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142 ビッグニュース

『これより、我が金蘭会のクランパーティーを開催する』


 金蘭会クランリーダー、九鬼くき一元(かずもと)がパーティーの開催を宣言し、今回の主役が登場したことで多くの招待客が拍手で歓迎する。

 

 最前列に目を向ければ“くノ一レッド”のリーダーであり、伯爵位を持つ御神の姿も見える。ドレスや宝飾で着飾り柔和な笑みで愛嬌を振りまいているが、御神が機嫌を取るほどとはどれほどの人物なのだろうか。気にはなったものの薄暗い上に相手は仮面をしているので、正体は(うかが)い知れない。

 

 拍手が落ち着いたところで九鬼はゆっくりと見渡しながらマイク越しに低音の声を響かせる。

 

『長々と歓迎の挨拶をしてもいいんだが、俺の長話なんぞ聞きたくもないだろう。なので皆様が聞きたい関心事……それを最初に発表し、酒の肴にしてもらいたい』


 てっきり九鬼が説明するのかと思いきや、背後に控えていた部下に顎で何かを伝え、壇上から早々に降りてしまった。代わりに出てきたのは真っ白いスーツ姿に髪をオールバックにした長身の男。サングラスをしているので表情は分かりにくいが、顔にはまだ渋みが出ておらず、かなり若そうだ。


 白スーツの男は若干頭を下げながらサングラスを外し、頭を上げると同時に野心に濡れたギラついた目を覗かせる。明らかにカタギではない雰囲気……暴力の臭いがするぜ。


『初めまして。金蘭会の副リーダーを拝命している霧ケ谷(きりがや)宗介(そうすけ)――と申します。九鬼に代わり、私から説明させていただきます』

 

 霧ケ谷宗介……あいつの情報は既に入手済みだ。ソレルの創設者であり、現・金蘭会ナンバー2。ソレル時代は――といっても数カ月前の話だが――四方八方に喧嘩を売りまくり、ダンジョンに潜るよりも他クランと争っていた時間の方が長いという有様だったらしい。まさに“狂犬”という二つ名がピッタリな男である。

 

 よくあんなゴロツキを傘下に入れたものだと首を傾げたくなるが、それ以上にこの短期間で金蘭会ナンバー2まで成り上がれたことが不思議でならない。金蘭会は一度落ちぶれたとはいえ、今でも多数の下部組織を抱える大規模攻略クラン。霧ケ谷の現状は、零細の子会社から親会社の副社長まで出世したようなものである。九鬼やその周囲を納得させるほどの大事件があったはずだ。

 

 会場にいる招待客も一切の会話を止めて、霧ケ谷の発言に耳を傾ける。前々から噂のあった“ビッグニュース”とやらがやはり気になるようだ。俺も当然興味があるので大人しく耳を澄まし聞いてみるとしよう。

 

 静まり返った会場に向けて霧ケ谷は淡々とした声で続ける。

 

『最初のご報告です。我が金蘭会は――新エリア(・・・)を発見しました』

 

 霧ケ谷の背後は大きなスクリーンとなっており、その新エリアとやらの映像が静止画で流される。同時に大小さまざまなカメラからフラッシュが連続で焚かれ、会場が点滅する光とざわめき声に包まれる。

 

 スクリーンに映っているのは“要塞”や“廃村”、そして“スケルトン”と“ゴーレム”の写真。どれも見覚えがありまくる場所とモンスターだ。華乃も心当たりがあったのか俺に小声で確認してくる。

 

「(……おにぃ、あれってあそこだよね)」

「(ああ。やっぱりアイツら報告していたか)」

 

 ダンジョン7階にあるDLCエリア。最初のプレイヤー“ヴォルゲムート”と戦った場所でもある。俺はあの場で死闘を演じて以来、一回も行っていないが……

 

 テーブル向かい側に座る真宮兄妹は周囲の招待客と同様に、興味深そうにスクリーンをまじまじと見つめている。そんなに注目すべきことなのだろうか。

 

「新エリア発見なんてここ10年は記憶にないね。しかも低階層での発見なんて凄いじゃないか」

「……はい、これで金蘭会は褒賞金とさらなる名声を得ることができます」


 金蘭会の功績を手放しで褒め称える真宮兄に対し、真宮妹は最近の金蘭会の勢いに納得がいったと静かに頷く。

 

 ダンジョン新階層を攻略したり新エリアを発見すると、国内外のダンジョン協会から少なくない褒賞金を貰えるシステムがある。チーちゃんはこの新エリア発見が金蘭会を勢いづかせている要因ではないかと言っているのだ。だが華乃は納得がいかないのか、こてりと首を傾げる。


「あのぉ……日本の新エリアを発見しただけなのに、どうして世界のダンジョン協会からお金を貰えるんですかっ?」

「それは海外にあるダンジョンも日本のダンジョンと同じ構造をしているからですわ」

 

 華乃の疑問に、キララちゃんが優しく答える。世界にもダンジョンは数十――実際はもっとあるのだが――確認されているが、内部構造やモンスターは日本のダンジョンとほぼ同じで、同様の攻略法が使用可能だ。

 

 つまり、外国のダンジョンにも“オババの店”はあるし、フルフルもそこにいることになる。では日本のフルフルと海外のフルフルは同一人物なのか、アーサーやヴォルゲムートはどうなっているのか、などという疑問は当然でてくるが――それはともかく。日本のダンジョンで新エリアを発見しても世界各地のダンジョン協会やギルドから褒賞金が支払われるのはそういう理由だそうな。

 

 

 会場は金蘭会の功績に沸き立っている。

 

 立ち上がって賛美し拍手する者や、驚きを隠さない者。「日本のダンジョン攻略は遅れている」というネガティブなイメージが是正されるかもしれないと喜ぶ者もいるが……正直、俺からしたら期待外れもいいところだ。

 

 ソレルのアホ共とはあのエリアで出会っていたわけだし、あいつらから情報が漏れていたことくらい折り込み済みである。確かに7階DLCエリアは宝箱がポップするし、経験値稼ぎに使えるモンスターが出るので知られると惜しいものはある。しかし、すでにレベル20を超えた俺達にとっては不要な場所。バレたところで痛くも痒くもない。

 

 それよりも、霧ケ谷はあの程度の情報で金蘭会の古参を押しのけ、ナンバー2にまで昇格できたのか。それほど価値があるとはとても思えない……他にも何か秘密があるのではないかと思案していると、背後のスクリーン映像が再び切り替わる。

 

『皆様にはこちらの新エリアを無償で公開するつもりです。宝箱や価値あるモンスターはでますが入場料などの権利は行使いたしません。そしてもちろん、我々が皆様にお伝えしたいものは、このような些事(さじ)ではなく――こちらをご覧ください』


 新エリア発見を些事と言い捨てる霧ケ谷に、会場が再びざわめきだす。俺を含めた招待客が半信半疑になって見つめるスクリーンには、崩れかけた廃墟と寂れた風景、数人の男共がこちらに手を振っている映像が流れる。壇上の霧ケ谷とやり取りをしており、リアルタイムの映像だと分かる。

 

 あいつらの顔は見覚えがあるぞ、ソレルのアホ共だ。華乃も俺の方を見て頷いているので間違いない。


 男共はやがて古びた小さな教会のような建物に入ると、(ひび)と紋様がいくつも入った壁面を指差し、手を当てた。キララちゃんと真宮兄妹は一体何をする気なのかと前のめりになってスクリーンを注視しているが、俺と華乃は気が気でない。

 

「(おにぃ、もしかしてっ)」

「(……あぁ、あれは不味いぞ)」

 

 壁にいくつも刻まれている紋様は、紛れもなくゲート(・・・)の魔法陣。男は壁に手を当てたまま何かを念ずると紋様の溝から(まぶ)しい紫色の光が放たれ、スクリーンが紫一色となる。だがそれも数秒のこと。光が消えたときには薄暗い別の場所の映像に切り替わっていた。

 

 会場では何が起きたのか理解できているものは多くはないようで、苦笑するように喉を鳴らす霧ケ谷が今の映像について補足する。

 

『先ほど説明した通り、この映像はリアルタイムの映像です。彼らは先ほどまでダンジョン7階の新エリアにいたのですが……今現在、彼らがいる座標はダンジョン1階を指し示しています――つまり、我々は――』


 転移する手段を(・・・・・・・)手に入れた(・・・・・)、ということだ。

 

 騒然とする会場。霧ケ谷が言った意味についてこの場にいる誰もが思考をフル回転させていることだろう。今まで陽気に話していた真宮兄も押し黙り、キララちゃんは険しい表情でスクリーンを凝視したままだ。かくいう俺も山ほど考えることができた。


(まさかゲートまでバレていたとはな……)


 7階DLCエリアがバレることは想定範囲内であったが、ゲートの存在……使い方を含めてバレていたのは驚く他ない。あの紋様を見て転移する魔法陣だと気付けたのは神聖帝国が協力したからだろうか。

 

 加えて、スクリーンに映っているダンジョン1階ゲート部屋。あの場所はダンエクにあったゲート部屋と同じ場所のように見える。俺も当然のようにあの場所を探してみたが何も見つけることはできなかったというのに。もしかして俺にも何かしらの認識操作が働いていたのだろうか。

 

 1階のゲート部屋が見つかったなら、今まで俺達が使っていた校舎地下一階のゲート部屋はどうなったのか。まだ使えるのか、などと次々に疑問が浮かんでくるが――まずは霧ケ谷の説明を聞く方が先だ。


『この転移装置はお見せした1階と7階にあるだけでなく、他の階層にも確認しています。これらを使えばダンジョン内の移動時間は大幅に短縮されることになり、ダンジョンダイブに革命がもたらされるでしょう』


 会場内が再びざわめきだし、真宮兄が黒い狐の仮面を脱ぎ捨て話しかけてきた。色素の薄い目が爛々(らんらん)と輝いており、興奮しているのが見て取れる。げんなりして脱力しかけている俺とは正反対だ。


「つまり、あの転移装置があるところならダンジョンのどんな深い階層でも一瞬で移動可能ということだね。そうなると――」

「ダンジョン探索が飛躍的に進みますわね、これまでと比較にならないほどに」


 これまでカラーズのような日本最高峰の攻略クランでも、レベルは30そこそこが限界であった。その程度しかレベルアップできなかった理由はいくつもあるが一番の問題は、適正レベルの狩場に行って帰るだけでも数ヶ月単位の大遠征になってしまうことだろう。レベル上げできる時間が限られてしまっているのだ。

 

 だが転移装置(ゲート)があれば、狩場までの移動時間が大幅に短縮されるだけではなく、道中の危険なモンスターやトラップに向き合う必要がないため、安全性も格段に増す。霧ケ谷の言うようにダンジョンダイブに革命が起きるというのは誇張ではないとキララちゃんが後付けする。


 ゲートの効果はプレイヤーである俺達が一番実感しているので異論などない。問題はその革命が起きることで俺達や社会にどんな影響を及ぼすかだが、ここで霧ケ谷がさらなる爆弾を落とす。


『なお、見つけた転移装置は全て我々が発見者として登録、申請してあります。もちろん我々のみで独占するつもりなどありません。ダンジョン攻略を円滑にするため、ご使用の際にはリーズナブルな価格設定にさせていただきます』


 スクリーンに映る料金プラン表を指し示しながら説明する。ゲートの使用には片道で飛んだ階層×1万円。深い階層には別途加算。しかも日本だけでなく、世界ダンジョン協会に登録されている全てのダンジョンが徴収の対象となるそうだ。

 

 利用人数は年間5000万人。利益も初年度だけで三十兆円を見込んでおり、すでに様々な国家や組織とパートナーシップを締結しているとのこと。料金の徴収には支障なく、万全の体制を敷くと言うが――

 

(ゲートで数十兆を稼ぐだと? 何を馬鹿な事を言っているんだ)

 

 傘下のクランメンバー全部合わせても千人にも満たない金蘭会が、そんな天文学的な額を稼げるものか。そも、階層×1万円という価格設定では冒険者の大多数を占める庶民が利用できるものではないし、かといって世界中の組織や国家が大人しく高額な料金を支払ってくれるとも思えない。絵空事を並べただけの杜撰(ずさん)な計画だ。

 

 ――にもかかわらず、パートナーシップを結んだという組織や国家の一覧には先進国や錚々(そうそう)たるクラン名が並んでいる。本当にそのような計画が可能なのだろうか。真宮兄もその辺りの可能性について探ろうとする。

 

「国際法上では、新エリアや新構造の発見者に三年間だけ“優先使用権”を認めているんだけど、実際にはその権利を行使するほどの価値ある発見なんて、ここ何十年も皆無だった」

「はい……そこに転移装置という大発見。金蘭会は世界中のダンジョンで優先使用権を行使。リベートを支払うことで現地の組織や政府の協力を得て、各ダンジョンから料金を徴収。巨額の利益を得ようとしているわけでございますね……」


 ダンジョンには国際的な取り決めが数多くあり、その中の一つに優先使用権というものがある。冒険者の権利保護とダンジョン攻略を推進する目的で作られた制度だが、新エリアなんて最深部以外で見つかることはほぼ無く、見つかったところで金を取れるような有用な場所なんて皆無。有名無実化していた制度だったと真宮兄が説明する。

 

 だがゲートは違う。世界中の冒険者、特に攻略クランや国家直属の組織なら大枚をはたいてでも使いたがる非常に有益な発見だ。優先使用権は三年間だけであるが、その間に巨額の利益を叩き出すつもりだと白狐の仮面を被ったチーちゃんが静かな声で付け加える。

 

 リベートを支払うといっても、この短期間でどうやって世界中の組織や国家に協力を取り付けたのか。まさか、これら全てを霧ケ谷が立案し実行したとでもいうのか。それならば金蘭会ナンバー2までのし上がったことも、宿敵である(おぼろ)討伐を後回しにしたことにも納得がいくが……


 金を稼ぐ仕組みはそんなところだろうけど、この話の本質はそこではない。


「……転移装置は組織に大幅な強化をもたらします……その一方で、金蘭会の意向に沿わない個人や組織、国家は転移装置が利用不可になり、時代の潮流に少なくとも三年間は乗れなくなるでしょう。これは日本、ひいては世界の均衡を一変させる事件だと思いますが……雲母(きらら)お姉様はどのようにお考えですか?」


 今後どうなっていくのか。チーちゃんに問われたキララちゃんはすぐには答えがでないのか、小さく首を振るだけだ。俺だってそんな問いを投げられたところで答えられるものではない。


 ただ金蘭会の機嫌一つで組織や国家の盛衰が決まるというのは、酷く(いびつ)だということくらいは分かる。そのような未来がやってくるとでもいうのか。

 



 凄まじい数のフラッシュが焚かれ、会場のざわめきも一向に収まらない。一通りの発表は終わったようで質問タイムへ移行となり、マスコミ関係者が我先にと手を挙げている。

 

 この質問タイムが終われば楽しみにしていた“会食”となるようだが、もはやそんな気分は吹っ飛んでしまった。その後にも【侍】の情報流出イベントが控えているはずなのだけど、神聖帝国はゲート発見で世界に号令をかけようとしている金蘭会を裏切るつもりなのだろうか……怪しくなってきたぞ。

 

 予想を遥かに超えるビッグニュースを前に、華乃を連れてさっさと逃げ帰りたい気持ちに駆られてしまう。しかし社会やゲームストーリー、今後の俺達の行動指針に甚大な影響を及ぼしそうなのでそうもいかない。


 隣に座っている華乃は借りてきた猫のように随分と大人しくしている。いつもなら分からないことや興味があることなら質問攻めにしてくるというのに、そのデコレーションされた仮面の奥で何を考えているのやら……それはそれで都合がいいか。

 

 とりあえず情報集めだ。真宮兄妹は冒険者情勢に聡いようだし手始めに話を聞いてみよう。


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