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本条紗那編 出会い

 意識が朦朧する中で、目を開けると、とても不思議な現象が起きていた。およそ科学では説明できない事が。時間が止まっていたのだ。私は子どもを抱えていたが、ほんの数センチ横には大型トラックが迫っていた。間違いなくこのままだと私と子どもの命はトラックに轢かれて死ぬだろう。


 世界は灰色に染まっており、全ての事象が止まっている。当然私の身体も動かない。目と意識だけが不思議と動いているけれど、それ以外は一切の時が止まっていた。それからすぐに、


 ――コツンッ!コツンッ!――


 誰がが歩いてくる音、靴音が聞こえてきた。私はその音の源に目を向けた。


 そこには幼い女の子がいた。年齢は13歳くらいだろうか。赤黒い、血の色みたいなドレスを着て、その手には巨大な鎌を(たずさ)えている。もしかしたら彼女は死神なのだろうか? 私が死ぬから迎えに来た、そう思ってもよさそうな姿と言える。


「初めまして、本条(ほんじょう)紗那(さな)さん。貴女の魂は思った通り本当にお美しいですね。私は清らかな魂を導く存在。分かりやすく言えば死神。死神のミーシャと申します」


 本当に死神が迎えに来た事で、私は何を言ったら良いか分からず、困惑と恐怖で固まっていると、


「突然の事で驚いておいでですよね。心配しなくて大丈夫ですよ。最初はごく普通の反応だと思われますから」


 見た目とは裏腹に言葉は丁寧で、鎌を持っているにしてはとても物腰も柔らかい。とても恐怖心を煽ってくるような事はなく、その言葉を聞いているとむしろ不思議と安心すらする。


「あ、あの。ここは一体……。私は死んでしまったのですか……?」


 私は勇気を振り絞って、目の前にいる幼い容姿をした死神のミーシャに質問をした。


「ここは死の手前の境界線。そしてお辛いでしょうが貴女は間違いなく死にました。このトラックに轢かれて」

「や、やっぱりそうなんですね……。私死んだんだ……」


 信じたくなかった事実を伝えられて、まるで(かせ)が外れたかのように瞳から涙がぽろぽろと溢れてきた。死んでいるのに涙が出てくる理由などはわからない。だけれど、次から次へと涙が止まる気配がない。


「たくさん……、まだたくさんやり残した事一杯ある……のに……。こんな事って酷いよ……」


 涙で視界が歪みまともに見る事すら出来ない。苦しい。苦しくて、悔しくて、受け入れられなくて。頭がぐるぐるする。視界が回る。このまま私どうなっちゃうんだろう。不安と悔しさと、虚しさと悲しさと、負の感情が止めどなく溢れてくる。


 お母さん、お父さん、おばあちゃん、隼人……。何も何も何も! 何もお別れの挨拶すら出来てない! どうして……。こんな事なら子どもを助けようなんてしなければ良かったの?


 違う。きっと私は何回あの場に遭遇しても、同じことをするはず。どうしたって見過ごすなんて到底無理。きっと運命。それが私の運命なんだと思う。


「紗那さん」


 そう呼ばれ不意に私の身体が自由になって、地面にふわりと着地した。そして幼く見える死神のミーシャがそっと私の身体を抱きしめてきた。強く、強く。とても力強く。でも痛いと感じる訳ではなく、まるでそう、母に抱きしめられたかのような、優しさに溢れた抱擁(ほうよう)だ。


 匂いがする。とても甘酸っぱい、懐かしい香り。私の母と似た匂いだ。何でこの小さな死神の子からするのかは分からないけれど、とても安心する。すーっと、私の不安や焦燥、負の感情が風で吹き飛んでいくのを感じた。


「あ……」

「大丈夫ですか、紗那さん?」

「はい、どういう訳か落ち着きました。あの」


 私はごちゃごちゃする頭で、何かを言おうしたが、


「私はただ貴女の魂を連れて行くためだけに来たのではないのです。良ければこちらのお話を聞いて頂けませんか?」


 ミーシャさんがそっと私の頬を撫でてきた。私は一瞬びっくりしたが、柔らかく微笑む彼女を見ていると不思議と安心する。本当に彼女が私が知っているような怖いイメージの死神とは違っている。そして気付けば助けるはずだった子ども居なくなっていた。


「あ、あの。ミ、ミーシャさん?あの、お話とはどんな話なんですか?」

「はい。それではお話致しますね。そもそも私が来た本来の目的は2つあります」

「2つ?」


 私が首を傾げると、ミーシャさんはその手に持つ鎌をその場で一振りした。すると突然私達の視界には、たくさんの色とりどりの大きさの鏡が浮かびだした。そこには様々な人たちの生きている様子が映っている。その幾つかに私のおばあちゃんの様子や、隼人、お母さん、お父さんも映し出されていた。


「こ、これって。私の家族や友達だ」

「はい、ご察しの通り紗那さんのご家族、ご友人様たちです」


 ぼんやりと鏡に映るみんなの姿を私が見ていると、ミーシャさんが小さく咳払いをした。


「お話を戻します。私の目的の1つはご想像通り、紗那さんの魂をあるべき場所に導く事になります。また、残されたご家族などのケアなどもあるのですが、その辺は私の担当ではなく、天使様の領分ですから詳しい話は出来ませんが」

「は、はぁ。分かるような、分からないような」


 私は宗教の世界の知識が乏しく、説明されてもよく分からない。


「恐らくですが、紗那さんなら今度は素敵な人間としての生を全う出来ると思われます。今回の事は非常に残念な運命でしたが」


 幼い容姿をしたミーシャさんは少し悲しそうな瞳で私を見上げる。何だかこっちが申し訳なくなるくらいに。


「それでその2つ目の目的と言うのはどんな事なんでしょうか?」

「はい。2つ目の目的とは、私、死神ミーシャは、他の死神と違って、少し特別な力を行使できる権限を持っておりまして。それは貴女の死の時間を1時間だけ特別に巻き戻す事が出来るのです」


 時間を巻き戻す事が出来る?それは死の回避が出来るって事?私は淡い期待を胸に膨らませ、口を開く。


「そ、それってもしかして、死んだことをなくすって事なの!?」


 しかしミーシャさんは首を横に振った。


「私も出来る事なら貴女の様な綺麗な魂を持った方を連れて行きたくはありません。しかし紗那さん。既に貴女の死は確定した事象として世界から観察されています。これは揺らぐ事はあり得ません」

「そう……ですよね……。はは、死神さんが来た時点でそうですよね……」


 分かっていたものの、やはり受け入れるしかない事実なんだろう。私は死んだ。それは変わらない。でも時間を巻き戻すとは一体どういう意味があるのだろう?


「死んだ魂は戻りません。ですが、貴女には死の瞬間。この刹那から1時間戻り、愛するご家族、ご友人等に別れの挨拶をする事が出来る時間を私は与える事が出来ます。いえ、貴女にはそれをして頂きたいと、死神である私は願っております。もしかしたらこれは残酷な行為になるのかも知れませんが……」

「それは私に後悔して死んでほしくない。せめて納得して死んでほしい。そんな事をミーシャさんは言っているのですか?」

「端的に言えばそうなります。本来なら30分がこのシステムの決まりなのですが、私個人の我がままで時間を無理やり増やさせてもらいました。ですが私の力では1時間が限界で。どうかご理解してもらえれば嬉しいです」


 きっとこの死神の少女は本当に死神なのだろうかと疑う程に、心優しい。少しでも私のために時間を増やしたいと尽力したのが垣間見える。だってどうして今まで気づかなかったのと思うくらい、ミーシャさんの身体は血に染まっているのだから。もともとそのドレスは赤黒くなく、真っ白な純白なはずで、白い部分も残っていた。


「その時間をミーシャさんが増やしたら何か不都合とかないのですか?」


 彼女は少し沈黙を置いて、口を開いてくれた。


「それはないです。何も問題はありません。これは私の勝手な行動ですのでお気になさらず」


 嘘だ。この死神の少女は嘘が吐くのが下手くそなのが分かる。


「その、ミーシャさんの身体傷だらけです。本当は私のために無理して……」

「紗那さん。時間がありません。私の事は良いのです。今は貴女の大切な、残された1時間を使う事を決断してください。私の事で何か文句があるなら、貴女を連れて行くときにゆっくり聞かせて下さい」


 まるで天使の様な、でも少しもの悲しげな笑顔を浮かべる死神は、ほんのちょっぴり、泣いていた。私が死んだことに純粋に悲しんでいるのか、それとも憐みなのか。それは私には分からない。


「1時間。そうですね、このままだと私後悔してしまうと思う。ミーシャさんが与えてくれるその時間で皆に会う事にします。きっとこんな事特別なんですよね」


 決断をした事で彼女はとてもほっとしたみたいで、私をギュッと強く抱きしめてきた。どうして死神なのにこんなに温かいのだろうか。それともミーシャさんが特別なのかな。私には判断はつかないけど、私は恵まれているのだろう。


「そう言ってくれると思いました。そして最後に忠告を。自身の死は伝える事は出来ない事を忘れずに。ではどうか後悔のない1時間をお過ごしください。では、また後でお会いしましょう」



 私を抱きしめたままのはずなのに、不意に彼女の感触が消えた。

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