116 一流冒険者の条件
カヲルを手元に引き寄せて、月嶋君と向かい合う。俺を睨んでくるその怒りに満ちた目には殺意のようなものまで滲ませている。
「おい……忠告だ。今すぐカヲルを放せよ、豚野郎」
よく見れば魔力を増幅し、体内で静かに循環させている。そのレベルの肉体強化に魔力まで加えて殴ったら、そこらの人間なら死にかねないぞ。まぁ俺なら十分耐えられると思うけど。
しかし月嶋君の怒りの大きさからしてカヲルに言った言葉は本気だったことが窺える。先ほどの口説き文句も平静なように見せかけて、かなりの賭けだったのかもしれない。告白とも言えるそれをカヲルに散々悪さをして苦しめてきた“悪役”が邪魔をしたのだ。怒り心頭になるのも頷ける。
(けどな。俺だってそう簡単に大事な幼馴染を渡すわけにはいかないんだ)
正義と道徳を重んじ、弱者に手を差し伸べ、邪悪な難敵にも勇敢に立ち向かう赤城君が相手なら内なるブタオマインドを押さえつけてでも身を引く覚悟はあった。会って話したいという衝動的な気持ちもこれまで何度も宥めてきたが、それもカヲルが幸せになれるならという思いがあればこそだ。
だけどその相手が月嶋君となれば話は変わる。この世界の人々をNPCだと軽く見ているし、多くの敵を作るような好戦的な考えや、力により周りを従えようとする危険な思想まで持っている。その結果、恨みを買いまくることになっても月嶋君なら大抵の奴らを退けられるし問題にはならないのだろう……が、カヲルはそうではない。
もし敵が月嶋君を倒せないと踏んだら、狙いを変えて一番近い位置にいるカヲルを襲うことも十分考えられる。その時に身を挺して、時には命を懸けてでも守ってくれるのか。たとえ守りきれたとしても、カヲルの大事な人達まで守りきれるのか。「この世界がゲーム」で「人々はNPC」だという考えを捨てない限りそこまではしないだろう。だからこそ月嶋君にはカヲルを任せられないのだ。
(でも、一発くらいはもらっておかないと済みそうにないな)
あの怒りはちょっとやそっとでは収まりそうにない。体内に巡る魔力量を見た感じでは俺のレベルより大きく高いというわけでもなさそうだし、多少殴られたところで十分に耐えられるはず。もちろん、できることなら遠慮したいけど。
「こんだけ言ってもカヲルから離れないとは余程の馬鹿か、舐めてるのか……まぁいい。覚悟はできてんだろうな――って。何の真似だ」
握った拳に力を込め、ゆっくりと歩いてくる月嶋君。そこに割り込んだのはカヲルだ。長い髪を揺らして俺を庇うように目の前で両手を広げる。
「暴力はやめて。もし手を出したら……私はあなたを許さない」
「おいおい、こんな奴まで庇うのかよ。今までブタオにされてきた悪行を思い出せ」
悪行、と言われて俺もこっそりと思い出すと、冒険者学校に入るまでのセクハラ三昧だった記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。ストーカー行為、おっぱい凝視、カヲルは俺の女発言、近づく男には威嚇するなど。はぁ……今すぐ土下座したい気分に駆られるぜ。
当時の俺は日々美人になっていくカヲルを目の前にすると妙な焦りがでてしまい、好かれようと頑張るものの行動する全てが裏目に出たり空回りしたりと余計に嫌われていたっけか。今の俺から見れば至極当然の結果である。
前にいるカヲルをチラッと見てみれば、同じく俺の悪行を思い出したのか少しだけ眉間を寄せて嫌そうに視線を落としていた。すまないことをした……と心の中で謝っていると、カヲルは再び顔を上げて月嶋君に向き直る。
「どうして昔の私のことを知っているのかはおいておくにしても、それはあなたに関係のないことよ」
「だけどよ、こういう馬鹿には最初にきっちり立場ってもんを分からせておいたほうが上手くいくってもんだろ」
確かにっ。ゲームで登場するブタオを見る限りは俺でもそう考えてしまうぜ。てへっ。
「何でも暴力で片を付けようとする人は嫌いだわ」
「……はぁ……わーったよ。しっかし情けねぇなぁ、女の背に隠れて震えてるだけとはよぉ。テメェ玉付いてんのか?」
暴力を使おうとすることに対しキッと睨みつけて嫌悪感を表すカヲル。月嶋君もカヲルに嫌われてまで俺をぶっ飛ばす価値はないと悟り、大きく息を吐き脱力したように肩を落とした。そして背中に隠れている俺をギロリと見て皮肉を口にする。だけど女の子に守られるというのも悪くはない気分ではある。
「だがさっき言ったことは本気なんだぜ。考えておいてくれよな」
「……」
「オレはいつでもお前を見ていた。それじゃあな」
ウィンクして去っていく月嶋君。一発殴られるくらいの覚悟はしていたので素直に引いてくれたのは正直助かった。肉体強化により防御力と回復力が向上していても痛いものは痛いしな。
俺の前で背を向けたままのカヲルを見てみれば、気が抜けたのか恐怖からなのか少し足が震えている。立て続けに怖い思いをしたんだ、ここはそっとしておいたほうがいいのだろうが、それでも問わずにはいられない。
「カヲル。さっきの月嶋君のあの提案、受ける気はあったのか」
「……“強さ”をくれるっていう話?」
目を伏せながらゆっくりと俺の方に向き直る。よく見ればその綺麗な顔には薄い痣ができていた。無傷だと思っていたけど殴られていたのか。それでもこの程度で済んだのも赤城君と立木君が守ってくれたおかげだろう。もしかしたらこれを見たせいで月嶋君が逆上して暴れたのかもしれない。
せっかく朝早くから頑張って練習に励んでいたというのに、この学校はやりたい放題する奴が多すぎる。お互い苦労するよな。
そんなことを考えつつカヲルの言葉を待っていると、大して悩む様子を見せずに軽く顔を横に振ってあっさりと答えをだしてきた。
「受ける気はないわ。確かに強くなりたいと本気で思っているし、ついていけば強くなれるかもしれない。でもあの瞳の奥には暴力が渦巻いているように見えたから」
「……そうか」
カヲルが目指している一流冒険者とは、ただ強ければいいと言うわけではない。勇敢で、高潔で、皆の希望になれるような英雄でなければならないのだ。それは今は亡きカヲルの母親がそうだったように。その血をしっかりと受け継いでいるようで何より。俺の中のブタオマインドも安堵でいっぱいだぜ。
「サツキが【プリースト】の先生を連れてきてくれたから、その痣も直してもらったらいい」
「……随分と落ち着いているのね。第二剣術部の部員数名を一瞬にして倒した月嶋君の強さは尋常ではなかったわ。もし暴力を振るわれてたら……颯太は無事ではすまなかったのよ?」
俺はその戦いを見ていないのでどれくらいの強さだったのかは正確には分からない。だがカヲルが言うように第二剣術部をぶっ飛ばした暴力に、レベル一桁前半の人間が耐えられるようなものではないのは確かだ。あのまま止めなければ間違いなくぶっ飛ばされていただろうしな。
そう思ったからこそ恐怖を抱きながらも間に入ってくれたのだろう。だけどこのまま心配させておくのは気が引けるので少しは安心させる言葉でも投げておくとする。
「止めてくれたのは助かった。だけどこう見えてもサツキやリサに教わって鍛えてるから、ちょっとくらい殴られても大丈夫なんだ」
「大宮さん達に教わってるって……パワーレベリングじゃなくて? ……それなら、その練習に私も混ぜて欲しいのだけど」
こちらを真っ直ぐ見ながら練習参加の意志を伝えてくるが、同時にその目は何かを探っているようにも見える。それは何なのかは分からない。
「サツキ達とはすでに練習会をやっていたと聞いていたけど、物足りなかったのか?」
「そういうわけではないけど……颯太が普段どんな練習をしていて、どれくらい強いのか興味があるの」
なるほど、強さを見たいのか。それならサツキのように仲間となって俺を全面的に信用してもらわなくては困るのだが……散々セクハラで悩ませてきたカヲルにそれを強要するのは無理がありすぎる。まぁ強さを見たいというのではなく単に俺の能力を疑問視してるだけだろうけど。
とはいえ、月嶋君の行動次第では予測不能な状況に陥りカヲルにも暴力が及ぶかもしれない。ここは自己防衛のためにもさらなる飛躍に繋がるよう練習を手伝ってあげるべきか……いや、そんな自分を騙すみたいな考えは止めよう。俺は手伝いたくなったのだ。
冒険者学校に入ってからのカヲルは顔つきが変わり、悲壮感すら漂わせて頑張ってきた。そんな姿を見ていたら応援したい気持ちが止められなくなってしまうのも無理はないじゃないか。
(ならば、どういった練習がいいのだろう。適性は……)
現時点のカヲルは剣術を一辺倒に鍛えているようだけど、ダンエクでのカヲルは意外にMPの伸びが良く、魔法剣士としての才能もあったことを覚えている。なら手っ取り早くダンエク流の魔法戦術がどんなものかを教えてあげたいところだけど……さすがに気が早いだろうか。
まぁ教えるにしてもサツキ経由にしたほうがいいだろうな。俺があまり近づくと良くないことが起きるかもしれないし。
「分かった。こちらからサツキに聞いておくよ」
「期待してるわ……それじゃ、ユウマ達の怪我の具合を見てくるから……」
「あぁ」
向こうでは治療中の赤城君と、割れた眼鏡を手に持ち不機嫌そうな顔をしている立木君が見える。二人はカヲルとピンクちゃんを守るために手を出さず何発も殴られたようだが、本当に感謝しかない。ダンエクと同じようにこちらの世界での彼らも仲間を思う心と勇気が健在だと分かったのは良い収穫といえる。これからも大事な幼馴染をどうかよろしく頼む。
(……俺もできることをしないとな)
今のEクラスのレベルでは八龍と大戦争なんてできるわけがないので、月嶋君と足利の決闘の結果がどうなろうと軟着陸を目指さなくてはならない。そのためには何ができるかをもう一度考えるとしよう。
*・・*・・*・・*・・*・・*
ホームルームが終わり、サツキとリサの三人で校内にある並木道を歩く。新緑がまぶしい木々とは裏腹に俺達は浮かない顔で話している。
「月嶋君には自重してもらうように言ってみるけど~あんまり当てにしないでね?」
「すまないな。押し付けてしまって」
「ふふっ、これは私が適任だからね~気にしないで」
リサには月嶋君の様子を探りつつ、自重を促してもらうよう頼んだのだ。足利との決闘はもう中止にはできないだろうから、せめてプレイヤー知識を露見させず戦ってもらうしかない。問題は素直に聞き入れてくれるかどうかだが……さすがのリサも自信がなさそうだ。
だけど月嶋君だって頭の悪い人間ではない。ちゃんとメリット、デメリットを伝えておけば賢く判断してくれる……と信じたい。
「私は赤城君達の練習を見てくるねっ。ソウタに教えてもらった魔法格闘術を上手く伝えられたらいいんだけど……うーん……できるかな」
今朝にあんなことがあっても練習がしたいと言ってきた赤城君。本当に上昇志向の塊である。彼らにはこれから対人戦が頻発するかもしれないので魔法戦というものを教えておきたい。
普通の近接戦闘は第四剣術部の先輩方に教えてもらっているようだが、魔法戦となると教えられる人がいない模様。もっとも、魔法格闘戦は第一魔術部の部員ですら上手く教えられる人はいなそうだ。この世界の魔術士とは味方に守られながらパーティーの最後方で大魔法をドーンと撃つだけの戦い方しかしないからだ。
そんな戦い方しか知らなければモンスターに近づかれれば何もできなくなってしまうし、対人戦では単なるお荷物となる。なのでこちら流の魔法戦に慣れる前に、立ち位置を目まぐるしく変えて格闘しながら詠唱するダンエク流魔法格闘術に触れさせておきたい。
サツキにはどんなスキル構成でどういった立ち回りが有利なのか、基礎はすでに教えてある。今日はそれをレクチャーしてもらえたらと思う。元々気遣いができて伝えるのも上手い彼女なら俺よりも上手く教えられるかもしれない。
「さてと……俺もやるべきことをしにいくとするよ」
「ええ。ソウタも頑張ってね~」
「またねソウタっ!」
各自やることを確認して互いの健闘を祈り、笑顔で別れる。この不味い状況を危惧し、何とか軌道修正しようと思っているのは俺一人だけではない。そのことが本当に心強いぜ。
現在いる場所から人気のない北の方角へ足を進める。向かっているのは八龍と呼ばれる部活動の部室があるエリアだ。どこも権威と財力を見せつけたいのか、広大な敷地に豪奢な建物を所有していらっしゃる。貴族とは舐められたら終わりな職業なのでそういったことには大盤振る舞いするのだろう。Eクラスの先輩方が借りている第四剣術部のボロアパートと比べると歴然の差だ。
右手側に白い塀がずらーっと続いている。端末の地図によればここは第一剣術部の部室がある場所のようだが……こりゃまるで大名屋敷だな。
正面にある巨大な門は開かれており、2階建ての大きな屋敷と道場が垣間見える。この辺りはマジックフィールドではないのだが、八龍の部室は申請すれば人工マジックフィールドの使用が許されることもあるので練習場を併設しているところが多い。これも大きな特権の1つと言えよう。
さらに進むと塀の種類が白壁から赤茶のレンガ調に変わる。ここが目的地のはずだが……塀の隙間から見える建物と端末で調べた写真が同じなので間違いはない。
とてもじゃないが庶民では所有することなど叶わない豪奢な洋館。所々に植えられた草花は丁寧に管理されてはいるが、妙な迫力も併せ持っている。こんな場違いなところに飛び込むなんて心臓に悪いので逃げたい気分に駆られるけど、怖気づいているだけでは何も解決しない。気合を入れて自らを奮い立たせるとしよう。
覚悟を決めてのしのしと正門の前まで行くと、ふわふわした髪の女生徒が一人立っており、こちらを静かに見ていた。胸には貴族位を示す金バッジがつけられているではないか。失礼がないよう先に歩み寄って頭を下げると、柔和な笑みをもって出迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました、成海君。中で雲母様がお待ちです」