03 AL [ Our Teacher ]「安積先生の華麗なる一日」
知り合いに「IF、LP、NLはわかるけど、ALって何かネタあるの?」と聞かれて「あるよー、たとえばこんなの」といって生まれた番外編です。そして、何気に本シリーズ副題の回収。
……
…………
………………
「んっ……」
むくっ
かちっ
「んーっ、今日も目覚ましが鳴る前に目が覚めたね」
しゃっ
「いい天気……。さ、今日も頑張りましょうか」
私の名前は、安積菜摘。高校の教師をしている。ただし、それもあと2年弱で終わると思うけど。短いようで長かったなあ、私の教師生活。まあ、担任クラスの生徒たちと一緒に『13回』も同じ年を繰り返したのだから、当たり前といえば当たり前だけど。
じゅー、じゅー
こぽこぽ……
「んー、今日のフレンチトーストもうまくできた。おいしー」
朝食は一日の元気の源。幸先いいよね! あ、でも、朝食を重視する習慣って、イギリスの産業革命がきっかけで生まれたっていうよね。社会情勢は今と全然違うし、そもそも、そういう習慣がなかった国や時代の方が圧倒的に多かったはずだし。今後の人類社会において適切なのは……。
ピッ、ピッ
「あ、もうあまりゆっくりしていられないね。出勤の準備しないと」
もぐもぐ、ごっくん
かちゃかちゃ、ざー……
がさごそ、さっさっ
………………
…………
……
「よし、準備OK。行ってきまーす」
がちゃっ
パシャパシャ、パシャッ
「安積博士! 今日の御予定は!」
「えっと、これから普通に学校に行きますけど」
「今日は、文科大臣との会合があると聞きましたが!」
「それは、朝のHRと午前の担当授業の間の空いている時間に、学校からビデオ通話で行うつもりです」
「来日している海外の技術チームと実験を行うとも聞いていますが!」
「それも、チームのみなさんには学校に来ていただいて、実験室で簡易テストを行う予定です」
「博士! 本日は『フォルトゥーナ』のリーダーと夕食を共にすると聞きましたが!」
「それはデマです」
たぶん、本人から噂を流したんだろうなあ。もう、今日の夕食は安藤くんのお母さんと一緒にお料理する約束なのに!
という感じで、毎朝恒例のマスメディア攻勢をかわしつつ、私は学校に向かう。歩いてすぐだし、時間的にも余裕はあるけど、ずっと付き合うわけにはいかない。なぜなら、
「あの、御近所迷惑なので、そろそろ切り上げてもらえませんか?」
「それを我々は一番訊きたいんです! 安積博士、なぜ4月からこのアパートに住むようになったんですか? 『安積家本邸』には、世界最高峰の研究所が併設されているのでしょう?」
「? 通勤に便利だからですけど」
ほらもー、お隣さんがゴミ出し出来なくて困ってるじゃない。しょうがない、学校に向かって走るか。湯沢さん直伝のトレーニング方法で鍛えているから、速いよ、私は!
だっ
「待って下さい! まだ質問が……!」
アポなし記者会見は本当にやめてほしい。御近所さんに怒られるの、私だよ? こないだだって上の階の人から苦情が出て、『代わりにサイン下さい!』って言われたんだから。
◇
「安積先生、おはようございます」
「はい、おはようございます」
「せんせー、おはようございまーす」
「はーい、おはよー」
「菜摘せんせー、宿題教えてー」
「自分でやってねー」
早々に学校に到着し、校門から校舎に入るまでに、登校してきた生徒たちと朝のあいさつを交わす。他のクラスの生徒たちとは普通にあいさつするのだが、担任クラスの2-C生徒達とは微妙に異なる会話となることが多い。まあ、1年間だけだけどクラスメートだったし、13周回もの間やはり担任をしていたのだから、どうしても馴れ合いになってしまうのだけれども。
「安積先生、おはようございます」
「安藤くん、おはよう! 今日も一日がんばろうね!」
「は、はい……うん、そうだね、菜摘さん」
うふふふ、今日も安藤くんはカッコいいなあ。もちろん、ルックスだけじゃなくて、中身もね! 表向きはちゃんと生徒と先生の立場をわきまえつつ、こっそり親しげに話しかけてきて……うふふふふ。
「思い切りバレバレの件について」
「いいじゃねえか、一応、公認なんだし」
「美談にさえなっていますしね。文字通り、時を越えた愛と」
「私たちも……愛に生きる……」
「笹原、もうループは終わったんだからな? 俺はもう『ハプニング』には手を貸さねえぞ?」
◇
ぱっ
ぴっ、ぴっ
「……ということでね、ベイズの定理自体は否定されないんだけど、それでも、可能性軸に予測不能な要素が残っていて、因果関係を……」
「安積せんせー、わかりませーん」
「そう? みんなならわかると思うんだけど。なにしろ、その身で応用技術を体験しているんだし」
「いや、私だってループのおかげで大学入試レベルくらいなら楽勝よ? でも、今のって学会論文レベルよね? もちろん、菜摘ちゃんが中心に書いたのだけど」
「ふっ、愚かなり湯沢。13回も同じ年を繰り返しておきながら、その体たらく」
「私は運動系だったの知ってるでしょうに! ねえ、みんなもわからないよね!?」
「『因果関係の意図的構築に基づく時空制御理論』は……バイブル……」
「笹原さんが、一気に喋った……!?」
「まあ、なんとかがんばって、原理だけでも理解しましょう? 本職はともかく、今後の実証実験で少しでも安積先生……菜摘さんのお手伝いができるように」
「むう……がんばる」
「っていうかよ、湯沢はいいかげん春休みの宿題提出しようぜ?」
「今やってるわよ!」
というわけで、2-Cのみんなには、私の数学の授業を使って、時空間転移理論の基礎を学んでもらっている。理由は今みんなが話していた通りだけれど、できれば、この分野を本職にしてくれる人が増えてほしいなあって期待もある。私が生きている間に転移技術が完成してくれれば、因果関係が確定する様を観察できる。既に起きていることだから大丈夫だとは思うけど、やはり安心はしたいのだ。
「じゃあ、続きを話すね。時空制御理論の一部には、情報伝達の誤り訂正の概念も含まれていて、過去や未来に向けての……」
「私の本職は、走って踊れるアイドルよー!」
◇
午前の授業とビデオ会談が終わり、ようやく昼休みとなる。
「はい、あーん」
「や、やめてよ、菜摘さん。いくら、誰も見てないからって……」
「そう? 今日の唐揚げ、ゆうべから仕込んでおいた自信作なんだけどなあ」
「も、もちろん食べるよ! でも、その……」
「……私が食べさせるの、いや?」
「……嫌ではありません」
「良かったー! じゃあ、はい、あーん」
人気のない屋上で、安藤くんと一緒にお弁当を食べる。お弁当は私の手作りだよ! もちろん、二人分!
「屋上に人がいない理由を知らない件について」
「そりゃあ、避けるわよねえ。当てられるというかなんというか」
「尊い……尊い……」
「笹原、その携帯端末から手を離そうな。この時代のって高性能過ぎてシャレにならねえから」
「火星基地まで拡散されそうよねえ……」
◇
『安積博士、このスクリプトはこれで良いのでしょうか?』
『問題ありませんよ。事象ごとのアルゴリズム構築が必要ですから、あなたが意図した微小モデルを想定していただければ』
『でも、因果関係がおかしくなっても、我々にはそれが認識できないのでしょう?』
『大丈夫ですよ。既に未来から簡易テストの結果が私に送られていますから。テスト前に内容をお話することはできませんが』
『えっ』
うん、今回の簡易テストも、未来との相互認証メッセージによって既定事項とされてるね。これは、未来の私が送ってきたのかな? それとも、記録を見た超未来人? ……もしかして、『白鳥先生』? なーんてね。
ひそひそ
「ねえ、もうちょっと早く翻訳してよ。私、英語しかわからないんだから」
「俺も、スワヒリ語は学んだばかりでなあ」
「なによ、言語チートはどうしたのよ」
「いやいや、ついていけてるだけでも褒めてくれ! 安積さんの12年上積みと一緒にするなよ!」
「カオスな……未来……」
「おおっと笹原、そこは『ケイオス』だな」
「柿本、それは今どうでもいい。さっさと翻訳!」
ある意味当然ながら、簡易テストは2-Cのみんなにも立ち会ってもらっている。でも、認識する因果関係を適切に扱わなければならない都合上、技術チームのみなさんのネイティブ言語を使ってるのが難点かな。んー、在籍中に、柿本くんだけでなく、他のみんなにもいろんな言語を学んでもらおうかな。
「……気のせいかな。なんか、変な悪寒が」
「安心しろ。俺も感じた」
「安心できないわよ!」
「そういえば、来月は南米から技術チームが派遣されるって聞いたっけ……」
◇
学校でのお仕事も一通り終わり、帰路に着く。……が、一旦、自宅アパートに戻ってから、待ち合わせをしてスーパーに赴く。
「今日は、何がいいかしらねえ。トンカツかしら?」
「そうですね。いつも唐揚げじゃあ、彼も飽きると思いますし」
「あら? 私や旦那は飽きてもいいの?」
「えっ、そ、そんなことは!」
「うふふ、冗談よ。菜摘ちゃんの唐揚げはバリエーションも豊富で、全然飽きないから」
そう、予定通り、安藤くんのお母さんと夕食を作るため、スーパーに買い出しに来たのだ。
「はー、でも、菜摘ちゃんで良かったわー。今だから言えるけど、あの子が付き合ってる相手が教師だなんて、本当に心配していたんだから」
「……でも、それは本当のことですよね。それに、ループや時間跳躍も、私が……」
「私は、あの子が元気に戻ってきただけで安心よ。たとえそれが、12年後だったとしてもね」
「……ありがとう、ございます」
「もう、何度も言わせないで。まあ、あの子との年齢差が12年増えちゃったけど、それは菜摘ちゃんも同じだし。そうでしょう?」
「あ、あはは……」
クラスメートのみんなが消えてから、私が『白鳥先生』として過去に物理転移するまでの12年間、安藤くんのお母さんや他の家族ともいろいろあった。最初は、私もみんなと一緒に再び転移できる確証がなかったから、かなりあいまいな対応となってしまった。けれども、必要な全ての理論を確立した後に得られた未来との相互認証メッセージによって、少しずつ本当のことを話していくことができるようになった。もっとも、それは世間一般に対しても同様だったのだけれども。
「ああそっか、菜摘ちゃんにとっては、12年の間に私と親密な関係になったのに、12年前に戻って12回ループ……だったかしら? その間は『白鳥先生』として私と接することになったのよね」
「そ、そういうことですね」
「でも、私にとっての『白鳥先生』は、あの年の3月に一度だけ、『菜摘ちゃん』と一緒に会った記憶しかないのだけれども。……ねえ、もしかして、12回ループの中でも、私と何かあったの?」
「そ、それは、彼に聞いてみて下さい……」
私の口から言うのは、いろいろと厳しいといいますかなんといいますか。
とことことこ
「えっ、菜摘さんが、また母さんと一緒に!?」
「あら? この子に言ってなかったの?」
「ええ。未来は予測不能なものですから!」
そう、不必要に未来を確定する必要はないのだ。特に、安藤くんとの将来はね!
というわけで、副題をカタカナにする場合は『パラドキシカル・ケイオス』でしょうか(至極どうでもいい)。