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098 立木の決意

 ―― 立木直人(たちぎなおと)視点 ――

 

「失格だと!? 何故だ」


 カヲルから「トータル魔石グループが審議にかけられた」というメッセージが来た。そこで急遽、僕とカヲル、磨島の3人で端末を使ったグループチャットを行なったわけだが……審議にかけられた理由を聞けば「許可されていない助っ人の手を借りた」ので失格対象になったとのことだ。

 

「他のクラスの助っ人は全員登録していたとでもいうのか」

『そうみたい。名簿を見せてもらったけど金蘭会の加賀やソレルの名前もしっかり載っていたわ』

 

 目を伏せながら肯定するカヲル。確かに仮面の助っ人の手は借りたが、それはモンスタートレインに襲われたときや、大宮が拉致されかけたときの暴力に対してだ。それを跳ねのけてもらったからといって手を借りたことになるのか。もとより、助っ人ルールなんてものがある時点で公平な試験は臨めない。

 

「何を言ってもクラス対抗戦運営本部は聞き入れてくれなかったわけだな」

『あぁ。あの様子じゃ失格はほぼ確実だろう。たとえ奇跡的に失格を回避したとしても、もう魔狼を狩る時間なんざほとんど残されていない。つまり……俺達のクラス対抗戦は事実上、終了だ』

 

 気難しい顔をさらに(しか)めるクラスリーダーの磨島。僕らの指定クエストグループはそれなりに上手くいっていたものの、この1種目だけが良かったところでDクラスには遠く及ばない。残り時間が僅かしかないこの状態では、もう打つ手はない。

 

『もしかしたらというところまで行ったのに、残念ね……』

『確かに助っ人ルールは不条理ではあったが、今回のクラス対抗戦は収穫もあった』


 悔しがるカヲルに対し磨島は意外と前向きだ。というのも、大宮のような非常に優秀な戦力がいることも分かったし、Eクラスの士気も高く、長丁場となった集団行動でも思った以上に団結して動けていた。最低限の感触は掴めたので次のクラス対抗戦ではもっと良いところまで戦えるという自信もできたと言う。

 

(だが、負けは負けだ……)

 

 その事実は動きようがない。悔しさのあまり思わず拳に力が入る。だが考える仕事の僕が熱くなってはいけない。どんな状況であっても冷静に逆転の目を探し続けねばならない。


「……とりあえず今はゆっくり休息を取ってくれ。僕らは次回のクラス対抗戦を想定し、最後までやっていくことにする」

『分かった。結果は散々だったが次は負けねぇ』

『何か情報が入ったらまた報告するわ』



 腕端末の通信を切り、一息吐いてから後ろで見ていた新田のほうに振り返る。彼女も先ほどのグループチャットは聞こえていたはずなので、考えを(まと)めるためにも話を聞いておきたい。

 

「助っ人ルール。先生はわざと黙っていたとみるべきか」

「一教師の判断とは考えにくいから、そういった指示がされていた、と考えるほうが自然ね~」


 僕らは経験を積み重ねて着実に強くなっている。だが、助っ人ルールなんてものがあると、生徒同士の公平な競争が一瞬で破壊され兼ねない。このルールは本来、重要な跡取りである子息や息女に不測の事態が起きぬよう導入されたシステムなのだろうが、これをEクラス叩きに悪用されているわけだ。

 

 次のクラス対抗戦を見据えるならクラスメイトの強化はもちろん、この助っ人ルールをなんとかしなければならないが……僕達に向けられている悪意は何も助っ人ルールに限ったことではない。先月の部活動勧誘式や決闘騒ぎもそうだったし、この先も事あるごとに悪意を向けられるだろう。

 

 これら全てに対処していくにはどうすればいいか――

 

「そうね~。例えば、私達も悪意に対抗できる後ろ盾を用意するとか?」

「……相手が“八龍”だとしてもか」


 今のところDクラスとの揉め事が多いので、Dクラスさえ何とかすれば悪意は止まる、と勘違いしそうになるが……本当の敵は彼らではない。その背後の背後、ずっと奥にいる大元の元凶は、八龍だ。


 八龍とは冒険者学校を仕切る8つの大派閥のこと。8つ全ては知らないが、現在僕が知っているのは“第一剣術部”、“第一魔術部”、“第一弓術部”、“Aクラス同盟”、“シーフ研究部”、そして“生徒会”の6つ。

 

 これら派閥の背後には官僚や大貴族、大企業が連なっており、学校の運営にも大きな影響力を及ぼす。学校の上層部を動かし、村井先生に助っ人ルールの口止めをさせたのもこの八龍だろう。そんな強大な相手に対抗できる後ろ盾とは何なのか。それを僕らが用意するなんて普通に考えれば不可能だ。


 だが新田は微笑みを崩さない。その様子から相手が八龍だと見当は付いていたのだろう。そしてその手段も。ならばこの機会に僕の考えを聞いてもらおう。


「もうすぐ生徒会長選がある。そこで次期生徒会長の席を巡り、候補者同士が争うことになるわけだが……」


 生徒会長選とは、生徒たちの投票によって生徒会長を決める選挙イベントだ。だが投票というのは建前で、実際には八龍のパワーバランスによって生徒会長が決められていく。

 

 この冒険者学校の生徒会長とは生徒でありながら巨額の資金を動かし、学校の運営陣や他派閥に対しても強い影響力を与えることのできる特別美味しい役職である。仮に自分の派閥から生徒会長を輩出することができたならば、八龍が1つ“生徒会”を自分たちの有利なように動かし、他の八龍に号令をかけることもできる。

 

 だからといって、次期生徒会長の席はそう簡単に手に入れられるものではない。それは八龍の力をもってしてもだ。どこかの派閥が出し抜かないよう、八龍同士が目を光らせて牽制し合っているためだ。

 

 とはいえ、水面下では八龍内で多数派工作や駆け引きが盛んに行われていることだろう。そして近いうちに候補者が決められ、誰彼に投票しろと僕達Eクラスに通達してくるはずだ。

 

「だから前もってEクラスの票を手土産にし、八龍のいずれかに近づき交渉する……というのはどうだ」

「一筋縄ではいかないわよ~? 相手は貴族様だしEクラスを見下してもいる。下手を打てばただではすまないかもね~」

「そうだな……だが、それくらいの覚悟がなければ僕らは這い上がることなんてできない。今回のクラス対抗戦で身に染みたんだ」


 これまで何度も絶望の淵に落とされてきた。悪意はさらに苛烈さを増し今後も襲い掛かってくることは確実。だからこそ、全てを終わらせるために決死の覚悟で切り込むしかないと考えている。Eクラスが前に進むために八龍は避けては通れない相手なのだ。

 

 どこの誰に近づくか。票を捧げたところでそれだけで済むものではないだろう。ならばどこまで要求を呑めるのか。もし交渉が失敗し睨まれることになれば、完膚なきまでに叩き潰される可能性だってある。針の穴を通すような行動と決断力が求められ、決してミスは許されない。そんな重圧の中で、はたして僕は最適解を掴み取れるのか。


 だが過去の生徒会長選を見れば、八龍は決して一枚岩でないことも分かっている。突破口は必ずあるはずだ。徹底的にリサーチして分析し、何ができるか対策を(まと)め上げねばならないが、一人でそれら全て行うことは無理がある。だから――

 

「僕だけでは力が足りない。だが新田。そして大宮もいれば立ち向かえると思う。力を貸してもらえないだろうか」

 

 ユウマ達なら二つ返事で力を貸してくれるだろうし、もちろん当てにもするつもりだ。しかしながら踏み込む先は権謀術数が渦巻く貴族社会、八龍。そんな相手にでも怯まず適切に対処でき得る新田と大宮の智慧は是非とも借りておきたい。

 

 可愛らしい眼鏡の奥にある、優しげでありながらも理知的な瞳を見つめて手を差し出す。だが新田は手を取らず、ニコニコと微笑んでいるだけだ。駄目なのだろうか……

 

「う~ん。私とサツキが手伝うのはいいけど~、それなら“ソウタ”も仲間に入れてほしいかな~」

「……なに?」

 

 あっさりと力を貸してくれるという新田だが、同時に誰かの名前も口にする。ずいぶんと信頼しているような、そして親しみがこもった物言いだが、ソウ……タとは一体誰なのだ。

 

 その名前は、僕と新田との間に立ちはだかる最大の障壁のようにも聞こえた。

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

  ―― 成海颯太視点 ――

 

『ということがあったのっ。失格だなんて酷いよねっ』

『助っ人が登録制というのは、私も知らなかったわ~』

 

 腕端末の画面の向こうでは不満顔のサツキと困り顔のリサが映っている。アーサーと別れ、天摩さんと執事達に紛れて集団で帰っているところにサツキからメッセージが来たため、臨時の会議となったのだ。今現在は12階のとある寂れた安全地帯で一人画面に向き合って話している。


(……プレイヤーでも知らない情報か)

 

 華乃が助っ人として参加していたことは承知していたが、まさか登録が必要だったとは。それはプレイヤーである俺やリサでも知らなかった情報だ。もっとも、ゲーム時代は勝手に助っ人なんて呼ぶことはできなかったので知るわけがないのだが。

 

『でも華乃ちゃんに無理させちゃって……ソウタには本当に何と謝ればいいか……』

「いや、大丈夫だ。華乃には余程の格上でもなければ問題なく逃げられる手段を持たせていたしな」

 

 クラス対抗戦の助っ人として行く前にどうしても【シャドウウォーカー】になりたいと駄々をこねた妹。しょうがないので徹夜でジョブチェンジアイテム集めに付き合ってやった経緯があった。今の華乃を捕まえるには相当苦労することだろう。ついでに離脱アイテムの取得クエストもやって持たせてあるので、強敵相手でも逃げるだけなら問題なく可能。

 

 しかしサツキによれば戦った相手は金蘭会のメンバーだったらしい。金蘭会はゲームのサイドストーリーの中盤くらいに登場する“そこそこ強い相手”だというのに、こんな序盤で登場してくるとは……何かがおかしいぞ。1年最初のクラス対抗戦で登場するDクラスの助っ人は、ソレルだけだったはずなのに。

 

『金蘭会が出てきたことも気になるけど~、ソウタのその痩せっぷりも気になるわね~』

「あぁ、色々あったんだ」

 

 その“色々”を思い出し、思わず遠い目になってしまう。そのせいで体重が激減し、恐ろしいほどの空腹感に苛まれているという状況が今も続いている。しかしあの野郎……まさかドッキリを仕掛けてくるとは。しかもその後、天摩さんが何をしているのか昼夜問わず数時間毎に電話してきやがる。俺を天摩さん観察係か何かと勘違いしている可能性が高い。それはともかく。

 

「俺が20階まで行って、そこで何が起きて誰に会っていたか。後でゆっくり話し合う時間を作って欲しいんだ。今後の指針を決めておきたい」

『もちろんだよっ。でも20階って凄いね! 到達深度のポイントがかなり入ってくるよね』

『同率1位みたいだし、そうなるのかな~?』


 レッサーデーモンの魔石は無理やり天摩さんに押し付けたらいいとして、20階までついていってしまったのはどう言えばいいのか。まぁ護衛に囲まれながら付いて行っただけとゴリ押せば何とかなるだろう。

 

『でもそれだけでは点数は厳しいよね……やっぱり負けかな』

『助っ人ルールは問題ね~。そのせいで立木君も覚悟を決めたみたいだけど』

「何かやるつもりなのか」


 7月にある生徒会長選を前に、八龍のどこかにEクラスの票を手土産にして、後ろ盾になってもらえないか交渉しにいくとのことだ。その際に手を貸してくれと頼まれたらしい。確かに頭が回るリサとサツキが手伝えば上手くいく可能性は高くなる……が、俺にも手伝えとはどういうことだ。

 

 それ以前に不安要素もある。

 

「八龍とやり合うには、それなりのレベルが必要になると思っていたが、大丈夫なのか?」

『立木君達はまだレベル6だったかな~。レベル上げが遅れてるのは気になるわね』

『ゲートを教えてあげられないなら、せめてパワーレベリングくらいはしてあげたいかなっ』


 八龍相手に投票権という武器を持って弁舌を(ふる)うというのはいい。だがそれだけでは押し切れないはずだ。というのも、八龍とその周辺にはとにかく喧嘩っ早い脳筋野郎が多く、説得するには交渉術だけでなく腕っぷしも問われることが多いからだ。推奨レベルは15から20近くは必要だったはず。ゲームのときでも1年生のこの段階で相手にするには無理があった。

 

 にもかかわらず、肝心の立木君やカヲル達のレベルは低いままだ。ゲートが使えないせいで狩場までの移動時間が長くなり、レベル上昇速度がますます鈍化するのは目に見えている。主人公チームにしか対処できないイベントも多くあるので、俺達が平和に過ごすためにもサツキのいう通り、多少のパワーレベリングくらいさせたほうがいいかもしれない。


『サツキと一緒にいつもダンジョンに潜っている私のレベルも立木君にバレているだろうし~、今は私達二人だけで手伝ってあげたほうがいいかもね~』

『それもそうかも。リサ、一緒に頑張ろうねっ。あ、そろそろ“発表”の時間だ』

「俺も何かできることがあったら手伝うよ」

 

 また後で話し合うことを約束し、通信を切る。 

 

 クラス対抗戦が終わっても生徒会長選という厄介イベントが始まる。ダンエクの通りならば今後も頭を抱える問題(イベント)が目白押しだ。でもその前。クラス対抗戦終わったくらいにもう1つ厄介イベントがあったような気がするようなしないような。まぁ思い出せないなら大したことではないか。



 時間を見ればクラス対抗戦の試験期間が終了時刻となっている。今頃は冒険者ギルド広場で結果発表が始まっている頃だろう。腕端末からもライブ映像を見ることはできるが、疲れていて見る気がしない。途中経過の点数もあまり良くなかったし。

 

「はぁ、腹減ったな……」

 

 ゆっくりと横になって手足を伸ばす。ここはアンデッドが出没するMAPなので、空はどんよりとし不気味に雲が渦巻いている。それでも洞窟MAPと違って開放感があってよろしい。近くではBクラスがスケルトンを相手に遊び始めたようだ。元気なこった。

 

「まぁ、やる事なんて荷物持ちくらいだしな。ちんたら帰りますか……って、何だぁ!?」


 腕端末に何十もの通知が一斉に入り始めたではないか。通知音が連続で鳴り響き、カヲルや磨島君からは電話まで来た。何かが起きたようだ。

 

 

 ――が、どうせ面倒事なので電源を落とし無視することに決めた。


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