112 呼び出しの理由
―― 立木直人視点 ――
冒険者学校6階にある生徒会会議室前で、これから突入しようとする四人が並び立つ。
成海が生徒会に呼ばれた理由はメールに書かれていなかったため定かではないが、生徒会長に近づくことのできる千載一遇のチャンスを逃す手はない。ここは皆で成海について行き、生徒会を探ろうということに決まった。
「いいか。先ほど話した作戦通りに進めるぞ」
「まずは生徒会長の人となりを見るんだよねっ。押せそうなら今朝のことを陳情するっ」
「それで生徒会と~、できれば会長選挙の情報収集もするんだよね~」
「……」
大宮は両方の手を胸の前で握りしめながらやる気を見せており、新田はいつもどおり自然体で微笑んでいる。校内最大権力者のいる部屋を前にして物怖じしないその姿は実に頼もしい。
一方の成海は、眉を下げて怖気づいているように見える。相手を油断させるため小心者に擬態しているのか、もしくは見た通りなのか。その弱気な目からは何を考えているのか窺い知れない。だが大宮達はそんな成海を全く問題視しているように見えないので大丈夫なのだろう。
「それでは成海。ノックを頼む」
「う~ん……嫌な予感が……」
成海は若干へっぴり腰になりながら生徒会会議室の扉を控えめにノックする。
『……入れ』
数秒後、向こうから男の声が聞こえた。重量のある木製の扉を押し開けると――中は高級ホテルのような応接間が広がっていた。家具は単なるアンティークではない。机、椅子、照明の全てが名のある名匠の作品だ。これらを揃えるには数千万、下手をすれば億に届く金額がかかるだろう。どれほど寄付金の額があればこのようなものを揃えられるのだろうか。
部屋の最奥には革張りの椅子に腰掛けた眼鏡の男子生徒が、こちらを探るように睨んでいた。この生徒会会議室であの場所に座ることができるのはただ一人。生徒会長しかいない。僕の仕入れた情報によれば十年に一人の秀才と聞いているが、はたしてその実力はいかほどか。
(しかし、あの女生徒は誰だ……)
生徒会長のすぐ隣にはもう一人。碧色の長い髪の女生徒が黒い扇子を動かし、ゆったりと扇いでいた。スカーフの色は青なので2年生。同じ生徒会の人だろうか。
生徒会長以外にも別の人物がいると分かり、計画を見直すべきか逡巡するものの、意を決して一礼し「失礼します」と言いながら四人は生徒会室へと入る。分厚い絨毯のせいで足音は消され、窓や壁も防音されているのか静寂に包まれている。
目の前にいるのは身分も立場もレベルも遥かに格上。やろうと思えば僕らを退学に追い込むことすらも可能な人物だ。緊張からか早くも喉が渇いてきた。
「――それで。私はそこの男だけを呼んだつもりなのだが、お前達は何だ」
「同じ1年Eクラスの立木と申します。こちらは同じクラスの大宮と新田――」
「帰れ」
有無を言わさず睨みを利かして追い払おうとする生徒会長。あまりの迫力に思わず後退りしそうになってしまう。剣では第一剣術部部長、魔法では第一魔術部部長が最強と言われているが、冒険者学校最強といえば生徒会長だともっぱらの噂だ。そんな凄腕に睨まれれば怯みの1つくらいは致し方ない。
だけれども、皆の未来がかかっているのだから僕がここで帰るわけには行かない。生徒会長の人物像を探る猶予は些かも貰えなさそうなので計画を変更し、率直に核心に触れていくことにする。
「僕達は陳情に参りました」
「……なに?」
陳情と聞いて目を細める生徒会長。またこちらの発言を却下してくると思い、間を置かず勢いで今朝の出来事に話を繋げる。第二剣術部からの暴力。背後にいる第一剣術部の足利という男のこと。Eクラスはこれまでに何度も不当な暴力とルールに晒されている、など。
もし噂通り公平な人物だというなら、これらを聞いて何か思うはずだ。だというのに続いて生徒会長が発した言葉は期待から大きく外れているものだった。
「お前達などに構っている暇はないし、知ったことではない」
あまりにも無情。僕達の問題には微塵も取り合う気がないということか。その冷え切った回答に堪らず大宮が一歩前に出る。
「生徒会長は公平な人だって聞いていたけどっ、全然公平なんかじゃないねっ。前に話し合いに来たときも私達を門前払いしたしっ」
「サツキ。落ち着いて、ね?」
興奮した大宮が食って掛かるがすぐに新田が止めに入る。相手は大貴族であり冒険者学校運営陣に影響を与えるほどの大物。刺激するにはリスクが大きすぎる。冷静になって考えるべきだろう。
(言葉を間違えてはいけない。次の機会はもう得られないかもしれないのだ。だが何と言えばいい……どうすれば話を続けられる……)
先ほど第一剣術部の足利の名前を出したときに、隣に立っている女生徒が一瞬だけ目を見開き思案するような仕草を見せていた。思い当たることがあったということだ。それは第一剣術部についてか、それとも足利か。いや、もしかしたら――
「僕達のクラスを襲わせた足利なる人物。生徒会の関係者なのではないのですか? もしくは次期生徒会長選挙に関連しているとか」
「お前たちに話す必要はない」
「僭越ながらこうして暴力を受けている身としては聞くべき正当な理由があると思いますが。それだけでなく――」
突然、バンッという音がする。隣にいた女生徒が机を手で叩いた音だ。腕を下ろしこちらに振り向いたことから胸に煌めく金バッチが垣間見える。やはり貴族であったか。
「ぴーぴー煩わしい劣等生共ですわね。さっさとその方を置いて出て行きなさい。さもなければ」
言葉の終わりと同時に膨大な魔力が放たれる。それにより肌が粟立つほどの恐怖に包まれて体が硬直し、本能的に跪きそうになってしまう。あの女生徒も生徒会のメンバーというならそれなりのレベルに達しているとは思っていたが、予想以上の実力者だ。
「……あら~? これは意外ですわね」
膝を突きそうになるのをぐっと堪えていると、少しだけ魔力の風が和らぐ。大宮と新田が前に出て盾となり、荒れ狂う【オーラ】を防いでくれたのだ。生徒会長はその様子を静かに見つめ、女生徒は興味深そうに笑みを濃くする。
「軽く気を当てればすぐに尻尾を巻いて逃げ出すかと思いきや……もしかしてただの劣等生ではないのかしら。あなた達、名前は?」
「大宮皐! 逃げも隠れもするつもりなんてないよっ」
「新田利沙でーす。普通の女の子でーす」
胸の前で腕をクロスさせて身構える大宮と、こんな状況でも“普通”をアピールするマイペースな新田。生徒会会議室という特異な場所で、学校最上位の権力者と対峙しても一歩も引かない彼女達の胆力には感嘆する他ない。だが――
「久しぶりに見る生意気な子達ね。ついイジメたくなってしまいますわ」
碧色の髪の女生徒は口をぺろりと舐めると更なる魔力を練る。微かに床が揺れたと思ったら空気が慌ただしく振動し、視界を赤黒く塗り潰すかのような濃密な魔力がゆっくりと動き出す。まさか……最初に放った【オーラ】はあれでも手加減していたとでも言うのか。
今から放たれようとするものは明らかに異常の領域。相当にマズい人物を相手にしているのではないかと不安がよぎる。
「その辺にしておけ、楠」
「……承知しました、相良様。少々遊びが過ぎました」
生徒会長の一言で女生徒は魔力放出を急停止させ、世界が日常へと回帰する。
僅かな時間であったというのに冷や汗が止まらない。これほどの高みに達している生徒が同じ冒険者学校にいると分かり、あらゆる自信が揺らいでしまう。僕達はこの先こんな化け物と戦っていかねばならないのか。後ろにいた成海を横目で見てみると同じように冷や汗をかいているので僕と同じような気持ちになっているのかもしれない。
生徒会長は目を閉じて一度深い息を吐いた後、言い聞かせるように話し始める。
「まずだ。私にはお前たちに構っている余裕がない。たとえ余裕があったところで私が付くとしたらお前達ではなく第一剣術部の方となるだろう」
「どうしてっ。悪いのは第一剣術部のほうだよっ、私達は困ってるのにっ」
先ほどの《オーラ》を見せられた後でも食い下がろうと前に出る大宮には驚いてしまう。その心の強さはどこから来るものなのか。対して、目の前に座る生徒会長は感情を表に出さずに淡々と説明を続ける。
「この学校は価値ある冒険者を生み出し輩出する育成機関だ。国や企業はそれらを求めて多額の血税や献金を納めている。ゆえにその価値は何よりも優先される。お前達の言う善悪よりもだ」
……言っていることは分かる。だがこの学校が価値を生み出す育成機関と謳うなら、価値がでる前に潰してどうするというのだ。生徒が自由に競争し切磋琢磨させることこそ国や企業にとって最大利益を享受できるのではないか。
僕だって自身の未来をかけてこの場に立っている。震えそうな足に活を入れ、大宮に負けず食い下がろう。
「僕達だって成長し第一剣術部を追い越すかもしれません。その可能性を見極める前に理不尽なルールで潰そうとするのは、価値を求めている人達にとっても損ではないですか?」
「この10年もの間、お前達Eクラスはどいつもこいつも腐るか隷属するだけだった。にもかかわらず、第一剣術部より価値が出る可能性だと? それを誰が信じる。大言壮語でないのなら今すぐ何らかの価値を示せ。できないのなら立ち去れ。私は忙しいのだ」
価値の無い者など守るに値しないということか。確かに目の前にいる無類の【オーラ】を放った女生徒は……巨大な宝石だ。今後、国や組織にどれだけの価値を齎すのか計り知れない。それに比べれば今の僕らなど無価値な石ころに過ぎない。
だからといって自らの可能性を諦めるつもりなど毛頭ない。思考をフル稼働させて反論の言葉を繋ぎ合わせる。すぐにでも言い返そうとすると――
前触れもなく部屋の中央に縦2mほどの紫色に輝く光が現れた。いきなりの出来事にここにいる全員が目を見開いて光に注目する。だが僕はこれが何なのか知っている。そしてこれを扱える人物も。
「――失礼いたします。こちらから巨大な魔力源を感知し、馳せ参じました」
光の中から現れたのは大きな杖を持ち、黒いベルベットマントを纏った一色乙葉様だ。赤く長い髪を靡かせて周囲の状況を一通り確認する。
「相良様と楠様はともかく……どうしてナオちゃんがこの部屋に? それに……もしかして相良様が気にしていた子というのが、こちらの中にいるのでしょうか」
突然現れた乙葉様に面を食らっている大宮と新田。そして存在感をなくすように壁際に立っていた成海を遠慮なくジロジロと観察し始めた乙葉様。すぐに左腕を掲げ、腕端末からステータスを読み取る。
「やっぱり全員1年Eクラス。ナオちゃん、この中で相良様に呼ばれた、または気にかけていたのは誰なのか教えてください。名前はもう控えましたので後でしっかりと調べますし、逃すつもりもありませんが」
「勘違いしないでくださいまし、一色様。その者達はクラスのことで陳情に来ただけですわ。邪魔なので先ほど気を当てて追い返そうとしましたの」
誰が呼ばれたのか……か。そういえば何故成海が呼ばれたのかはまだ分かっていないが、八龍である生徒会長や乙葉様に関心を持たれているのは気になるな。しかしそれを碧髪の女生徒――楠といったか――が否定する。どうやら乙葉様に事情を知られたくないと見える。
「陳情……もしかしてそれは“第一剣術部がちょっかいを出してきた”というものではありませんか? なるほど。どうやら次期生徒会長選挙の件で焦っているのですね」
「一色。会議のことは話すな」
僕達が何も答えなくとも、その表情と反応から答えを導きだしてくる乙葉様。新たな情報が色々と出てきたが、それ以上は踏み込ますまいと生徒会長が割り込んできた。そして再び深い息を吐き、僕達に向かって忠告するように言葉を放つ。
「お前達。今日のところはもう帰れ」
「……はい。失礼いたしました」
生徒会長と碧髪の女生徒、乙葉様がそれぞれ何度も視線を交差させる。そのやり取りにどんな意図があるのかは分からないが、決して良い関係には見えない。これ以上長居をするのは危険を感じる。
それに「今日のところは」ということは次回のアポイントが取れたと解釈してもいいだろう。時間を置いてじっくり策を考えつつ、次に接触する機会を伺うとしよう。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「あの光から出てきた人って、第一魔術部の部長さんなんだっ。すっごい目が怖かったけど……」
「まるで~モルモットを観察する科学者みたいな目だったわね~」
逃げるように生徒会会議室を出て行くと、途中から魔法で現れた乙葉様の話題となる。話す声色は柔らかいものであったというのに、僕達を見る目はあまりに無機質で冷たく、ギャップが凄いことになっていた。昔は優しい笑みを浮かべる少女であったというのに、この冒険者学校に入学してから随分と変わってしまわれたようだ。
「でもっ、真犯人は第一剣術部ということと、会長選挙絡みで襲ってきたってことは分かったねっ」
「颯太を呼び出したのは生徒会と、シーフ研究部ということもね~」
あの【オーラ】を放った女生徒はシーフ研究部部長で八龍の一人、楠雲母ということが判明した。成海は過去に楠雲母の上司と仲良くなり食事に誘われたことがあったようで、それに関連した呼び出しではないかと説明する。
(だがその言い分はおかしい)
上級貴族が平民を食事に誘うなど余程のことがなければありえない。それに今回呼び出された場所は生徒会会議室で、生徒会長も同席していた。八龍が二人も揃って呼び出したのなら、もっと重要な理由があったはずだ。それはいったい何か。
(……もしかして、これも生徒会長選挙が関係しているのか?)
たとえばこういう筋書はどうだろう。
① 生徒会とシーフ研究部が成海を“次期生徒会長”に推薦しようとした。
② それが“1年Eクラスの誰かが立候補するかもしれない”という程度の断片的かつ不確かな情報として足利の耳に入った。
③ 警戒した足利は、第二剣術部を使ってその人物を特定しようとし、今朝の暴力が起こった――
とすれば、全ての事象が繋がる。だがそれは特大級の問題を無視して無理やり話を繋げただけだ。はたしてEクラスの生徒を次期生徒会長にするなどありえることなのか。
仮にそのようなことをすれば新貴族の台頭を阻止する目的で作り上げた“八龍システム”に亀裂が入りかねないし、下手をすれば古貴族達が政治権限と資金を使って排除に動いてくることも考えられる。自身の立場や冒険者学校の秩序を犠牲にしてまでそのような行動にでることは考えにくい。
だがこの時期に生徒会長とシーフ研究部部長が成海に接触しようとしていたことは紛れもない事実であるし、同じ八龍の乙葉様も警戒を露わにして生徒会会議室に呼ばれた人物を探ろうとしていた。となればその可能性を疑うべき……なのか?
(お前は何者なんだ)
大宮と新田に話しかけられ、背中を丸めて受け答えしている太った男、成海颯太。冴えない表情は相変わらずで、覇気などは微塵も見当たらない。やはりあの態度は擬態しているだけなのだろうか。
この先、僕らが這い上がるための鍵となれるのか、単に考えすぎなだけなのかを判断するにも情報が不足しすぎている。僕だけでは情報収集する手段に限りがあるので、ここは成海と近い立場にいるカヲルを巻き込んで調べてみるべきだろうか。