道があるのか考えていると、雲母お姉さまが慌てたように話しかけてくる。
「(華乃さん、少しの間だけですが御神様が動きを止めるそうです。いけそうでございますか?)」
御神様から合図が来たようだ。あんなに俊敏な鞭使いを止めるってどうやるのかは分からないけど、一瞬でも動きが止まるのなら一発で仕留める技は――ある。そう伝えると御神様はさらに前に出て接近戦を挑み始めた。
巨大な腕を振るうゴーレムを中心に、小太刀のウェポンスキルを打ち込む御神様と、連撃スキルで迎え撃つ鞭使い。あふれ出した魔力が紫電と化し、放射状に爆風が巻き起こる。
コンクリート片が粉々になって飛び散り、巨大ゴーレムすらほとんど見えなくなるほど視界が悪化する中でも、重い衝突音が絶えず轟いている。
超格上同士による命を懸けた一撃の応酬。被弾すれば致命傷となる攻撃を鼻先でギリギリ躱し、弾き、かいくぐり、次の致死を狙って再び魔力を込める。そんな戦いを見ていると、おにぃと“魔王”がやっていた死闘を思い出す。
でもあの時とは違って今の私にはやれることがある。ゴーレムへの指示をいつでも出せるよう、瞬きすらやめて凝視する。すると何かおかしなものが見えだしてきた。
(あれ……鞭使いの体に御神様の魔力が徐々に乗り移っている……?)
何のスキルだろうか。いずれにしてももうすぐ発動する。他の白コートも何人かこちらに来ようとしているけど、六路木様と冒険者達がこちらの付近まで出張ってきて阻止してくれている。
後方退避組まで襲われる可能性が高まり、緊迫した様子で皆が見守っている。そんな時、御神様の動きがわずかに遅くなり、釣られて鞭使いの動きも鈍くなった気が――来るっ!
「(華乃さん、今ですっ!)」
「(私のっ、最強っ最大スキル! いっけえーーー《ロケットパンチ》!!)」
人差し指を大きく突き出して攻撃指令を飛ばすと、私の内にあった魔力の大半が強引に抜き取られる。その魔力はそのままゴーレムの腕へと収束し、唸るような高周波音を上げて爆発的速度で拳が発射された。【機甲士】の最強攻撃スキル《ロケットパンチ》だ。
単に拳といっても数百kgはある大質量。それが大砲のような初速度で鞭使いを真正面に捉え、直撃した。瞬時に奥の壁にぶち当たるもののそのまま突き抜け、勢いは止まらず隣の、さらに隣の壁まで貫通してやっと止まったのが見えた。
《ロケットパンチ》はゴーレムを大きくするほどに威力も増すと、おにぃから教えてもらっていたけど……鉄骨が張り巡らされた分厚いコンクリートの壁を何枚も貫くこの威力。正直ここまでとは思ってもみなかった。
「(華乃さん、やりましたわっ!)」
「(少しはやるようですね……今だけは褒めてあげます)」
両手を広げて迎え入れてくれる雲母お姉さまと喜びの抱擁を交わし、何故か顔を逸らしている千鶴ちゃんともハイタッチして勝利の余韻に浸る。一人だけとはいえ散々苦しめられた白コートを撃破できたのは大きな戦果だ。
これで士気も上がって一気に押し返せる。もう神聖帝国の好きにはさせない! そんな期待を込めた目で会場を見渡してみれば――
(……あれ、なんで?)
味方であった冒険者が何人も膝を折っており、中には武器で貫かれた状態で傀儡と化してしまった人もいる。どうしてここまで状況が悪化しているのか、その理由もすぐに判明する。
「――さぁ皆さん、もうひと踏ん張りですよ」
破壊された会場の中央で青いコートを着た人物が短杖を掲げて魔法を唱えている。真田様だ。
白コートの戦闘タイプや状況に合わせて回復やステータス強化、防御力アップなど様々なサポートを的確かつ迅速に行い、そのせいで私達はみるみるうちに劣勢に立たされて押されていく。
あれこそがカラーズを“最強”と言われるまでに押し上げた日本最高峰のサポーター。本物のサポートとはどういうものかを、まざまざと見せつけられる。
一方、今までの真田様と大きく違うこともある。トレードマークともいうべき青いコートは飛び散った多量の血で濡れており、顔は狂喜色に歪み、目は落ち込んでのクマのようなものまでできている。
最初に会場で出会ったときの優しげで柔和な雰囲気はどこにも見当たらない。この短い間に何があったというのか、全くの別人と言われたほうが納得できるくらいだ。
その真田様に超重量の大剣が、空気を切り裂きながら迫る。
「死ねやぁああ!! 真田ぁああ!!」
九鬼様によるありったけの膂力と殺意を乗せた、渾身の一撃。衝撃波が可視化できるほどに途方もない破壊力が込められている。
そんな不可避に思えた一撃であったが、隣にいた銀仮面が魔力を噴き上げ、障壁のようなものを瞬時に張る。そこに九鬼様の大剣が触れただけでピタリと止まってしまう。
さらに銀仮面は唖然として動けずにいた九鬼様の脇腹に回し蹴りを放ち、もろにヒット。壁まで一直線に飛ばされていき、衝突すると同時に盛大に砂煙が上がった。
一瞬の攻防。たったそれだけで絶望的な実力差があると理解するのに十分だった。あの二人はこの最悪の状況をいつでも作り出すことができたのだ。これまで死力を尽くして戦ってきたというのに、すべてが無意味だったのだろうか。
どう足掻いても勝てないと膝を突き、戦意喪失する者まで現れる。でもそんな態度を見せれば即座に殺され、その場で傀儡にされるだけだ。それが分かっている六路木様は味方を庇うように刀を構えて、吐き捨てるように問う。
「お前達、こんな真似をして我らの【聖女】様がだまってないぞ。そうなればお前達ごとき――」
「何を言うのかと思えば……がっかりですよ六路木様。【聖女】という存在はどれだけ人が死のうと、国が亡ぼうと下々に関心を持つことなどありえません」
日本は【聖女】様のいる国。他国の人間がこんな大騒動を起こせば【聖女】様がただでは済ませないと六路木様が忠告する。しかし「それはありえない」とあざ笑うかのように返答する真田様。もしかしたら【聖女】様と実際に会ったことがあるのだろうか。
六路木様も言い返そうとするけど、真田様は手のひらを突き出してこれ以上の会話を拒絶する。
「そろそろ時間です、遊びはここまでにしましょう。先ほどの巨兵を操るスキルの使用者も割り出さねばなりませんので……私は忙しいのです。皆さん、殺す相手は慎重にお願いしますよ」
どうやらゴーレムを呼び出した使用者――つまり私――を探し出し、生け捕りにするつもりらしい。雲母お姉さまが私と千鶴ちゃんの手を引いて早く離脱するようにと言うけれど、すぐに首を振って拒否する。この会場から逃げたとしても皆が殺されてしまえば、すぐに追いつかれ捕まってしまうだけだ。
でも安全に逃げる方法は……あるにはある。
ポケットから小さな魔法陣が描かれた平べったい石を取り出して手のひらに乗せる。おにぃから渡された脱出アイテムだ。先ほどからじんわりと光り出しているのだけど理由は分からない。
これを使えば私だけは安全な場所に離脱することができるのだろう。だけど絶好のライバルを、素敵なお姉さまを、全部置いて逃げてしまえば私は一生後悔するに違いない。
縋るように脱出アイテムを額に着けて何か良い方法がないかと考えを巡らせていると、遠くで誰か叫んでいる声が聞こえた。
『(華乃ちゃん! 早くっ、魔力を込めてこっちへ!)』
この声は……サツキねぇだ。こちらの状況が見えているらしく、一刻も早く脱出アイテムで飛んできてと何度も叫んでいる。サツキねぇの他にはリサねぇとアーサー君の声も微かに聞こえる。この魔導具は通信妨害されている中でも通話ができるようだ。
なら私がすべきことは一つ。
聞きなれた声に安堵して膝が崩れ落ちそうになるけど、ぐっと堪えて小声で助けを求める。
「(ここには大切な人達がいるのっ。だから、私だけ逃げるのは絶対に嫌なのっ! どうにか……ならないかなっ?)」
ついさっきまで戦っていた冒険者達が何人も殺され、恐ろしい傀儡となって襲い掛かってくる。後方にいるスタッフもクナイを持ち出して応戦しなければならない地獄のような状況。ここを突破されれば招待客への虐殺が始まってしまうというのに通信は妨害され孤立無援。どうみてもここから逆転できるとは思えない。
それでも、サツキねぇ達なら何とかなるのではないかと期待してしまう。緊張と不安で声が震え、言いたいことも上手くまとまらなかったけど私の気持ちはちゃんと伝わったようだ。
『(真宮千鶴に楠雲母……確かに今、彼女達に死なれるのは問題があるかもしれないわ、困ったわね~)』
『(まったく、華乃ちゃんを放って災悪は何やってんだ。あ、でもさ、あの馬鹿がいないならボクが助太刀に行っても……いいよね?)』
唐突にアーサー君がこちらに来てもいいかと尋ねてくる。でもここはダンジョンから何十kmも離れた場所だし、このビルも魔法陣で封鎖されている。それ以前にアーサー君は“魔人の制約”でダンジョンから出られないとも聞いているけど……
『(実はボクね、一度外にでたことあるんだよねー)』
久々のシャバだ、料理はまだ残っているのかと、はしゃぐアーサー君。この会話中にも味方が決死の防衛線を敷いて戦っているけど、神聖帝国の圧倒的勢いの前に次々に討ち取られ、全滅がもうそこまで迫っている。
それでもアーサー君が来てくれるのなら何とかなるかもしれない。私は飛びつくように肯定した。