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145 にやけ面の真宮昴

「あのぉ……なんでついてきたんですかね?」

「君も真田様の様子が気になったんだろう? 僕と君の仲じゃないか、一人で行くだなんてつれないなぁ」


 背後に立つ黒狐の仮面についてきた理由を問いかけると、仮面を外してにやけた童顔を晒す真宮(しんぐう)(すばる)。“脱出ゲーム”には真田が関与していると考えていたところ、俺が動いたのを見てついてきたとのことだ。

 

 つれないというが、今日初めて会ったばかりな上に、庶民と貴族――それも子爵家当主と立場がかけ離れすぎている。仲も何もないと思うのだが……そんな不満そうな俺の態度を見ると、真宮は人差し指を左右に振ってチッチッチと舌を鳴らす。


「僕はこう見えても、腕にちょ~っとだけ自信あるんだよ? これでも冒険者中学を卒業した身でね」

 

 ナルシストのように髪をかき上げ、実は冒険者中学出身だと胸を張る。実家の都合で冒険者高校には通えなかったものの、そこそこのレベルはあるのだと説明する。

 

 だが真宮家はダンジョン都市からかなり離れていて、中学卒業後からは全くダンジョンダイブできていない模様。つまりは中学時代から全く成長できていないということだ。

 

 その程度の実力では実戦経験豊富な神聖帝国の戦闘員を相手にするのは荷が重すぎる。来年度に首席で入学してくる真宮妹ならともかく、兄の方では正直足手まといにしかならないだろう。

 

 ではどうやって追い返すか。説得は骨が折れそうなので紐でぐるぐる巻きにして会場に放り投げてやりたいが、こんなのでも子爵家当主なので手荒な真似はできそうにない。相手にしてる余裕なんてないのだが何とか説得するしか――っておいっ。

 

「僕の勘がこっちだと言っている。時間がないんだ、君も急ぎたまえ」


 どう説得するか言葉を選んで考えていると「グズグズするな」と言って勝手に進んでしまう真宮。やっぱり手荒な真似しちゃおうかな~……と心が動きそうになる。もしくは見捨てて俺一人で進む手段もあるにはあるが、さすがにダンエクヒロインの兄を見殺しにはできない。やっぱり俺が警護するしかなさそうだ……はぁ。


「……真宮さん。せめてこのローブを羽織ってください。見つかりにくくなるのでより安全に移動できます」

「おや? もしかしてマジックアイテムか! 分かった。それでは参ろう」


 存在感を低下させるローブを手渡すと、まるで冒険に行くかのように目を輝かせてそそくさと羽織る真宮。もう少し頭のキレる男かと思っていたけど、しょせんは坊っちゃん貴族だったようだ。脱力しかけてしまうが、ここはすでに死地。気合を入れ直して進むとしよう。

 

 

 

 探知スキル《魔力感知(マジックセンス)》を再び発動し、周囲の魔力の動きを一定間隔で確認しながらホテルの廊下を慎重に歩く。

 

 本来なら会場から真っすぐ屋上に上がれる階段はあるのだが、その方向には先ほどから魔力が複数動いている。あれが金蘭会のメンバーであるならまだしも、神聖帝国の戦闘員だったら即戦闘となってしまうので回り道をせざるを得ない。

 

 すぐ隣では身もかがめず、顎に手を当て考えているような仕草で真宮が歩いている。

 

「なるほどね。君は真田様の動向が気になったというより、危険な魔法陣があるかもしれないと確認しに来たわけだ」

「……ええ。奴らが本当にこのビルを爆破するつもりなのか、それで分かりますので。あとは通信妨害も魔法陣によるものなのか、調べておきたいですね」


 先ほどからこの隣の男が勝手に進んでしまおうとするので、話題を振って話しかけたり(なだ)めたりして何度も押し(とど)めている。そのせいで進む速度が遅くなるし、俺のストレスもうなぎ登りである。だが真宮が大して使い物にならない以上、俺が人一倍気を張って頑張らなくてはならない……集中だ、集中しろ俺っ。


 壁を背にし、小さな手鏡を使って曲がり角の先を覗いていると真宮が感心するように話しかけてくる。


「そういえば君はずいぶんと潜入に慣れているようだね。もしかして経験者かい?」

「……いえ、危ない場所なので慎重に動いているだけですよ」


 ダンエクでは敵アジトに単身入り込んで暗殺や財宝漁りなんてざら。潜入回数で言えば年に100回はやっていたくらいだが、さすがに現実では命が懸っているので心臓バクバクである。これも慣れるときがくるのだろうか。慣れたくはないが。


 端末で呼び出したビルのデータを見て現在位置を確認し、突き当りの非常扉をゆっくりと開けると――上の階に行くための非常用梯子(はしご)があった。ここを上がれば54階。さらにその上が屋上となっている。

 

 梯子の強度を確かめてからゆっくりと上がっていくと、後から登ってきた真宮が鼻をクンクンとさせて(つぶや)く。


「うーん? 嫌な臭いがするね。覚悟した方がいいかもしれないよ」

「……」


 そういえばこの鉄が錆びたような重い臭い……血か。つまりは戦闘があったということだ。魔力の流れを感じ取りながら警戒レベルを大幅に引き上げていると、真宮が近くの扉を勝手に開けて入っていってしまった。「もう少し慎重に動いてくれ!」と叫びたくなるのを我慢しつつ、俺も慌ててついていく。

 

 扉の先は暗く、血の臭いが一層濃密に漂っていた。

 

 ライトで照らし見渡してみれば、壁や床、天井のそこかしこに赤黒い血が飛び散っている。戦闘があったというか――

 

「これは酷いね。ただ斬られたというよりは、遊ばれたといった方が正しいかな」


 かつて人だったモノ、その残骸が複数方向に散らばっていた。俺としてはこの無駄に体を損壊する殺され方は少々きついものがあり、直視を躊躇(ためら)っていたのだが、真宮はしゃがんでそれらをじっくりと観察し「拷問でもしたのかな」と淡々とした声で話している。

  

 確かに真宮の言う通り戦って倒すだけであれば、これほどのダメージを負わせる必要はない。人というのは急所を突けばそれだけで動けなくなるし、急所でなくとも手足を切ってしまえば簡単に戦意は喪失する。殺すにしてもこれは明らかに過剰な攻撃だ。

 

 そしてもう1つの問題は、着ている服がどうみてもこのビルのサービススタッフに見えること。スーツの裏には暗器が見え隠れしていることから、この人らは御神が送り出した“くノ一レッド”である可能性が高い。

 

 さすがに生き残っている人はいないと思いながらも周囲を見渡してみると、一人だけ損壊の程度が低い人物を見つける。顔を見ればまだ高校生くらいに若く、もしかしたら冒険者学校の生徒かもしれない。

 

 早速手首を取って脈を確認してみると……弱いがまだある。しかし右腕の肘から先は無く、左足は根元からほぼ千切れており、腹や腿の深い切り傷から血が大量に流れ出ている。これではもってあと数分の命だろう。

 

(試してみるか)


 元の世界ではどう足掻いても救うことのできない致命傷。しかしこの世界でなら不可能ではないかもしれない。


 近くにあった本人の腕と千切れかけた足をくっつけるように配置し、マジッグバッグと化したポケットから回復ポーションを3つほど取り出す。切断部と深い傷を中心に中身を振りかけると――血煙が吹き出し、体がビクッと大きく跳ねる。

 

「……あ゛っ……かはっ!」

「わぉ、凄い効果だね! 相当な高純度のポーションじゃないか」


 (のど)の奥に詰まっていた血を吐き出し、(むせ)るように荒い呼吸を再開させる少女。千切れていた腕と足はまともに接続できたようでちゃんと動いており、青ざめていた顔にも急速に赤みが戻っていく。オババの店で買い貯めていた回復ポーションなのだが、その恐ろしいほどの効力に俺も真宮もびっくりである。

 

 滝のような汗をかきながら少女が意識を取り戻すと、飛び起きて周りを見渡す。しかし周囲の惨状を理解した途端フリーズし、瞳を絶望色に染めてしまう。


「……あなたは真宮様……それと成海様でしょうか。九死に一生を得ました。ありがとうございます……」


 少女はよたつきながらも俺達の前に来て深く頭を下げる。真宮と俺は仮面をしているというのに正体をすぐに見破るとは。どうやら俺達のデータは仮面付きでくノ一レッド内に回っていたようだ。

 

 そんなことを考えつつも何が起こったかを聞いてみると、真田の後を追っていたところに認知できない武器(・・・・・・・・)を持った女が現れ、戦闘になったとのこと。仲間達は恐怖の中で殺されたと言う。マジックアイテムだろうか。

 

 しかしくノ一レッドもそれなりの使い手だったはず。それを一方的に、かつ執拗なまでに攻撃してくるとは。神聖帝国の戦闘員の可能性が高いな。

 

「手も足も出ず……上司と仲間も失い……わたしは――」

「だけど君は生き残り、僕らに情報を伝えてくれた。それは確かな成果といえるね」


 真田の尾行任務に失敗した上に、仲間がこれほどまで凄惨に殺されれば気落ちするどころではないだろう。しかし彼女の証言によって神聖帝国と真田がこの先にいることが確定となった。やはり屋上に魔法陣があるという読みは合っていたのだ。


「彼女たちの(とむら)いは後だよ。ここから先は僕らに任せて、君は戻って仲間に報告しなさい。いいね?」

「はい……真宮様これを。今は何故か繋がりませんが、我々が使っている情報端末です」


 くノ一レッドが通信用に使っていた小さなペン型タイプの端末。今は妨害されて使えないが、キララちゃんと連携が取りやすくなるかもしれないのでもらっておこう。というか真宮よ、「僕()に任せて」って全部俺がやることになりそうなんだけど。

 


 

 少女が深く頭を下げて思いつめた表情で去っていくのを見届けると、再び神妙な面持ちになって考え始める真宮。

 

「彼女らをやった女というのは帝国人だろうか……そしてその女は真田様と組んでいたわけだね?」

「その可能性は高いと思います」

 

 この高層ビルに神聖帝国の工作員やら戦闘員が多数潜んでいることは、キララちゃんから確認済み。そしてゲームでも真田と神聖帝国は組んでいたわけで、この世界でも同じように組んでいると考えたほうが自然だ。

 

「神聖帝国が金蘭会を裏切ったのは、転移装置を独占したいからだよね。でもこんな(むご)たらしい殺し方をしてまで何が狙いなんだろうか……心当たりはあるかい?」

「やりたい放題でしたね、まるで恐怖を(あお)るような」

 

 世界中の転移装置から利益を吸い上げるためには、多くの人手と元手がいる。金蘭会はそれらを解決するために神聖帝国の力を借りたわけだが、神聖帝国としては毛ほども協力するつもりはなく、何なら力ずくで全てを奪ってしまおうと考えたわけだ。


 そのためには金蘭会が邪魔であり、一堂が集まるクランパーティーを利用して招待客の関係者もろとも消すつもりなのかもしれない。だから殺人現場を隠すつもりなどなく、これほどまであからさまに殺したのではないか。


 そのように伝えると真宮は首を傾げて新たな疑問を口にする。

 

「なら何故“脱出ゲーム”なんて面倒なことをするのかな。僕らをまとめて消したいなら、さっさとビルを消滅させてしまえばいいじゃないか」

「……そうですね、それも含めて確かめに行く必要があります」

 

 皆殺しにするつもりなら、問答無用で今すぐビルごと消滅させてしまえばいい。そのほうが証拠も残りにくく、より確実に転移装置の利権を手にすることができる。だというのに脱出ゲームなんていう面倒なことをするのは何故か。脱出されてしまえばリスクだってでてくるはずなのに。


 このシナリオを考えたのは真田か。それとも枢機卿(カーディナル)か。何か狙いがあるのだろうが、情報がないまま闇雲に考えていても仮定に仮定を積み重ねるだけだ。魔法陣の特定と共に確かめに行く必要がある。

 

 ――が、その前に忠告しておこう。


「真宮さん。ここから先は厳しい戦闘になるかもしれません。見ての通り奴らは殺しを躊躇(ちゅうちょ)しませんよ」

「そのようだね」


 ゲームと同じで、このクランパーティーでも誰も殺されることはないと俺は踏んでいた。だが実際にはここまで派手な殺しをやってきやがった。もしこの先で神聖帝国の奴らと出会ってしまえばゲームとは違って高確率で殺し合いとなるだろうし、ビルを消滅させるという発言もブラフではないと考えるべきだ。確か20時ジャストと言ってたが……残り時間は45分くらいか。

 

 もちろん遭遇も戦闘も全力で回避するつもりで動くが、出会ってしまえば真宮を守る余裕などなくなる。もし危なくなれば俺は真宮を置いて逃げるつもりだ。


 そう伝えても真宮は怯えないどころか笑みすら崩さない。どっしりと腕を組んで頷きながら俺を真っすぐに見据える。


「僕はこの国の貴族だからね、余所者が好き勝手するのを許してはいけない立場なんだ。それに……このビルには大事な妹と幼馴染(キララちゃん)がいる。そのためになら僕の命を賭けるくらいどうってことないさ」


 あの(むご)たらしい殺害現場を見てもなお、これを言えるのなら大したものだ。単なる坊っちゃん貴族ではないのかもしれない。ならば俺もお前を戦力としてカウントしよう。

 

「……分かりました。俺が先頭を進みます、ついてきてください……《魔力感知(マジックセンス)》」

「うむ、よろしく頼むよ」


 この薄暗いフロアの先に魔力がいくつも動いているのが分かる。その全てを回避し屋上まで辿り着く必要があるわけだが、こうなってしまえば華乃も心配だ。とっとと行くとしよう。


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