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「夏にひまわりは要らない」

作者: 文月なぐ

明日帰ってくるんでしょ?何時になるの。


うーん、夜の9時くらい?ばーちゃん家から東京までは4時間くらいかかるみたいだし。


ふうん、気をつけて帰ってきなさいよ。


適当にお母さんに返事をしながら田舎のスーパーで買ったラムネを飲む。あたり一面田んぼだらけだ。散歩しようとしても新しい発見なんかなく、「あ、田中さんの田んぼ」「こっちは白石さんの」とかそんなことしか考えられない。


あー、しんどいな。そんなことを考えながら炎天下をぶらついていると、村に一つしかないバス停にたどり着いた。古びた小さな屋根がちょうどよい日陰になるので、私はそそくさと屋根の下のベンチに滑り込む。


んーちょっとマシかな。クーラーの効いた部屋ほどではないけど、まあまあ涼しい。クーラー病になりかけているところで少しは外に出ようと思ったんだが、こんなに暑いとは。

私も田舎の夏を舐めていたと言わざるを得ない。


三時間に一本しかないバスがバス停に着く頃だった。人なんかほとんど乗っていない。...と思っていたんだけど、なにやら1人男の人が乗っているようだ。まじまじと麦わら帽の下から覗いて見てみると、なかなか涼しげなイケメンの風貌。黒髪に白く透き通った肌。ちょうどよく引き締まっていて、骨張った体つき。一目惚れだった。


あの、と声をかけようとすると、イケメンがあっと驚いた顔をした。


「バッテリー切れた!!!」


携帯の充電が切れたのか。辺境に来るときって、マップ機能とかフル活用するから充電きれがちよね、と内心うなづく。

じゃなくて、これはチャンスだ!


「あの、私モバ充持ってますよ!」


イケメンはえ?という顔をしてこちらを見る。くっ、顔がいい。


「貸してくれるの?ありがとう!!」


爽やかな笑顔で夏の暑さも吹き飛び、たちまち私の周りの空気はマイナス5度になった。


「使ってる間何もしないのも何ですし、どこか行きませんか。案内しますよ」

「本当!?俺、ここ来るの初めてだから教えてもらえると正直めちゃくちゃ助かるんだよ!ありがとう!君の名前は?」

「私は日向(ひむかい) (あおい)っていいます。大学1年生です。あなたは?」

「俺は葉月(はづき) (りょう)です。大学3年生。よろしくね、葵さん。」


葵さん、と呼ばれたときにどこかで風鈴がリン、と鳴った気がした。


「日向葵って...なんか既視感あるね。なんだろう.....」


お、気づいたな。と思った。


「あ、向日葵!」


涼さんが目を輝かせた。なんだか少年のような顔だった。こちらも無邪気になって答える。


「大正解でーす!生まれたのが夏だったので、母がこう名付けたのです。」


私もニマっと笑う。


その後は村に唯一あるカフェでお話ししたり、どこの自販機が安いとか、そんな他愛もない話をした。幸せな時間だった。


帰り際、彼は私に


「葵さん、今日はとても楽しかった。また会おうね。俺、今日はこの家に泊めてもらうことになってるんだ」


そう言って、祖母の家から少し離れた村田さんの家に消えていった。


次の日、実家に帰る前に彼に挨拶がしたいと思った。すると、祖母がちょうど「そっちに行くんなら、村田さんの家にこの花束を持っていってくれないか」と頼んできたので、生返事をして受け取った。


花束をぼんやりと眺めながら、去り際に花を置いていくのはどうだろう、と思いつき、祖母のひまわり畑から一本ひまわりをくすねた。


涼さん、これをみたらどんな気持ちになるかな。気づいてくれるかな。ひまわりの花言葉に。


『あなただけを見つめる。』


気づいてくれたらいいな、でもちょっと恥ずかしいな。おかしいかな、花を渡したいだなんて。私を忘れて欲しくないだなんて。


村田さんの家に着くと、中では何か催し物をしている風だった。

あ、涼さんだ。

そう思い、思いっきり手を振りかけたが、私はその手をすぐさま引き戻すことになった。


涼さんは、白いスーツ姿で、隣には満面の笑みを浮かべる美人なお嫁さんがいた。


涼さんはこちらに気づいたみたいで、私に手招きをした。

私はそちらに走っていった。顔を見ることができなかった。


自分が恥ずかしかった。どうしようもなく、自分の浅はかな恋心を恥じた。だから花束を彼に押し付けて、彼に「おめでとう、幸せになってくださいね」と早口に言って、バス停まで走って逃げた。


三時間に一本のバスに乗り、予定通りの時間に私は帰ることになった。荷物なんか持っていなかった。ポケットの中のしわくちゃのバスの回数券だけが今の私の頼みだ。


ポケットの中をごそごそすると、折り畳める手鏡が出てきた。顔を見ると、ところどころが赤くなって擦り切れていた。汗だくでどろどろ、見たくもない顔がそこにはあった。


それから私は手で握りしめて萎れた向日葵を見てから、腕で顔を覆った。


「全部夏の所為だよ。夏に浮かされた所為だ。夏にひまわりなんか要らない」


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