05 IF [ Lady, Lady ]「菜摘お嬢様、それは普通ではありません」
m(_ _)mドゲザ
いえ、本編第四章登場人物まとめの菜摘母のところに書いた時から考えていたIFだったんですけどね……結局、悪役令嬢っぽくならなかったけど。
「わたくし、出席番号1番、安積菜摘と申します。みなさん、よろしくお願いしますわ!」
………
……
…
「「「「「いや、誰だよあんた」」」」」
「はい?」
高校の入学式の日、最初のHRでわたくしが優雅な自己紹介を終えた途端、クラスメート全員が呆けたような顔をしたと思いましたら、なにやら失礼な疑問を一斉に投げかけられました。
そして、担任の先生は頭を抱え、顔を教卓に伏せたまま、何事かをつぶやき続けています。
「違う……違うのよ……。若気の至りというか、いろいろと勘違いしていた頃というか、それだけなのよ……」
なにかしら、これ。
◇
「つまり、わたくしを除いたこのクラス……1-Cの生徒と白鳥先生は、12年間、毎年同じ一年を繰り返していたとおっしゃいますの?」
「まあ、信じられないとは思うけど」
「いえ、信じますわ!」
「うんうん、みんなで安積さんを……え?」
「素晴らしいですわ! これが話に聞く、タイムリープというものなのですね!」
「は、話に、聞く……?」
「わたくし、『らのべ』などでループやタイムマシンが登場する物語を読むたび、考えておりましたの。これは、研究する価値のあるものだと!」
「はあ」
タイムトラベルは、やはり実現可能なのですね! これは早速、お母様に相談しませんと!
「ああっ! 『安積』って、旧華族で代々天才を輩出しているっていう、あの安積一族か!?」
「柿本、知ってるのか?」
「知ってるも何も、この近くにも『別邸』があるじゃねえか! なんでも、本家の一人娘が自身の趣味のために、こっちに引っ越してきたと聞いていたが」
「趣味とは失礼ですわね。高尚な研究テーマですのに」
「あのでっかいパラボラアンテナ、やっぱりあんたの仕業かよ!」
この柿本様という方、本当に失礼ですわね? 将来の月面との交信を円滑に行うための予備実験ですのに。
「えっ、あそこって研究施設か何かじゃなかったんだ……。まだ高校生、いや、先月まで中学生だったのに、凄いんだね」
「そ、そんなことはありませんわ! わたくしの知恵と勇気、そして、お母様の財力が組み合わさった結果ですわ!」
それにひきかえ、ループの間ずっとクラス委員長を担ってきたという、安藤様。御理解が早い、賢い方とお見受けしましたわ。それに、凛々しいながらも包容力を併せ持つ雰囲気に、なんとも心を惹かれて……。
「お嬢様が早速安藤に堕ちた件」
「安藤、執事見習いとか似合いそうだよな」
「尊し……尊し……」
「お、笹原、縦ロール描くの上手いな」
「スタイルも最初からいいなんて……お嬢様おそるべし」
◇
『そいつは面白いじゃないか! よし、いくらでも出してやる!』
「まあ、お母様、本当に嬉しいですわ。このような話、すぐに信じていただけて」
『菜摘が信じるものは私も信じる! なーに、元はお前の発案で稼いできた資産を、少し切り崩すだけだ。金のことは心配するな』
「わかりましたわ。進捗は逐次御報告いたします」
『菜摘……ほどほどに、な。悪いことをしているわけではないのはわかっているが』
「まあ、お父様、相変わらず弱気ですわね。ここは、一気に進めるべきですわ!」
『本当に、誰に似たのだろうなあ……』
わたくしは、安積家別邸に設置された中央司令室の通信設備を用いて、ドバイに移住したお母様、お父様とお話をしました。それにしても、月面中継のグローバル通信は、やはり遅延が最大のネックですわね。ループ現象の解明によって、このあたりの問題も解決できれば良いのですけれども。
ピッ、ピッ
ガーッ
すたすたすた
「菜摘お嬢様、手配していた特注のスーパーコンピュータの見積りが届きました」
「ありがとうございます、佐々木さん。まあ、比較的安く済みそうですわね」
「は、ま、まあ、そうですね。それでも、小国の国家予算規模並ではありますが……」
「問題ありませんわ。ところで、別系列の企業グループに依頼していた、北極圏の島の調査は届きましたの?」
「はい、それも今しがた。お嬢様の分析と推察の通り、レアメタルの宝庫でした」
「それは重畳ですわ。これで、所属国とのつながりも得られますし、試験材料も手に入りますから、プランβを発動しますわ」
「衛星軌道上からのエネルギー本格供給ですな。各国諜報員の動きが活発となっておりますが」
「それはいつものように『アザレア・セキュリティ・サービス』に一任します。日本に侵入する前の一掃を期待しますわ」
「はっ」
さて、明日はいよいよ、湯沢様、鳴海様と、おいしいクレープを食べに行く日ですわ。ああ、何を着ていけばいいのでしょう? はっ、も、もしかして、お出かけの最中に安藤様と偶然出逢ってしまい、わたくしの外出着を見られてしまうのだとしたら……。
『佐々木さん、菜摘は何を悶えているのかな?』
「はっ、おそらく、御学友のことに思いを馳せておられるのかと」
『なに!? 菜摘、それは男か? 男なのか!?』
『菜摘が、異性に興味を……?』
あら、いけない。お母様たちとの通信回線を開いたままでしたわ。しかたがありませんわね、安藤様の魅力をたっぷり伝えませんと!
◇
「『フォルトゥーナ』ですの? 知ってますわよ」
「さすが安積さん、中二バンドはがっしり抑えているか」
「中二? なんのことかわかりませんけど、この世の真実を華麗に歌い上げる、素晴らしい歌い手たちですわ!」
「おおう。ってことは、既にプレミアム会員と」
「あと、多くの寄附をさせていただきましたわ」
「パトロンかよ! あー、でもそうすっと、今回は安積さんに頼めばいいってことか?」
「なんのことですの?」
かくかく、しかじか
「秋の新曲でメジャー入り、ですか……」
「どうしたの? 安積さん」
「秋と言わず、この春にヒットさせてしまえばよろしいのではないかしら?」
「は!?」
「夏までの予定を全てキャンセルにして、今から準備させれば、5月からのヒットは間違いないですわ!」
「いやでもそれだと、新曲までの『フォルトゥーナ』の活動収入が……」
「もちろん、わたくしが補填いたしますわ。さあ、歌詞と曲を見せて下さいな!」
そして、すっかり有名となったその曲を、わたくし達が文化祭で華麗に歌い上げる。完璧ですわ!
「あれ、なんか変な汗が出てきた」
「俺もだ。安積さんのハスキーボイスを聞いていると、何かとんでもないオチが待っているような」
ガタガタ
「あれは……あれは、黒歴史なのよ……。しかも、みんながいなくなった後に、撮影映像を見直して、ようやく気づいたことなのよ……」
あら、白鳥先生がなにやら震えておりますわ。風邪でしょうか?
◇
「まあ、まあまあ、まあまあまあ! 鳴海様のお弁当、手作りだったんですの!?」
「え、ええ。冷凍食品が多めですけど」
「それでも素晴らしいですわ! わたくしなんて、『れんじでちん』もできませんのに」
「へ!?」
「おかしいですわよね。わたくしが電子レンジを使うと、いつも水蒸気爆発を起こしてしまって」
「水蒸気爆発が何かを知り尽くしていると思われるのに防げない安積さんは確かにおかしい」
柿本様、相変わらず失礼ですわね。
「でも、ああ、お父様のように、唐揚げのひとつも作れるようになりたいものですわ」
「安積さんの、お父さん?」
「ええ。お父様は、それはそれは料理が得意ですの。特に、生姜と醤油が染み込んだ衣に包まれた唐揚げは、絶品中の絶品で……」
「なら、お父さんに作ってもらえば……あ、そうか、今はドバイだっけ」
「……お父様は、デイトレーディングのお仕事が忙しく、これまでもずっと書斎に引き篭もっておられました。たまに顔を出した時のお父様の笑顔は、とても素晴らしいのですが……」
「ファザコンかあ。滅多に会えないからこそ、想いを募らせると」
「禁断……父娘……上流社会……」
「笹原、それは少し違うと思うぞ」
と、とにかく、いつかはちゃんと作れるようになって、わたくしの手作りの料理を……。
ちらっ
「あれ、また何か変な悪寒が」
「なるほど、ターゲットは安藤か」
「御愁傷様」
◇
そうして、あっという間に過ぎた1学期。いよいよ始まる夏休みに、わたくしは胸のドキドキを抑えられませんわ!
「『フォルトゥーナ』、本当にあっという間に有名になっちゃったわねえ」
「だなあ。安積さんのおかげで夏フェスのチケットは手に入ったけど、山フェスは行き来が大変だよな」
「あら、心配御無用ですわよ。フェスティバル会場の近くに別荘を建てましたから、そこまではみなさんを専用バスでお送りいたしますから」
「「「「「別荘!?」」」」」
「もちろん、温泉を含めた様々なプールも併設させましたから、フェスティバル参加以外にもいろいろと楽しめますわよ!」
「「「「「はあ」」」」」
「あ、別荘滞在中は、毎晩花火を上げさせましょうか?」
「「「「「やめて下さい」」」」」
そうですか……。ああ、それなら、地元振興策も兼ねて、ショッピングモールの拡充を行っておきましょうか。屋台……でしたかしら、きっとその代わりにもなるでしょうから!
◇
楽しかった夏休みも終わったかと思うと、文化祭も大成功のうちに終わり、だんだんと肌寒い季節となってまいりました。
「そういえばさあ、安藤がまとめた天気予定、この周回ではあまり役に立たなかったよな」
「そうだねえ。雨が降れば、どこからともなくやってきた専用バスが、学校の送り迎えをしてくれたしね」
「台風の時なんて、発電設備や非常物資が家に大量に届いて、むしろ普段よりも快適だったわよ」
「いくらなんでもひいきされ過ぎと思いましたけど、エネルギー供給衛星の試験運用の一環ですわと言われたら、断る気も起きなくなりましたね」
「なんつーかさ、12回ループの経験に関係なく、俺たち『賢者モード』になってねえか?」
「そうね」
あら、みなさん、わたくしにはわからない言葉を出しましたわ。賢者……東方の三賢者のことでしょうか? 占星術はあまり詳しくないので、お話についていけそうにありません。やはり、普通の女子高生のたしなみとして、占いなども押さえておくべきでしょうか。
「おい、安積さんがまた何か勘違いしてそうな顔をしてるぞ」
もう、柿本様は、いつもいつもわたくしに失礼なことばかり! どうしてなのかしら……はっ、もしかして!
「柿本様、ウチのプライベートジェットが使えなかったからといって、そのような仕返しをされても意味はありませんわよ?」
「ちげえよ!」
◇
そうして、クリスマスに年末年始、スキー合宿にバレンタイン、楽しい日々はまさしく矢のごとく過ぎ去っていきました。クラスのみなさんはいつものことと割り切っておられましたが、わたくしにとっては、その多くが初めてのことばかりでした。
「一番喜んでいたのが、白鳥先生んちのコタツだってんだからなあ」
「柿本様、その『つんでれ』はもう飽きましたわ。そろそろ、素直になっていただけませんこと?」
「な、ななな、なんのことだ?」
「まあ、わたくしの気持ちは、安藤様一筋ですけど!」
「げふっ」
「今回のバレンタイン、悲喜こもごも過ぎたわあ……」
わたくしも、成長しているということですわね!
「ああ、成長といえば、アザレアグループの資金がそろそろ底をつく頃ですわね」
「「「「「はあ!?」」」」」
「えっ、安積さん、まさかの没落極貧エンド!?」
「いや、まさかもなにも、あれだけお金を湯水のように遣ってたら……」
「ああ、それで、白鳥先生と一緒に、あのアパートで……」
わいわい
「何をおっしゃってますの? 『成長』と申し上げたではないですか。世界の難民人口が大幅に減りましたから、採算度外視の難民保険は国際組織に委託して、アザレアグループは調査部門を中心に再編されるだけですわ」
「それなら、やっぱり……」
「その代わり、エネルギー供給衛星の普及の見通しが立ちましたから、新しい企業グループの成長が著しいのですわ」
「えっ」
「近い将来、月面基地のひとつを単独で建設できるだけの発展が見込めますわ、『ワイズマン・インダストリーズ』は!」
わたくし、あれから占いを学んで、今後の宇宙開発とループ現象解明の参考とするべく、分析と考察を繰り返してきました。賢者と愚者の、未来に対する態度の違い。そして、隠者への転換。やはり、人は賢者となるべく邁進するべきですわ。そう、安藤様のような高潔な精神に!
「そして、この転換が、あながち間違いじゃなかったのよね……時空間転移実験は、地球上じゃ厳しいから……」
それもこれも、『賢者モード』になっていたクラスメートのみなさんのおかげですわ。わたくしに、普通の女子高生としてのたしなみを教えて下さったのですから!
こちらの方が『菜摘お嬢様の華麗なる一年』という感じかもしれない。直さないけど。