106 アーサーの思惑
20階のゲート部屋に到着し、これから狩りの作戦説明をしようとすると遠くから何者かの歌声が聞こえてきた。この聞き覚えある声からして知り合いである可能性が高いのだが、一応確かめに行きたい。
「ちょっとここで待っていてくれ。誰がいるのか様子をみてくる。多分知り合いだと思うけど」
「うん、待ってるー」
知り合いでなかった場合、このゲート部屋はバレるわけにはいかないので物音を立てないよう慎重に梯子を上る。石床を僅かに上げてこっそり広間内の様子をのぞき見ると――
「ふんふっふーんっ、ふんふっふーん、だっだらだっだー♪」
やや小さな体躯に赤いマントを靡かせ、長さ5mはあろうかという巨大な丸太を担いで組み上げている姿が見えた。ときどきリズムに合わせて激しく踊っている。あのような細い体付きでも容赦なく肉体強化させてしまうダンジョンシステムに驚きながらも、何を作っているのか目を凝らして様子を探る。
(何だあれは……家か?)
一般冒険者が来るような場所に、しかも建物内に家を建てようとしているのか。あまりにも非常識な行いにたまらず声をかける。
「おい、アーサー。お前は何をやっているんだ」
「んあ? “災悪”じゃないか。何って拠点を作ってるんだよ。見れば分かるだろ」
丸太を担ぎながらクルリと振り返る魔人。確かにログハウスのようなものを組み立てているのは分かるが……ちょっと待て。節が多くて青みがかったあの丸太、ただの木材じゃないな。しかも奥に積み上がっているほど数があるぞ。
「その丸太、もしかしてフローズントレントのドロップ品じゃないのか。お前のレベルでよく取って来られたな。もしかして魔人はモンスターに襲われないのか?」
「んや、ちゃんと襲われるよ。でもこの丸太はボクのアジト内に生えてくるトレントのドロップ品だからいっぱい取れるんだ」
「なにっ!?」
フローズントレントはモンスターレベル40。群生しているためリンクしやすく狩るのは難しい。その上、丸太のドロップ率もかなり低いので入手難度が非常に高いのだ。それをあんなにたくさん……あの丸太を加工すればエンチャント・フロストが付与された強力な弓矢が作れるはず。少し売ってくれるよう交渉できないだろうか……いやその前に、こんなものを作る理由を聞いておこう。
「こんな屋内に、しかも冒険者がたくさん来るような場所で家なんて作ってどうするんだ」
ステンドグラスがふんだんに使われ大聖堂のように荘厳な雰囲気のあるこの広間は、かつて聖女が大悪魔と死闘を繰り広げた場所として崇められている場所だ。今ではモンスターがポップしない安全地帯のため憩いの場として冒険者がよく立ち寄る場所でもある。そんな場所に家を建てるとは何を考えているのか。
ちなみに数日前に俺とアーサーの戦闘により壁や天井にいたるまでズタズタになって崩壊しかかっていたけど、今ではダンジョンの修復効果によりすっかり元の姿に戻っている。
「この20階はゲートで来られることが分かったから新たな拠点にするんだ。冒険者と話して情報集めたいからね」
「情報だと?」
38階にはアーサーの拠点があるのだけど、冒険者が誰も来ないので情報が全く集まらない。なのでモンスターがポップしないこの安全な場所に新たな家を作って住み、冒険者から外界の情報を集め、分析したいのだそうな。
しかし大きな問題をいくつか見落としている。まず、ダンジョン内に建物を作ったところで半日もすればダンジョンの修復効果により吸収されてしまうという問題だ。それを阻止するには素材にゴーレムの核を埋め込む必要がある。
「あ~っ、そうだった! でもゴーレムってボクが行ける範囲にポップしないんだけど……持ってない?」
「持ってるぞ。その丸太とウッドゴーレムの核10個で交換どうだ」
「お前な。これはフロストトレントのドロップ品だぞ、分かってるのか? 20個だ」
「だがゴーレムの核はそこらの冒険者でも持ってないぞ。通常では行くことのできない場所ばかりだからな。15個だ」
互いに足元を見ながらガンを飛ばし合って交渉する。まぁウッドゴーレムの核なんて数百個はあるし20個と交換でも全く問題ないのだが、それでは負けた気がするので頑張って交渉し丸太1つあたり15個で締結となった。これで強力な武具が作れるぜ、しめしめ。
「(おにぃ……出ていいの?)」
思わぬところで武具強化計画が上手くいきそうになりほくそ笑んでいると、後ろで華乃が顔を半分だけ出してこちらの様子を窺っていた。話に夢中になり心配させてしまっていたようだ。今のアーサーなら大丈夫だろうと判断し、OKのサインを送る。
「あれぇ? 大きな角が生えてる! フルフルさんのお仲間かな」
「あら、どーもー。うふふ」
「この穴は狭いな……よっこらせっと。ほぉ、ここが世に聞く悪魔城か」
出てきてすぐに思い思いの行動を取る成海家の面々。だがアーサーは近づいて来た華乃を見ると呆けた顔をして固まっている。そしてどうしたことか俺の横に立って耳打ちしてきた。
「(あのツインテールの娘、めっちゃ可愛いんだけど……お前とどういう関係なの?)」
「俺の妹だ。それで後ろの二人が――」
「(いやいやいや、調子乗るなよ。何がどうなったらお前とあんな可愛い娘が兄妹になるんだよ。生物学的におかしいだろっ!)」
隠すんじゃない、本当のことを言えと揺すってくる。そういえば俺もこちらの世界に来て初めて家族を見たときはブタオとあまりのギャップにおったまげた記憶があったな。
「こんにちはっ、成海華乃っていいまーす。おにぃとお知り合い?」
「……なっ、成海? おにぃ? ほんとに兄妹なの?」
俺と華乃を高速で見比べながら動揺しているアーサー。終いには混乱のあまり俺の事を「お義兄さん」などと呼んできたので脳天に強めのチョップを叩き込み、状態異常を解除しておく。華乃は呪いが解けて元気になった天摩さんの雰囲気と何となく似ている部分があるのだけど、ああいう天真爛漫な感じの子に弱いのかもしれない。
「それで、組み立てているこれはなんですか? 家……ログハウス?」
「そうなんです! ボク、これからここに拠点を――」
「いたぞっ。リーダー、あれですよあれ!」
カクカクした変な動きになっているアーサーと華乃の様子を眺めていると、広間入り口の扉が勢いよく開き、武装した冒険者が十人ほど入ってきた。武具から察するにレベル20くらいだろうか。一番前にいる身長2m以上ありそうな大男はそれよりもやや高そうだ。手には短杖を持っているけど、恐らく《簡易鑑定》の魔道具だろう。
「レベルは……存外低いな。レアモンスターだというからフロアボスかと思っていたが」
「えーと、どちらさまですかね」
「うるせぇ、雑魚は引っ込んでろ!」
あまりにも物々しい雰囲気なので何者か尋ねようとすると、俺達にも容赦なく《簡易鑑定》を仕掛けてきやがった。そこで自分よりレベルが低いと分かると《オーラ》を放って威圧してきたではないか。ちょっとは話を聞けよ。
「おうおう。コイツは俺達“大熊猫ブラザーズ”が先にツバ付けてたんだ、手を出すんじゃねーぞ」
「巣を作ってたみたいですけど新種のモンスターですかね」
「倒して魔石をギルドに引き渡せば、たんまり報奨金でますよ」
アーサーを指差し、手を出すなと怒鳴るように言うリーダーの大男。手下も舌なめずりしながら金勘定をしている。頭に角が生えているのでモンスターと勘違いしているのかもしれない。
しかし大熊猫ブラザーズか……その名の通りパンダのような白と黒の斑模様の防具をしているけど、パンダ好きを拗らせたのだろうか。一方のアーサーはパンダ共に見覚えがあるらしく何やら怒っている。
「お前達は……さっきボクの家を壊そうとした奴の仲間か。これ以上邪魔をするならお仕置きしちゃうぞっ」
「人語を喋れるとは珍しい。殺さずペットにするか、へっへへ」
「高く売れるかもしれないから適当に力を見せて生け捕りにするぞ、囲めっ」
俺達が来る前にログハウスを壊そうとしたり大声で叫んだりしていたので、これ以上邪魔をするなと忠告するアーサー。だがそんな忠告は全く意に介さず武器を抜いてアーサーを取り囲んでしまう。
「おにぃ……あの子。助けてあげられないのかなっ」
華乃が心配そうにアーサーを見つめているが、たとえ10人が相手だとしてもレベルが高い上に対人戦のスペシャリストでもあるアーサーが後れを取ることはない。むしろパンダ共のほうが心配である。やりすぎるようであれば止めなければならないな。
「殺すなよ、適当に手足を折る程度にすませろ。いくぞっ」
「こんな弱そうな奴、楽勝だぜぇ! おらあああああ……あ?」
「飛びやがった!」
メイスを振り上げて飛びかかるパンダその1と、その2。そんな攻撃を見るまでもなく躱してふわりと浮くと、肌がひりつくほどの魔力を指先に宿し、両手で素早く魔法陣を描き上げる。あの魔法陣は――
「いでよ! チャッピー!!」
魔法が発動すると同時に広間の石床に転写され、直径5mほどの巨大な魔法陣が赤黒い光を放ちながら浮き出てきた。召喚魔法のマニュアル発動だ。広間全体が小さく振動し、パンダ共や華乃がこの異常事態に何事だとキョロキョロしている。
「キィ!」
その中央から現れたのは……魔法陣の大きさと不釣り合いな体長20cmほどの白い蜘蛛。縦2列に並んだ目はルビーのように真っ赤で、丸っこいフォルムのふっくらした胴体。だけどどうみてもおかしいぞ。
「うぉ……お、驚かせやがって。とんでもねぇ魔力濃度だったからびびっちまったじゃねーか」
「でもこの白い蜘蛛も新種モンスターっすかね。見たことねぇですけど……」
アーサーは“チャッピー”とか言っていたが、先ほどの魔法陣は紛れもなくアラクネ系最上位の召喚魔法《アラクネ・モナーク》のものだった。モンスターレベルは70と他のトッププレイヤーが使う召喚獣ほどは高くないが、大きく速度を上げるバフと周囲の敵の速度を下げるデバフが使えるため、スピード重視のプレイヤーに好まれる召喚獣である。
だけど俺の知っている《アラクネ・モナーク》は2mほどの白い蜘蛛の上に成人女性の上半身が生えている、まさにアラクネの姿だった。にもかかわらずアーサーが呼び寄せたのは片手で簡単に掴めそうな大きさの蜘蛛で、女性の上半身はどこにも見当たらない。白いので王種には間違いなさそうだが……
「チャッピー、黒い防具を着た奴を全員グルグル巻きにしてくれ」
「キィキィッ!」
「あぁん? なにを……なっ」「ぉああっ」
白い蜘蛛は指示を受け取ると目にも留まらぬ速さで動き回り、噴き出した白い糸で次々にパンダ共を絡め取ってしまう。あの速度からしてモンスターレベル30くらいのスピードはありそうだが、70のそれには明らかに届いていない。俺の《真空裂衝撃》のように大幅な弱体化がされている可能性も考えられる。
「んぐぉっご」「放せっ!」
「次に会ったときは容赦しないからなっ! それじゃバイバイッ《イジェクト》」
マニュアル発動で渦を巻いた黒いゲートのようなものを呼び出し、糸でグルグル巻きに縛られたパンダ共を次々に放り込んでいく。《イジェクト》はダンジョン外に脱出する魔法だが、こうやって邪魔なものを捨てるのに便利なスキルでもある。
あまりにも想定外でスピーディーな結末に華乃と両親が唖然としている。あの蜘蛛を呼び出して無傷でパンダ共を追い返したのもアーサーなりに手加減を考えてのものだったのだろう。全て放り投げ終わると、帰っていいぞとばかりに帰還の指示を下し、蜘蛛は光の渦に溶けていった。
静かになった広間の真ん中でアーサーが項垂れている。見ず知らずの冒険者と出会い、話をして仲良くなっていきたいと考えていたらしいが見事に思惑が外れたわけだ。だが一応言うべきことは言っておこう。
「アーサー。こっちの冒険者はダンジョンに楽しさを求めて潜っているわけじゃない。富と名声を求める我の強い奴らがほとんどだ。こんなところに居を構えてもトラブルが増えるだけだぞ」
「うん……そうかもしれないね。でも良い考えだと思ったのになぁ」
ダンエクにてダンジョンに潜っていたプレイヤーとこちらの世界の冒険者は考え方が大きく異なっている。そこを履き違えていては、いつか足をすくわれてしまうだろう。とはいえ外の世界を見たことがないアーサーなら勘違いするのも無理はないのかもしれない。
そんな重い空気を吹き飛ばすかのように目を輝かせた華乃が猛ダッシュしてきた。
「す、すっごーい! あの白い蜘蛛ってどんな魔法なのっ!? 空も飛んでたよねっ!」
意気消沈していたアーサーの両手を取って凄い凄いと連呼する華乃。一方のアーサーは顔を上げると一瞬で破顔し「こんなの大したことないよ」とまんざらでもないような顔で自慢を始める。お前はどこまでも調子のいい奴だな。