本条紗那編 母と父と私
目が覚めると、私は自室のベッドで起きた。今までの事は全て夢だったの?
「夢にしては抱きしめられた感触が妙に残ってるけど……」
額にひやりと汗が流れてきた。手で拭ったら、手の甲に見たこともない数字が刻まれていた。59分と刻まれていて、刻々と時間が減っていた。その瞬間、頭にパチリとスパークが流れた。トラックに轢かれる事、死神のミーシャさん、この時間の事。全て理解した。
「そうだ夢じゃない。私は本当に死んだんだ。でもミーシャさんのおかげで時間をもらったんだ」
完全に思い出した。ぼやぼやとしている時間は私にはないんだ!せっかくもらった時間を大切にしなければ。私は覚悟を決める。泣きそうな気持ちがあるのだけど、泣くのはミーシャさんの胸元で泣けばいい。泣いている時間なんて1秒もないんだ。
「行かなきゃ。みんなに私の気持ちや感謝の気持ちを伝えなきゃ!」
勢いよく起き上り、目覚ましが鳴る前に止める。そして今までで一番早く朝の支度を整えて、リビングに入った。母と父は丁度テーブルで食事をしている。以前と違うのは私が少し早かったので、まだ食事をしている事だ。
「おはよ! お母さん、お父さん!」
中に入り生前より元気よく挨拶をする。
「おはよう、紗那。今日は随分と朝早いわね。どうしちゃったの?」
「うん、今日はおばあちゃんに前から頼まれてたスマホを届けに行こうと思って」
母が自分の席を立ち、私の食事を用意しようと立ち上がろうとする。
「お母さん、ご飯自分で用意するから大丈夫」
私は手早くキッチンに用意されたパンをトーストして、サラダを取り出し、オレンジジュースを用意する。それを自分の席に置き、食事を始める。
「紗那が自分からやるなんて今日は大雪かしら?」
「ほんとだな。紗那が率先してやるなんて」
母も父も少し不思議そうに私を見つめる。
「ううん、いつもやってもらってるのに感謝してるの。だから今日くらいは、ね」
「紗那ったら熱でもあるのかしら?」
心配して母が私のおでこに手を添える。温かい。もっと小さい頃はよくしてもらったのを思い出す。涙がこみ上げてくる。ずっとこのままが続くと思っていた。それが当たり前だと思っていた。私の人生は平凡だけど、それでもずっとまだ続くと思っていた。
気が付けば私は泣いていた。ぽろぽろ、ぽろぽろと溢れる涙が止まらない。泣くつもりなんてなかった。ついさっきそう決めたはずなのに。泣いてしまったら辛くなるから。でも、でも。やっぱり辛い。我慢なんて私には出来そうにないよ。
「どうしたの、紗那。何か辛い事でもあったの、お母さん話聞くよ?」
母が私の涙を拭ってくれる。それでも涙は止まらない。
「母さん。紗那はどうしたんだ。何かあったのか?」
父も私に寄り添ってくれる。
「ごめん。大丈夫。何でもないから。私ねお母さんとお父さんの子どもとして生まれて本当に幸せだなって思って。そう考えたら何だか泣けちゃって……。今日二人がいなくなる夢を見ちゃってさ」
「そうなのね。紗那ったらほんとうに怖がり屋さんなんだから。大丈夫。お母さんとお父さんは紗那を置いていなくなったりしないわよ。私とお父さんは100歳まで生きてるわ」
お茶目っぽくウインクして母は私を抱きしめてくれる。とても温かい。ずっとずっとこのままでいたい。そう思うからこそ、涙が溢れる。
「俺は100歳まで生きれるは分からないけどな。でも父さんも大事な娘を残して死ぬつもりはないぞ。お前が紹介してきた男を殴ってやるまではな、がははは!」
いつもはこんな冗談を言うはずのない父も今は無理に合わせてくれている。私は涙を自分の服でゴシゴシと拭う。
「急に驚かせちゃってごめんね。そうだね、お母さんもお父さんもずっと一緒だよ。私はすっと変わらずこの家の娘だよ。その事に誇りを持っているのです!」
「も~、変な子ね。今日は本当にどうしちゃったの。体調悪いなら学校休む?」
母が電話で私の高校に電話しようとしてくれている。
「俺も今日は残業せずにまっすぐ帰ってくるからな。紗那の好きな苺大福を土産に帰ってくるとしよう。うん、そうしよう」
「私は大丈夫だよ。だから心配しなくてもいいから」
私は一気に残った朝食を食べてしまう。少ししょっぱい味がした。
「本当に大丈夫……? もし体調が悪いならすぐ帰ってきなさい。お母さんが車で迎えにいくらかね」
「うん、ありがとう。お母さん、お父さん大好きだよ! ずっとずっと大好きだから!」
私は二人に思いっきり抱きついた。もう2度とこうやって甘える事が出来ないけれど。それでも一生分私は今両親に甘えるつもりで強く抱きついた。
「あらあら、紗那ったらどうしちゃったの。お母さんも紗那の事世界で一番好きよ。ね、お父さん?」
「当然だ。父さんも紗那が世界で一番大事で、大切な娘だと思っているぞ」
私は二人の匂いや、感触をたっぷり堪能する。もうこれでお別れ。
「急にごめんね。私おばあちゃんの所行かなくちゃ!」
母と父は少し驚いていたが、私が落ち着いた事に安心したみたい。
「はいはい。何かあったらお母さんに連絡しなさいね」
「うん、分かった。じゃ、行って来ます」
さようなら。私がいなくなっても、どうか健やかに過ごしてください。娘の喪失は悲しむだろうけど、それでも強く二人にはいてほしい。そう心から私は願って。玄関の扉を開けて外へ出た。