02 NL [ Onsen Panic ]「笹原さん、文字創作だけじゃなかったの!?」
本編のスキー合宿後編の直後に入れる予定だった話です。なので、第39.5話、でしょうか。当初は入れる予定だったのですが、神隠し伝説の話が思いの外長くなって前後編にしたらうっかり忘れてしまったのと、元の文章を読み返したらR15どころかR31くらいになっていたので(まてやおい)書き直していたら時間がかかりました。だいたい笹原さんのせい。
スキー合宿があった週の週末、私と湯沢さんと鳴海さんとで、日帰りの温泉旅行に出かけた。スキー場の近くにも良い温泉があるのは1-C情報でわかっていたのだが、今住んでいる街からはだいぶ距離があり、高校生だけの泊りがけは厳しそうだったので、電車日帰りで十分楽しめる温泉施設にしたのだ。
「本当は、今回の温泉も避けたかったんだけどねえ……」
「そうなの? どうして?」
「その、笹原さん推薦の施設なんですよ」
「……詳しく尋ねてもいい話?」
「必要になったら、話すよ……」
「はあ」
何やら不穏な感じだけど、事前に知らなくても済む程度なら別にいいのかな。白鳥先生からも何も聞いてないし。
ちなみに、クラスメート達との泊りがけの温泉旅行は、既に夏に行っている。あの時は、お母さんが推薦したホテル併設の温泉施設で、前に住んでいた家のお手伝いさん達が私たちを引率してくれた。ただ、そこの施設は温泉というよりは水着着用の温水プールで、いかにも温泉……という雰囲気は味わえなかった。クラスメートみんなで楽しめたから良かったんだけど。
「夏の『温泉プール』は良かったですね。私たちの他には誰もいませんでしたし」
「そういえば、あの時は笹原さん、参加しなかったよね。月末進行とか言ってたけど」
「それで良かったよ。もしあの娘が参加してたら、プールサイドでひたすらスケッチブックをガリガリしてたと思うし」
「は!?」
笹原さん、文字創作だけじゃなかったの!? そりゃあ、人物画がうまくなるには裸体デッサンが一番だって聞いたことがあるけど……えええ。
◇
到着駅からバスに乗って数十分、山奥と言えるほどまで進んだ場所に、その温泉施設はあった。それぞれ特徴がある露天風呂がいくつかあり、そのいずれもが、銭湯でもプールでもない、天然の温泉の雰囲気を醸し出している……というのが、この施設の売りらしい。
「うわあ、いい景色……!」
「いいですね、この開放感」
「露天風呂の醍醐味だよねえ」
早速、女性用の露天風呂に入った私たちは、その風景にしばし見惚れた。もちろん、ずっと眺めていたら風邪を引くので、かけ湯をしつつ体を洗い、ゆっくりと入る。事前に髪をまとめておくのも忘れない。
ちゃぷん
「それほど広くないし、木に囲まれているけど、圧迫感はないね」
「だね。まあ、合宿所近くの温泉は広い上に崖っぷちにあって、別の意味で眺めがいいんだけど」
「そうなんだ。でも……えっと、それって、外から覗かれやすいってこと?」
「あー、超高性能の望遠鏡を使えば、もしかすると?」
「うわあ」
「といいますか、あの温泉ってそもそも混浴でしたよね」
「混浴!?」
「だからまあ、あの温泉は距離に関係なく最初から避けてたんだ。今回は菜摘ちゃんもいるしね!」
合宿所近くの温泉って、こ、混浴可だったんだ……。あれ? でも、合宿所で同じ部屋になった1-Cの娘たちって、なんか妙に詳しかったよね? それに、湯沢さんと鳴海さんも。……ふ、深く考えない方がいいのかな。うん、そうしよう。
「ここの施設は、時間帯によって男女用が代わるタイプですね」
「お昼を食べたら、別の露天風呂に行こうね! っと、その前に……」
ざばあっ
とことことこ……たったったっ
「え? 湯沢さん? ……え?」
何かを思い出したように湯船から上がった湯沢さんが、脱衣場所に向かって歩き出した……と思ったら、すぐに小走りになって去っていった。
がらっ
ぴしゃっ
「え? え?」
「大丈夫ですよ、菜摘さん。湯沢さんならすぐに戻ってきますから」
「はあ……」
ちゃぷん
………………
…………
……
がらっ
とことことこ
「どうでした?」
「……案の定、だった」
「またですか……。今回は菜摘さんの都合もあって日程をずらしましたから、そもそも来ていないと思っていたのですが」
「いや、こないだも柿本とバカやったからね。むしろ菜摘ちゃんが来てるからやったんでしょ。ったく、どこで聞きつけたんだか」
「えーと……」
なにがなにやら。……と、思ったのだが、ひとつ、心当たりがある。
(1)ふたりは『13回目』なので、人々の言動をあらかじめ知っている。
(2)(1)にも関わらず、ふたりにとって予測不能の様子を見せていた。
(3)つまりは、ループ仲間の誰かが原因、そして、柿本くんが関係する。
「……笹原さんが、何かやったの?」
「正解。いつの間にかこの施設に来ていて、この露天風呂の札を『男』にした」
「ええええ!?」
「『ハプニング』にも、限度がありますわよねえ……」
本当だよ! いくらこの露天風呂に、今は私たち3人しかいないことがわかっていても、男の人たちが間違って入ってきたら……!
「うわ、菜摘ちゃんが怒り心頭。そりゃそうだよね」
「私たちも、初期の周回では、びっくりしたり騒いだりしましたけど……」
「今じゃ『ああ、またか』って感じだよね」
『ああ、またか』じゃないよ! ……次のHRの議題に挙げよう、そうしよう。そして、判決。
◇
なんだかんだいって、ひとつ目の露天風呂を堪能した私たちは、併設の食堂に行き、お昼ごはんを食べる。食券タイプのセルフサービス方式だったけど、畳の上のテーブルで食べる食事はとても良かった。天ぷら定食、あたりだったなあ。
「おいしい、おいしい」
「……」
「ど、どうしたの、湯沢さん。私のこと、じっと見て。また、なんか食べ方が変だった?」
「いや、美味しそうに食べる菜摘ちゃんが可愛すぎるのはいつものこととして」
「ふえっ!?」
「それよりも、今の菜摘ちゃんを見てると、誰かを思い出しそうなのよねえ……」
「そういえば、そうですね。菜摘さんとは別の誰か……誰でしょうか?」
「んー、こう、喉元まで出かかっている感じがするんだけど……」
だ、誰か? 私、いつも通りだよ? 違うところといえば、お風呂上がりだから浴衣を着ていて、そして、髪をまとめたまま……ってことくらい? でも、そんな人、他にもいるよね? 少なくとも、周囲で食べている人たちの中にも。
「うーん……やっぱり、思い出せない。まあいっか、何か悪い印象があるってわけじゃないし」
「そうですね。こう……意外な人物に似ている、という感じでしょうか。それが誰なのか、やはりわかりませんけど」
「は、はあ」
ふたりとも、思い出すのをあきらめたらしい。うーん、あとで鏡で自分の顔をじっくり見てみようかな? ふたりとも知ってるっていうなら、私も知っている人物である可能性がある。でも、それって、クラスメートくらいだよね? あとは……。
がやがやがや
「ねえ、君たち、3人だけで来てるの?」
「一緒に、別の温泉に行かねえ? イイとこ知ってるぜ!」
「俺ら車で来てるからよ、乗せってってやるぜ!」
もぐもぐもぐ
ぱくぱくぱく
ごくごくごく
「「「お断りします」」」
かちゃかちゃ
すたすたすた
「「「……」」」
とことことこ
「……追って、こないね」
「面倒なことにならなくてよかったですね」
「まあ、何かあっても、また菜摘ちゃんがやっつけてくれるよね?」
いや、浴衣姿で立ち回りたくないよ?
「ちなみに、過去の周回で間違って入ってきたのが、あの男ども」
「ひえっ!?」
◇
そうして、お昼を食べた後に、もうひとつの露天風呂を楽しんだ私たちは、帰宅するためバスで駅に向かった。施設の露天風呂は他にもまだまだあったけど、暗くならないうちに帰るには、このタイミングで駅に向かう必要があるのだ。
「この路線、電車の本数が少ないんですよね」
「もうちょっと来るのが簡単だったら、週末のたびに来るんだけどなあ。まあ、これまでの周回で制覇してるけど」
「そうなんだ。一番いい露天風呂はどれなの?」
「全部!」
「そ、そう」
そんな会話をしながら駅のホームで電車を待っていると。
「あっ、笹原さん!」
「……しまった」
「ああ、この時間帯は、2時間に1本でしたね」
なにやら重装備の笹原さんが、ホームの片隅で佇んでいるのを発見した。ちなみにどの辺が重装備かというと、もこもこのジャケットに大きいリュック、そして、その手に抱えているのは……!?
たったったっ
「笹原さん、そのスケッチブック、見せて」
「……拒否権を、発動」
「私、警察じゃないよ。でも、見せて」
「……」
◇
ガタンゴトン、ガタンゴトン
「菜摘さん……情状酌量を」
「だめ。絶対、返さないよ」
「著作権を……主張」
「笹原さん、肖像権って知ってる?」
「……」
笹原さんはやっぱりあの温泉施設にやってきて、私たちのことをこっそり見ていたらしい。
「もう……もうっ……。なんで、なんで私の入浴シーンばかりが描かれてるの!?」
「……想像力の、勝利」
想像するくらいなら、一緒に露天風呂に入れば良かったじゃない!
しかしこの話、文字描写だけならR15どころか全年齢でもいけそうだけど、万が一にも映像化なんてしたら、あっさりR18越えそうだな……。特に、過去の周回での回想まで映像化されてしまったら。なんという。