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本条紗那編 おばあちゃんからのペンダント

 私は急いで自転車に跨り、全速力でおばあちゃんの家へと向かった。身体が苦しいが、そんな事など気にしていられない。そして例の交差点まで来たものの、一度目の朝に感じた違和感がなかった。事故に遭う子どもの姿も見当たらない。当然大型トラックの姿も。やっぱりこの時間軸は私のためだけにあるみたいだ。


 私は手の平のタイムリミットを再度確認する。35:21秒。まだ半分も過ぎてない。胸の鼓動が暴れ狂うのを落ち着かせる。信号が切り替わり、そのまま一気におばあちゃんの家まで到着しチャイムを鳴らす。少し古いアパートの扉が開く。


「おばあちゃん、おはよう。スマホ届けに来たよ」

「あらまぁ、こんなに早く来るなんて。寒くなかった紗那ちゃん。ほらほら入りなさいな」


 白髪のおばあちゃんは、孫が来た事にとても嬉しそうで、私の頭についている雪を払ってくれた。私は靴を脱ぎ用意されたボアスリッパに履き替えて、こたつ部屋の和室に入った。予め(あらかじ)届けるためのスマホを取り出す。


「今、紗那ちゃんの大好きな温かいココアを作ってあげるからね。待っててね」


 おばあちゃんはキッチンに向かい、湯を沸かし、二つのコップにココアの素を入れる。私もおばあちゃんのそばに行き、


「はい、これが頼まれてたスマホだよ」


 バッグから取り出したそれは、高齢者でも扱いやすいシンプルな仕様のスマホ。持っていた携帯が壊れたので、これを機にスマホに機種変更する運びとなった。それで私が少し前に色々選び、在庫がその時無かったので、確保できしだい、私の元に送ってもらう事になっていたのだ。だから昨日届いたので、今日届けるために私はいる。


「紗那ちゃんには何から何まで世話をかけてごめんねぇ。そうだ、ちょっと待っててくれるかしら」


 そう言っておばあちゃんはこたつ部屋に戻っていく。私は沸騰した湯に二人分のココアを入れ、出来上がったココアを持って私も部屋に戻った。


 こたつにココアを載せ、私は座り一口啜る。甘くて美味しい。温かい液体が喉を通り、お腹をぽかぽかと、しんみりと満たしていく。こんなに美味しく感じるのは、私が感傷的になっているからなのだろうか。理由なんて分からないけど、ただ身体の底から沁みていくのを感じる。いつも飲む味なんだけど、それが不思議といつもより美味しい。


「はい。これ紗那ちゃんに。いつもこんなおばあちゃんに優しくしてくれてありがとうね」


 おばあちゃんはタンスから何かを取り出し、私の方へ来ると、白い小さ目な箱を私に手渡してくれた。


「おばあちゃんどうしたの、これ?」

「早くあけてごらん」


 私は箱を開けて中身を確認した。そこにはシルバーのロケットペンダントが入っていた。ロケット部分を開くと、写真が既に入っている。その写真とは…、私、母、父、おばあちゃん、生きていた時のおじいちゃんの全員いる時に撮った写真だった。


「これ、私がもらっていいの?」

「ええ、紗那ちゃんに良かったら持っていて欲しいの。ダメかな?」

「すごく嬉しい。ずっと大事にするから。ずっとずっと大切にするからね」


 私は早速ロケットペンダントを身に付ける。本当に願うならば、ずっと大切に身に付けたかった。おばあちゃんは私が身に付けてくれた事に、とても喜んでいる。


「紗那ちゃんは美人さんだから、何でも似合ってるわね。うふふ。おばあちゃん嬉しいわ」


 そんなおばあちゃんを見ていると、不意に涙がこみ上げてきた。我慢できず私はおばあちゃんに抱き付いた。お母さんや、お父さんと違って、ほんのりお香の匂いがした。でもこれがおばあちゃんの匂いだ。突然孫が抱き付いて来て驚いたが、おばあちゃんはしっかりと私を受け止めてくれる。


「どうしたの、紗那ちゃん?」

「急におばあちゃんに甘えたくなっちゃった。えへへ」

「おやまぁ。でもおばあちゃんは紗那ちゃんに甘えられてとーっても嬉しいのよ。いつだって甘えてね。紗那ちゃん最近大人びちゃって寂しいもの」


 私はおばあちゃんに抱き付いたままだったけど、しばらくして離れた。


「ペンダントありがとう。私はお母さんも、お父さんもだけど。おばあちゃんもとっても大好き! だからおばあちゃん()長生きしてね。ずっとこれからも健康でいてね」


「そうだねぇ。紗那ちゃんが結婚して子供が出来るまでは長生きしたいね。きっと死んだおじいさんも悲しむものね」


 おばあちゃんはきっと私がいなくなっても大丈夫だと信じたい。でもきっと悲しむと思う。それは私にはどうする事も出来ない。でも最後の挨拶くらいは出来る。


 私の事が大好きで、いつもいつも私が来る度お菓子や、お小遣いもくれる。そんなおばあちゃんに私は子どもの頃から甘えっぱなしだった。


「きっと、おばあちゃんは私に子どもが出来たらもっと甘やかしちゃうよ。その子にも」

「じゃあそれまで呆けないようにしないとね」


 ここにいると、いつまでも居たくなる。でもそろそろ時間が差し迫っている。


「おばあちゃん。私……おばあちゃんやおじいちゃんの孫で本当に良かったよ。ちょっと甘やかし過ぎな所も、心配性な所も全部含めて。それだけは今日言いたくて」


「急に改まってどうかしたの、紗那ちゃんったら。そんな事はとーっても分かってるから良いのよ。よっぽどペンダントのお礼言いたかったのこの子ったら」


 ペンダントを気に入ってもらえたのが嬉しくて、おばあちゃんの顔が緩む。


「うん、そうだよ。大切にします。本当はもっとゆっくりしたいんだけど、人を待たせちゃってて。私行くね」


 私はココアを飲み干して玄関に向かう。


「紗那ちゃん。またいつでもいらっしゃいね」


「行ってきます、おばあちゃん!」


 そしてさようなら。とっても大好きだよ、おばあちゃん。私がいなくなっても、ふさぎ込まないで欲しい。そう強く願いをペンダントに込めて、玄関の扉を開けて私はおばあちゃんの家を後にした。

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