114 プレイヤー会議
薄暗い20階ゲート部屋の中央で、テーブル越しに向き合う四人。このメンツで話し合いたいことは色々ある。学校内のイベントではどう動くべきか。ソレルなど外野クランにはどう対処するか。レベル上げではどう協力していくか、などだ。
これらは今のところ喫緊の問題というわけではないものの、どれもが避けては通れない重要な課題。本来なら俺とリサ、ものによってはサツキを入れた三人で事に当たる予定であった。しかしアーサーの力も借りられるならこれらに対処する難度を大きく下げられる。そのためにも特定階層しか動けないという“魔人の制約”を何とかしなければならないわけだ。
「魔人の制約について情報を集めるなら、同じ魔人のフルフルに聞くことが一番だろう。そう思って聞いてきたんだけど――」
「もしかして何とかする手段が見つかったとかっ?」
テーブルに勢いよく身を乗り出して、目を輝かせるアーサー。こめかみから生えた大きな巻き角を期待に震わせている。
魔人というのはダンエクでも何人か登場し、実に奇妙かつ珍妙な種族だ。見た目は大きな巻き角が生えている以外に人間とほとんど変わらないので仲間意識を持ちそうになるが、行動パターンや考え方は人間のそれと大きく隔たりがある。
例えば冒険者に対し友好的な魔人がいる一方で、意思疎通がまるでできなかったり、悪魔を従えてダンジョン内で出会った全てを薙ぎ払う災害のようなヤツまでいて多様。友好的なフルフルだって何を考えてあの誰も来ない店をやっているのか不明だ。というか、いつからやっているのかすら分からない。
つまるところ魔人は、人間と全く別の価値観とアルゴリズムで動いているので理解しようとするだけ無駄なのだ。また肉体能力の面でも人間と大きく異なっている。
能力的には同レベルの冒険者と比べて倍以上のINTとVIT、MPを持っているので、接近戦、魔法戦問わず戦闘能力が非常に高い。さらには特異な精神構造をしているため、精神攻撃などが一切効かないという特徴まで備えている。
そんな理解不能かつ万能チートな魔人であるが良いことだらけではなく、移動制限というとんでもない制約がかけられている。同じ魔人のフルフルもあのオババの店以外にはいくつかの階層しか移動が許されておらず、クエストと称して冒険者に用事を頼んでいるのはそのためだ。プレイヤー知識を持っているアーサーでもこの移動制限はどうにもならない致命的な枷になっていた。
その枷を解く手段が見つかったのなら今すぐに教えろと急かすように言うけれど、世の中そんな美味い話はそうそう転がっていない。
「残念だが、魔人である限り移動制限は解除できないそうだ」
「へっ? ……でもまさか、そこで終わりじゃないよね?」
期待させておいて落とすなんてマネはしないよなとガンを飛ばしてくるけれど、見た目が子供なのでちっとも怖くはない。だが別に期待させるためだけに話したわけではないので落ち着いて欲しい。
「魔人である限りは、だ。なら魔人を辞めればいい。ただその場合、色々な弊害もでるようだぞ」
ダンエクにおいて魔人はダンジョンの守護者的な存在であった。動けないという制約もその辺りが関係してくるものと思われる。仮にアーサーが魔人を辞めた場合、持ち場である38階層がどうなるのかわからないし、魔人の恩恵であった高いステータスと固有スキルも全て失うとのこと。
「38階? ダンジョンから出られるならあんな家どうでもいいよ、ガラクタばっかりだったし。ステータスが低くなるのは痛いけどそれも目を瞑る。でもそんなこと本当にできるの?」
「フルフルに何度も聞いてみたんだが、記憶が曖昧だから思い出せないと言ってたな」
魔人に限らず別の種族に転生する魔法など、ゲームのときには一度も聞いたことはなかった。本当にあるのか、前例があったりしないのか、そこが重要なのだとフルフルに問い詰めても「あったような~なかったような~。だけど“アレ”を1000個持ってきたら思い出すかもしれないわ~」とか言ってきやがったのだ。
「“アレ”ってフルフルさんの依頼のことだよねっ。でも1000個って……無理があると思うけど」
「随分と吹っ掛けてきたわね~」
1000個も集めるとなれば毎日やったとしても半年近くかかるのではないかと危惧するサツキ。だとしてもアーサーが外に出られるならば俺達にとっての恩恵は計り知れないのでやってみる価値はあるだろう。
「でもよかったぁ! このまま一生ダンジョンで生きていくのかと思ってたよ。外に出られたらボクも冒険者学校に通いたいなぁ」
「まだ確定したわけではないぞ。それに学校に入学できたとしても来年からになるだろ」
「来年かぁ……華乃ちゃんも入学するかもしれないし、同じクラスメイトになるかもねっ。でもEクラスが凄いことになりそうっ」
散々ダンエクをやり尽くしたプレイヤーなら冒険者学校に通いたいという願望は当然あるだろう。今年は無理だが来年なら可能か、いやその前に戸籍をどう取ろうか――などと考えたものの、華乃とアーサーが同じEクラスになるとか波乱の未来しか思い浮かばない。オラ、不安になってきたぞ。
「それまではアラクネとして一緒に行動することになるのかなっ。頑張ろうねっ」
「う~ん……蜘蛛の体は小さくて素早いし便利でいいんだけど、喋れないからなぁ。それに見た目はモンスターだから探索してたときも苦労したよ」
一般冒険者が蜘蛛を見かけたときにはモンスターと勘違いして攻撃してきたので、できれば人型の召喚モンスターが良かったという。その体でいったいどこまで探索に行ってたんだ。
「人型の召喚魔法なら“エレメンタル”とか“天使”かしら。いずれにしてもスキル取得は厳しいわね~」
人型の召喚モンスターはそれなりに種類はあるが、どれも最上級ジョブで取得できる強力なものばかり。もっとも、アーサーの使っている蜘蛛も普通タイプではなく、モンスターレベル70のアラクネ最上位種《アラクネ・モナーク》……なのだが、何故か弱体、小型化している。不便はあるだろうがしばらくはその蜘蛛で頑張ってもらうしかない。
魔人の制約についての話に区切りがつき、サツキに入れてもらった紅茶を飲んでホッと一息する。紙皿の上にあったクッキーを全て食べ終わるとリサが新たに出してきたのは濃い緑色をしたロールケーキだ。紙皿に切り分けてくれたので遠慮なく口に放り込むと抹茶特有の良い香りが鼻腔を包み込む。
「んぐっ、これ美味いなっ。お代わり! それでさ、学校って今どんな感じなの?」
口の周りに抹茶クリームをいっぱい付けたアーサーが、上機嫌にお代わりを頼みつつ学校の様子を聞いてくる。
「クラス対抗戦が終わって次期生徒会長選挙が始まる頃だ。恐らく世良さんが当選することになると思うけど、俺にとっては予想外の動きもあって困惑している感じだ」
「ソウタは生徒会に目を付けられていたわね~。シーフ研究会の方かしら」
「多分シーフ研究会の方だと思う。くノ一レッド絡みだろう」
くノ一レッドについては怪しい動きはあるものの敵対視はされていないと思う。雲母ちゃんにしても無理に接触してきたり、生徒会会議室で俺の情報をバラまくようなことはしなかった。呼び出された理由はいまだ不明なので気になるところではあるが。
「八龍とくノ一レッドがもう動いてるのか。なんか面白そう! あ~あ、ボクが入学してたら生徒会長に立候補してたのにさー」
足をバタバタさせて早く入学させろという。学校内のイベントには手出しできないためもどかしいようだ。しかしこの時点でくノ一レッドが絡んできたり、第二剣術部が攻撃を仕掛けてくるなどゲームストーリーとズレが生じている。今後もゲーム知識が通用するのか不安が拭えない。
「クラスのみんなが、思うようにレベルが上げられてないというのも~良い状況ではないわね~。赤城君達だけでもレベルが上がっていればいいんだけど」
「パワーレベリングでさっさと上げちゃえばいいのに……って、ゲートは教えてないって言ってたっけか」
「そうなのっ。だからパワーレベリングするにしても週末しかできないんだよねっ」
ゲートが使えないと狩場まで行くだけでも半日かかるので、学校がある平日はレベル上げなどできない。仮にこのまま赤城君達のレベルが十分に上げられないとなれば、今後起こる様々な学校イベントに失敗してしまうだろう。ゲームならば2年生にすら進級できずバッドエンド一直線である。
「ということはEクラスが崩壊するかもしれないのか。大変だねぇ」
「ほ、崩壊するのっ?」
「クラスメイトの何人かが学校に来なくなったり、自主退学に追い込まれるかもしれないわね~」
新たに切り分けてもらったロールケーキを齧りながら“Eクラス崩壊”というパワーワードをさらりと口にするアーサー。バッドエンドと言っても、クラスが崩壊するというだけで誰かが死ぬわけではない。だけどクラスメイトに愛着があり一緒に頑張っていきたいと考えているサツキは崩壊だけはどうにかならないかと困り顔だ。
俺としても直向きに頑張っているカヲルの退学は阻止したいし、来年に華乃やアーサーが入学してくるなら先輩面したり一緒に学校生活を楽しんでみたい。できることならクラス崩壊は避けるよう動くつもりだ。
「クラス崩壊を止める分岐点はいくつかあるけど、ダンジョンに長い時間潜れる夏休みが勝負どころだろうな」
「レベル10くらいまで上げられれば冬までは大丈夫だと思うけど~」
「私達もサポート頑張らないとねっ」
Eクラスについては順調とは言い難いが、今の段階で致命的といえるものはなく、夏休みのレベル上げ次第では十分挽回可能と考えている。第二剣術部に襲われたことや生徒会会議室に呼び出されたことに関しては問題ではあるものの、俺が表立ってどうこうできるものではない。今後の状況を見守りつつサポートを継続していくしかないだろう。
「なるほどねー。あとさぁ、聞いておきたいのは、プレイヤーって他に誰がいるんだい?」
「今のところ分かっているのは月嶋君だけね」
「月嶋君? 誰だよそいつ」
「この人だ。それでリサ、あれから何か分かったか?」
プレイヤーが他にもいるか気になっているアーサーに、腕端末のデータベースから呼び出した顔写真とデータをセットで見せておく。月嶋君はリサとたまに一緒に行動しているのを見かけるが、それは俺が無理を言って情報を探ってもらっているからだ。月嶋君もプレイヤーと分かっているリサには気安く話しかけて遊びや食事に誘ったりしているようだけど、肝心の自分の情報についてはほとんど漏らしていない。
「相変わらずダンジョンには潜ってないようね~。いつも外の繁華街で遊んでいるわ。それなのにレベル上げは順調みたい」
「ダンジョンに潜らずレベル上げねー。それって召喚魔法を使ってるんじゃないの」
「召喚魔法って、そんなことまでできるのっ?」
リサの話を聞き、召喚モンスターを単体で突撃させてレベル上げしていると推測するアーサー。そんな楽ちんなことができるのかとサツキが大きな目をぱちくりさせて驚く。以前俺も同じように召喚魔法説を考えたことはあったが、それが本当に可能なのか疑わしく思っている。
「アーサー。召喚モンスターだけをダンジョンに向かわせてレベル上げするにしても、召喚主が近くにいないと消えてしまうんじゃないのか? たとえ消えないにしても低レベルで何時間も召喚し続けていたらMPだって持たないだろ」
ダンエクの召喚モンスターは召喚主から一定の距離が離れてしまうと勝手に還ってしまうので、異なる階層に単体で突撃させることは不可能だった。また伝説級装備でMPブーストしているならともかく、大した装備も持っていない低レベルではすぐにMPが枯渇してしまう。この2つの問題をどうにかしない限り召喚魔法説は成り立たない。
「えっとね、こっちだと遠くに離れても召喚主に対する忠誠心があれば消えないみたいなんだ。ボクの召喚するアラクネもボクにすっごい懐いているから命令さえしておけば違う階層に行かせても消えないしね。それにレベルが足りない状態で呼んだなら“弱体化”してるはずだし、召喚MPコストも大幅に減少しているはずだよ」
こちらの世界の召喚モンスターには忠誠心パラメータのようなものがあり、それが高い状態でないと《憑依》すらさせてもらえないのだそうな。また、レベルが足りない状態で召喚魔法を使うと戦闘能力が大きく下がった“弱体化”というデバフ状態での召喚となるものの、MPコストも同様に下がると言う。
この辺りの情報はゲームとは仕様が違うようなので実際に自分で召喚魔法を使って体験してみないと分からないことだ。だが仮にアーサーの言うことが本当なら召喚魔法説の信憑性は大きく増す。
あと問題になるとすれば――
「でもっ、召喚モンスターにソロダイブさせているのに、その目撃情報は上がってきてないよねっ。人に気づかれないとか透明になれる召喚モンスターっているのかなっ?」
「周囲の認知能力を低下させる召喚モンスターはいるけど~、1階フロアのように冒険者だらけの場所を誰にも見つからず素通りするのは多分無理ね~」
「人型なら鎧を着せれば分からなくなるんじゃないの。月嶋ってやつもそういった偽装は施していると思うけどなー」
召喚モンスターがダンジョン1階を歩いていれば大騒ぎになるのではとサツキが指摘する。中にはドラゴンや神獣など巨大召喚モンスターもいるので、人ごみの中にいればパニックになるのは容易に想像できる。だがアーサーの言うように人型なら鎧を着てやり過ごすことは可能だろう。
「まー、だけどソロで狩りをやらせたとしてもレベル20そこそこまでだろうね。召喚モンスターって基本的に召喚主より弱いし。でもさ、その月嶋ってどんなヤツなんだ? ここに呼べるようなヤツじゃないの?」
本来ならレベル20に到達することすら難しいと思うが……そろそろパーティーでも組むつもりなのだろうか。かといってクラスメイトの誰かを育てている気配はないし、その辺りはどうしていくつもりなのか気にはなるな。
「世界の全てを支配する、と言ってるような男子ね~。協調性は……無さそうかな~集団行動とか嫌いみたいだし」
「野心家でチームプレーとかできそうにないヤツか。ボクはそういうタイプ嫌いじゃないけど、仲間として見るのは難しい感じ?」
ゲーム知識を持ってこの世界に来た以上、それらを使わず平穏に暮らしていくなど普通はありえない。あったとするならその極大の可能性に気づけない余程の無能か、元の世界で何もかも燃え尽きた人間だけではなかろうか。ゆえに野心を持っているなんてことは至って当たり前で、健全な精神を持っている証拠と言っていい。
だから野心家であることだけなら仲間にしない理由にはならない。協力して対処したいことなど山ほどあるし、こちらから声をかけたいくらいである。
俺が月嶋君を問題視しているのは周りの人間を“NPC”としてしか見てないこと。そんな人物に大事な家族を接触させるわけにはいかないし、組んだところで俺の望む未来が掴めると思えない。月嶋君にはその考えを改めるようリサに働きかけてもらっているけど、改善の兆候が全く見られないというのもまた悩ましい問題となっている。
「そろそろ学校でも動くとも言っていたわ。どう動くつもりなのか分からないから私なりに注視していくつもりだけど……分かったとしても止めるのは難しいかな~」
「まだEクラスには戦う準備もできていないんだが……」
「今上位クラスに睨まれたら、戦える人がいないよねっ」
そこらじゅうで喧嘩を売って上位クラスと全面戦争なんてことになれば、レベル20近い貴族達まで出張ってくることになる。下手をすれば八龍だって動きかねない。たとえ月嶋君がそいつらと張り合えたとしても、現時点でのクラスメイトでは《オーラ》に当てられただけで心が砕かれてしまうだろう。いったい何を考えているのか。
動くならせめて来年からにしてほしいけど、リサが言ったところで聞く耳を持つような人ではないのかもしれない。現状でも色々と上手くいっていないのに新たな問題まで発生しようとしてるとは。今日は顔合わせ目的のつもりだったのでそこまで深く話すつもりはなかったんだが……さて。どうしたものかね。
ため息をつきながら紅茶で喉を潤していると突然壁の紋様が光り、部屋の壁を紫色に照らしだす。誰かがゲートを稼働させたようだ。といっても来るのは誰なのか予想できているけど。
「じゃっじゃーん! 来ちゃったーっ!」
「颯太~今日もいっぱいミミズのご飯を持って来たわよ~」
「どっこいしょっと。これだけあるから、アーサー君とお嬢さん達も一緒にどうだい?」
最初にツインテールを揺らして華乃が勢いよく飛び出し、続いて大きな皮袋を背負って両親が出てきた。重い空気が底抜けに明るい成海家の登場で軽くなる。
お袋の言う“ミミズのご飯”とはアンデッドが落とす腐肉のこと。とにかく腐肉はミミズの食いつきがいいのだ。最近の成海家は店を早めに切り上げて毎日ミミズ狩りに繰り出しているおかげで、レベルもめきめきと上がり両親のレベルも20目前。そろそろ二人の上級ジョブも考えないといけない頃合いだ。
「華乃ちゃーん! もしかしてボクに会いに来て――」
「サツキねぇ! リサねぇ! 会いたかったよーっ!」
華乃の姿を見つけると嬉々として抱きつこうとするものの、一足先にサツキとリサに抱きついた華乃に躱され壁に激突するアーサー。あんまり根を詰めても良い案は浮かばないし、話し合いはこのくらいにしてミミズ狩りで交流を深めるとしようか。
幸い俺達のレベル上げに限っては順調そのもの。どんな状況が降りかかって来ようと、この世界の誰が相手だろうとも、俺の家族だけは死んでも守る。八龍だかソレルだか知らないが、このままぶっちぎってやるぜ。