113 怪しげな手作り弁当
生徒会会議室に呼び出されてしまった。
本当は一人で行きたかったものの立木君まで付いてきてしまって何を話されるか気が気でなかった。それでも何事もなく(?)無事に教室の自分の席に戻ってこられたのは不幸中の幸いと言うべきか。最近は俺の理想とする“静かでささやかな学園生活”から段々と離れてきているようで危機感を覚えてしまう。
(はぁ、こんなメールも来ちゃっているしな……)
キララちゃんから「先ほどのことでお話したく。都合がよろしい日を教えてください」とのメールが届いていた。生徒会長まで揃って俺に何を話したかったのかさっぱり見当がつかないが、こういった面倒なことはさっさと終わらせたほうがいいだろう。とはいっても今日は朝からいくつも事件が起こって疲れたし色々と予定もある。また後日にしてもらいたい。
とにかくだ。これで朝から続いた慌ただしい時間が終わり、ようやく一息つける。そう思って自分の席で脱力していると、目の前に音もなく、ぬ~っと女生徒が現れた。
「どうして来なかったの……?」
見上げてみると、久我さんが眠いのか睨んでいるのか判断がつきにくい半眼状態でじーっと見ていた。来なかった、とは何のことなのかそれとなく聞いてみるとメールをチェックしろとのこと。早速端末画面を操作してメールソフトを起動してみると……見覚えのあるメールを発見した。どうやらこれのことらしい。
『拝啓、颯太キュン。今日は美味しいお弁当作ってきたの♪ 良かったら一緒に食べない? (きゃっ) 屋上で待ってまーす(はーと)』
何かの宣伝かイタズラかと思って即座に迷惑メールに放り込んだことは覚えているが、送信主をよく見てみれば“久我琴音”と書かれていたではないか。こんな怪文章を送ってくるとは何が狙いなんだ……もしくは何かの暗号だろうか。アルゴリズムに見当つかないので解読は厳しそうだけど。えーと、はーとって何だ。
「あの、これは何だったの?」
「見たまんま……せっかくお弁当作ってきたのに颯太が来なかったから……」
胸には布で包まれた箱状のものを抱えているけど、これはお手製のお弁当だという。俺と一緒に食べたかったと言って顔を横に反らし、口を尖らせる。その新鮮な姿に思わず俺の心もキュン♪
――などとするわけがない。
いつもは教室の片隅でカップラーメンを啜るかパンを一人でかじっているようなボッチで目立たない女の子が、今日に限ってお手製のお弁当を作ってくるなんて絶対に何かを企んでいる。そしてこの変わりよう……
クラス対抗戦のときは敏腕刑事が泥棒を尋問するような目つきで俺を見ていたというのに、何かの女の子キャラクターでも研究したのか、要所にくねくねした動きを取り入れて変な仕草をしている。アメリカではこういった訓練もされているのだろうか。
「……もしかして話があったのかな」
「そう。今後の事について打ち合わせをしたかった……時間が合えば一緒に狩りの予定も組みたいと思っていた」
打ち合わせか。俺と久我さんは“秘密の協定”を結んでいる。授業で自分達のレベルを低いように見せかけたり、ちゃんと練習に打ち込んでいるよう互いに口裏合わせをしようというやつだ。俺の場合はそういったことが主な理由なのだが、久我さんの主目的は別にある。
学校では遅刻常習犯であり、やる気もなくサボってばっかりというイメージの彼女だが、それは毎晩遅くまで情報収集したり上司に報告したり工作に出かけたりと激務を熟しているから。実は超多忙な人なのだ。本業の仕事もあるので、学校イベントに合わせてスケジュール調整、相談をしておきたいのだろう。
そして狩りの誘い。すでにレベル25まで上がっているため、もはやソロでのレベル上げは不可能。できれば俺と一緒に狩りをしたいと言ってくる。恐らくこっちが本命の相談――もとい、狙いのはずだ。
気を付けなければならないのは、この時点の久我さんは日本に大した愛着など持っておらず、赤城君を含めたクラスメイトにもなんら好意的な感情を抱いていないということ。そんな状況でプレイヤー知識を知られてしまえば、吸い上げられるかのごとくアメリカに情報が流れていってしまう。
もし一緒に狩りに行くことになったとしても、今後起きるであろう彼女の固有イベントフラグとその進行具合を正確に把握しつつ、情報を適度に抑えていかねばならない。
……とまぁ、俺がそのように警戒していることくらい十分承知のはず。だからこそ、お弁当を作ったりあの怪文章を送ったりと搦め手を使ってきたのだろう。久我さんも正真正銘ダンエクヒロインなので見た目は凄く可愛い子なのだけど、今のところ筋金入りの無愛想キャラのままなのでその程度の搦め手では大した効果がでていない。おかげで助かっているとも言えるけど。
「ごめん、今日は用事があるんだ。ゆっくり話せる時間が来たらそのときにでも」
「……そう。本当は早めに話したかったけど……じゃあまた今度も作ってくる……」
そう言うと忍者のように音もなく席に戻っていく久我さん。いったいどんなお弁当を作ってきたのか怖いもの見たさはあるけど、自白剤などが入っていないか不安なのでお弁当はいらないと言っておこう。
俺はこの後も色々と考えなければならないことがあるのだ。上手くいけばいいのだけど。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「す、すごい魔力濃度っ。ここが……20階」
「それじゃ~灯りを点けるね~」
薄暗い20階ゲート部屋。周囲を漂う濃い魔力にサツキが目をぱちくりさせて驚く。リサが魔道具に灯りを点けて地面に下ろすと、15畳ほどの広さの小部屋がぼんやりと照らされ、3人の大きな影が石材で覆われた壁に映り込む。
「え~っと、ここで彼と待ち合わせなんだよねっ。なんだか緊張する……」
「さっきまで蜘蛛になってこの近辺を探索してたようだけど、メールにはもうすぐ来るって書いてあったから準備して待ってようか」
「あ、アラクネ?」
今日はアーサーを含めたこの四人で今後についての打ち合わせを行う予定である。ちなみにアーサーが二人に会うのは今回が初めて。サツキはどんな人なのか気になるようで落ち着きがないけど、あいつは大雑把なヤツなので何も気にすることはない。それどころか逆に失礼なことをしでかさないか心配である。
「召喚魔法で蜘蛛のようなモンスターを呼び出し、それに乗り移ってこの近辺を冒険してるんだってさ」
「そんな魔法もあるんだねっ」
「ずっと同じ場所にいたら飽きちゃうし~、動けるようになってよかったよね~」
魔人の制約によりアーサーは自由に階層移動ができない状態だったのだが、召喚モンスターに乗り移れば自在に移動ができることが分かった。そこでここ数日は蜘蛛の体になって色々な階層を探索していたらしい。
召喚魔法は強力なモンスターを呼び出して使役するため制御不能になった場合、非常にハイリスクになる……と考えていたけど、危険なクエストや偵察など様々な用途で使えるのなら大きなメリットとなりえる。1つくらい覚えておいても良いかもしれないな。
さて。話し合いのための事前準備をしておこうかね。
「それじゃテーブルと椅子を出すよ」
「美味しい紅茶を持ってきたよっ」
「お菓子はこれ。口に合えばいいけど~」
マジックバッグ改からウチの店で売れ残っていた折り畳み式テーブルと四つの丸椅子を出して部屋の中央に並べる。家が冒険者向けの雑貨店をやっているだけあってキャンプ用グッズなら山ほどあるのだ。だがサツキはテーブルよりもこのマジックバッグ“改”が気になっている模様。
「それって前に言ってた重量も軽くなるっていう特別なマジックバッグかなっ」
「私も早く欲しいな~。今度華乃ちゃんと行くときにいっぱい取れたらいいよね~」
そう言いながらサツキは水筒から熱々の紅茶を紙コップに注いでくれ、リサはお気に入りのお店で買ったというクッキーセットを取り出して紙皿の上に出す。紅茶の香りと甘いバターの香りが広がる。遠慮なくいただくとしよう。
ここは薄暗く冷たい感じがする空間だけど、可愛い女の子達と話しながらだとこんなにも華やかに見えるんだな。お茶が美味いぜ。
気分良くクッキーを摘まんでいると、妙に音程がズレた鼻唄と共にコツンコツンと梯子を降りてくる音が聞こえてくる。やっと来たか。
「やぁやぁやぁ。ボクと会わせたい人がいるって聞いてたけど……まさかの女の子……ぉ!? って、キミは大宮皐ちゃんじゃないかあっ!」
「えぇ? えっと。初めまして……」
「わぉ、本物の皐ちゃんだっ! ぱっちりおめめにオサゲ髪! そして控えめなお胸もまた可愛――いでぇっ!」
梯子から降りて早々にサツキの姿を見つけたと思えば、食いつくように色々な角度から観察し始めたアーサー。ゲームの中の女の子がこうして目の前に実在すると嬉しくなってしまうのは分かるが、思いっきり引いてしまっているではないか。あまりに失礼なのでゲンコツしておく。
「もうっ、痛いなぁ……で、もう一人の美人なお姉さんはぁ、誰かなー? でへへ」
「お久しぶり。相変わらずね~閃光君は」
「なっ。ボクの二つ名を知ってるとは、何者だっ」
ゲンコツを落としても全く懲りていないようで、次にリサを見つけるとデレデレしながら話しかけるアーサー。だがダンエク時の二つ名を言い当てられると瞬時に後ろに飛び移って身構える。
「打ち合わせをスムーズにするためにも、まずは自己紹介からやろうか」
「ふふっ、そうね~。これから長い付き合いになるかもしれないし。ふふっ」
歯ぎしりして威嚇してくるアーサーが面白いのか、笑いをこらえられないようにリサが同意する。まぁダンエクでは誰だったかを知ればもっと驚くだろうけどな。
「では……俺は成海颯太、プレイヤーだ。今後俺達は手を取り合って様々な問題に取り組んでいくことになる。できることは協力していくつもりなのでよろしく頼む」
「ん? 皐ちゃんに“ダンエク”のことを説明したってこと?」
「並行世界から来たって説明してるわね~」
「そう聞いているよっ」
プレイヤーの説明をどのようにしたのかと聞いてくるアーサー。リサによれば“並行世界”から意識だけ飛んできたと言ってあるようだ。サツキにとっても“この世界がゲームである”というよりも、俺達が似たような世界から来たと言ったほうが信じてもらえるし納得もしやすいはずだ。
少なくとも今の段階では俺達もこの世界が何なのか分かっていないし、そのほうがいいと思っている。
「ふ~ん、じゃあ次。ボクはアーサー。わけもわからずこっちの世界に飛ばされて酷く退屈だったけど、やっと知り合いが増えてきてほっとしてるところだね」
「……その角って、本物なのかなっ」
「本物だよ、ボクは魔人だからね。元々入ってた子の意識は眠ってるみたい。最近は話しかけてもちっとも反応しなくなっちゃったよ」
クッキーをムシャりながら「優しく触ってね」と言って角を突き出すアーサーに、サツキが再び引いている。
しかし“元々入ってた子”か。俺のブタオマインドのように元の体の意識があったようだが、ブタオの場合は常に活動していて俺の意識と融合が進んでいる気がする。もはや“俺”なのか“ブタオ”なのか分からなくなっているときがあるくらいだ。アーサーの場合は魔人と人間の精神構造が違っているせいで融合が進んでいないのかもしれない。
「じゃあ次は私ね。新田利沙。プレイヤーだよ~。リサって呼んでね♪」
「リサちゃんさ。さっきボクのこと知ってるって言ってたけど……あっちでは誰だったの?」
「アーサー君は有名人だったから、知ってる人は多いと思うよ~? そういう意味ならソウタもだけど。向こうではえ~と……【黒の執行者】って二つ名で呼ばれてたかな~?」
「うっぞぉっ!」
テーブルに身を乗り出して驚きの声を上げるアーサー。ちなみにリサは向こうの世界でもこの見た目の女の子だと言うと見入るように頭から足元まで何度も往復させて、ついには震え始めた。
「あの狂信者共を率いてた“黒騎士”がこんなグラマラスお姉さまだったなんて! 絶対ゴリラ女だと思ってたよ!」
「……なにか失礼な単語が聞こえたけど。おしおきしちゃうぞ~♪」
同じくゴリラ女だと思ってたのは内緒だ。だけどそう思うのも無理はない。ダンエクでのリサは集団を率いてPK集団や大規模クランと真正面から抗争を繰り返していた歴戦の猛者。その二つ名を聞けばそこらのPKが裸足で逃げ出すレベルだったのだ。それがまさかこんなおっとり系お姉さまとは思うまい。
俺も最初は疑っていたものの、練習で剣を合わせていくうちにリサがあの“黒騎士”だと確信できるようになった。剣の間合いの取り方や踏み込み方が、何度も殺し殺されていたあの頃を思い出させるからだ。それはそうと、おしおきってどんなのか気になるな……
「最後は私だねっ。大宮皐だよっ。普通の……何の変哲もない一般人だけどっ、足手纏いになるかもだけどっ、でも一緒に冒険していて楽しかったから。だから一緒にいさせてくださいっ」
「私からもおねがい~」
俺達に「一緒にいたい」と頭を下げるサツキに合わせてリサも頭を下げる。一緒にいて楽しかったというなら俺もだし、学校では気にかけてもらってめちゃくちゃ感謝している。だけどプレイヤー達のゴタゴタにサツキを巻き込むことについて抵抗があったのは確かだ。
学校関連のイベントなら、たとえ暴力を使って来る粗暴な奴らが相手でもサツキの力を借りる気でいたし、喧嘩となれば一緒に立ち向かうことも想定していた。それが彼女の幸せな学園生活に繋がると信じていたからだ。
だが相手が殺しを厭わない大規模組織であったり、多彩な攻撃手段を持つプレイヤーの場合は危険度が比較にならないほど跳ね上がる。俺やリサは未来を知るプレイヤーであるがゆえにそんな奴らでも対処する責務があるが、サツキは普通の女の子だ。そんな危険な奴らからは遠ざけておきたかった。
それでもリサに言わせれば、サツキは寝食を共にして毎晩考えを交換し、ダンジョンでも背中を預けて戦っている一蓮托生のパートナーなのだ。一方のサツキも俺達が危険な未来に立ち向かうなら絶対に力になりたいと言ってくれた。ならば俺も頭を下げて力を貸してもらおうと考えを改めたわけだ。
「俺の方こそよろしく頼む。信頼できる人の助けは本当に貴重なんだ」
「ボクももっちろん異論はないよ。華やかになるのはいいことだしね~」
「ありがとうっ、ソウタ、アーサー君っ!」
目に涙を浮かべて喜ぶサツキの頭をよしよしと撫でるリサ。アーサーは深く考えていないようだが今はそれでもいい。仲間意識や絆なんてものはゆっくりと育んでいけばいいのだから。
「それじゃ本題に移ろう。大まかに言っても冒険者学校のイベント、外野のクランの対処、今後のレベル上げの方針などがあるが問題は山積みだ」
「どれもとっても大事だねっ」
「冒険者学校かぁ。でもボクは魔人だからろくに動けないし、きっと何にもできないよ……外に出たいなぁ……」
“魔人の制約”のせいでダンジョン外のことについては参加できないと力なくテーブルに突っ伏すアーサー。たとえ蜘蛛になったところでマジックフィールド外に出てしまえば召喚モンスターは勝手に還ってしまうはずだし、ダンジョン内でも蜘蛛の体ではレベルを活かしたサポートが十分にできないと、いじけたように言う。
しかし逆にこれさえどうにかできたなら、レベル40近いアーサーの力を100%借りられるようになるわけだ。そうなれば俺が挙げた数々の問題を解決する上で大きなアドバンテージが得られるだけでなく、武具素材集めやイベント処理など一気にカタが付く可能性だってある。
俺達にも大きな影響を与えるこの制約。これまでアーサーがどんなに調べても解決の糸口すら掴めていなかった……が、何も進展がなかったわけではない。
「ならまずはそのことについて話していくか」