121 勝利は戦う前から決まっている
「颯太……大事な相談があるの。聞いて」
いつも無愛想で可愛げの欠片も見せない久我さんが、ヒロインらしい切なげな表情で懇願してくる。だけどそれは演技だということはもうバレているし、何ならその相談というのも想像がついている。
「どうせあのオリハルコン鉱石が欲しいとかいう相談でしょ」
「……そう。でもどうしても欲しいの。あれを取ってくれるなら……チューしてあ・げ・る」
「……」
……チューだと? ダンエクヒロインの一人にご褒美のチューだなんて、ダンエクプレイヤーなら血涙を流して喜ぶところ……なのだけど、肝心の「あ・げ・る」という大事な部分で真顔に戻ってしまっていた。そのセリフを言うときこそ恥じらいを入れるべきではなかろうか。
まだまだハニートラップスキル技術には詰めが甘かったり拙さはあるが、徐々に上達している気配も感じられる。このままではいつか成海颯太城は陥落し全てを吐き出してしまいかねないので、そうならないためにも早めに色仕掛けは無駄だと諭しておきたい。
「もちろん頑張るつもりはあるけど、勝てたとしても戦利品の山分けを要求する。それと……チューよりも俺を仲間と思って少しは信用して欲しいところだね」
「……そう。分かった。それで、勝つ算段はあるの?」
「なくはないかな」
それでは早速、作戦会議だ。
チーム分けは俺と久我さん、華乃と天摩さん、リサとサツキの3チームで争うことになっている。そのうちリサ達は今回の目的が“接待”ということは知っているので、引き立て役となってあの鉱石を譲ってくれるものと期待してもいいだろう。
もっとも、争奪戦になったとしても“プレイヤースキルは使わない”という暗黙の了解がある。ブーストハンマーだけで俺達とのレベル差を覆すのは難しいはずだ。そういう意味でもリサ達は鉱石を争うライバルとして除外の方向で考えても差支えない。
(問題はあの二人だな……)
向こうには華乃が天摩さんに「お姉さまっ」と言って、ぐいぐいと話しかけている姿が見える。俺としては天摩さんと久我さんのどちらが勝ってもいいのだが、今回はせっかくだし久我さんに譲ってもらうとしようかね。
「このイベントは、アンデッドを倒して[怨毒の臓腑]を一番多く集めたチームが勝利ってことだけど、たくさん倒せばいいだけという安易な作戦では駄目なんだ。何故なら――」
「“モンスターリポッパー”……あのちんちくりんがモンスターのポップ速度を10倍にすると言っていたけど、本当なの?」
「あぁ。イベント会場はきっととんでもないことになる。だから正面から正攻法で倒していくよりも、逃げながら倒す作戦が効果的になるんだ」
モンスターリポッパーはアーサーでもギリギリ取ってこられる高難度アイテムで、取得方法も特殊かつ面倒。久我さんやその背後にいるボスが知らないのも無理もない。
そんな貴重なアイテムであるが通常はポップ速度を倍にする程度の効果しかない。しかし亡者の宴のような特殊地形で使うと10倍を超えるバグ的なポップ速度になるのだ。
当然そうなればモグラ叩きなんて悠長なことはしていられなくなるし、かといって馬鹿正直に正面から倒していくには数が多すぎる。そこで逃げながら倒すという“トレイン作戦”が有効となるわけだ。
「囮役がまとめて引き連れて、アタッカーが後ろから処理していく。俺達はどちらも速度上昇スキルを使えるから、うってつけな作戦だろ?」
「……なるほど。《アクセラレータ》の効果は5分でリキャスト(※1)も同じ5分……囮役はスキルの効果時間に合わせて交代していくというわけね」
俺と久我さんには《アクセラレータ》があるのでこういった状況下でも問題なく戦える術を持っているが、リサ達はもちろん、速度を出すのが苦手な天摩さんでは厳しいだろう。唯一、華乃だけはついてこられるだろうが一人では俺達二人に対抗できまい。
「つまるところ、今回のイベントは戦う前から俺達の勝利が決まってるってことだ」
「……そう。それならあの鉱石で何を作るか、今から考えておくことにする」
久我さんの視線の先には、水色縞模様が煌めくオリハルコン鉱石が優勝賞品として置かれている。あれくらいの大きさならオリハルコン合金製武具をいくつか作れることだろう。
どんな武具を作ろうか。デザインはどのようにしようかと想像しながら誰にも見られないよう、こっそりと口元を吊り上げる俺達であった。
*・・*・・*・・*・・*・・*
ズッドォーーン!!!
リサがブーストハンマーを大きく振りかぶり、スケルトンナイトを盾ごと圧殺する。その際に衝撃波と砂利が放射状に吹き荒れ、2mほどのクレーターが出来上がった。
すぐ後ろでもサツキが次々にハンマーを振り下ろして、同様のクレーターをいくつも作り出している。アンデッド共が呻き声に似た雄叫びを上げて群がるように襲い掛かってくるものの、リサとサツキの見事な連携により、みるみるうちに数を減らされていく。
『圧倒的殲滅力っ! 利沙ちゃんと皐ちゃんの猛攻に、誰も近づけなーい!』
『……あの。ブーストハンマーとは一体何なのでしょうか。振りかぶる速度に比べて威力が明らかにおかしいのですが……』
『あれはね、魔力を込めながら振るうと爆発して加速支援してくれるハンマーなんだよ。物好きな魔人がいてさ、そいつが――』
簡易的な天幕の下でマイクを持って実況・解説しているアーサーと黒崎さん。あの二人以外は全員がイベント参加者だというのに、誰に向かって解説しているのだろうか。それ以前に、この15階でもアーサーは魔人の姿のままでいられるようになったのも謎である。しばらく蜘蛛の姿で魔力を垂れ流していたからそうなったのか全くの不明であるが、このDLCエリア一帯でしかあの姿でいられないので多分そうなのだろう。
にしてもだ。
「あれじゃヘイトが取れないな。無理に近づいても巻き込まれるだけだし、俺達も一度距離を取って作戦を考え直そう」
「……同意する。でも、あんな武器はさすがに想定外」
トレインをしようにも周囲にポップするアンデッドを根こそぎ取られてしまっている。かといって無理に近づいてヘイトを奪おうとしても吹き荒れる衝撃波でこちらが傷だらけになってしまう。まさか初手から俺達の作戦を潰しに動いて来るとはな……やってくれるじゃないか。
アーサーによりモンスターリポッパーが使用されるとイベント会場である亡者の宴にキラキラとした光が降り注ぎ、それがイベント開始の合図となった。
効果はすぐに表れた。地面から何十体ものアンデッドの手が突き出てきて、予想通りあっという間にどこぞのゾンビ映画のような地獄絵図となる。今も続々と地面を突き破って這い出てきているので、もう間もなく100体を超えてくるだろう。
格下モンスターとはいえ、あれだけの数がポップしてしまえば容易には近づけまい。しめしめ――などと笑いを堪えつつ速度バフをかけていると、何とリサが一人で突撃してしまったのだ。
アンデッドの大群の中に単身で飛び込むと、暴れ狂うようにハンマーを振るって十体ほど吹き飛ばす。その度胸と戦闘技術には舌を巻くしかない。
しかしだ。いくらリサとてあれほどの数が相手では数分も持たない――と思いきや、その直後にサツキが後方に入ってカバーに動く。互いに背中を預けるように構えながら、剣や鈍器を持つ無数のアンデッド共と熾烈な乱戦が始まってしまった。
普段のサツキは短剣と杖を使って中距離で戦うスタイルを取っていたというのに、ブーストハンマーという扱いが難しい大型特殊武器を器用に振り回し、果敢にも乱打戦を仕掛けている。しかも、ただ振り回すのではなく武器の加速支援と衝撃波を計算に入れ、相棒であるリサの死角を潰すような立ち回りまで見せている。
『おさげ髪の子は体重が軽そうなので、あのような重量武器は適していると思いませんでしたが……見事な武器捌きですね』
『多少持っていかれてる部分はあるけど、足腰の動きはできているし付け焼き刃感はないね。意外と適性があるのかもしれないよ?』
黒崎さんがサツキの動き見て称賛し、アーサーは適性があると推測しているが……あれはリサが普段から指導していたと見るべきだろう。ゲームのときもクランメンバーを鍛えて異様な軍団を作り上げていたけど、まさかサツキを【黒騎士】に育て上げるつもりじゃなかろうな。
すぐ近くでは天摩さんと華乃が合間を縫って近づこうとするものの、ブーストハンマーによる衝撃波と砂利が吹き荒れているため二の足を踏んでいる。
「攻撃はナシだけど~妨害は駄目って言われてないよね~?」
「ごめんねっ。でもオリハルコン鉱石はっ、私達がいただくよっ!」
妨害は無しと言われていないのならルール範囲内だと強引な理由を並べ、不敵な笑みを浮かべるリサ。新しい武具が欲しいのでごめんねと言うものの、賞品はいただくと自信を見せるサツキ。二人は頻繁にポジションを入れ替えてギアをさらに一段上げ、巨大なハンマーを連続で爆発させるように振り回す。
『完璧な連携っ! 完っ璧な戦略っ! これは決まったかーっ!?』
『あの衝撃波はアンデッドの動きを鈍化させるという効果もあるようですね。あのまま終了時間まで倒し続けられれば彼女達の勝利は揺るがないでしょう』
黒崎さんが指摘するように、アンデッド共は全方位から攻撃を仕掛けているものの、衝撃波と砂利をもろに喰らって動きが大きく鈍っている。そのため処理する速度にも余裕が生まれているのだ。
俺達の作戦を潰すだけでなく、あれだけの数に囲まれていても対処できる戦術があったとは。ダンエクではブーストハンマーをそこまで使っていなかったから気付かなかった。というか、天摩さんと久我さんを接待するという話をいとも簡単に放り投げやがったな。
(でもあれだけの乱戦だ。そう長くは持たないと思うけど……どうなんだ?)
リサは迫りくるアンデッドを恐ろしい速度で正確に処理し続けている。サツキもそのハイレベルな戦闘に付いていっているのは驚きだが、中にはウェポンスキルを発動しようとした個体までいるため、バランスを崩しそうになったりと危なっかしい場面も見られる。リサはともかく、負荷の高い戦いに慣れていないサツキにはあの乱戦は荷が重いのではないか。
這い出てきたアンデッドを倒しながらそんなことを考えていると――
「……颯太。あそこにちょっとだけアンデッドを追加したら……どうなる?」
猫耳フードが音もなく近寄って悪魔のささやきをしてくる。早めにおこぼれを預かるか足を引っ張りたいところだけど、あれでは近づくことすら叶わない。ならば少しだけアンデッドを追加しバランスを崩してやろうではないか、との提案だ。
サツキを見る限りではやや不安定なところはあれど、リサが驚くべき立ち回りでカバーしており、獅子奮迅の戦いを続けている。残り時間はもう半分を過ぎ、このまま30分間乗り切ってしまうことも十分に考えられるため、指をくわえて見ているだけではオリハルコン鉱石は飛んで逃げてしまうぞと訴えてくる。
さらにリサの方を指差して付け加える。
「あの足元に散らばっている[怨毒の臓腑]、少し向こうに行ってもらえれば、あれらは拾いたい放題となる……ルール違反ではないし、やるべき」
「……参加者への直接攻撃やアイテムの強奪はルール違反だけど、アンデッドをけしかけたり落ちているアイテムを拾うというのは、確かに禁止されていないな」
リサ達は迫りくるアンデッドの対処に精一杯で、いくつも[怨毒の臓腑]がドロップしているのに拾えないままでいる。あれらは落ちているだけなので貰っても問題ないと、これまた強引な理論を展開する久我さん。
だけどここでオリハルコン鉱石を手に入れられたなら、めちゃくちゃ上昇しにくい久我さんの好感度を上げられるし、イベントを進める上でも大きな足掛かりとなるかもしれない。大義のためならリサ達も分かってくれると信じ、善は急げとばかりに付近にポップしているアンデッドのヘイト集めに走る。
多すぎたらサツキが危ないし、少なすぎてもすぐに処理されてしまう。足を引っ張る程度、十体くらいがちょうどいいだろうか。
それでは……へへっ。いざ、リサ達の元へ。
(※1)リキャスト
単語の意味としては「再詠唱」であるが、通常は「リキャストタイム」の略として用いられ、スキルが再度使えるようになるまでの時間のことを意味する。