122 成海颯太の戦略
「グァッ! ア゛ゥッ!!」
「うぉっと。活きが良いのを釣れたぜ」
ゾンビのくせにやけに素早く動くコープスウォーリアの手斧を躱し、後ろには頭を蹴り飛ばしても首から下だけで追いかけてくるスケルトンナイトを数体引き連れて合流ポイントに向かう。ちょうど向こうからも久我さんが数体引き連れて走ってきた。
『――んぉ? 災悪と……琴音ちゃんがアンデッドを連れて走っている……けど、まさかーっ! これはあくどーい! だけど効果的っ!』
『あの男なら、かような戦術を思いつくことくらい造作もないでしょう。無理やり悪事に加担させられたフードの女の子には同情を禁じ得ません。ですが元をただせば――』
純粋無垢な天摩さんに甘言を使って誑かし、天摩商会ごと手に入れようと画策している、などと俺の悪逆非道っぷりを身を乗り出して力説し始めたメイドさん。だが今はスルーだ。
軽快な動きでアンデッドを叩き飛ばしていたリサは、アンデッドを引き連れてきた俺達を見るとギョッとした表情となり、柳眉を吊り上げる。
「こ、こら~っ! そんなことしちゃ駄目でしょ~!」
「リサっ、これ以上はっ。厳しいかもっ」
十数体ほど追加されたことによりサツキの負担が急激に大きくなる。厳しいと感じたリサは即座に殿となって退避行動に移行し始めた。相変わらず判断が早い。
すまないな。これもイベントを成功させるため――もとい、オリハルコン鉱石のためだ。
リサが大量のアンデッドを引き連れて後退したあとには、臓器のような肉塊が100個近く落ちていた。あれらは全て[怨毒の臓腑]。全部拾いきれたなら優勝の可能性がぐっと高くなるはずだ。久我さんと共に喜び勇んで踏み出そうとすると、向こうからも同じように猛ダッシュしてくる二人組がいた。天摩さんと華乃だ。
まぁ、落ちているのなら拾いに来るわな――だけど。速度なら俺達の方に分があるんだよっ!
「させるかぁぁっ! 加速だ、久我さんっ! 《アクセラレータ》!」
「速度では負けない……《アクセラレータ》!」
道中にポップしているコープスウォーリアをすれ違いざまに斬り捨てながら、速度バフを発動。足元に移動力を高める風がまとわりつくと、一歩踏み込むたびにぐんぐんと加速していく。お先にいただくぜぇ!
「お姉さまっ! 頼みますっ!」
『いっくよー! 大地よっ! まるっと丸々砕けちゃえー! 《大地割り》!!』
「――なっ……にぃぃ、うおぁっ!?」
天摩さんが走りながらジャンプし、高く掲げた巨大斧を地面に向けて垂直に叩き付ける。まずい――そう思った直後に地面がひび割れ、前方の地面がブロック状に砕け散った。
速度を出していた俺と久我さんは急停止することができず、ブロック状の土塊にぶつかってその場で横転してしまう。いてぇっ。
「……残念だった。私はこの程度で止まりはしない」
それでも猫のようなバランス感覚を持っている久我さんは空中でくるりと回転して、すぐに姿勢を立て直す。目の前に這い出てこようとしていたコープスウォーリアの頭を踏みつけて再び加速体勢に入る。
向こうから走ってきているのは、華乃だ。
「黒い風になるのっ! 誰よりも速く――」
「……速さ勝負で私に勝てるとでも……えっ!?」
「――もっと速くっ! 真なる勇者のスキルッ! 《シャドウステップ》!」
1対1での速さ勝負となり自信をのぞかせる久我さんであったが、華乃が《アクセラレータ》の上位スキルを使用したことにより立場が一変する。足元に高密度の黒い魔力を纏わせ、久我さんを上回る爆発的な加速力で突進してきた。
『でったーぁぁっ! チートスキルの代表格、《シャドウステップ》! 琴音ちゃんはまだ覚えてないなら、厳しい戦いになっちゃうよー?』
『はっ、速すぎますっ! 何なのですかあのスキルはっ!?』
《シャドウステップ》は移動力を上昇させるだけの《アクセラレータ》と違い、AGIを大きく上昇させる効果もある。そのため加速力、旋回力、回避力などAGIが影響を与える全てのパラメータも同様に大きく上昇する。多くのベテランプレイヤーがジョブにかかわらずスキル欄に入れていたほどのぶっ壊れスキルなのだ。
[怨毒の臓腑]が落ちている周辺には、すでにたくさんのアンデッドがポップしており、いち早く辿り着いたターゲットを認識すると雪崩れ込むように襲いかかる。対する華乃はそれらを全て躱しながらも無視し、アンデッド達の隙間を縫うように黒い風となって吹き抜けた。やばい、あの一瞬だけで10個以上拾いやがったぞ。
予想を遥かに超えた圧倒的な速度差を前に、久我さんは唖然として動けなくなっている。だけどまだ勝負はついていない。ここで諦めたらオリハルコン防具も久我さんの好感度も露と消えてしまうじゃないか。
「まだだっ! 久我さん、二人で拾えばまだ――」
『ウチもいるんだぞー!』
土塊を払いのけて俺も急いで肉塊拾いに合流しようとするものの、天摩さんが巨大斧を振り回してアンデッドを吹っ飛ばしながらのっしのっしと走ってきた。遠くからは「それ私達のーっ!」と言いながらサツキとリサも戻って来てしまい、数十体のアンデッドが入り乱れての争奪戦が――今、始まる。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「それでは、優勝賞品授与式をはじめまーす! 二人は前へどうぞっ!」
「はいはいっ、は~いっ!」
『本当にそんな夢のような合金ができるのかなー。帰ったらすぐに試したいけど黒崎、ちゃんとメモ取ってある?』
「もちろんでございます。お嬢様」
オリハルコン鉱石を頭上に掲げたアーサーが声高らかに授与式の開催を宣言すると、それを待ち望んでいたかのように土埃で汚れた華乃が元気な返事とともに前に歩み出る。黒崎さんに大きな布で磨かれている天摩さんは手渡されたメモを見てそわそわとしている。
そう。優勝者はあの二人だ。結局、最初に華乃に拾われまくったのが響いてしまった。それ以前に俺達の作戦が、華乃やリサにことごとく読まれまくったのが敗因と言うべきか。絶対に勝てると思っていたんだけどな……
「もうっ、ソウタがあんなことしなければ私達のものだったのにっ。えいえいっ」
「こうなったら~私達の分も付き合ってもらわなきゃね~。えいえいえいっ」
サツキとリサに恨み節を呟かれながら両頬を何度もツンツンされる。邪魔をして勝とうとしたことは悪かったと思っている。せめて久我さんの好感度だけでも上げられればよかったのだが……
横目で同じように土埃だらけになっている猫耳フードを窺うと、目が合った瞬間にプイッと逸らされてしまう。すっかり拗ねていらっしゃる。彼女達のご機嫌を取るためにはアーサーと裏で交渉するしかなさそうだ。
(まぁでも、華乃と天摩さんが喜んでいるのは救いか)
手渡された賞品の鉱石で何を作ろうかとあれこれ楽しげに談笑している。この後、華乃はそのまま天摩商会の工房に行って一緒に精錬・加工の工程を見学するそうで、狙い通り天摩さんと上手く関係を作れたようで何よりである。だがあんなに親しみやすくても彼女は貴族。失礼のないようしっかりと言い聞かせておかないといけないな。
(さてと。イベントも終わったことだし帰るとしようかね)
脱いだ防具をマジッグバッグにしまっていると、天摩さんの鎧を十分に磨き終わった黒崎さんが[怨毒の臓腑]がたくさん入った革袋を覗き込んでいた。気になるのか1つだけ摘まみ上げながら色々な角度から観察し、カチューシャを付けた頭を傾げている。
「アーサー様。これらを何に使うのか聞いても?」
『もしかしたら珍味かもしれないよ? ウチ、どんな味がするのか食べてみたいかも』
「食べたらダメだよ。これはね、あぁそうだ。それじゃあ最後にフィナーレといこうか。危ないからここに居てね」
肉っぽいのでホルモン焼肉感覚で食べたら美味しいかもと天摩さんが言うけど、お腹壊すから絶対に駄目だとアーサーが腕でバッテンを作る。
今回手に入れた[怨毒の臓腑]は計200個以上。アーサーはそれらが入った革袋を背負うと《フライ》で空中にふらりと浮かび上がり、うっすらと描かれた紋様の上まで行って投げ入れる。肉塊がぼたぼたと地面に落ちると紋様が眩しいくらいに朱色に輝き始め、亡者の宴全域に赤黒い霧状の魔力が漂い出す。
ブラッディ・バロンの多重同時召喚だ。
小さな肉塊がもぞもぞと集まって合体し、大きな肉塊が20ほど出来上がる。つまりブラッディ・バロンが20体ほど同時に召喚されるのだ。その周囲には様々な武器を持った護衛騎士、ブラッディ・ナイツが数えきれないほど這い出てきている。
すでに俺がどうにかできる数をとっくに超えているが――
空中に浮かびながらその様子を見ていたアーサーは満足そうな笑みを浮かべて一度頷くと、両手の人差し指に青い魔力を灯して等身大ほどもある大きな魔法陣を描き始めた。とめどなく濃密な魔力が魔法陣に注がれ続け、やがて空気がピリピリと軋みだし、暗く渦を巻いていた空に大穴が開いて光芒が射し込んでくる。
目を丸くした黒崎さんが慌てて天摩さんの前に出て庇うように身構えるが、後ろにいる華乃と天摩さんは興味深そうに忙しなく頭を動かしてその様子を見ている。
「……あれは大悪魔の“発狂スキル”に似ているけど……同種の魔法?」
「どちらかというと、それの上位の魔法かな」
アーサーの描いている魔法陣に興味を引かれた久我さんが、いつの間にか俺の隣に立って聞いてくる。今から放とうとしているのはアーサーがゲーム時代によく使っていた広域殲滅魔法。レベルが大きく下がっているので威力も弱体化されているはずだけど、それでもレッサーデーモンが使った発狂スキルより強力だろう。
亡者の宴には次々にブラッディ・バロンが生まれ堕ち、上空にいる魔人を睨みながら怨嗟の雄叫びを上げている。最後の紋様を描き終えて魔法陣を完成させたアーサーは、両腕を高く上げて魔法の名を紡ぎながら振り下ろす。
「フィナーレだっ! ぜ~んぶ吹っ飛んじゃえっ! 《メテオ・ストライク》!!」
まだ声変わりのしていない高めの声がハウリングするように響くと、頭上の巨大な魔法陣から青白い光球が無数に飛び出し、流星となって亡者の宴全域に降り注ぐ。着弾すると地鳴りのような轟音が連続し、大きくめくれ上がった地面が後から降ってくる光の奔流と融合して飲み込まれていく。20体以上いたブラッディ・バロンもあの中では生き残れまい。まったく、派手な花火だぜ。
ダンエクでも最上位に位置するエクストラスキルを見せられて、みんな興奮気味だ。天摩さんと華乃がドロップアイテムを見に行こうと久我さんの手を引っ張って誘う。サツキも俺に行こうと言って誘ってくれたが、ちょいと疲れたので遠慮しておくことにした。
(仲良くやっていけそうかな。本当によかった)
黒崎さんとアーサーも交ざり話に花を咲かせている姿を見て、俺は大きく安堵の息を吐く。天摩さんと久我さんは揃って特殊な立場の人なので、華乃達と溶け込めるのか心配だったけど、あの様子なら今回のイベントはひとまず成功と言っていいだろう。まぁ……俺の女性陣からの好感度がダダ下がりなことを除けばだが。
凝り固まった筋肉をほぐすように伸びをしながら明日の、月嶋君と第一剣術部・足利の決闘について考える。
正直どうなるのか、というよりも月嶋君がどこまでやる気なのか見当はつかない。それでもできるだけの準備はしてきたつもりだ。欲しかったものは全て手に入ったし、そういう意味でも今日の集まりは非常に有意義ではあった。
向こうでは華乃とアーサーがドロップアイテムを集めに元気に走り回っている。きっと今頃、瞳に¥マークを浮かべていることだろう。あの二人が入学してきたら賑やかになりそうだが、せめてそれまでは平穏な学校生活を送りたいものだね。