148 良質なツンデレの匂い
―― 成海華乃視点 ――
奏者が奏でる優雅なジャズを聞きながら、とびっきりの高級食材を使ったディナーが並ぶ。今まで見たことも経験したこともない天上の世界だ。
すぐ隣のテーブルにはピンポン玉くらいの巨大な宝石で着飾った上流階級の婦人達が、上品な言葉で噂話をしている。話題はもちろんゲートについてだ。この仕組みを使えば天文学的収益を叩き出せるようで、近く金蘭会の時代が到来するのだとか。
うちの家族やサツキねぇ達が普通にゲートを使って移動していたので、てっきり一般的なものだと思っていたけど……そうではないと知って逆に驚いている。
そんなに稼げるのなら私もゲートを使って一儲けできるのではないか。でも集金システムの構築にどうすればいいか、などと企みながらも料理を一口。濃厚なソースととろけるお肉に思考の全てが持っていかれる。まさに天上の味であった。
今まで知らなかった新しい世界が色鮮やかに花開いていく。楠雲母という上流階級を絵に描いたようなお姉さまができたし、来年ライバルとなる予定の――真宮千鶴ちゃんという――ちょっと変わった子とも知り合えた。あとは私が来年冒険者学校に合格すれば、きっとまた新たな世界を知ることができるはずだ。
――と、せっかく良い雰囲気で楽しんでいたのに。
唐突に“脱出ゲーム”の発表があり、会場は騒然となる。怒ったお貴族様が捨て台詞と共に我先にと会場から出て行ってしまったし、金蘭会の人をヒステリックな声で怒鳴りつける婦人もいる。
テーブル席に深く腰を掛けた御神様は、神聖帝国という国家の人達が画策したのではないかと話している。この非常時だというのに落ち着いており大物感が凄い。でも実際に冒険者界の大物で、様々なメディアに登場する有名人。大きな宝石すら霞むほどの美貌は見入ってしまう。その御神様が話している相手もまた特別だ。
和服を無造作に着流した、髪の長い女性。
「(本物の……六路木時雨様だ)」
カラーズリーダーの田里虎太郎様と同じ【侍】であり、日本最大の攻略クラン“十羅刹”の懐刀。私の理想の冒険者像を体現している大人物。
雑誌やニュースでは寡黙で悠然とした姿が印象的だったけど、目の前にいる六路木様は眉を吊り上げ、指でテーブルをトントンと叩き非常に神経質になっている。チャンスがあれば話を聞いてみたいという希望は望むべくもない。
そしてもう一人話したかったといえばコタロー様の相棒・真田様なのだけど、こちらは会場を出て行ったっきり帰ってこない。お腹を壊したのだろうか。
スタッフが次々に御神様のいるテーブルへ訪れ、何かを耳打ちしていく。脱出ゲームの情報を集めているのだろうけど、私には教えてくれないので何もすることはない。その傍らで雲母お姉さまが美味しいお菓子を持ってきてくれるので、隣の千鶴ちゃんと一緒に口に放り込むお仕事をするのみである。
そういえば、千鶴ちゃんのお兄さんもどこへ行ったのだろうか。この騒ぎに巻き込まれていないか心配だ。確か、おにぃと同じ扉から出て行ったような気が――
「ご安心なさって結構です。あなたのお兄様には、わたくしのお兄様がついていきましたので」
スタッフ専用出口をぼんやりと眺めつつ、チョコのお菓子を口に入れようとしていた私に、千鶴ちゃんが目も合わせずに話しかけてくる。確かにおにぃの心配もしていたけれど。
「どっちかっていうと、私が心配してるのはあなたのお兄さんの方なんだけど。ほら、今騒動が起きているでしょ? もし巻き込まれたらって――」
「笑止です。わたくしのお兄様はどんな相手が来ようとも負けることなどありえません……絶対に」
私の目を真っすぐに見て「絶対に誰にも負けない」と断言できるのは、強い確信があってのことだろう。でも千鶴ちゃんのお兄さんはもうダンジョンには潜っていないと言っていたし、見た目も華奢なので心配してたけど、この様子なら杞憂だったらしい。
ならば食べるお仕事を再開しようと次のお菓子に手を伸ばしていると「あなたの弱そうなお兄様と一緒にしないでください」との呟きが聞こえたので、反射的に言い返してしまう。
「あ、でも。私のおにぃの方が全然強いけどねっ」
「……あなたのお兄様が? わたくしには“土下座の似合いそうな男”にしか見えませんでしたが」
「ごほっ」
こともあろうに、おにぃのことを「土下座の似合いそうな男」だとトンデモ批評する千鶴ちゃん。口の中のものを思わず吹き出しそうになってしまう。あの“魔王”にすら勝ったおにぃが土下座なんてするわけがないし、する意味もないのに。この子とはいずれ白黒つけなければいけない予感がヒシヒシとしてきたっ。
「私のおにぃが土下座するなら千鶴ちゃんのお兄さんは……ひっくり返って命乞いとかしそうかなっ!」
「ぶほっ……ゴホッゴホッ……ありえません。天地がひっくりかえってもお兄様がひっくり返ることなどありえませんっ!」
これまでおすまし顔を崩さなかった千鶴ちゃんがお菓子を吹き出し咳き込むと、まくし立てるように言い返してくる。私も負けじと小さな洋菓子を口に放り込んで睨み返すと、千鶴ちゃんは2つ口に放り込み小さく笑う。ならば私は3ついっぺんだ。
互いに仮面を床に叩きつけ、プライドをかけた大食い合戦へと発展。雲母お姉さまが慌ててお菓子の補充を注文していると、会場の巨大スクリーンが予告もなく光りだし騒がしかった招待客も何事だと静まり返る。
そこには白いロングコートを纏い、飾り気の無い仮面で顔を隠した怪しい集団が映し出された。手に持った剣は血で濡れており、足元にはスーツ姿の男性がうつ伏せで倒れている。何かの映画のワンシーンかと思ったけどどうやら違うらしい。
「聖白銀の衣……神聖帝国か」
眼光を鋭くした六路木様が小さくつぶやく。“聖白銀の衣”というのは、国際ニュースでもたびたび登場するので私でも知っている。あの純白のローブは神聖帝国の一流冒険者が着る軍服だ。
一般の戦場では銃や戦車の狙撃が強いので、迷彩服のような目立たない服を着ていたほうが生存率が高くなる。一方で超一流の冒険者が入り乱れる戦場では、銃や戦車からの狙撃よりもスキルや魔法誤射による同士討ちのほうが脅威となる。そのためあえて目立つ色の軍服を採用している国が多いようだ。
また長いコートという形状は、防具を覆い隠せばジョブを推測されにくくなるし、仮面で素顔を隠せば有名冒険者でも特定されにくくなる。対冒険者の戦闘を考えれば、神聖帝国の軍服は理に適っていると言える。
そんな不気味な白コート集団に、男の人が単騎で襲い掛かっていく姿が映る。一瞬で背後を取り、流れるような剣戟とスキルをコンビネーションで放つものの、あっさりと囲まれて殺されてしまった……
「誘い込まれたように見えましたが……あの場は素直に引くべきでした。無駄死にです」
「うーん、私ならどうしたかな」
千鶴ちゃんの言うように結果は無駄死にだった。でもあの状況で引いてしまえば生存者は間違いなく全員殺されてしまう。どうすればよかったのか。
多人数相手でも押し通すことができるのは奇襲をするか、相手が余程の格下のときのみ。でなければ死ぬだけだと、おにぃが口を酸っぱくして言っていることだ。先ほどは誘い込まれた感があったし犠牲者覚悟で一度引いて機を窺うのが一番なのだろうけど、あの場に大事な人がいたら判断が難しくなる。そんなことを考えていれば四方から甲高い悲鳴が聞こえてくる。
何事かと思ってスクリーンに再び目を向ければ、先ほど白コートに殺された男の人がゆらりと起き上がり、生き残っていた守るべき人達に向かって剣を振り上げ殺してしまったではないか。
錯乱したのかとも思ったけどそうではない。あの人は胸を何度も貫かれ明らかに死に至っていたはず。現に多量の血を流しているし顔色もまるで死人のそれだ。
「……死体を……傀儡にするスキルでしょうか」
「神聖帝国の隠匿スキルですわね。通信妨害を仕掛けて情報が露出しないのをいいことに、堂々と使ってきたものと思いますわ」
身を乗り出すようにスクリーンを凝視していると、千鶴ちゃんが操り人形のようにするスキルではないかと言う。おにぃからはたくさんのジョブやスキルを教えてもらっているけど、あんなに禍々しく邪悪なスキルは知らない。
雲母お姉さまもあのスキルを知らないようで神聖帝国の国家機密ではないかと推測するけど、むしろあんなスキルが広まってしまったら世も末。神聖帝国には隠匿したままでいてもらいたい。
スクリーンの映像は別の場所へと切り替わり、そこでも白コートが惨殺する映像が流される。再び死者を傀儡にするスキルを使われ、会場では嗚咽や悲鳴の声が上がり始める。九鬼様が部下の人達を動かして避難誘導しているけど、混乱は収まりそうにない。
その裏で雲母お姉さまが、私と千鶴ちゃんを別ルートから避難させようと御神様に交渉している。だけど、おにぃがまだ戻ってきていないので私だけ避難するわけにはいかない。
それに闇雲に移動したところであのスクリーンにいる白コートと遭遇する可能性が高い。避難するにしても未知のスキルにも対抗できるおにぃと合流してからの方がいいだろう。
では私は何をすればいいのかというと……結局、何もすることはない。
金箔で飾られたチョコを口に入れながら周囲を見渡すと、どこかに隠していたのか防具一式を取り出して装着したり、バフ魔法をかけて武器の手入れをし臨戦態勢に入る人達がちらほらいる。この場での戦闘を視野に入れているのだろうか。
だけどここには多くの冒険者が集結しているだけでなく、金蘭会を率いる九鬼様や日本屈指の冒険者と言われる御神様、六路木様のような名だたる超一流冒険者までいる。
(それでも攻めてくるとしたら……)
神聖帝国だってこちらの戦力くらい把握しているはず。にもかかわらず攻めてくるというなら、この大戦力にも勝てる自信があってのことになる。でもまさかそんな……
うんうんと唸っていると、ふわりとした柔らかい空気が私を包み込む。いつの間にか千鶴ちゃんが大きな魔石のついた杖を取り出して、何かの魔法をかけてくれたようだ。
「《マナ・プロテクション》です……これでわたくしの魔力がある限り、あなたにダメージがいくことはなくなりました」
この魔法は確か、対象のダメージを術者のMPを使って引き受けてくれる防御魔法だ。術者にとってMPとは生命線。この魔法を自分以外に使うことは非常に大きいリスクとなるわけだけど、先ほどまで言い争っていた私をそうまでして何で守ってくれるのだろうか。
「……勘違いしないでください。あなたを守るよう、お兄様から厳命されているだけです」
早口で「わたくしも不本意なのですけど」と付け足してプイッと顔を逸らす千鶴ちゃん。何て律儀な子なんだろう……それに良質なツンデレの匂いがする。この子はもしかしたら、私のライバルとして相応しい子かもしれない。
逸らした顔は一体どんな表情をしているのか。回り込んで覗こうとトライアンドエラーを繰り返していると、突然、大きな爆発音が響いてきて驚いてしまう。
その方向を見れば、いつの間にかプロテクターを付けた雲母お姉さまが両手を広げて立っていた。破片が来ないよう庇ってくれているのだけど、その後ろ姿がカッコいい……ってそんなことを考えている場合ではない。
会場の入り口にはテーブルの木片や破片などが飛び散っており、砂埃が巻き上がっている。その中を、白いコートを来た十数人の集団が悠々と歩いてきた。本当に……神聖帝国がやって来たのだ。
驚くべきは、その集団に守られるように真田様の顔があること。チャームポイントだった眼鏡はかけておらず、テレビや雑誌で見たような優しい笑みもない。酷く冷たい顔をしている。
「裏切った、ということですわね」
「カラーズ……元々信用ならない組織ですので驚きなどありません」
真田様の顔を見た雲母お姉さまは重い息を吐くように裏切りと結論付ける。その一方で千鶴ちゃんは全く表情を変えず、細やかな刺繍の入った黒のローブを羽織って魔石のついた杖を向ける。吐き捨てるような言い方からして、カラーズと千鶴ちゃんとの間には何か因縁があるように思える。
しかし私にとっては膝が震えるほど大ショックである。全てを投げ出して今すぐにでもお布団に頭から潜り込みたい気分だ。信じたくない……でも、あの真田様の顔を見ればきっと恐らくそういうことなのだろう。はぁ……残念だ。
白コートは15人ほど。体格は様々だけど仮面とローブのせいでジョブは特定できない。そんな彼らを九鬼様率いる同数の金蘭会が迎え出る。
金蘭会は上位団体カラーズも兼任する精鋭メンバーが複数人在籍しており、実戦経験も豊富な攻略クランだ。私が以前に戦ったあの人も……いた。たとえ神聖帝国、そしてカラーズ副リーダーの真田様であってもそう簡単にはやられないと信じたい。
私を含め会場の皆が固唾を呑んで見守る中、九鬼様の隣に立つ付き人が巨大な剣を手渡す。龍種をも真っ二つに斬ったと言われる国宝・斬龍刀だ。重さは優に数百kg。九鬼様はそれを片手で掴むとくるりと回し、床に突き刺してから問いかける。
「一応、聞いておくか……何故、裏切った?」
「誤解ですよ九鬼さん。私は裏切ってなどいません……何故なら――」
九鬼様の問いに軽く首を振って否定する真田様。しかしその顔には嘲笑が含まれている。
「最初からあなた方を仲間などと思っていないからです。ここで惨めたらしく死んでください。死体は有効活用させていただきます」
「……そうか。それともう一つ、霧ケ谷はどうした」
霧ケ谷……ゲートについて説明していたちょっと目つきの悪い人のことだ。はたして神聖帝国を呼び寄せた主犯格なのか、ただ真田様に騙されただけなのかは分からない。おにぃによれば元ソレルのクランリーダーとのことで私には悪いイメージしかないけどっ。
「彼ですか。こちらにつくよう説得はしたのですが何分頑固者のようで、痛めつけて適当に転がしていますよ」
「まだ生きていたか。なら、お前らを始末した後で叩き起こしにいくとしよう。あいつはカラーズの未来だからな」
「……ほう?」
元ソレルの暴れん坊がカラーズの未来だなんて……断固反対したい。そんな思いを置き去りにするように事は進んでいく。
膨大な魔力を噴き上げた九鬼様が手に持った斬龍刀を真横に一振り。それだけでつむじ風のようなものが吹き荒れ、近くに並んでいたテーブルと椅子が吹き飛ばされていく。私より遥かに上のSTRがなければできない芸当だ。
対人戦能力においてはカラーズリーダーのコタロー様以上とも言われ、放たれる怒気と魔力からそれが真実なのだと分かる。数十m離れたこの場所にいても胸の内がビリビリと震えて逃げ出してしまいたくなるほどだ。間近で睨まれたら気絶するしかない。
だけど神聖帝国側は誰一人として九鬼様に怯む様子を見せておらず、それどころか首を鳴らして怪しく輝く大剣を抜く者や、濃密な魔力を纏う者もいる。まるで「一刻も早く戦わせろ、楽しませろ」と言わんばかりだ。
集団の放つ巨大な《オーラ》がうねりとなって暴風のように荒れ狂い、今まさに戦闘が始まろうとしている。見た限りでは白コートのほうが魔力総量が大きいように思えるけど――
「華乃さん、こちらへ」
呼吸を忘れて見ていると、雲母お姉さまが手を引いてくる。いつの間にか会場の隅にテーブルで作ったバリケードと障壁のようなものが張られており、魔術士達が杖を掲げていた。
会場には冒険者でなかったり、レベルをあまり上げていない招待客もいる。一流冒険者の放つ強大な魔力はそういった人達の精神を蝕んでしまうため、簡易的に魔力を遮断する待避所を作ったそうだ。
そこへ手を引かれて入ってみれば、口で小手の紐を締めている六路木様や、ドレスの上から簡易的なプロテクターを付けた御神様もいた。
「……どうやら九鬼はシロだったようだ……ふぅ。だが金蘭会だけでは手に余るだろう、私も行くとしよう」
「戦える方がいらっしゃいましたら、どうぞ六路木様と共に。状況を見てわたくしもサポートいたします」
六路木様が燃え盛るような魔力を放つ刀を鞘から引き抜き、障壁を越えて歩いていくと、御神様の声に呼応した冒険者達も次々に立ち上がってその後に続いていく。武具は純ミスリル製やマジックアイテムなど非常にハイレベル。そのことから彼らも金蘭会メンバーに匹敵する強者なのだと分かる。
だけど神聖帝国の戦闘技術には未知が多く、レベルも恐らく上。これから行われるものは間違いなく厳しい戦いになる――いや、そうなる前に殺される可能性すらある。
それでも六路木様に続く者が多いのは追い詰められたからか。それとも愛国心、あるいは勝算があったりするのだろうか。いずれにしても死地へと向かっていく冒険者達の目に迷いはなく頼もしさすらある。せめて彼らが無事に戻ってこられるよう心の中で祈っておこう。
会場の中央では何十人もの集団が向かい合い、殺気が膨れ上がる。まさに一触即発だ。だというのに私の心臓の鼓動がうるさく聞こえてくるほどの静寂に包まれている。
時が止まったのだろうか――と思った瞬間、最初に火蓋を切ったのは雷光のような煌めくスキルだ。
交通事故が起きたような衝撃音と地響きが鳴り響き、速度を落とさず飛んできたコンクリート片が目の前の障壁にぶつかってパラパラと落下する。神聖帝国側が一撃死を狙った全力のウェポンスキルを放ったのだ。
砂埃が立ち昇る中、九鬼様を中心とした金蘭会が右へ展開し、六路木様達は合わせて左へ展開する。個々の能力が高い神聖帝国に対して、必ずツーマンセル以上で対応している。数が多いことを利用した挟撃戦術だ。突然始まって何も打ち合わせができなかったにもかかわらず、これほどまで連動し動けているのは驚くしかない。
戦闘が始まったことでスタッフ達は急いで招待客を裏口から避難させようとしたけど、御神様の判断で避難させないことに決まった。理由は中階層にも白コートが巡回しているし、それ以前にここでの戦闘に敗北してしまえば追いつかれて皆殺しにされてしまうからだ。
結局はここでの勝敗が全て。それなら目の届く範囲に集まっていた方が守りやすいという判断なのだろう。でも戦闘の勝敗にかかわらず、悲惨な未来を回避する手段は残されている。
「(魔法陣があるって言ってたっけ)」
ビルを丸ごと消し去るような強力な攻撃魔法陣。それ以外に通信を妨害して孤立させている魔法陣もあると、おにぃが言っていた。それさえ何とかすれば外からいくらでも応援を呼べるので生き残る未来が生まれる。
ただしそれには魔法陣を無効化し、応援が到着するまでの時間が必要となる。神聖帝国相手にその時間を稼ぐことは……はたして可能だろうか。
戦いを見る限りでは神聖帝国の実力は想像以上だ。九鬼様や六路木様が斬り合っているのにまだ一人も倒せていない。さらに厄介なのは真田様ともう一人のボスらしき人はまだ戦闘に参加していないことだ。
真田様は高い回復能力とサポート力を併せ持つ日本最高峰のサポーターだ。仮に戦闘に参加すれば即死以外は回復できるので強引なパワープレイを取れるようになるし、様々なバフで火力も防御も底上げされるため集団としての戦闘力も跳ね上がる。カラーズを本当の意味で指揮し動かしていたのは真田様なのだ。
対して一人目立つ銀色の仮面を付けている白コート。魔力は何も発していないけど私の直感が「あの人が一番ヤバい」と告げてくる。六路木様もあの人の間合いにだけは入らないよう動いているように見える。
何故戦闘に参加せず見ているだけなのかは分からないけど、時間を稼ぐという意味ではありがたい――そう、思っていたのに。
戦いが始まってから1分も経たないうちに負傷者が出始める。動けない者は集団戦において弱点になるため、御神様が急いで指示しスタッフを回収に向かわせる。問題は死者が出た時だけど、傀儡にするスキルもあるので難しい判断を迫られることになりそうだ。
戦闘はより激しさを増し、絢爛に飾り付けられていた会場はズタズタとなり見る影もなくなっていく。その中央では九鬼様が白コートを何人も引き付けながら巨大な大剣を振り回し、六路木様も恐ろしいほどの魔力が乗った斬撃を浴びせており、獅子奮迅の活躍だ。
しかし神聖帝国側も日本最強格の冒険者に一歩も引かない戦いを見せている。個々の能力が高すぎるのだ。おかげで負傷者も次々に出て、早くも隊列に綻びが見えてきている。このまま見ているだけでは敗北してしまうのではないかと焦燥感にかられてしまう。
隣にいる和服少女も私と同じように感じているのか、先ほどから盛んに魔力を練っている。
「ねぇ、千鶴ちゃんも戦うつもりなの?」
「……千鶴です。もしものときは、わたくしが時間を稼ぎます。あなたは裏口から逃げてください」
戦いを真っすぐに見つめたまま私に「逃げろ」と言う。その大きな目には決意と覚悟が浮かんでいた。
いいところのお嬢様なので窮地に陥れば弱さを見せるのかなと思っていたけど、私が考えるよりもずっと強い子なのだ。未来のライバルが命をかけて戦う覚悟を決めたのなら、私だって何もしないわけにはいかない。だけどこの状況で何ができるのか。
おにぃからは「絶対に人前で本気を出すな」と何度も言われているので全力戦闘は駄目。でも命の危険が迫っているのなら「一部力の解放はやむを得ない」とも言われている。今がその状況だろう。
バレないスキルといえば……あれがいいかな。
宴会芸として何度か使ったことはある。でも実戦では一度も試していない。それでもおにぃからは一通りのことを教えてもらっているし大丈夫だろう。どこかいい場所はないかと周囲を見渡し、テーブルと瓦礫が積み上がった誰にも見えない場所目掛けて、ひっそりと魔力を流し込む。
「(さぁおいで、私の強くて可愛い……《ハンドメイドゴーレム》! )」
淡い光を放つ魔法陣が床に浮かび上がると、白銀の鎧が音を立てずにひっそりと這い出てくる。大きさは私と同じくらい。純ミスリルだけで作ったので表面は鏡のようにツルツルだ。
ゴーレムは魔法に対しては弱いものの物理攻撃に滅法強く、前衛が多いこの戦場ではかなりの戦力になるはず。見た目も天摩お姉さまの全身鎧を参考にして形作ったので冒険者にしか見えず、スキルで作ったものだとは分かるまい。これで白コートを1人でも倒せれば、形勢はこちらに傾く可能性も……ふっふっふ。
会場内を颯爽と駆け回るゴーレムの姿を想像しながら前を振り向けば、千鶴ちゃんが目を見開いて私のゴーレムをじーっと凝視していた。