128 それは想定内
「オシオキタイムだと? クック、おもしれぇ……やってみせろよ」
無遠慮に挑発的な《オーラ》を振りまき、上空からはステータス異常を引き起こす赤黒い光を浴びせてくる“月嶋”。
俺の背後では、幼馴染が涙で顔をぐしゃぐしゃにして打ちひしがれている。勇気を振り絞った説得は届かず、目指すべき理想の冒険者像を否定され、立ち向かうことのできない自分をただただ弱いと嘆いている。だけど、それは違う。
魑魅魍魎が集うこの闘技場に飛び込み、震えながらも決死の覚悟で止めに入ったことは驚くほど強固な精神だし、その気高い心は称賛されるべきこと。ダンエクヒロインであったときの強靭なカヲルと比べても何一つ劣るものではなかった。
だからこそ泣き崩れて自分を責めている幼馴染の姿は俺の心をキリキリと締め付ける。苦しくなって叫びだしたくなる。内なるブタオマインドも、目の前にいる“元凶”を叩きのめしてやれと雄叫びを上げており、二人分の怒りによって思考と視界が赤く染まってしまいそうになる。
(落ち着け……頭を冷やすんだ)
戦いにおいて表面上は熱くなったとしても、芯の部分はどこまでも冷徹かつクレバーにいかねばならない。それこそが俺が培ってきた戦闘勝率を上げる最良の方法なのだから。目の前の男をより確実に叩きのめすためにも、行動原理を分析し現状を把握したい。
最初にカヲルがこの闘技場に来た理由だが、仲間になったのではなく月嶋の暴走を止めることが目的だった。恐らく決闘直前で計画の内容を聞かされでもしたのだろう。
真っすぐでストイックなカヲルが、暴力で学校を支配するなどという計画に乗るわけがない。月嶋はカヲルが好きだというならどうしてこの程度のことが分からないのだろうか。力を見せつければ靡くと思ったのか。計画の誘いを断られてもあの不快な光を使って屈服させれば解決するなどと考えていたのなら……やはりきついオシオキをしなければならない。
それとは別に、月嶋の行動も疑問が多い。ゲームストーリーはプレイヤーにとって未来の出来事を予期できる絶対的なストロングポイント。だというのにどうして自ら壊すようなことをするのか。
この決闘を仕組んだことも疑問だ。何故強引にプレイヤーを誘い出し戦おうとするのか。こちらの世界に来られるようなプレイヤーは、ダンエクにいた一般的なプレイヤーとは違う。ダンエクの頂点に君臨していたプレイヤー達だ。そんな相手と本気で戦うとなれば必ずリスクは降りかかる。たとえ俺のことを調べ上げ、勝てると踏んでいたとしてもだ。
そも月嶋は俺の詳細な情報を持っているとは思えないし、それ以前に俺がブタオだとすら分かっていない。プレイヤー同士の戦いを甘く見積もりすぎではないかとも思ったが、それらのリスクを冒してでも戦う理由があった可能性も否定できない。ならばそれは何なのか。
戦う前にそれらの疑問を全て明らかにしたいところだが――
(早速、おでましだぜ)
上空が雲のような白い靄に包まれ、そこから漏れ出す眩しい光とともに何かが降りてくる。魔法陣がないので“召喚”ではなく“空間転移”してきたのだと分かる。すでに召喚し、どこぞに待機でもさせていたのだろう。
見えてきたのは背中にうねるような光の翼を生やし、頑強そうな白銀の防具を纏った金髪の女性。一見、天使のように見えるが頭上に輪っかは浮いてない。
(あれはヴァルキュリア……スクルドか)
月嶋が召喚士であろうということは以前から想定していたし、人型の召喚獣をダンジョンに単独で潜らせ、レベル上げしていることも予想していた。だから降りてきたのが最上位召喚魔法の一つ、戦女神だったとしても別段驚きはない。
ヴァルキュリアシリーズには“攻撃特化”、“サポート特化”、“防御特化”など異なるタイプの個体がいるが、あれだけの重装備なのは防御特化タイプの《ヴァルキュリア・スクルド》だけだ。
エクストラスキルは《防御結界》。一定以下の攻撃を無制限に無効化するというチートじみたスキルだが、フロアボスなどの超火力攻撃に対しては無力。ダンエクでもエクストラスキル目当てというよりは術士の盾役として使われることが多かった個体だ。
だけどこちらに向けている自信に満ちた表情から察するに、恐らく《防御結界》のほうが切り札だろう。俺の攻撃を全て無効化できると考えていそうだが――さて。
俺は今、全高5mほどの“ゴーレム”の肩に乗っている。亡者の宴で山ほど取ってきたミスリル合金武具から作り出したものなので、ミスリル合金ゴーレムというべきか。
背中には20階フロアボスの魔石を加工して作ったゴーレムの核が調子良さそうに光り輝いている。ここは弱点になるのでちゃんと金属のカバーで覆っておくよう指示しておく。
「なるほど、【機甲士】の《ハンドメイドゴーレム》か。だがまさか、そんな低級ゴーレムでオレとスクルドを抑えられると本気で思ってんのか?」
『……思っているが?』
俺のゴーレムを見た月嶋はあきれ顔になり、釣られてスクルドが苦笑しながら鼻で笑う。というかスクルドもそんな見下したような表情をするんだな。アーサーの呼び出す能天気な蜘蛛もそうだが、召喚獣は召喚主に性格が似るのだろうか。
「だとよスクルド。ならその自信を派手に圧し折ってやろうぜ」
スクルドが手で円を描いて光輝く魔力を発散させると、月嶋に青白いエフェクトが重なるように発動する。防御力、魔法抵抗力を大きく上昇させるバフスキルだ。命令を下さずとも召喚主の意を汲み取って動こうとするのは、ダンエク時の召喚獣では見られなかった大きな違いだ。
闘争心むき出しの笑みを浮かべる召喚主と、余裕ある涼しい笑みを浮かべる召喚獣。ひりつくような殺気が膨れ上がって今にも戦闘が始まりそうだが、その前に。とりあえずダメ元で聞いてみるか。
『ところで聞くが……何故ゲームストーリーを壊そうとする』
「あぁん? お前をおびき出せただろ、それで十分じゃねーか」
八龍による統治システムが崩壊したら学校内ゲームイベントの大半がおかしなことになる。そうなれば“主人公”は成長ルートに乗れなくなり、これから起こるであろう厄災への対処が困難となる。つまり、多くの人が死ぬ可能性があるのだ。
それを防ぐことこそがプレイヤーの責務だと俺は考えていたのだが……
『ならば次だ。何故プレイヤーを誘い出してまで戦おうとする。狙いは何だ』
「ごちゃごちゃとうるせぇ! オレに勝ったら教えてやるよ。ま、そんな未来はこないだろう――がっ」
こちらに目掛けて魔法弾を高速で放ってくるが俺は何一つ動くことはない。足元にいるゴーレムが腕を伸ばしてガードし、金属音と爆発音の混じった音が鳴り響く。
「お前はどれくらい強ぇんだ? 少し試してやるか、いくぞスクルド」
〖イエス……マスター〗
月嶋が青い闘気を吹き上がらせてゆっくりと歩き始め、そのすぐ後ろをスクルドが淡く光る片手剣を手にして浮かんでついてくる。戦う前にどれくらい手加減すべきか判断材料にしたかったのだが、俺としても怒り心頭といったところなので、迎え撃つことに戸惑いはない。背後にいたカヲルと会長も退避してくれたようだし遠慮なく行かせてもらう。
左手で《シャドウステップ》の魔法陣を描きつつ、右手でマジックバッグ化したポケットから剣を引き抜く。いつぞやにヴォルゲムートを倒した時に手に入れた[ソードオブヴォルゲムート]という曲剣だ。頑丈さにおいて純ミスリルすら軽く上回っているので雑に扱っても傷一つ付かないのが気に入っている。
今回は空中戦の差し合いがメインとなりそうなので二刀流ではなく左手は魔法弾を撃つためにフリーにしておこう。立体戦闘は間合いが開きやすいので飛び道具があると立ち回りやすいのだ。
一度強く握って一振りし調子を確かめた後、ゴーレムの肩を蹴り上げて単騎で飛び込む。即座に反応したスクルドが剣を横にして受けの構えを取るが、構わず勢いのまま力任せに斬りかかる。
甲高い金属音が鳴るのと同時に秒間で複数回の斬撃を応酬し合ったところ、背後に回った月嶋が魔力を込めた拳を繰り出そうとする。
「はっ、後ろがガラ空き――なにっ」
放物線を描くようにジャンプしていたゴーレムが巨大な腕を振り下ろし、月嶋が立っていた場所の床タイルやらその破片が派手に舞う。腕をクロスしてすんでのところで躱した月嶋は破片を払いながら《フライ》でふわりと浮かび上がり、怒りの形相で両手に魔力の光を灯す。
「下級ゴーレムが……すぐにスクラップにしてやる!」
『オ゛オ゛ォ゛!!』
軋むような唸り声を上げるゴーレムに向かって、高い位置から大量の魔法弾が流星のように放たれる。一方のゴーレムは全身に被弾しながらも深く身をかがめて再びジャンプし、空中にいる月嶋を強引に掴みにかかる――が、上手く捕まえられない。ミスリル合金は多量の魔力弾を浴びると脆く崩れてしまうため長くは持ちそうにないが、一時的にでも2:1の状況を回避できればそれでいい。
目の前には煌めく金髪を靡かせ、白銀の重装備を着たヴァルキュリアが値踏みするようにこちらを見ている。俺も構えを取って出方を窺いたいところだが、すぐ近くで超重量ゴーレムがジャンプしたり魔法弾の爆発音を轟かせているせいで地面にいると非常に居心地が悪い。頑丈なはずの闘技場1番も大きく揺れ動いて亀裂が入り、パラパラと破片が落ちてきているけど大丈夫だろうか。
『さて、長引かせるのも都合が悪い。早めにカタをつけさせてもらう』
〖ほざくな人間……貴様程度を屠るのにマスターの力は不要〗
俺の魔力量から格下と思って侮っていたのだろう、そんな相手に挑発されたせいで整った顔を怒りまかせに歪ませるスクルド。2枚あった光の翼をもう2枚増やし、ふわりと浮かんだと思ったら垂直に急上昇していく。空中戦を誘っているのだ。
その動きを冷静に目で追いながら高速で追加の魔法陣を描く。羽を何枚増やそうが限られた空間内なら俺の方が数段速いってことを教えてやろう。
『んじゃアゲていくぜええぇぇ! 荒れ狂う暴風となれ、《エアリアル》!!』
空中にスキルで作った無数の足場を勢いよく駆け上がろうとすると、天井付近まで達したスクルドが旋回し、光剣を前に突き出すような構えで急降下してきた。俺に狙いを定めると体が電気を帯びたようにバチバチと光り輝き、魔力と位置エネルギーを速度に代えて急速に迫ってくる。一気に決める気のようだ。
このままぶつかる場合、下から上昇しているほうが大きく不利になる。さらに身動きしにくい空中戦において、あれほどの速さにはカウンターを当てるどころか躱すことすら難しい――が、その場に足場があるのなら話は別だ。
《シャドウステップ》によりフルスロットルで一気に加速し、空中の足場を無規則かつジグザグに飛びまわりながら猛烈な速度で駆け上がっていく。
視界の左右と天地が目まぐるしく切り替わり、足にも強烈な負荷がかかるがそれも一瞬のこと。超高速で向かってくるスクルドとの距離はあっという間に縮まり、攻撃射程に入る直前で互いが魔力を爆発させてスキルのモーションへと移行する。
〖神敵を滅っす! 神の怒りを知れ! 《ライジング・アサルト》!!〗
撃ってくるのは雷属性のソードスキル《ライジング・アサルト》。剣だけでなく体に帯びた多量の電気にも攻撃判定があるため、見た目よりも攻撃範囲がかなり広く、しかも高火力。あんなのとまともに撃ち合う道理はない。
スキルモーションを紡ぎつつ、スクルドの攻撃範囲外ぎりぎりに身体を置きながらくるりと方向転換し、脇を通り過ぎるのと同時に発動。
〖なっ――〗
『くたばれぇぇ! 《アガレスブレード》!!』
正面からスキルを撃ち合うと思っていたスクルドは目を丸くして驚いていたが、真横から容赦なく渾身のスキルを叩き込む。
自分の運動エネルギーに加え、思わぬ方向から爆発的高火力のソードスキルを叩き込まれたせいで、制御できず闘技場の側壁に激突。爆発音と共に数mほどの亀裂が出来上がる。その地点を予測し移動していた俺は新たにスキルを紡いで追撃しようとするが――
「させるかよぉ!」
後ろから急速に迫る魔力を感知し、上半身を捻って魔力弾を躱す。下を見れば呼び出したゴーレムが半壊し地面に向かって崩れていくところだった。この短時間であの状態になるとは、よほど大量の魔法弾を浴びたのだろう。
〖うぅ……くっ……〗
「あの鉄くずは始末したぜ……とはいえ。さすがに利沙が強いというだけはあるか。だが所詮は想定内だ。もういいだろうスクルド、あれを使うぞ」
〖……イエス、マスター〗
防具が大きく凹み、腕や額から血を流して負傷していたスクルドであるが、月嶋の後ろで金色の光を浴びると見る見るうちに防具ごと回復していく。あの金属っぽい防具もヴァルキュリアの身体の一部なのだろうか。腕を動かしてダメージ回復を一通り確認したスクルドの目には、俺に対する怒りと殺意が強く宿っている。
一撃で仕留めるつもりでスキルを撃ち込んだのだけど、さすが防御特化のヴァルキュリア。回復持ちな上に予想以上に硬くて厄介だ。
その傍ら、月嶋が角ばった黄色い結晶のようなものを取り出してきた。あれは……[スキルライズアッパー]か。《防御結界》の効果を強化し、俺の無力化をより確実なものにする作戦のようだ。このレベル帯での入手はかなり難しい貴重な物のはずだが、対プレイヤー戦に出し惜しみなどするわけがないので使用は当然といえよう。
口端を吊り上げながら月嶋が結晶を持った腕を突きだし魔力を込めると、それを合図にスクルドも湧き出るような多量の魔力を練り上げて両腕を広げ、天を仰ぎ見る。ついに来たか。
〖強固なる正義の力をここに示そう、邪悪なる者に無慈悲なる無を――《防御結界》!!〗
天井が金色に光だし、ひらひらと天使の羽のようなものが大量に舞う。ヴァルキュリア・スクルドのエクストラスキルが発動したのだ。同時に闘技場全体に満ちた魔力が俺を敵性だと判断し、体内の魔力循環や動きを酷く邪魔をする。予想に違わぬ強力な阻害スキルだ。
「さっきの動きからして、お前のレベルは多く見積もっても25程度。現時点ではこの辺りがプレイヤーの上限レベルだろう。だがスクルドの《防御結界》を貫通するにはお前程度のレベルじゃ全然足らないぜ。さて、どうする?」
この空間全域において月嶋に対する敵性攻撃は全て無効化される。スキルだけでなく、斬撃、格闘術、ゴーレムを使った攻撃など、あらゆる攻撃が意味を持たなくなったわけだ。そのスキルを打ち破るのにレベル25でも通用しないなら、それ以下の俺では手も足も出ないことになる。
「つーことで、ここからは粛清タイムだ。二度と逆らわぬよう徹底的に屈服させ支配するが……覚悟はいいか」
〖先ほどの倍返しだ、人間。多大なる苦痛を与えたのち、死を懇願させてやろう〗
主従揃ってギラギラしたサディスティックな目で見てくるのはいいが、お前らは色々と勘違いしている。この戦いはどちらかを屈服させて上下関係を決める戦いではない。殺すか殺されるかの戦いである。少なくとも俺は最初からその覚悟でこの場に立っている。ゆえに苦痛や支配などという脅し文句は通用しない。
そも、俺はヴァルキュリアを召喚し《防御結界》を使ってくることも、[スキルライズアッパー]でスキルを強化してくることも想定はしていた。もちろん想定の中では厄介な部類ではあったが、それゆえに対策だって用意してきてある。
つまりだ。これまでお前が見せてきたものは全てが想定内で、何一つとして俺の予想を超えたものはない。これから考えるべきは月嶋の対処ではなく、処遇をどうするかだが……
この決闘によほどの理由があるというなら命は取らず、オシオキだけで済まそうかとも考えてはいた。だが月嶋がこの先もゲームストーリーを軽視し、周囲を省みず破壊的な行動を続けるのなら、俺の命よりも大事な人達に危害が及ぶ可能性も否定できなくなる。ならばいっそこの場で――
そう考えると思考が凍てつくほどに冷え、抑え込まれていたドス黒い魔力が内側からあふれ出してくる。
「あぁん? まだ抵抗する気力があんのか。もしくはこのスキルの効力を理解できてねぇだけか?」
〖マスター、やはり此奴だけは支配などせず、早めに殺すことを進言――〗
奥の手を出しても動じない俺を見て怪訝に思う月嶋に対し、急速に警戒心を高めたスクルドは光剣をこちらに向けて再度身構える。
月嶋の処遇を考えるよりも前に、まずはこの煩わしい結界を何とかするか。こんな力があるからゲームストーリーを破壊し、学校の支配なんて愚かなことを企むのだ。有無を言わさない圧倒的な力でその自信と野望を打ち砕き、プレイヤーを甘く見た代償を支払わせるとしよう。
見せてやる、俺が今持っている“最強のカード”を。