125 金色の光
「おいおい……雑魚が前に出てきてどうすんだ。裏に誰か待機させてんのか?」
生徒会長である相良が闘技場に降り立ち、第一剣術部と月嶋君の双方を睨む。その姿を見た月嶋君は怪訝な表情で視線だけを動かし周囲を探る。
ダンエクでの相良は“権威を笠に着た無能なお飾り生徒会長”もしくは“次期生徒会長である世良桔梗の引き立て役”という低い評価であった。そんな人物が一人で前に出てきたのは、どこかに配下を忍ばせて隙を窺っているから、と考えるのも無理はない。
ぱっと見の相良は愛想が悪く尊大で、一般市民を見下す典型的な貴族のように見える。だがキララちゃんから聞いた人物評はこの上なく良いし、サツキや立木君の情報によれば十年に一人の天才で、冒険者学校において最強などと言われていた。実際に俺が接した限りでも実直で公平な人物だと評価できる。この点においてゲームの情報は当てにすべきではないだろう。
そんな予期せぬ展開に八龍達の反応もそれぞれだ。
「会長自らが相手するとはねェ……あの1年も想像以上の強さだったし、これは楽しみですョ」
「魔法戦、接近戦を問わずハイレベルで行える上に、魔獣を呼び出す未知の呪術……八龍の幹部クラスでは対等に戦える者がいるかどうか」
宝来が舌なめずりをしながら楽しみだとつぶやくと、一色は能面のような無表情で月嶋君を見つめてその可能性に着目する。決闘開始前までは柔らかい笑みを浮かべるふんわり系お姉さんだったのに別人のようである。一方の館花は手塩にかけて育て上げた足利がボロボロにされ怒り心頭――ではなく、楽しげな表情だ。
「確かに足利はあの1年にてんで対応できなかったが、相手はあの相良だぞ。あいつとは何度か拳を交えたことがあるが別格だ。勝負にならねぇだろ」
「――いいえ。あのお方が曾祖母様の予言された勇者様なら、たとえ相良様であっても……勝ちます」
「ぁん? 【聖女】の予言だと?」
相良の勝利を確信する館花に、口元で祈るように手を組んだ世良さんが反論する。その根拠として持ち出したのは【聖女】の予言。この日本においてその予言は世良さんの持つ魔眼《天元通》以上に絶対的な未来視の手段として重宝されているため、館花も無視することはできないようだ。
だけど勇者が月嶋君というのは恐らく勘違いだ。仮に百歩譲って勇者であったとしても負けることなんて普通にある――などと今の世良さんに言えば嫌われるのは間違いない。
それよりもその向こう。反対側の観客席で周防とリサ、カヲルがあれこれと話し合っている姿が目に入る。何を話しているのかとても気になってしまう。
あの3人はここにくる前に月嶋君の何かを見たはずだ。それが何なのか。そして身振り手振り動かし興奮した周防が馴れ馴れしくカヲルの隣に座って話しかけているので、ブタオマインドが激しく反応してしまう。闘技場エリアでは相良と月嶋君がまさに一触即発となっており、いつ戦いが始まってもおかしくない状況。気を取られている場合ではないというのに。
「お前達、私には正当な理由があれば退学にする権限がある。そのことは知っているか」
生徒会長には生徒を退学にできる権限が与えられている、と睨みを利かす相良。正確には学校運営に対し特定生徒の退学を直訴する権限に過ぎないが、それでも審議にかけられるというだけで生徒に対し大きな影響力を与えられるのも確かだ。生徒会が八龍内で最高の権力を持つというのもこの権限の存在が大きい。
月嶋君を罵倒し《オーラ》まで放っていた第一剣術部は“退学”と聞いて一斉に押し黙る。名誉と世評を気にする貴族達にこの退学カードがよく効くというのは分かっていたが、月嶋君は止まる気などさらさらないようで笑みを濃くするだけ。やはり効かないか。
「実力ではなく権力に縋るとはつくづく情けねぇ野郎だ。だがこの場からは誰一人として出さねぇ。その権限を行使したけりゃオレを倒していくことだな――イグニス!」
「グルゥウゥ……」
名前が呼ばれるとイグニスは裂けた口に炎の息吹を宿し、嘲笑うかのように唸り声を上げて前に出てくる。太い尻尾が床に叩きつけられると第一剣術部の何人かは怯んだように一歩後退し、慌てて刀を構える。
鋭い牙に筋肉隆々の体躯、爬虫類特有のトカゲ目で睨むその姿は、先ほど足利を倒したスキルも相まって強そうに見えるが、単体だけでみれば第一剣術部の部員とそれほど力の差はないはず。しかし月嶋君との連携により長所と固有スキルが活かされ何倍にも強くなっているのも確かだ。あの立ち回りから察するにダンエクでも召喚獣を使った戦闘をやりこんでいたに違いない。
相良は引く様子がない月嶋君を見ると軽く息を吐き、覚悟を決めたように向き直る。
「引かぬか。ならば貴様を粛清する。第一剣術部は下がれ」
「お前一人で大丈夫なのか? クック……」
「グルゥ……ォオ゛ォ゛ー!」
権力に縋るだけの無能など召喚獣だけで十分と思ったのだろう、左手はポケットに突っ込んだまま右手で「行け」と合図を飛ばす。その指示を待っていたイグニスは弾丸のように駆け出し、巨大な拳を振りかぶる。が――
「グォッ――?」
――ドンッ!!
それ以上の驚異的な加速力で飛び出す相良。一瞬で間合いが詰まり反応できないイグニスの横っ腹に掌底が放たれると空気が震え、衝撃音が響く。
イグニスはそのまま弾かれるように後方にぶっ飛ぶが、相良は再び加速して追いつくと頭部を掴み、ミスリル合金でできた床に勢いよく叩きつけてしまう。20mほど離れた観客席まで振動が伝わってきたのでかなりの衝撃だったことが窺える。
それが致命傷となったのか、イグニスは突っ伏したまま魔力が霧散し、掻き消えてしまった。
これにはさすがに驚いたのか月嶋君が目を見開いている。俺もちびりそう――驚くほかない。耐久力は同レベルの冒険者よりも高い召喚獣だというのに瞬殺してしまうとは。
「……てめぇ。今のは何だ」
「見ての通りだ。私は足利と違って呼び出す猶予など与えんぞ」
相良は裾についたホコリを軽く払うと大きく左足を前に出し、今度はちゃんとした構えを取る。ローブ姿にワンドを持っているのでてっきり魔法弾を撃ち合うのかと思っていたけど、近接格闘スタイルなのか。しかしさっきの攻撃は何だったのだ。
「地面を蹴る際、掌底を放つ際に特定の部位に魔力を放出して大きな力を得る、相良家に伝わる一子相伝の格闘術ですわ。誰も真似できませんの」
「あんなの危なくてできないョ。理屈では分かっていても付け焼刃では事故になるだけだし。中国では似たような使い手が複数いるって聞くけど、日本で扱えるのは相良家だけだねェ」
今のは既存の格闘スキルを変則的に使用したものだと思ったが、キララちゃんによれば部分的に魔力を放出して大きな反発力を得る、魔力操作の類だと言う。また宝来によれば肉体にかかる負荷が大きく、魔力操作を誤れば手足が簡単に使い物にならなくなるという危険な技らしい。小さなときから人道的ではない命がけの稽古を積み重ねていたはずだと推測する。
ダンエクでも肉体や武器に魔力を纏わせて攻撃強化するスキルはいくつかあるが、相良は精密な魔力操作で攻撃だけでなく防御や移動にまで発展させている。これは早々にプレイヤースキルを解放しなければ月嶋君でも負けてしまうかもしれないぞ。
「ゲーム知識でも当てにならないこともある……ということか。足利じゃあウォームアップにすらなかったが、お前なら不足は無さそうだな」
月嶋君は不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、ワンドを腰にしまい重心を下げて迎え撃つ構えを取る。同時にうっすらとした青い魔力が立ち上り全身を包む。
あれは【モンク】が覚える《チャクラ》か。全身に魔力の障壁を作り、攻撃力と防御力を高めるバフスキルだ。召喚以外では格闘関連のスキルをスキル枠に入れていると見ていいだろう。
一方で相良の凄まじい格闘術を見た上でも近接戦闘を挑む月嶋君に、観客席からどよめきの声が上がっている。第一剣術部の声には嘲笑が含まれているが、八龍達は素直に感心しているようだ。
互いに構えながら睨み合い、時が止まったかのように静まり返る。最初に均衡を崩したのは相良だ。
イグニスを倒したときと同じ加速で、風を切り裂くような正拳突きを放つ。対して月嶋君は体を横にずらして躱し、カウンターの裏拳を浴びせる。蹴りを交え数発ずつ打ち合い、そのたびに魔力同士がぶつかって低い音が響き渡る。
格闘戦だけでは終わらない。間合いが少しでも離れれば魔法弾が飛び交い、その弾道を掻い潜りながら熾烈な乱打戦へと切れ目なく移行する。
「……マジかよ。相良の魔法格闘とまともにやり合える奴がいるとは、こりゃ足利ごときじゃ相手にならねーわけだ」
「魔力の流れが似ていますね……あの1年生も独自の魔法格闘術を構築しているのでしょうか」
「見たこともない新スキルかもしれないョ。でもパワーは相良君のほうが上のようだネ」
眼下で行われている格闘戦に前のめりになりながら月嶋君を称える館花。一色は相良と同様の技術を行っているのではないかと目を凝らしているが、あれは魔力操作などではない。宝来の言うように【モンク】のスキルを使って打ち合っているのだ。
しかし【モンク】は一般的には知られていない隠匿ジョブ。情報が全くない上に、相良の魔力と流れが似ているため区別できないのだろう。
それでも3者が揃って口にするのは「相良とやり合えている月嶋君が凄い」ということ。天才と呼ばれ冒険者学校で長らく最強を欲しいままにしていた相良と互角というなら、それはもう八龍と並ぶかそれ以上の実力者だといっても過言ではない、と称賛する。だけど俺から言わせれば、相良とやり合える月嶋君が凄いというより――
(月嶋君とやり合えている相良が凄いのではないか?)
プレイヤーとは強大な魔獣を山ほど倒し続け、対人戦闘だって何千何万と経験してきた、ダンエクでもトップに君臨する猛者達である。そうでなければこちらの世界に来るきっかけとなったあの酷いイベントを乗り越えることなんて叶わないからだ。
リサにしろアーサーにしろその戦闘技術は紛れもなくダンエクでもトップに位置するし、無論俺とてその自負はある。
では月嶋君はどうか。俺から見ても格闘技術は非常に高く、定石通り忠実に立ち回ることができている。間違いなくダンエクの格闘術使い、それも相当な実力者だ。そんな相手と互角以上に渡り合う相良のほうこそ称賛されるべきだろう。
学生同士の決闘の域を遥かに超えたその戦いに、ある者は恐れおののき、あるいは目を輝かせる。だが例外なく誰もが食い入るように驚きをもって見つめている。
「喰らいっ……やがれぇぇっ! 《気功拳》!!」
「ふんっ!!」
月嶋君が魔力を爆発させて右腕をねじ込むようにスキルを発動させると、相良も呼応するかのように渾身の正拳突きで迎え撃ち、拳と拳が激突する。多量の魔力がぶつかったことで、つんざくような轟音が鳴り響き、遅れて旋風のような衝撃波が届いてきた。
「ぐぅ……」
月嶋君が体勢を崩していることから、どうやら相良に軍配があがったようだ。間髪をいれずに放たれた相良の回し蹴りはガードできたものの、乱打戦になりかけたため月嶋君は自分から大きく後退して距離を取った。
相良は無理に追いかけるようなことはせず、魔力を練りながら冷たい目で出方を見守っている。
今の大技同士のぶつかり合いでは月嶋君の魔力の大きさから一瞬で攻撃力を推察し、確実に上回れるように魔力出力を上げて威力を調節していた。瞬時の判断力、洞察力まで備えているとは、これまでどんな人生を歩んできたのかを考えると恐ろしさすら感じる。
「はぁ……はっはっ……八龍くらいは楽に勝てると踏んでいたんだが、そうは甘くはねぇか」
「勇者様! 腕をお見せくださいっ!」
血相を変えた世良さんが観客席から飛び降りて腕の治療を施そうと駆け寄るが、それを手で制止する。
「下がっていろ、この程度どうってことねぇ。このままお前と戦い続けるってのも楽しそうだがオレにも都合がある。そろそろメインイベントに移行させてもらうぜ」
「……なんだと」
月嶋君は血が滴り腫れあがった腕を上に掲げると、見る見るうちに元通りの腕に戻っていく。直後、金色の光が降り注ぎ、周囲をキラキラと明るく照らしだした。回復スキル……いや、あの光は腕を回復させたものと別か。何のスキルだったか思い出していると――突然、相良が苦しげな表情で膝をついた。
毒か……いや、そのようなスキルエフェクトは見当たらない。原因はあの光だろう。
「なんだ? 体が勝手に震えるぞ……ぐっ」
「……うぅ……魔力が、吸い取られて……これはエリア攻撃を仕掛けられていますわ」
顔色を悪くした館花が自分の震える手を見ながら体調の異変に気付き、すぐ隣にいたキララちゃんまで呼吸を荒くして胸を押さえている。
あの金色の光には直接浴びなくても見ただけで精神に異常を及ぼす効果があるようだが、向こうに座るカヲル達には変化が見られない。効果に指向性があるのか、またはあの3人には対策アイテムを持たせているのか。あの光が何のスキルなのか分からないのでどちらかは確証が持てない。
(もしかしたら“固有スキル”かもしれないな)
キララちゃんの言う通りMPが低下しているなら、恐怖心を植え付ける《テラー》を受けた時と同様の症状だ。しかし《テラー》は赤黒い魔力が放射状に拡散するスキルエフェクトだったはず。
俺も全てのスキルを把握しているわけではないので断定はできないが、あの光はプレイヤーが覚えられるようなスキルではなく、世良さんの魔眼のような固有スキルによるものの可能性が高い。それなら俺が知らないのも納得がいく。
いずれにせよ精神攻撃に対しては対策アイテムを持つか、余程の高レベルでもなければ防ぐことはできない。しかも一度決まってしまえば致命的な状態に陥るものばかりなので厄介だ。《テラー》にしても超格上の《オーラ》を浴びたように一瞬で恐慌状態となり、戦闘意思も意欲も砕け散ってしまう。そうなれば敗北は免れないだろう。
「ではお前らの“支配”に移る。歯向かう気持ちを根こそぎ打ち砕き、隷属させてやろう」
「くっ……うぉおおおおおお!」
脂汗を流し青ざめた顔の相良は気力を振り絞って正拳突きを放つが、先ほどまでの力強さや動きのキレはどこにもない。簡単に躱された挙句、カウンターのボディブローからのコンボを喰らってぶっ飛ばされてしまった。魔力操作が上手くいっていないせいだ。
眼鏡は砕け、顔を腫らしながらも再び気力で立ち上がるけど、冷静に見てもう勝機は無いに等しい。だとしても身を張ってたくさんの情報をもたらしてくれた。十分に役割を果たしたといっていいだろう。相良にとってこの学校は守るべき大事なものなんだな。
「(楠さん。そろそろいきます)」
「(お、お待ちなさい……貴方、あの光は平気なんですの?)」
「(俺に精神攻撃は効きませんので。あとその体調も時間を空ければ治りますから安心してください)」
精神攻撃の中では比較的マイルド、かつ回復可能な部類だったのでちょっとだけ安堵する。とはいえあの光を間近で浴び続けるのは悪影響がありそうだ。今頃相良は神か魔王と対峙しているような感覚に陥っていることだろう。
「(それにしてもなんと恐ろしい。あれこそが隠していた力ですのね)」
「(いえ、まだ表面的な力の一部に過ぎません。恐らく、あの光の背後にあるモノが彼の力の根源でしょう)」
「(……背後?)」
あれでもまだ力の一部に過ぎないと知ったキララちゃんは整った顔を強張らせる。腕の回復、そして降り注ぐ金色の光。それらは同一のものからくる力だと何となく推測できた。もしかしたらカヲル達もそれを見たのかもしれないな。
(それじゃいくか。作戦が上手くいけばいいんだが……ん?)
作戦手順を脳裏に浮かべながら、いざ闘技場エリアに飛び降りようとすると、向こうからも誰かが飛び降りてくる姿が見えた。
「そこまでよ月嶋君。その力は使ってはいけない」
額から流れる血を拭おうともせず決死の表情で構える相良。その前に割り込み、かばうように手を広げて立つ女生徒がいた。先ほどまで楽しげに笑みを浮かべていた月嶋君の顔が歪む。
「……何故、出てきやがった」
すらりとしたあの立ち姿、サイドポニーの艶やかな髪。まずいな、何をやるつもりだ。