07 AL [ Future Works ]「12年後は近未来?」
03ALの安藤くん視点バージョンかな? AL話連続御容赦。
『それでは、この地域の天気予定をお伝えします。本日は09:42まで快晴が続き……』
もぐもぐ
「あら、それなら洗濯物は干さない方がいいわね。職場に向かう途中のコインランドリーで乾かそうかしら」
「母さん、ウチは全自動洗濯機にしなかったの?」
「乾かすだけならそれでもいいけど、畳まずに放置するとシワが酷くなるのよ」
「畳んでくれる洗濯機って開発されなかったの?」
「やあねえ、そんなSFみたいなものができるわけないじゃない」
「SFみたいな、ねえ……」
12年後の世界に転移してから数週間。少しだけ科学技術が発達した世の中に、僕らは少しずつ慣れてきた。もっとも、全くといっていいほど変わっていないことの方が多いのだけれども。
「というか、菜摘さんが関わった事柄だけが、SFみたいな……思いがけない方向に発展しているんだよね」
「そうね。『天気予定』は本当に便利だわ。でも、もともとはあなたの発案だって聞いたけど」
「いや、僕はあの年の毎日の天気をループ中に覚えただけだから」
たとえ何が起こるか知っていても、それを意図的に変えることができるとは限らない。天気は、人間レベルでは何をどうやっても変えることができないことの典型だ。あまりにマクロな要因が数多く影響し合うため、予測することさえ困難だ。普通なら、そこで終わる。
けれども、因果関係を逆にたどることで、未来予知を可能にしたのが、菜摘さんだ。結果を仮定し、その結果が起き得る可能性を明確にした上で、『確認』する。普通は、そのようなことはできない。しかし菜摘さんは、未来から過去、過去から未来にメッセージを送る手法を確立し、遠未来のエネルギー制御技術に基づく情報の時空間転移を実現した。
「菜摘さん自身が白鳥先生と同一人物であることを遺伝子情報で『確認』したのがヒントになったらしいけど、それを実用レベルにまで発展させるなんて、やっぱり凄いよなあ」
「……ふふっ」
「なに?」
「『憧れの娘』が『好きな人』と同一人物だとわかった時、どんな気持ちになったのかなって」
「ぶっ」
ごほごほ
「そ、そんなの、覚えてないよ……」
「でも、普通は逆よねえ。大人の女性の方が『憧れ』になるんじゃないかしら?」
「……だから、心配したと?」
「まあね。でも、杞憂だったわけよね」
確かに僕が好きなのは、どちらかといえば『白鳥先生』としての菜摘さんだ。至って普通の学校の先生が、ループなどという複雑怪奇な現象の下、僕を含むみんなのために、陰に日向に頑張ってきた。今思えば、自らの意思でその現象を起こしたことへの罪悪感があったからなのかもしれない。でも、それを知ってますます好きになってしまったのは、惚れた弱み……というものなのだろうか。まあ、『至って普通』ではなかったのだけれども。
◇
「おはよう、柿本」
「はよー、安藤。おっ、傘を持ってるな」
徒歩で学校に向かう途中、柿本と遭遇する。彼は基本的には電車通学で、最寄駅からは徒歩である。
「まあね。僕らがループ中にやってきたことを、今の時代の人々が普通に活用しているのは、まだ慣れないけど」
「まあ、あれも、どこでもってわけじゃないけどな。事前に可能性を明確にできなければ、遠未来の連中はメッセージを送ってくれないらしいし」
「というか、そういうアルゴリズムとして定義したのが菜摘さんだよね。『因果関係』を成立させるために必要ってことだけど」
「『因果関係の意図的構築に基づく時空制御理論』かあ。よくもまあ、思いついたもんだ」
「そうだね」
この辺は『さすが、未来の安積さん』という感じである。もっとも、1年間のみとはいえ、仲の良いクラスメートとして共に過ごした僕たちからすれば、さほど驚きはない。
「何よりびっくりなのが、そんなSF理論まで実際に確立させた安積さんが、実質13年間、担任として付き合ってきた『あの』白鳥先生だったのがなあ」
「あはは……」
「万年コタツでぬくぬくしていた、あの白鳥先生がだぜ? ああ、あと、美容のための運動で筋肉痛を起こしていたり、とにかく残念な……」
「あら、それらは『既に起きたこと』として対応したつもりだったのだけれども?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「うわっ!? あ、安積先生、おはようございます……」
「おはよう、柿本くん。それで? 年増でだらしないアラサーな担任教師に、どのような不満が?」
「いえ、何も不満はありません! き、筋肉痛も『フリ』だったことは承知しております。あと、コタツと即席めんも!」
「コタツとインスタントラーメンは私の趣味だけど」
「あれ?」
「でも、よくわかったわ。柿本くんには、昨年度までと同じ対応が良さそうね」
「ひー、今日は最初から『白鳥先生』モードじゃないですかー!」
くるっ
「安藤くん、おはよう! いい天気だね!」
「お、おはよう、……菜摘さん」
「うん! あっ、でも、傘を持ってきてくれたんだ。よかった、あのシステムを活用してくれて」
「母さんがよく見てるよ。今朝も便利だって言ってた」
「わあ……! 安藤くんのお母さんに喜ばれていたなんて、嬉しいなあ」
ニコニコ
「俺、柿本。人生の選択肢を思い切り間違えた敗北者」
「自明の……因果関係……」
「笹原、トドメを刺してくれるな」
◇
ぶんっ
『やあ、こうしてみんなと直接話ができて光栄だよ』
「こちらこそ光栄です。まさか、木星軌道ステーションの方とこうしてリアルタイムで話ができるなんて」
『全ては君たちのセンセイ……元クラスメートだったか? 彼女のおかげだよ』
「時空間転移理論が、通信にも革命を起こすとはなあ。しかも、これは未来人とは関係ないんだろう?」
「そうだね。『アキレスと亀のパラドックス』の応用らしいけど」
「ああ、速度の存在を因果関係に置き換えれば、光速を超えられるってやつか?」
『君たちは、やはりすごいね。あっさりと原理を理解しているのだから。エネルギー開発が専門の我々はさっぱりだよ』
今日の数学の時間は、ビデオ通話による木星滞在中の宇宙士との会談だ。これ自体は、科目となんら関係がない。強いて言うなら、社会見学みたいなものだろうか? ちなみに、このビデオ通話はやはり一部のTVチャンネルで中継されている。
「でも、みなさんの研究が、将来の時空間転移のためのエネルギー問題を解決するはずなんですよね?」
『アサカ博士はそう言ってるんだけどね、正直、未だ実感が湧かないんだ』
「何言ってるんですか、俺たちと同じく時空間転移の経験者じゃないですか」
『君たちと違って、時間は超えていないのだけれどね。いや、光速は超えているんだったか?』
今話している研究者たちは、実のところ、宇宙船の類で木星軌道まで移動したわけではない。一度、月面基地までロケットで移動し、それから、菜摘さんの遠未来との相互認証メッセージによって空間転移を果たした。原理自体は先ほどのリアルタイム通信と同じなのだが、必要なエネルギーとその発動が、現時点の科学技術では実現できないらしい。
「でも、地球圏までの復路は、自力で帰還できるんですよね?」
『アサカ博士、脅かさないで下さいよ。あなたが言うとシャレにならない』
「もちろん、冗談ですよ。でも、あなた方のエネルギー開発が歴史的に必然であると認識したからこそ、未来の人々もエネルギー制御を『認証』しているはずですから」
「安積先生も無茶言うよな。自分が理論立てした恒星エネルギーの利用がまだまだ先だからって、同質エネルギー源が豊富な木星での開発を進めようだなんて」
「柿本くん、本日中に今回の会談のレポートをまとめて提出してね」
「へぼっ」
「失言……懲りない……」
◇
昼休み。既に定番となりつつある屋上で、菜摘さんと一緒にお弁当を食べる。
「えっと、菜摘さん、これ……」
ぱかっ
「えっ……これ、この唐揚げ、もしかして……!」
「うん、僕が作ったんだ。よかったら……」
「うわー、嬉しいー!」
がばっ
「ちょ、ちょっと菜摘さん、唐揚げが落ちちゃうよ」
「嬉しい、嬉しいよー」
「とにかく食べようよ。冷めても美味しいと思うけど」
「うんうん、安藤くんの作った唐揚げなら、冷めても冷めなくてもカビが生えてても、きっと美味しいよ!」
「いやあの、カビはさすがに……」
「大丈夫! その時はすぐに『相互認証メッセージ』で過去のお弁当を取り寄せて、なかったことにするから!」
いちゃいちゃ
「ふたりのラブラブ度が限界突破している件について」
「ふたりというか、菜摘ちゃんが一方的に、じゃない? まあ、安藤も喜んでるけど」
「尊い……尊い……」
「だから笹原、光速を超えて拡散しちまうから撮影はやめとけと」
◇
ピロン
【なつみ】@all みんなー、今日の英語はクラウド上の資料で自習だよー
【AND】@なつみ わかりました
【しゆ】@なつみ やったー
【はの】@しゆ あの、これ、フィンランド語なんですけど
【しゆ】@はの @なつみ ひー
【XOR】@しゆ 愚かなり。俺は9周目にマスター済だぜ!
【W.Swan】@XOR は追加でワラニー語追加ね
【XOR】@W.Swan そのアカウントまだ使ってるんですかー
【ΑΒΩ】@XOR 複垢は……基本……
【XOR】@ΑΒΩ @さら お前のそれはむしろわかり易いからな?
◇
放課後となり、柿本たちと帰宅する。今日は……うん、菜摘さんは家に来ないよな。念のため母さんにメッセージを送ったら、今日は職場で遅番らしい。
「しかしまあ、コミュニケーションツール自体はあまり変わってないよな。拡散範囲は広がったけど」
「そうだね。もともとCPU速度やメモリ容量は、僕たちの頃には既に限界が来ていて久しかったし」
「代わりにデータ転送技術そのものが発達して、なんでもかんでもクラウドだもんな。便利だからいいけどよ」
「VR……AR……残念……」
「いや、あれってどう考えてもファンタジーじゃん。なんだよ、フルダイブって」
「記憶操作はできるようになるみたいなんだけどねえ」
「よく考えてみたら、そっちの方が凄えよな。さんざん経験しといてアレだが」
人の記憶をまるまる時間転移できるなら、まるまる消去したり、クラウド上にコピーしたりすることもできるのかもしれない。……僕らの記憶も、一旦どこかにコピーされたのだろうか? 各周回のタイムリープのたびにバックアップが取られていたとか……。
「ん? どうした、安藤?」
「いや、なんでもない。そうだ、これからハンバーガー食べに行かないか?」
「おう、行こうぜ! 割引クーポンたくさんあるからな!」
「そういえば、クーポンも紙のままだよね」
「お金もなー。むしろ退化してねえか? ICカードも二次元バーコードもなくなっちまってるし」
「それは、携帯端末を使った店頭オーダーが普及したからじゃない?」
「店でも通販感覚か……」
そう言えば、菜摘さんの誕生日プレゼント、いつ買おうかな? いろいろあって、12回ループ中も13回目も、誕生日を意識することがなくなってたから、ある意味ひさしぶりのイベントだ。でも、通販は味気ないよね。この時代では少なくなったと言われる、ウインドショッピングを菜摘さんとしようかな。もちろん、デートを兼ねて。