110 Eクラスのヒーロー
「来たぞ、ヒーローのご登場だ!」
「やるじゃーんブタオ君。ちょっとだけ見直したかもー」
教室に到着してみれば、俺を見たクラスメイトの何人かが“ヒーロー”と言って拍手をして迎えてくるではないか。何かと思えばクラス対抗戦で俺が稼いだ点数によりDクラスに勝てたからだそうな。
今までは存在すら認識されない空気の扱い、良くて足手まとい扱いだったのに、急に好意的な眼差しを向けられるとケツがムズ痒くなるぜ。だけど好意的でない声のほうが多く聞こえてくる。
「ただついて行っただけじゃねーか。あーあ、到達深度は楽でいいよなー。俺も選べばよかった」
「そうそう。ついて行くだけでいいならあたしだってできるし」
「何にもしてないのにヒーローとかズルくない? ブタオのくせに」
クラス対抗戦では誰もがボロボロになりながらダンジョン内を駆け回ってクラスのために必死に頑張っていた。食事は最低限、岩肌の上で雑魚寝という極限状況でモンスターと連戦も珍しくなかった。だというのに戦闘もせず上位クラスについて行っただけの奴がヒーロー扱いだなんて納得できないと口々に言う。
確かに20階に行くまでモンスターは全部倒してくれてたし、俺は後方でその姿と眺めていただけ。特に難しい局面に出くわすことも――最後以外は――なかった。豚のしっぽ亭では豪華な食事を奢ってもらったし、途中で何度か家に帰ってベッドの上で寝てもしていた。後ろめたい気持ちもなくはないのだ……てへっ。
「だけどよぉブタオ。お前モンスターの圧は大丈夫だったのか?」
明後日の方向を見ながら俺の肩に手を回して話しかけてきたのは、金髪ロン毛がトレードマークの月嶋拓弥君だ。教室での彼は仲の良い友達かカヲル以外に話しかけるところを見かけたことがないのでオラ驚いたぞ。
「距離をあけて戦っててくれたからね。俺のいるところまでモンスターの《オーラ》はほとんど届かなかったんだ」
「ま、そんなところだろうな。けっ……カヲルのために頑張ってデカい魔石取ってきたのによ。モブのくせにでしゃばるんじゃねーよ」
そう言いながら俺のケツを蹴ってつまらなそうに席に着く月嶋君。魔石格という種目で一番になり、カヲルに良いところを見せたかったようだけど……頑張って取ってきた魔石とはいったいどれほどの物だったのか。それが分かれば月嶋君のおおよそのレベルが分かるのかもしれない。後でこっそり情報収集でもしてみようか。
「ソウタ、おはよっ」
「お~っはよ~。ヒーロー君」
教室の最後方にある席に着いて机の横にカバンを引っ掛けていると、スカートから伸びたスラリとした脚と、ほど良く肉付きのある脚が見えた。見上げてみればにっこりと微笑んでいるサツキとリサだ。いつも通り変わらぬ笑顔で接してくれると何だかホッとするね。
「随分と活躍した割に、みんなの態度はそっけなかったわね~」
「みんな勝手なことばかり言うんだからっ」
「ふふっ。でもソウタにとっては都合がいいのかな~?」
先ほどの様子を見られていたようだ。小心者の俺としてはヒーロー扱いなんてされても困惑するだけだし、ケツを蹴られる程度で丁度いいと思ってるくらいだ。
「ついて行っただけというのは本当だし、楽もしてたしな……それはそうと赤城君達はどうだった? 練習に付き合ったんでしょ」
「昨日は1階で訓練しただけ。でもみんな本気で強くなりたいっていう意志を感じたよっ。四人とも戦闘センスが凄く高いからびっくりしちゃった」
「あとは~土曜日だけレベル上げに付き合うって約束もしたわね~」
赤城君、立木君、カヲル、ピンクちゃんの四人を誘って訓練に付き合ったサツキとリサ。パワーレベリングをする前に基礎知識の共有と、そのための戦術指導を行なったそうだ。
パワーレベリングではモンスターを大量かつ効率的に倒しまくるので、事故が起きないよう事前にロールや立ち位置の確認などコーチングをするのが一般的だ。パワーレベリングなんて普通は高額の依頼費を払うか貴族しか受けることができないので、当然赤城君達も初経験。一度くらいは事前講習をやっておいたほうがいいだろう。
戦術指導では実際に打ち合ってみたというサツキ。四人とも戦闘センスの高さは予想以上で技術の吸収も早く驚いたという。まぁ主人公パーティーだけあってゲームで登場するキャラクターの中でも基本性能は最上位クラス。驚くのも無理はない。
そして今週末には7階の魔狼を使ったパワーレベリングがすでに決まったようだ。通常の狩りならDLC拡張エリアでゴーレム狩りをするほうが手っ取り早いのだが、パワーレベリングであれば大量に釣って集めることができる魔狼のほうが好都合なのである。
後々のことを考えれば夏休みまでにレベル10くらいまで上げてもらいたいところだ。特に赤城君は、天摩さんの解呪イベントなど様々なイベントのトリガーとなれる人物なので、早くレベルを上げるほど俺の余裕も生まれることになる。それに……赤城君が強くなればEクラスの空気が良くなるという副次的な狙いもあるのだけどね。
「なるほどな。手伝えることがあったら何でも言ってくれ。積極的に支援するつもりだ」
「ん……やっぱりみんなの防具集めかなっ? 私達もやっと15階で“モグラ叩き”ができるようになったけど、素材を集める速度はとっても遅いからねっ」
「ミスリル合金なら大量にあるからそれを譲るよ。なんなら今度一緒に行くか?」
「デートのお誘い~? ふふっ」
サツキ達はモグラ叩きはできてもブラッディ・バロンはまだ倒せないので十分なミスリル合金を集めるのは難しく、赤城君達の分までは揃えられないと言う。それならたくさんある在庫の一部を譲ればいいだろう。
そんな感じで近況報告をしていると廊下側が急に騒がしくなってきた。悲鳴の混じった声まで聞こえてくる。何か起きたのだろうか。クラスメイト達も会話をやめて教室の入り口に注目する。
「どけっ!」
教室の引き戸が乱暴に開けられ、木刀を持ちジャージを着た集団が男子生徒二人を投げ入れてきた。うつ伏せになっていたので一瞬誰だか分からなかったが、あの赤い髪と角刈りは赤城君と磨島君ではないか。よく見れば顔は腫れあがり、手足も傷や痣だらけになっている。ただ殴ったというより足腰立たなくなるまでサンドバッグにされていたようなやられ方だ。
物々しい突然の出来事に皆も息を呑むように見ている。しかもやられているのはEクラスのリーダー格。それが二人揃って痛めつけられていることに恐怖で泣き出しそうな子までいる。
「どうする。絶対に探し出せとの厳命なのに」
「足利さんがキレたらマジ怖いからな。何て言えば……」
「だがもう時間がない。いったん出直すしかないぞ」
闖入者達の胸元には“第二剣術部”の文字が刺繍で入れられている。第二ということは貴族ではないものの、レベル10くらいは軽々と超えている実力者集団だ。まだレベル6でしかないあの二人を捕まえてあれだけ痛めつける理由とは何なのか。というか、足利って誰だ。
「おいっテメェ、こんな雑魚を教えやがって。次嘘ついたらお前らタダじゃおかねーからな!」
「また聞きに来る。逃げんじゃねぇぞ」
手に持った木刀で床をバンッと叩きながら吐き捨てるように言って去っていく第二剣術部の部員達。その姿が見えなくなると同時にピンクちゃんが駆け寄り、サツキは「保健室の先生を呼んでくる」と言って教室を出ていく。立木君は状況を把握するために事情を知っていそうな人がいないか聞いて回っている。
「あの人達にこのクラスで一番強い奴は誰かと聞かれて、それで赤城と磨島の名前を言ったんだ。でもまさかここまでしてくるなんて……」
「第二剣術部なんて俺達が逆立ちしても敵う相手じゃないのに。何がしたかったんだよ」
「ユウマ達の怪我が治ったら何が起きたのか僕が事情を聴いてみよう。大丈夫だ。【プリースト】の先生ならこのくらいすぐに治してくれるさ」
名前を言ってしまったクラスメイトは激しく動揺していたので、立木君が大丈夫だと言って落ち着かせる。こういうときでも気配りのできる立木君は頼もしいね。
しかし、第二剣術部はウチのクラスの一番強い奴なんて聞き出して何をしたかったのか。味方に引き込みたかった? それなら実力を試すとしてもあれほどズタボロにする必要はないだろう。あの痛めつけ方には苛立ちをぶつけたような悪意が感じられる。だがその悪意を向けられる理由は何なのか……DクラスがEクラスを叩いてくれと泣きついた? その程度で第二剣術部は動かないだろう。さっぱり分からん。
(何にせよ、サツキを守らないといけないな)
クラスメイトを守るためだったので仕方のないことではあるが、サツキは実力の一端を見せてしまったことがある。“一番強い奴”を探しているという第二剣術部らがその噂を聞きつければターゲットにされてしまう可能性が高い。ただでさえゲームでのサツキは上級生に狙われて退学に追い込まれていたわけで、対策はきっちり講じておくべきだろう。
週末に開催予定の成海家ミミズ狩りツアーに招待しようか考えていると、同様に思考を巡らしていた立木君が何かを思いついたのか神妙な顔でリサの名前を呼ぶ。
「新田。後で話がある。例の件では早めに動いたほうがいいかもしれない」
「ん……分かったわ。じゃあそういうことで、ソウタも一緒によろしくね~」
例の件で動くと言う立木君と、それが何かを察し俺に向かってよろしくと言うリサ。俺を引き入れるということは、前にビデオチャットで言っていた“次期生徒会長選挙”についてのことだろうか。つまり立木君はこの騒動の原因を選挙関連と睨んだようだ。
ゲームでの次期生徒会長選挙イベントは、Eクラスの票を巡っていくつかの派閥から要請――という名の恫喝を受ける形でスタートしたはず。このようにズタボロの赤城君と磨島君が放り投げられる形ではなかったと思うのだが……
ゲーム知識があっても事情をよく飲み込めない。立木君が何を考えてどう動くつもりなのか知りたいし俺も混ぜてもらうとしよう。