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101 貴族街の豪邸

 くノ一レッド主催のクランパーティーに行くため、髪をセットしながら鏡を見る。すると元のブタオのイメージからはかけ離れた()()()()がそこに映っていた。両親も妹もそれなりに見た目はいいので、ブタオも痩せればひょっとするのではと思っていたが、多少やつれてはいるものの期待通りと言っていいのではなかろうか。

 

 そして制服。上着はともかく、ズボンがダボダボになっていて見た目があまりよろしくない。ここまでウェストのサイズが変わったのなら買い替えも検討したほうがいいだろうか。今日のところは時間もないのでベルトできつく締めておくとしよう。

 

 さて。準備はできたわけだが、その前に華乃と話しておかねばならない。


「華乃。ちょっと話がある」

「どうしたの。こんな時間に制服なんか着て」


 居間で(くつろ)いで雑誌を見ていた華乃が顔を上げると、制服姿の俺を見て何事かと聞いてくる。


「親父とお袋がスケルトン狩りしてるけど、今夜はお前も一緒にいろ」

「そのつもりだったけど、何かあるの?」

「もしかしたら危ない場面があるかもしれないから、念のために華乃には退避しててほしいんだ」

「え、危ない?」


 状況が飲み込めず盛んに首を傾げる華乃。これから招待状に書かれていた場所――恐らく、くノ一レッドの拠点――に向かうことになる。向こうも俺を攻撃するくらいならとっくにやっているはずなので戦闘にはならないだろうが、それでも万一のことを考えて家族には退避していてもらいたいのだ。

 

 両親達は今、スケルトンウォーリアが多数ポップする狩場にいる。お袋が魔法を覚えたことで乱射魔になっているとの動画が送られてきたが、親父もまんざらでもない顔をしているので楽しんではいるのだろう。華乃も向かうなら3人でブラッディ・バロン狩りもできるし、今夜はダンジョンで頑張っていて欲しい。


「大丈夫だ。ちょっと人と会って飯を食ってくるだけ。危ないことなんてまず起きない。起きたところで俺には()()()()()がいくつもあるから余裕だ」

「ふーん。まぁー、おにぃを倒せる人なんてコタロー様くらいだしねっ!」


 カラーズのクランリーダー、田里(たさと)虎太郎(こたろう)か。ゲームでも様々なストーリーで登場する有名人。1対1で戦う場面はゲームでは出てこなかったので強さは不明だが、どれくらいの実力なのかは興味がある。

 

「そうそう、ダンジョンに行くときは仮面とローブも持っていけよ。対人には滅法強いからな」

「うん。ちょっと濡れてたけどもう乾いたかなー。ふんふんふん♪」


 妹が変な歌を口ずさみながら部屋干ししてあったローブの様子をみる。あのローブには存在感を低下させる効果が、そして古びた木の仮面には鑑定系スキルを阻害する効果がある。モンスターには効かないものの、対人には絶大な効力を発揮するので俺と両親の分も早いところ買い揃えておきたいところだ。

 

「それじゃ行ってくる。何かあったら連絡しろよ」

「はーい。気を付けてねー」

 

 再びソファーに寝ころび雑誌を見ながら手を振る妹。クラス対抗戦も終わったし、そろそろ家族のパワーレベリングも本格的に再開させたいところだ。そのためにも面倒事はさっさと終わらせてこよう。

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 玄関から出て時計を取り出し、時間に余裕があることを確認する。空を見上げれば、本来ならまだ明るいはずの空はどんよりとして、かなり薄暗い。もう雨は止んだようだが天気予報によればまた降るらしいので、折りたたみ傘がマジックバッグに入っているかも確認しておく。

 

「くノ一レッドか。穏便に終わればいいが……ん?」

 

 どうにも気の進まないパーティーをどうにかポジティブに捉えて夜の街へ踏み出そうとすると、向こうから黒塗りの高級車がやってきて我が家の前に停車したではないか。誰が乗っている車なのか様子を見ていると窓が開き、中にいたのは――碧色の長い髪に赤い花飾りを付け、ノースリーブのドレスを着た楠雲母(キララちゃん)であった。


 パッと見た感じでは深窓の令嬢のようでとても似合っている。そんな彼女は俺を見て柳眉を寄せていた。

 

「……あら? 成海颯太……のご兄弟かしら」

「ど、どうも。こんばんはぁ」


 俺の姿を上から下まで見ながら「もっとタヌキっぽい雰囲気だったような」と呟きつつ、顎に手を当てて(いぶか)しむキララちゃん。オレだオレだと言うものの信じてもらえず、貰った招待状を見せてようやく俺だと認めてくれた。

 

「では改めて。(くすのき)雲母(きらら)ですわ。わたくしが送ったメッセージはお読みになって?」

「メッセージ?」

 

 腕端末から一覧を急いで開いて確認すると「クランパーティーの1時間くらい前に迎えに行く」という趣旨のメッセージが今朝届いていた。クラスメイトからの大量のメッセージを放置していたため埋もれて気づかなかった。後で整理しておかねば。


「まあいいでしょう。こちらへお乗りなさい」

 

 キララちゃんが合図をすると中から執事服を着た人がでてきて、ここに乗れと後ろのドアを開けてくれる。軽やかで上品な身のこなしから執事というより士族かもしれない。それでは遠慮なく乗せてもらうとしよう。

 

 やけにフカフカな後部座席に腰を下ろしドアが閉じられる。すると外の喧騒が全く聞こえなくなり、静かなクラシック音楽が流れていることに気づく。白い革張りの内装を見てもとんでもない高級車だと分かるが一般庶民を地で行くオラにとっては逆に居心地が悪い。ケツがむずむずするぜ。

 

 キララちゃんが再び片手を上げるとモーター音がして、スムーズに発車される。そんな彼女の横顔をふと見てみれば微笑をたたえており、最初に会ったときと比べるとずいぶん表情が柔らかい。まぁ……最初は不審者扱いされてたからな。特に会話がなさそうだし外の景色でも見ることにしよう。




 元の世界では閑静な住宅地だったこの街は、ダンジョンができたことによりビルがたくさん建てられ、多くの人が行き交うダンジョン都市に変貌している。飲み屋が連なっている通りにはダンジョン帰りの冒険者が鎧を着たまま飲み交していたり、「俺に勝ったら10万円」とかいう路上パフォーマンスで客が騒いでいたりと活気がある。


 そんな繁華街を走り抜けて、向かってる先は貴族街。もう少し行くと小高い台地があり、そこに貴族達がこぞって屋敷を構えている。別の名前はあるのだが地元の人達は貴族街と呼んでいる。冒険者学校の貴族達も寮からではなく、この貴族街から車で通っているようだ。


 もちろん庶民は仕事でもない限り貴族街に行くことはない。歩いているだけでも貴族連中にどんないちゃもんを付けられるか分からないからだ。本来なら俺も立ち入るべきではないのだが……貴族とはどんな生態をしているのか、これを機にちょっと探ってみたいという気持ちはある。初めて行く場所に内なるブタオマインドも興味津々のようだし、せいぜい美味いもんも食いながら楽しむことにしよう。そんな風に考えながら窓の外を眺めていると隣にいるキララちゃんが話しかけてきた。

 

「成海……成海君。クラス対抗戦では大活躍したようですわね」

「はぁ。いろいろと手違いがありまして」

「隠さなくてもよろしいですのよ。貴方が()()()ではないことは知っています」

 

 ただ者ではない……か。くノ一レッドが水面下で動いて調べていた可能性は想定していたが、どれくらい情報を集めていたのか少し気になるな。少し探りを入れてみるか。


「ただ者ではないとは買いかぶりすぎでは。俺は劣等クラスと言われるEクラスの中でも出来損ないの扱いなんですけどね」

「貴方の正確な強さは分かりませんが“フェイカー”だということは知っています。それだけで一定の実力が保障されているようなものです」

 

 フェイカーとは……まぁ大体の予想はつく。恐らくステータス偽装スキルの《フェイク》を所持している人のことを指すのだろう。このスキルはどうやら一部の組織や団体しか知られていない隠匿スキルのようで、くノ一レッドがわざわざキララちゃんを使ってコンタクトを取ってきたのも、このスキルを持っていることがバレたせいだ。だが俺から何を聞きたいのだろう、素性はすでに調べて何もないと分かっているはずだ。

 

「そう警戒しなくてもよろしいのですのよ。叔母様からも友好的に接するよう言われておりますし」

「叔母様……御神(みかみ)(はるか)さんですか」

「ええ、とても美しくて素晴らしい方ですわ。寛容な方ではありますが失礼のないよう気をつけてくださいね」

「……肝に銘じておきます」


 貴族には余り良いイメージを持っていない。それでも天摩さんや世良さんのように庶民に対して割と友好的な貴族もいる。くノ一レッドのクランリーダーもそうであってほしいと僅かな可能性を願いながら再び窓の外に視線を移すことにした。

 

 

 

 緩やかな坂を上がっていくと、見慣れた無機質の街灯からアンティーク調の街灯に、歩道もアスファルトから天然石の舗装に変わっていることに気づく。貴族街に入ったのだろう。この付近の家は豪邸ばかりでフェンス越しに見える庭は広く、垣根や木々も綺麗に手入れされているのが見て取れる。

 

 夕闇の中、その通りを数分くらい走っていると前方にライトアップされた城のような巨大な建物が見えてきた。迎賓館(げいひんかん)か何かだろうか。

 

「あちらが叔母様の私邸ですの。とっても素敵でしょう? クランで催し物があるときは使わせていただいておりますのよ」

「……なんというか、中世の城みたいなんですけど」


 3階建てで横幅は50mはあるだろうか。それがコの字に建てられている。外から淡い暖色系の光で上品にライトアップされており、屋敷の正面にある大きな噴水の水に光が反射して外壁がキラキラと輝いている。というか日本でこんな城みたいな建築物を個人所有できるものなんだな。


「ここで降りますわよ」


 想像以上の豪邸っぷりに度肝を抜かれていると、車が鉄製の門扉の前につけられる。執事にここで降りろと言うかのようにドアが開けられたので、よっこらせっと降り立つことにする。門扉の横にある表札には「御神」と書かれているのでここで間違いないようだ。

 

 見ればキララちゃんは仮面舞踏会で付けるような仮面を付けているではないか。目鼻だけを隠すファッション性の高いカーニバルマスクだ。でも俺はそんなもの持ってきていないぞ。

 

「これを付けるのはわたくし達メンバーだけですのでお気になさらず。それでは参りましょう。ついてらして」


 キララちゃんの後を付いて行き、開かれていた門から御神邸の中へと入る。入り口付近には街灯に照らされた2色のアジサイが咲き誇っており、その中にある小道を通ってゆっくりと歩いていく。芝などは綺麗に刈り揃えられており、奥にある花壇には様々な種類の草木が植えられている。これほどの庭を管理するには何人の庭師が必要なんだろうか。

 

 丸い噴水を迂回し正面玄関までいくと、待ち構えていたのは剣を携えて武装した人達。スーツを着ているものの荒事に慣れていそうな雰囲気を(まと)っているので雇われた冒険者達だろうか。このエリアはマジックフィールドではないが、いざとなれば人工マジックフィールドの魔道具を展開するのかもしれない。

 

 そこで招待状を見せ、簡単なボディチェックを受けた後に中に入る許可をいただく。

 

(さて。中はどうなっていることやら……)

 

 中庭も家の外観も凄まじく金がかかっていただけに、この豪邸の中はどれだけ凄いのか俺の中の一般庶民魂が震え上がる。恐る恐る巨大な正面玄関をくぐり抜けると案の定、煌びやかなロビーが広がっていた。

 

 吹き抜けの天井には2mはあろうかという大きなシャンデリアが吊り下げられており、ピカピカに磨かれた大理石の床に光が反射して眩しい。インテリアとして美術品や調度品がそこかしこに置かれ、壁には大きな絵画が連なって飾られている。こんな入ってすぐの場所に堂々と金目のものを置くとは泥棒に盗ってくださいと言わんばかり……と思ったが、貴族の私邸であり攻略クランの拠点でもある場所を襲う馬鹿などいるわけがないので大丈夫なのだろう。

 

(しっかし、これは貴族の中でも上位ランクじゃないのか)


 派手であると同時に歴史と血統、気品が感じられる豪奢な内装。調度品1つとっても細かく文様や彫刻が刻まれており、それなりの職人が手掛けたものだと分かる。これだけの財を築き上げられる家は貴族と言えどほんの一握りだろう。御神家は伯爵位だったはずだが、もしかしてさらなる金持ちもいるのだろうか……

 

 

 窓際に置いてある応接ソファーにふと目を移せば、黒と赤が織り交ざったようなドレスを着た女性がゆったりと座っており、こちらに小さく手を振っていることに気づく。仮面で目鼻を隠しているので誰だか分からないが、目の前にいたキララちゃんが突然背筋を伸ばし会釈したことから上司的な人だということは推測できる。

 

 その女性は優雅に立ち上がって近くまで来て、真っ赤な口紅が塗られた口元をにっこりとさせる。胸元が大きく開かれているのでなんというか目のやり場に困るのだが……

 

「ようこそ~成海颯太君♪ お久しぶりね」

「こちらは副リーダー。成海君とは以前にダンジョンでお会いしたと聞いていますけど」

「あぁ。あのときはお世話になりました」

 

 艶のある声で挨拶をしてくる女性。以前に冒険者階級の昇級試験を受けたときに出会った、やけに色っぽいくノ一さんか。そのときの黒いくノ一スーツも良かったが、今着ている体のラインが強調されたドレスも負けず劣らずセクシーだ。

 

「今日は他にも何人かの賓客をお呼びしているのだけど、私達は、あなたに精一杯おもてなしするつ・も・り・よ♪」

「そ、それはどうも。よろしくお願いします」

「うちのクランリーダーも後でお話をしてみたいと言ってたわ。でもその前に、ご馳走を用意したので遠慮なく食べていってね」

「さぁ成海君。いきますわよ」


 ドレスを着た美女二人にエスコートされながらパーティーホールへと誘われる。


(両手に花な上にご馳走までありつけるとは。来てよかったかもしれん)

 

 気を良くして浮かれていた俺は、ここが伏魔殿であることをすっかり頭から抜け落としてしまっていた。

 

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