本条紗那編 恋心はもうずっと前から…
手の平に刻まれた残りのタイムリミットを確認する。43:15。まだ時間は大丈夫のはずよね。まだまだ伝えたい人は残っている。急がなくちゃ。
外はやっぱりとても寒く、雪が降っている。玄関の脇に置いてある自転車に跨って、私はおばあちゃんの家へと向かいだした。そしてすぐに見慣れた短髪の少年の姿が見えた。
「おっ、紗那じゃん。こんな朝から会うなんて奇遇だな」
以前と変わらない挨拶。ほんの少し前に交わした言葉。でもどうしてだろう。とてもその言葉の一つ一つが私にとっては重く、感情が揺さぶられる。
「隼人。おはよう。今日も朝練だよね?」
「まぁな。いつもこの時間からだな。それで紗那は?」
同じ態度で、同じように私と接してくる。すごくそれが嬉しくて、でも悲しくて。私はとても息苦しくなる。
「うん……。私はおばあちゃんの家に届け物。家近いし、寄ってから学校に行くの」
「あー、紗那のばあちゃんち、こっから近いもんな」
「うん。そうなの」
私はつい俯いて答えてしまう。隼人にも、もう会えなくなると思うと、すごく、すごく、胸が苦しくなる。今までこんな気持ちになったことは無いのに。でも今更になって、こんな事になって私は理解した。何でこんな簡単な気持ちが分からなかったのか、不思議なくらいに。
いつも私の傍にいてくれる隼人。身近にいつもいてくれて、だからこそ特別な感情を抱いてこなかった。私がとても鈍感で、だから気付かなかった。そんな自分が情けなく、でも皮肉な事に今回の事で気付けたの。
「紗那、紗那。どうした、気分でも悪いのか?」
隼人がとても心配して、私の顔を覗き込んでくる。とても真剣な眼差しで、心配してくれている。私はすごくドキドキして、顔を反らしてしまう。
「大丈夫、大丈夫! ちょっと寝不足でさ。あはは、心配してくれてありがとう」
「それなら良いけどさ。あんまり無理するなよ。紗那はいつも無理をして頑張るからな」
隼人が私のおでこを、ちょんっと小突く。
「ちょっとー。急に何するのよ」
「悪い、悪い。だって今日のお前、元気なさそうだったからさ。困った事があったら何でも俺に言えよ。紗那と俺の仲で遠慮なんかいらねーからな」
そう言う隼人は屈託のない笑顔で私の額をまたも小突く。
「こらやめなさい。でも、そうだよね。隼人、ねぇ、ちょっと急なお願いがあるんだけど良いかな?」
彼の笑顔を見て私のもやもやした気持ちが吹き飛ぶ。私の最後の気持ち、言葉、想い。全部伝えよう。でなきゃ絶対後悔する。死んでいるけど、でもこのままじゃ死に逝くことも出来ない。こんなチャンスもうないんだから。今は後悔だけは絶対にしたくない!
「どうした、急に?」
「おばあちゃんの用事済ましたら、すぐに駅に向かうからさ。今日は駅で私が来るまで待合室の中で待っててくれないかな?お願い!」
私は隼人に手を合わせてお願いする。いきなりの態度で隼人は驚いていたが、少し迷ったものの、
「仕方ねーな。本当は俺が紗那に話をするつもりだったんだけど、まっ、いいや。待っててやるよ。だから行ってきな」
隼人がまだ何か言いたげな様子だったけども。もしかしたら何か大事な話でもしたかったのかも知れないのに。でもそれはこの先分からない。
「ありがと。じゃ、行ってくるね。絶対絶対待っててね。約束だよ!」
「おいおい、俺が紗那との約束破った事なんてあったか?」
隼人が苦笑いで肩を竦める。
「また後でね!」
今は振り返らない。まだ、もう一度また会えるから。