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108 八龍会議

 洒落た照明に大きなペルシャ絨毯が敷かれた豪奢な部屋。その中央にはコの字になったテーブルがあり、距離を開けて“五人”が向かい合っている。


「――それでは、時刻になったので定例会議を始める」


 最奥に座るは八龍が一角“生徒会”の長であり、八龍全てを取り仕切る相良(さがら)明実(あきざね)。百億円規模の資金を扱い、教職員や冒険者ギルドにも大きな発言力を有する特別な存在である。眼鏡越しに鋭い眼光を放ちながら会議の開始を宣言する。


「今日の議題は、月末に予定されている選挙についてだが――」

「待て、相良。喧嘩屋(・・・)が来ないのはいつも通りだが、“弓術部”と“Aクラス同盟”はどうした」


 相良が議題を述べようとすると、顎髭(あごひげ)をたくわえた大柄で筋肉隆々の男がまだ全員揃っていないと口を挟む。“第一剣術部”部長であり八龍が一角、館花(たちばな)左近さこんだ。冒険者学校において近接戦闘をやらせれば右に出る者はいないと言われるほどの大剣の使い手である。

 

「……対人研究部(・・・・・)は今日の議題に興味がないようですね。弓術部は推薦する子が通らないなら参加する意味がないと仰って、不参加を決めました。Aクラス同盟は存じ上げません」

 

 その館花の質問に答えたのは、赤く長い髪を編み込みサイドに垂らした小柄な女性。“第一魔術部”部長であり同じく八龍が一角、一色(いっしき)乙葉(おとは)。まだ2年生であるにもかかわらず、類まれな才能で冒険者学校――だけではなく、世界にも名を(とどろ)かす魔術の天才である。

 

 八龍内において第一魔術部がここ1~2年で急速に発言力を増しているのは紛れもなく彼女の名声によるもの。椅子の右隣には大きな杖が立て掛けられ、頭部分についた紫色の宝石が怪しげな魔力を放っている。

 

 ちなみに喧嘩屋とは、八龍が一角“対人研究部”の蔑称(べっしょう)である。

 

「ふん。なら次期(・・)生徒会長はこの5派閥で決めるってことか」

「そのようですねェ、このような大事な議題に八龍が揃わないとは全くもって遺憾なことです。クックッ」


 やや顔色が悪くひょろひょろした高身長の男が館花に同意する。“武器研究部”部長であり八龍が一角・宝来(ほうらい)(つかさ)。武器研究部とは武具を作ったり集めて研究する部活だが、日本有数の金満貴族である宝来家の強力なバックアップにより、人、物、金を集めて八龍まで上り詰めた新鋭の派閥として注目されている。傘下には多数の工房サークルを従えている。

 

 生徒会長の相良が八龍の面々を睨みながら強制的に会議を進行させる。

 

「続けるぞ。次期(・・)生徒会長の立候補者の名前を預かっているので発表する。第一剣術部が推薦する2年Aクラスの足利(あしかが)圭吾(けいご)。そしてもう一人は第一魔術部、武器研究部、シーフ研究部が推薦する1年Aクラスの世良(せら)桔梗(ききょう)――」

「おいっ、1年は時期尚早だと言ってるだろうがっ! まだ高校に入って間もないガキが俺ら八龍を(まと)められるわけがねぇ!」


 テーブルを叩き、抗議の声を上げる第一剣術部の館花。一癖も二癖もある八龍が1年の言うことを素直に聞くわけがないというもっともな理由だ。しかしそれにもすぐに反論の声が上がる。

 

「世良さんの活躍には中学時代から誰もが一目置いていましたでしょう? それに彼女は【聖女】様の血を引く特別な存在。家格も実力も十分すぎるほどあり、我々の上に立つのに不足はありません」

「そうそう。まだ1年なのにあのサポート能力は目を見張るものがあるよねェ。それ以上に、国宝に指定されているあの武具……一度だけ見たことあるけど本当に驚いたョ」


 呼吸を置かずすぐに世良の擁護に回る第一魔術部の一色。決して大きな声ではないのだが異様な圧力を乗せられており、館花の大声にも負けない迫力がある。その一色に続いて武器研究部の宝来も擁護に回る。うっとりするような表情で世良桔梗を賛美し、その武具がどれほど凄い物なのか説明しながら手放しで褒める。


 書記がホワイトボードに「足利圭吾1票、世良桔梗3票」と書くと、それを見た館花はあからさまに不機嫌となり、濃密な《オーラ》を放ちながら唸るような低い声をだす。

 

「おめぇら、どんな条件で結託したんだ? おいっシーフ部。お前も黙っていないで何か言ったらどうだ」

「……その鬱陶(うっとう)しい《オーラ》をしまってくださいまし。わたくしは世良桔梗という女生徒を推したつもりはございません。面倒なのでその方でもよろしいのでは、と言っただけですわ」

「なんじゃそりゃ。それなら俺が推している足利を推せよっ! それで2票ずつのイーブンだ」


 ウェーブのかかった碧色の長い髪。凛として気が強そうな目と小ぶりな鼻を持つ女生徒が、館花の質問に投げやりな態度で答える。2年Aクラス、“シーフ研究部”部長であり八龍が一角、(くすのき)雲母(きらら)だ。

 

 学校外では同じ2年生でも一色乙葉の名の方が大きく知れ渡っているが、学校の試験においては一色と幾度も首席争いをしてきたほど高い実力を持ち、同学年からは双璧とも言われている。またシーフ研究部は多くの貴族や部活動を従えているため、2年生であるにもかかわらず八龍内での発言力は大きい。

 

 そんな彼女は冒険者学校内で最高レベルと言われている館花の《オーラ》を向けられて、手に持っていた黒い羽扇子で払いながら「鬱陶しい」と苛立つように言う。

 

「埒が明かないねェ。どうせ候補者を呼んであるのだろう? なら目の前で喋らせて決めればいいじゃないの」

「おら、二人共。さっさと入れ!」


 宝来が候補者の話を聞いて判断しようと提案し、館花が入れと大声を上げる。その粗暴な物言いに楠が柳眉をひそめる。

 

 会議室の重厚な扉が開き、最初に入ってきたのは細身だが首や肩回りに筋肉が盛り上がるようについている男子生徒。腰には日本刀が差してあり、歩く姿はどこか軍人のよう。館花が推薦する足利(あしかが)圭吾(けいご)だ。

 

 続いて入ってきたのは、腰の近くまで伸びた艶のある銀髪を揺らし、優雅な足取りで歩く女生徒。1年Aクラスの世良桔梗。八龍が集まって鋭い視線を向けているというのに緊張感は全く(うかが)えないどころか、すみれ色の大きな瞳を輝かせ、笑みまで浮かべている。

 

「予定より少し早いがまぁいい。それでは自己紹介をしろ。足利からだ」

「はい」


 相良が二人の顔を確認し、最初に男子生徒のほうに向かって命令を下す。それを聞いた足利は一歩前にでて手を後ろで組み、胸を張る。その際に胸ポケットに付けられた貴族位の金バッチがキラリと光り輝く。

 

「2年Aクラスの足利です。私は八龍を従えようなどと思っておりません。各派閥の独自性はそのままに、この偉大なる冒険者学校の名をいかに世界へ知らしめるか。それこそが私の成すべきことと考えております」

「剣術の腕は2年にして俺の次くらいに上手いぜ。もし生徒会長になれないなら第一剣術部の部長をコイツに継がせようと思っているくらいだ」

 

 八龍の無言の圧迫にもたじろぐことなく自己紹介を終えただけでも並みの生徒ではないことは確か。また館花の補足によれば、剣術の腕も部長の館花に次いで2番手。たとえ生徒会長になれなくとも次期八龍入りは確実視されている名門貴族の嫡男だ。

 

 考え方は保守。今までの伝統はそのままに、より名声を高めていく方針を探っていくと言う。1年のときには生徒会にも属していたエリートで成績も優秀……ではあるものの、同じ2年生の一色や楠と比べてしまうと見劣りするのは否めない。

 

 次に軽くお辞儀をしてから世良が一歩前に出る。

 

「皆様ご機嫌麗しゅう、世良でございます。生徒会長になるのは宿命。わたくしはただそれを受け入れるのみ」

「……宿命? 噂に名高いその()か」

「はい。わたくしの《天眼通(てんげんつう)》は未来を見通す力がございます」


 宿命と聞いて思い当たることがあったのか、相良が世良の目について聞き返す。

 

 今はすみれ色の瞳をしているが、力を使用するときは燃えるように真っ赤な瞳となり、人物や出来事の未来を的確に見通すことができるようになると言う《天眼通(てんげんつう)》。これまでも優れた逸材を見つけたり危機を何度も回避してきた実績があり、この場にいる八龍の面々の誰もが知っている有名過ぎる固有スキルだ。

 

 その上、彼女は中学時代、変幻自在の剣を操る周防(すおう)皇紀(こうき)や、怪力と天性の近接戦能力を(あわ)せ持つ天摩(てんま)(あきら)らを抑え込み、常に成績首位を独走してきた経歴がある。また日本の冒険者の始祖である【聖女】の孫でもあり、その才能の高さから【聖女】の後継者とまで言われているほど。1年生の中では圧倒的なまでの存在感を放つ。

 

 世良の挨拶が終わると一色が立ち上がり、大きく拍手をしながら世良を賛美する。

 

「その自信に満ちた表情、その稀有な能力。今までに見せてきた実力も経歴も素晴らしく、血統、家格についても非のうちどころがありません! 我が第一魔術部に入ってくれるのならば、すぐにでも部長の座もお譲りしてもいいとすら思っていますが……世良さんはそれ以上の器。次期生徒会長に推さざるを得ません」

「足利君も少しはやるようだけど、世良君と比べるとやっぱりねェ。ボクら武器研究部も全力で推すつもりだョ」


 一色と宝来が諸手を挙げて称賛する。すでにいくつもの派閥が世良と接触したとの噂が立っているが、この場を見る者がいれば第一魔術部と武器研究部を真っ先に疑うことだろう。

 

 館花は不機嫌な態度を崩さず、楠は興味がなさそうに窓の外を見ている。

 

「――ところで、生徒会は誰を推すつもりなんだい? それにシーフ部だって去年の次期生徒会長選ではあんなに熱心に動いていたのに今年はさっぱりだし。他に気になる生徒でもいるのかい?」


 生徒会とシーフ研究部の動きのなさを怪しむ宝来。次期生徒会長選は自派閥の行方を左右する大きなイベントであるにもかかわらず、二人の立候補者にさして興味を示していないのはおかしい。もしかして他に気になる生徒がいるのではと相良と楠の表情から真意を探ろうとする。

 

「今のところ生徒会では推薦する人物を決めかねている。だが気になるといえば……1年の名前は何と言ったか」

「まぁ! 相良様が気になるだなんて、それはとても興味がございます。どちら様でしょう?」


 それを聞いて前のめりになる一色。生徒会長・相良明実(あきざね)は魔術では一色と、武術では館花と競い合えるほどの実力があり、学力においては一度も1番以外の成績を取ったことがないという鬼才である。その相良が気になる人物とは一体どれほどの実力者なのか。

 

 一色だけではない、この場にいる全ての者がそれぞれが自身の記憶を探り始める。八龍でも最大権力を有する生徒会が推すとなれば、次期生徒会長選にも大きく影響を及ぼす可能性があるためだ。


「1年ねェ……もしかして天摩君かい? 天摩商会が作っているブランド武器“DUX”はボクも一目置いているョ。でも彼女はボクら武器研究部が狙っているんだけどねェ」

「大方、周防か鷹村(たかむら)だろうよ。1年にしては実力が抜けているしな。だが周防は第一剣術部に入部が内定しているから手を出すんじゃねーぞ」

「でもその辺りの1年生なら相良様でもすぐ名前がでてくるのではなくて? それ以外となると……まさかっ」

 

 天摩、周防、鷹村。1年生の錚々(そうそう)たる実力者の名が挙げられるが、それらは八龍を率いる者なら知っていて当然の大型ルーキー達。すぐに名前がでてこないというならば必然的にそれ以外の人物になると言う楠だが、突然はっ(・・)とした表情になり口をつぐむ。どうやら彼女も心当たりがあるようだ。

 

「楠さん。知っているなら秘密にしないで教えてくださいな」

「相良が気になっているという1年坊……シーフ部も狙ってんのかぁ?」

「これはこれは。予想しないところからとんでもないルーキーの存在が発覚しましたねェ」


 知っているなら教えてくれと楠に(すが)るように食いつく一色に、思わぬ大型ルーキーの存在に驚きながらも冷静に思考を巡らす館花と宝来。あれこれと議論するものの一向に思い当たる人物がでてこず、膠着(こうちゃく)状態になる。

 

「先ほど挙げられた方達でもないのなら……もしかしたらEクラス(・・・・)の方ではないですか?」


 そこに割り込んだのは世良桔梗だ。優秀な人材は思いもしないところに転がっているものだと、好奇心旺盛な笑みを浮かべて身を乗り出しくる。隣にいた足利は目を見開き「八龍同士の話に割って入るなど何を考えている」と小声で苦言を呈すが、全く聞いていない。

 

 だが世良の意見を聞いた館花は太い眉を逆立て、苛立ちを隠さず食ってかかる。

 

「馬鹿いってんじゃねぇ! 1年Eクラスといえば、つい数か月前までレベル1だった平民だろうが。どこに注目する要素があるってんだよ」

「確かにねェ。高貴なる血が流れていないEクラスに才能や将来性を期待できるとは思えないけど……でも。相良君と楠君の表情を見る限りではあながち的外れでもないかもしれないョ?」

「ほ、本当なのですかっ、楠さん。私もEクラスの平民に大型ルーキーがいるだなんて考えにくいのですけど……」


 平民というだけでも見下す要因になるというのに、まだ入学して3ヶ月程度のダンジョン初心者がどうやって天摩、周防、鷹村と並ぶというのだと憤慨する館花。


 優秀な貴族はもちろん、たとえ貴族でなくとも真に才能ある者ならば日本政府が冒険者中学の推薦状を出すので入学できているはず。一方で高校からの入学(Eクラス)ということは“平民にしてはそれなり”という程度の才能しか持ち合わせておらず、中学組らの才能と比較すれば何枚も劣る。それが冒険者学校関係者のEクラスに対する一般的かつ常識的な見解だ。

 

 ゆえに世良の意見は貴族至上主義である八龍にとって受け入れがたいものであるわけだが、宝来と一色は押し黙った楠の態度を見て疑いを強め、名前を教えろと詰め寄る。しかし楠は口をつぐんで顔を背けたままだ。

 

 この場は次期生徒会長について話し合うためのものだというのに話が脱線し混乱が収まる様子がみえない。相良は余計なことを言ってしまったとため息をつきながら、会議の締めを宣言する。


「少し時間を置いたほうが良さそうだな。後日、改めて会議の場を設けるとしよう……それと楠。後でお前とはいくつか確認しておきたいことがある」

「奇遇ですわね、相良様。ですけど、わたくしとて()を譲るつもりはございませんわ」



 それぞれの思いが交錯する中、一人だけ恋い焦がれるような表情で遠くを見ながら想いを馳せる者がいた。世良桔梗だ。


「Eクラス……まだ見ぬ才能が埋もれていたのですね。後でこの目に焼き付けに行かなくては。待っていてくださいね。私の【勇者】様……」


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