147 サーヴァント
『客じゃねーか。なら俺らも遊んでもいいということだな、やったぜ』
『でもまだ若いわ、見た目も何だか弱そうだし』
『……じっくり丹念に恐怖と絶望を埋め込んでいけば……良質なサーヴァントになる可能性も、ゼロではない』
獲物を見つけたかのように喜色を浮かべ、武器を手にする神聖帝国の白コート達。両刃斧を持つガタイの良い男に、先端が骸骨になっている短杖を手に持つ女、そして機嫌よく細身の剣をゆらゆらとさせている長身の男の3人だ。
コート以外は武器も身なりもバラバラで共通点などないが、こちらに向ける好奇心とギラついた悪意は一致している。それぞれが思うがままに《オーラ》を放出し、強烈な魔力の波動が俺の体を突き抜ける。
胸の奥底にビリビリと響くこの感覚からして、レベル30を超えている実力者だと推測できる。つまりは、格上三人を同時に相手しなければならなくなったわけだ。
これはどう見ても絶体絶命、というわけでもない。俺にだって味方がいる。上手く連携できれば格上とて倒せないことも――
『ひぃっ! ぼ、僕はコイツに、無理やり連れてこられただけなんですっ! 僕だけでいいのでどうか助けてくださいっ!』
強力な魔力の波動を前に、ひっくり返って腰を抜かし命乞いする馬鹿貴族、真宮昴。格上の《オーラ》は人の心を簡単に砕く力があるのは知っているが、こうもあっさりと手のひらを返すとは。
ここに来るまで「敵は神聖帝国だ」と伝えても不敵な笑いを見せていたし、酷く損傷した死体を前にしても動じなかったので少しはできる奴かと思っていたら……何も考えていなかったっぽいぞ。こいつを信じた俺が馬鹿だった。
今からでも土下座したら許してくれないかと上目遣いで白コートの様子を窺うが……口元を歪めギロギロと嘗め回すような表情をしており、見逃してくれる可能性は限りなくゼロに近いと思われる。絶体絶命とはこのことである。
『あらぁ、そっちの民族衣装の子は良い表情ね。でも私のサーヴァントに弱者は要らないわ、さっさと殺してしまいましょう』
『一匹くらい日本人を飼ってみたいと言ってただろ、とりあえずキープしておけばいいんじゃねーのか?』
『ぼ、僕は……生きなければならないんだーー!!』
絡みつくような殺意に完全に飲まれた真宮は、意味不明なことを叫びながら四つん這いで階段の方へ逃げていく。そのあとを長身の男が『あいつはまかせろ……』と言って追っていくが、俺には見ていることしかできない。何故なら――
『さぁ、いらっしゃい《ライズ・デッド》』
女がスキル名を唱えながら両手首を返すと、纏っていた黒い《オーラ》が2つの髑髏となってコンクリートの地面に着弾する。その直後に現れたのは、赤と黒の明滅を繰り返す2つの魔法陣だ。
間を置かず、血色の悪い腐りかけの腕が突き出してくる。
這い上がってきたのは有刺鉄線にぐるぐる巻きにされているマジシャンタイプの男の死体と、髪と体中を乱雑に切られたレンジャーらしき女の死体。首を不自然な動きでカクカクと回すと濁った瞳を俺に定め、憎悪に染まった息を吐きながらゆっくりとした動作で身構える。
『ほらぁ、お友達になるかもしれない子よ。一緒に遊んであげて?』
「ァ……ア゛……」
「ォ゛ー……ァ゛ー」
灰色の皮膚に、いくつもの深い傷痕から滲み出る黒い血。人間をここまで激しく痛めつけて、あまつさえ携帯して持ち歩いているとは一体どんな精神性をしているのか。こうまでして人間をサーヴァント化する意味があるのだろうか。
死体というものはダメージを負っても回復できないため、召喚獣や精霊と違って基本的に消耗品である。ゆえに人間のような能力差が激しく替えも効かない個体で戦術を組むよりも、均一的な能力で補充のしやすいモンスターで組むほうが長期的には戦力が安定する。
それに人間は耐久性が低すぎる問題もある。モンスターならばHPやVITが数倍高い個体が多く、強力なモンスターの攻撃にも耐えることができる。
もちろん人間のサーヴァントにもメリットはある。武具を共有できたり、特殊戦術を組むことができたりする。ダンエクでも好んで人間を襲って蒐集していた死霊使いもいたが、やはりデメリットのほうが圧倒的に多く、縛りプレイの範疇であった。
もしかしたらこいつらは【死霊使い】の特性をまだ把握できていない可能性があるな。もしくは単に頭がおかしい集団なだけかもしれないが。
そうやって死体から情報を収集し読み取ろうとしていると、斧使いの男が俺の顔を覗き込むように見てきた。
『スヴェトラーナ、こいつそんなにビビッてなさそうだぞ。やっぱりその死体共が軟弱に見えるんじゃねーのか』
『口を慎みなさい、カフカ。どちらもEU戦線で同胞を何人も打ち破った強力な兵士よ、このガキに見る目がないだけだわ』
斧で扇ぎながら男が茶化すように声をかけると、女はイラついたように静かな怒気を放つ。あの二体の死体は東ヨーロッパ戦線で活躍し、何人も神聖帝国の戦闘員を屠ってきた兵士らしい。
そして何やらサーヴァントの枠にまだ空きがあるようで、その枠に俺が相応しいか見極めようとしているようだ。どうやって恐怖や絶望を与えようかと目の前で堂々と議論していやがる。断固反対したい。
とはいえ戦闘はもう避けられそうになく……口に巻いていたハンカチを取り去り、戦闘に備えてマジックバッグ化したポケットから剣を取り出しておく。
(真宮の助けには……行けそうにないな)
逃げて行った方角をちらりと盗み見る。庶民の俺にも気さくに話しかけてくれる珍しい貴族だった。悪い奴ではないので駆けつけてやりたいけど、先にこいつらを何とかしないとどうにもならない。
「……ァ゛……ァ……」
先ほどから俺の魔力移動に対し、後ろのサーヴァントが機敏に反応している。絶対に逃がさないという意思表示だろうか。こいつらも神聖帝国に良いように使われて哀れだし、できることなら解放してやりたいが……何ならそこに転がって気絶している霧ケ谷も助けてやらなくもないが、まずは俺が生き残らなければ話にならない。
といっても4対1で普通に戦えば俺の敗北は必至。逃げるとしても骨が折れそうだ。しかしすぐには戦闘に入るつもりがないのか、斧を持つ男が悠長に話しかけてくる。考える時間をもらえるならありがたい。
『ところでお前は金蘭会のモンか? つーか俺の話す言葉は分かるか?』
『……目的はなんだ。なぜこんなことをする。こんなに暴れて――』
『おう、言葉は通じそうだな』
カフカは俺の質問に答える気がないようで、帝国語を理解できると分かると――実際にはアイテムの力で通訳してもらってるだけだが――満足そうに笑って『アレを見ろ』とモニターの1つを指差す。
画面には神聖帝国の白いコートを着た人物が複数映っており、その前方には貴族らしき人物が首を刎ねられ血だまりの中で倒れていた。他にも犠牲者がいるらしく一帯は血塗れだ。まだ数人ほど生き残っているものの、しゃがんで泣き叫んでいる様子から状況は絶望的のようである。
画面の右上には“37F”という文字が映し出されていることから、恐らく37階の映像と思われる。
『もう始めていたのね』
『真っ先に逃げ出した貴族への見せしめだな』
すぐ近くに俺がいるというのに、斧使いの男と死霊使いの女はこちらを見ずに話をしている。大した余裕である。このまま見逃してくれないかとこっそり願っていると、先ほどのモニターに果敢にも攻撃を仕掛けていく男が映った。
いくつかフェイントを交えて映像でもブレるほどの速さで白コートの背後に回り込むと、流れるようにウェポンスキルを放つ。その動きだけでも相当な経験を積んだ人物だと分かるが、神聖帝国側は男の動きを完全に読んでいたようで、一人が斬撃を防ぐと別の奴が挟み込むように剣を振るい、次々に貫かれてしまった。
あれほどの使い手であったのに簡単に葬られ衝撃を受けたが、本当の衝撃展開はそこからであった。
近くにいた白コートが手を突き出して何かを唱えると、血を吐き倒れていた男の死体が黒い炎を上げてゆらりと立ち上がる。青ざめた顔には生気の欠片も無く、剣がいくつも突き刺さったままなので今もなお血が吹き出ている。カクカクしい動きも相まってゾンビ映画の出来上がりである。
それを目の当たりにした招待客は恐怖心を抑えきれなかったのか悲鳴を発するが、それも一瞬のこと。サーヴァントとなった男は胸に刺さっていた剣を抜き取って振りかぶり、招待客に向かって一閃。“37F”のモニターは、吹き出した鮮血と共に完全に沈黙した。
どうやらこのショッキングな映像はパーティー会場にも流れていたらしく、“55F”と書かれたモニターには頭を抱えて怯える招待客の姿が映し出されている。蹲ったり逃げ出そうとエレベーターに駆けつける者もおり大分混乱しているようだ。あの場には華乃もいるはずだが、怖がって震えているかもしれない。
『ったくよぉ、さっきの奴は金蘭会だったからもう少しやると思ったのに……やっぱこの国には雑魚しかいねーのか』
『リストに載ってない人物は、大して期待できそうにないわね~残念』
先ほどサーヴァントにされた手練れの男でも、こいつらにとっては期待外れだったらしい。確かに敵集団のど真ん中に誘い込まれたような感じだったし、タイミングも悪すぎた。
かといってあの状況から一発逆転するには決死の覚悟で飛び込むくらいしか手がなかったとも言える。それよりも神聖帝国側の動きが予想以上に良かったことを警戒すべきか。
『だけどあの真田って男も相当に頭がイカれているわ、仲間だった者達をこんなに酷いショーに巻き込むだなんて』
『おかげで派手に遊べる機会を得られたんだ、感謝しねぇとな』
『ええ、これで実験もたっぷりできるし、素体も取り放題♪』
話している内容から察するに、このビルにいる主要人物は全てリスト化しており、殲滅と同時に神聖帝国の新たな戦略ジョブ【ネクロマンサー】の実験場にするつもりのようだ。そういう意味で金蘭会は死体化するにしてもデータ収集するにしても丁度いい相手なのだろう。
他のモニターにも招待客を惨殺している映像が映り始めた。すでに俺が見ている間だけでも死者は20人超。脱出ゲームとやらが本格的に開始されたようだ。“鬼”というのは神聖帝国の戦闘員のことだったらしい。
魔法陣によってビル全体を閉鎖空間に仕立て上げ、タイムリミットを設定し、恐怖と絶望のどん底に叩き落す。その非道なやり方は真田が計画したことだというが、金蘭会とカラーズに対する途方もない憎悪が感じられる。しかし――
(どうしてここまで変わった……ゲームと違いすぎるぞ)
一人も死なず平和裏に終えたダンエクの金蘭会クランパーティーと、この世界のクランパーティー。中身があまりにもかけ離れていて戦慄するほかない。これほどまでゲームシナリオから逸れた原因は何だ。“ゲート”がバレたことによる余波なのか。この惨事の引き金を引いてしまったのは俺なのか……?
呆然としてモニターの前に立ち尽くす俺を見て、男は機嫌を良くしたのか、魔力解放を強めて斧で首を搔っ切るポーズをする。
『ちょっとは絶望してくれたか? このビルにいる奴らは一人も逃がさねぇ……全て殺す。お前の上司のクキも、この国の連中が縋っている【侍】ロクロギもだ。で、こいつ何レベルだよ』
俺のレベルを聞かれた女が無遠慮に《鑑定》の魔導具を向けてくるが、《フェイク》で素性を隠しているのでスキルやジョブは看破されないはず。案の定、情報を掴めなかった女は首を振ってお手上げのポーズをする。
『――レベルは25だけど《フェイク》を持っているせいでそれ以上の情報は分からないわ。もしかしたら金蘭会ではなくて日本の暗部かしら……』
『この場所に来るくらいだからちょっとは期待したんだが、レベル25とか雑魚じゃねーか。ガッカリだぜ』
『でも暗部のスキルを持っているなら使い道はあるわ。どのくらい戦えるのかテストしましょうか……ちょっとくらいは頑張ってみてね、サーヴァント候補君?』
二人の戦闘員は俺の状態を一通り確認すると『テストしてやる』といって椅子に座り見物モードに入りやがった。こっちの都合をどこまでも無視する二人に何か言い返してやろうかと思う間もなく――
――俺の斜め後ろ方向で眩い光が煌めいた。
髪の毛を何本か持っていかれたものの、とっさに身を捻って躱す。顔を上げてみればレンジャータイプのサーヴァントが地を這うように低空飛行で突進し、サバイバルナイフを目の前に突き出していた。
振り落ろしてた斬撃を手に持った片手剣で慌てて受け止めると、互いの武器が激しくぶつかり合ったことで火花が散る。つばぜり合いをしながら睨み合いとなるものの、徐々に押されていく有様。
STRは俺より上、体幹にブレがなく戦闘技術も高い。生前はさぞかし名の通った使い手だったのだろう。
パワーのある相手に掴まれると厄介なので、間合いを広めに取って数回ほど武器を打ち合わせる。要所で横方向から飛んでくる魔法弾を躱しつつ、魔法の射線上にレンジャーを置くように立ち回りながら、STR強化スキル《フレイムアームズ》を唱えて対抗する。
『随分と手慣れていやがる』
『集団戦……いえ、戦争の経験がありそうね。でも私のサーヴァント達はレベル30よ。レベル25に負ける要素はないはずだけど……』
浅くだが俺の剣がレンジャーの脇腹を掠め、黒い血を吹きながらも剣の応酬が続く。2対1とはいえ押しているのは明らかに俺だ。《フレイムアームズ》を使っても俺より若干STRは高いが、フェイントを全く仕掛けてこないため攻撃が単調。そのせいで攻撃タイミングが非常に読みやすくなっている。
この戦いを見ても何もせず椅子に座ったままのスヴェトラーナ。あの女は【死霊使い】というジョブ特性を深く理解していないようだ。
知能が衰え、感情も無いサーヴァントは攻撃判断が機械的になり、生前あった戦闘経験を半分も発揮できない状態となる。本来ならそれを補うために術者の戦闘経験を上乗せするよう細かく指揮し、肉を切らせて骨を絶つような集団戦術を敷くのが【死霊使い】の定石だ。
にもかかわらずサーヴァントだけに戦わせ、俺に押されていることに納得がいっていない模様。当然、親切にアドバイスする気など毛頭なく、一気に勝負を付けさせてもらう。
「……ァ゛……《ライトニング・スティング》」
「さっさと天に――」
向かい合った状態からレンジャーが身を屈め、短剣スキルを発動。手に持ったナイフが3つの稲妻となって襲い掛かってくる。
だが指揮されていないがゆえに斬撃軌道に捻りはない。もう一方のマジシャンに大魔法を撃たせないよう魔法弾でけん制してから、俺も力強く踏み込んで加速する。
回転しながら最初に着弾する稲妻を鼻先で躱し、二発目の稲妻の軌道に剣を斜めに置いて逸らし、もう一歩間合いを詰めると同時に俺もウェポンスキルを発動する。
「――還りやがれぇ!《ボーパルスラスト》!!」
最後の稲妻をスキル使用者ごと切り裂く、高速三連斬撃。高密度の魔力が迸り、レンジャーの首と上半身を切断する。頭が地面に落ちるわずかな瞬間、微かな光が瞳に灯ったような気がした。
それを確かめようとする暇などない。すぐ近くでマジシャンが膨大な魔力を収束させたため、瞬時に意識を切り替える。俺のスキル硬直に魔法を重ねようとしているのだ。
「……《ファイアランス》」
「《スウェイ》」
青白い魔力を纏った獄炎の槍が、閃光を伴って噴射される。スキル硬直をダッキングスキル《スウェイ》で打ち消して大きく回避し、お返しとばかりにこちらも魔法弾を放ちながら一歩ずつ距離を縮める。格上マジシャン相手に魔法戦なんてしていられるわけもなく、当然接近戦を狙っていく。
十数発の眩い魔法が交差し、数mほどの距離まで近づくことには成功するが、そこから先には踏み込めない。円を描きながら互いのバランスを崩すような撃ち合いに持ち込まれてしまう。この立ち回りだけでも相当な数の戦士を相手にしてきたと分かるが……やはり機械的だ。
ほんの少しバランスを崩して隙を誘うと案の定、飛びつくように大技を撃ってきやがった。俺の足元に極小の魔法陣が現れたと思ったら一瞬にして2m大に膨れ上がり、眩しい光を放って煌めく。
「……ゥ゛……《フレイムストライク》」
千度を超える強烈な熱と直視できないほどの光を放つ設置型火炎魔法。予想以上の速さで噴出してきたので多少焦ったものの、問題はない。この状況は読んでいたのですでに前傾姿勢だ。そのまま地面を蹴り上げて無防備のサーヴァントに突進する。
懐に入る直前に拳が飛んできたので斬り捨てる。黒い血を噴き上げながらももう片方の手で置き土産のように魔法を放とうとするが、その前に首を斬り落として――終わりだ。
どちゃりと地面に崩れ落ち、急速に魔力を霧散させるマジシャンだったそれ。死体とはいえ実物の人間を斬るのはすこぶる気分が悪い。だがお前達もあいつらに良いように使われるよりかはマシだろう。
荒い息を落ち着かせて次に備えていると、整ったブロンドの髪を掻きむしるように頭を抱える女。まさが俺が勝つと思っていなかったのか、殺意を青い目に浮かべる。
『私のサーヴァントが二体とも! どうしてレベル25なんかにやられるわけ!?』
『残念だったな。だがこいつを新たなサーヴァントにすりゃいいだけの話だろ』
『そうね、でもただでは死なせない。じっくり痛みと恐怖を味わわせて最高の状態でサーヴァントにしなきゃ……』
カフカが白いコートを脱ぎ捨て、獰猛な笑みを浮かべながらマジックアイテムらしき斧に魔力を込めると、スヴェトラーナは自身にバフをかけながら憎悪を込めた瞳で俺を睨む。まるで俺が悪いことをしたかのようである。
(さてと、ここからが本番だ……)
二体のサーヴァントは本来の実力を出しきれないまま比較的楽に倒せた。しかしこいつらはそうもいかないだろう。俺の勘が、このまま戦いになれば敗北する可能性があると言っている。しかし疑問だな。
ここは東京のど真ん中。ビルの外には神聖帝国を危惧し、神経を尖らせている者が多数いる。そんな状況でこれほどまでの騒動を起こせば高確率でバレるのではないか。たとえこの騒動がバレなくても通信が途絶えれば、冒険者や軍が駆けつけてくることだって十分にありえるはず。
なのにこいつらは気にもかけていない。こんな見晴らしの良いビルの屋上で堂々と神聖帝国メンバーが集まって会議をしていたし、隠匿ジョブ【死霊使い】のスキルも使って見せた。情報流出が怖くないのか。
そう聞いてみれば――
『“通信妨害”だけじゃねぇ。“人避け”に“魔力障壁”、“幻影”の魔法陣まで張っているからな。お前ら程度じゃ危ないと分かっていても察知できないし、駆けつけるどころかこのビルにすら辿り着けないぜ』
『ついでに言えば、この屋上は誰にも覗けないし盗聴もできない魔法陣が張られているので~す♪ 坊やがどんなに大きな声で助けを呼ぼうと、泣き叫んでも……誰にも気づいてもらえないの。お・分・か・り?』
顔を狂喜に歪めながら懇切丁寧に教えてくれるカフカとスヴェトラーナ。つまりこのビルで起こっていることは誰にも察知できず、近づけもしない。この場所に至っては外から見ることすらできないようだ。だからモニターを置いて堂々と会議していてもバレないらしい……なるほどな。
ベラベラと喋ってくれる情報と周囲の状況を見ながら摺り合わせていると、カフカがおかしなものを見るように笑い出す。
『まだ恐怖を感じてねぇのか。ならお前に教えてやるよ、神聖帝国が何故、世界最強の冒険者大国と言われているのかをな……《バーサーク》……』
両刃斧を高く掲げてカフカがスキルを放つと、赤黒い魔力が放射状に放たれ、軋むような音を立てて空気が歪みだした。
『《ライズ・デッド》……さぁおいで、私の最高傑作……英雄ラーシャ』
黒い魔力で縁取られた魔法陣から多量の魔力が垂直に吹き出すと、闇夜の中でも光り輝く白銀のフルプレートメイルが這い上がってきた。英雄ラーシャと言ったか……俺のゲーム知識に該当する人物はいないが、一体どこのどいつだ。
斧使いが先ほど使ったスキルも、死霊使いが呼び出したこの死体も、恐らくは神聖帝国の最重要機密ではないのか。バレないことをいいことにやりたい放題である。
そしてあの目。己の敗北など微塵も疑わず、標的をいかに恐怖させ、どう惨殺するかしか考えていない殺人者の目だ。
ダンエクでも隔絶した力を持つプレイヤーは何人もいたが、より高みを目指し強者を絶えず求めていた生粋のチャレンジャーばかりだった。だがこいつらは弱者をいたぶることしか考えていない。実際に目の当たりにすると反吐が出る。
別に俺が手を下さなくても、ゲーム主人公である赤城君やピンクちゃんが成長すれば、こんな奴らはいずれ排除してくれるだろう。だがそれまでに神聖帝国の奴らは多くの人を巻き込み気の向くまま殺してしまう恐れがある。そも、このような状況になった責任は俺にもあるし、ここは無茶をしてでも止めるべきだろうな。
『さぁ、絶望のどん底へ落ちる準備はできたか?』
『たっぷりと可愛がってあげる。頑張って生き延びてみてね、望みをすぐに捨てては駄目よ? 《アイアン・メイデン》』
カフカが牙を剥くように笑い、狂気に染まった魔力を叩きつけてくる。一方、スヴェトラーナが魔法を唱えると上空のいずこから鐘の音が鳴り響き、連鎖するように英雄ラーシャが血を吹き出す。魔力を大幅に引き上げる強化魔法だ。どちらにしても醜悪極まりない魔力である。
だが、やりたい放題というのはお前らだけの専売特許ではない。何でもありというのなら俺だって出し惜しみはしない。見せてやるよ、ダンエクで培ったプレイヤーの全力を。
あ、でもその前に――
『あのぉ……まだ準備ができてないので、少しだけお時間いただけます?』